95.うんえいのほんき
「さてと。やることはさっきと同じなんですよね」
〈飛び回って魔術ぶっぱするちんまい女の子ってとこまでは一致するよな〉
〈ついでに一人舞台の撤退戦じゃん〉
〈お嬢、魔銃使ってみる気はない?〉
うん、そろそろその話は終わりでいいよ。
再びボスの目の前。攻撃に補足されないよう飛行を続けながら、眼下の前衛プレイヤーたちが引き上げるのを待ちつつぎりぎりまで削っていく。
これは小技なんだけど、実はこのゲームの《鷹目》スキルはシステム表示にも適用することができる。だからここから使ってやれば、少し遠くに見えるボスのHPゲージもドット単位で視認が可能だ。
ほぼ後衛専用だけど、たまに使っているプレイヤーがいる仕様だ。……前衛の場合は、ふつうは余所見をしている間にやられる。
『カウントします。3、2、1、撤退完了』
「では。───《ソーラーロア》!!」
〈まーた当然のようにバ火力出してる〉
〈進化後のお嬢の魔術ステえぐいからなぁ〉
〈反則だろこの威力……〉
〈お嬢は知らないかもだけど、ロアって零距離から撃つの想定されてないんよ〉
失礼な、知っていますとも。
DCOの魔術は基本的に、後衛の距離から放つことを前提に作られている。射程の短いエッジ系は例外だけど、まさにそれが理由で低消費高威力のエッジはマイナー扱いだ。
私が魔法剣士を始めたのは配信映えが理由だったけど、その仕様が判明して以降は「高威力高命中」というリスクに見合うメリットが発生した。利点があるだけで私以外にはほとんどいない理由は察してください。
とにかく、そういう理由があることと、おそらくは後衛魔術師を少しでも前へ引っ張り出すためだろうね。《シュート・キャスト》による射出魔術は距離による威力減衰があるし、《ポイント・キャスト》は離れるほど正確な発動が難しくなる。
では、現時点の魔術でも特に高威力な《ソーラーロア》を、威力減衰皆無の至近距離から叩き込むと?
『よし、黄色くなった!』
『ルヴィアさん、退避を!』
「さて、逃げますか」
〈やっぱおかしいよお嬢も〉
〈最大値とはいえ一撃でここまで削る奴そうそういないんよ〉
〈あれ、ボスのモーション速くね?〉
こうなります。
進化によって局所性を捨てて汎用性を取ったはずの私は、そもそも属性依存をしない《植物魔術》に高威力魔術を手に入れたことで事情が変わった。かなりピーキーとはいえ、ダメージの最大値だけでいえば最上位に追いついたのだ。
だから私一人が残るこの方式が成立する。その鼻っ面に弱点魔術を叩き込まれたボスはゲージを黄色く染め、小さく仰け反って───
───そのまま攻撃モーションに入った。
「……嘘でしょ?」
『ルヴィアさん、逃げて!!』
私はノーモーションで急加速。魔力噴射を思いっきり使って一気に最高速度を出す。
……大蛸は、そのまま魔術を使ってきた。例によって《スコールプロード》、高威力な範囲魔術だ。とてつもない威力があるから、紙耐久の私がまともに喰らえば一撃でも危うい。
でも、間に合わない。射程外に出る前に追いつかれてしまう。
それなら。
「《ゲイルプロード》ッ!」
〈おお!?〉
〈え?〉
〈マジかよ!?〉
〈待って今何した〉
〈もしかしてこれずっと考えてた?〉
私は属性有利を取る風の範囲魔術を纏った。
相殺だ。魔術の相殺で無理やり被ダメージを軽減して、範囲外に出るための時間を稼いだ。
果たして思惑は上手くいったようで、なんとかHPが残ったまま減りとどまってくれた。これだけやって残り3割まで減っているのは、大蛸の攻撃が強いのか私の耐久が低すぎるのか……。
なにはともあれ、これでなんとか役目は果たし……待って?
『『『はぁ!?』』』
『後衛、避けて!』
『嬢ちゃん危ねえ!』
『近くのタンク、動けたら頼む!』
「ルヴィア、下がって! 《召喚術・守》!」
「ミカン、回復お願い!」
「了解、《ラージヒール》!」
〈え、なにこれ〉
〈後衛狙い?〉
〈ウッソだろお前〉
〈確かに安全圏から攻撃しまくってたけども〉
さすがにこれは、ほとんど誰も予想していなかったようだ。
それはそうだろう。前衛の存在ごと無視して後衛を狙う遠距離攻撃なんて、これまでDCOには存在しなかったのだから。
今回のボスの特徴は、タンクの役割を部分的に奪う範囲攻撃にあった。だからこそタンクは限られた単体攻撃を受けるために慎重に動いていたし、普段から守ってもらって回避を前提としない後衛プレイヤーは威力減衰を承知の上でボスの射程外から参加していた。
しかしそれは読まれていたのだろう。ボス戦の六分の五が終わったこのタイミングで、ご丁寧に後衛だけを狙う《スチームホーミング》。いやはや、今回の運営は目が血走っている。
『しかもホーミングじゃねえか!!』
『えっどうやって避けるのこれ』
『魔術をぶつけて相殺……むっず!』
阿鼻叫喚である。何しろ彼らは後衛の純魔。普段からソロで行動している層はともかく、それ以外はそもそも回避に慣れていない。前衛に比べて後衛はソロ経験率が低い傾向自体は、ソロ兼任の多いDCOでも変わらないのだ。
回避慣れしている一部のプレイヤーも、普通に避けるだけでは追いかけてくるホーミング系統に苦慮していた。……よりによって、ここでホーミングとは。
『ホーミングとか性格悪いぞ運営ー!』
『ギリギリまで引きつけてから避けて! 上手くいけば追ってこないから!』
『それが難しいんだよなあ!!』
〈*運営:ふふふ、苦戦しているようですね〉
〈運営ァ!〉
〈やっぱまともにクリアさせる気ねえじゃねーか!!〉
〈*運営:もちろんこの攻撃はAサーバーだけですよ。いやあ愉悦〉
そう、ホーミングは回避が難しい。さすがに懐で急旋回してきたりはしないけど、一定以上まで引きつけてから避けないと何度でも追いかけてくるのだ。徐々に威力は落ちるとはいえ、厄介なことこの上ない。
それだけでも大変なのに、ついでのように後衛の中でヘイトの高いプレイヤーを狙ってきている。運営の殺意を感じるというものだ。
「仕方ない、私もやります」
「ルヴィア、大丈夫?」
「うん。回復はしたし、私も盾できるから」
〈今回もお嬢は八面六臂〉
〈楽するはずだったんだけどなあ〉
ある程度HPが戻ったところで、私はフリューが召喚した盾騎士の裏から離れた。魔術媒体として持ちっぱなしだった剣を武器として握り直して、手近な魔術へ駆け寄って切り伏せる。
純魔の真似事をする予定ではあったけど、こうなってしまったら私はこの場で貴重な近接職だ。後衛の中でも最後方は私が貰うことにした。
「大丈夫ですか」
「ああ、助かった!」
「大変な鬼ごっこだったぜ……」
「今更かっこつけても無駄だろ」
〈魔術を斬ってる……〉
〈当たり前のようにやってるけどヤバない?〉
〈剣士としても大概おかしいPSしてるよなほんと〉
このゲーム、一部の魔術は斬ることができるんだよね。バレット、アロー、ホーミングといった弾丸型の魔術には内部に核があって、そこを攻撃すれば壊すことができる。
ちなみに、核の大きさは魔術次第だ。バレットは避けやすい分斬るのはかなり難しいし、アローは細長いから(弾速に対応さえできれば)さほど難しくない。
ホーミングはというと、ほぼ魔術エフェクトの全域が核だ。極端に避けにくいぶんの穴埋めなのか、斬ることは簡単になっている。
「だからこのくらいはできる人も多いですよ」
「最前線の前衛ならな?」
「そもそもこのスピードに対応できる時点で凄いんだよ」
〈草〉
〈助けた相手に突っ込まれてる〉
〈お嬢の感覚は普通じゃないぞ〉
〈飛んでくる魔術に刃を当てる時点で鬼畜ってそれ一番〉
「た、耐えた……」
「さすがに大変だったね」
〈お疲れ様〉
〈どう考えても後衛ロックオンでやっていい火力量じゃなかったな〉
〈でもなんやかんや耐えてるあたり運営の見立ては正しいのか……?〉
しばらくして、なんとかゲージ攻撃は凌ぎきった。出番の遠い第二レイドから余裕のあるプレイヤーに応援に来てもらって、ようやく防御と回復がぎりぎり追いつく修羅場だった。
ただ、これで終わりではない。ゲージ攻撃が終われば戦闘再開、つまり元に戻るだけなのだ。
例によって対魔術バリアが展開されているから攻撃攻撃魔術師は投石器を持つだけだけど、弓使いと巫術師は普段通りの仕事が待っている。応援に来たプレイヤーも、巫術師にはもうしばらく残って加勢してもらっているところだ。
そんな感じでまだまだ油断はできない状況が続く後衛だけど、では前衛はどうなっているかというと。
『気をつけろ! さっきまでより少し速いぞ!』
『やっぱりバーサクじゃないですかーやだー!』
『フォー!』
『だからやってる場合か!』
『確かにもう完全にフォー○ガイズだけども!』
大変そうだった。叩きつけで思いっきり砂が舞っているし、さっきまでは当たれば引っ掛ける、程度のものだった薙ぎ払いは足を刈り取りにきている。
攻撃内容そのものはこれまでと同じなんだけど、どう見ても殺意が倍増している。あまりにも高い殺意に会場は騒然としていた。
しかも、この次は魔術。……まさかとは思うんだけどさ。
「『次、たぶんプロードです! ものすごく嫌な予感がするので!』」
『同感だ! 前衛、一旦下がれ!』
〈*運営:君のような勘のいいガキは好きだよ〉
〈好きなのかよ〉
〈運営がデレた!〉
〈デレるなら難易度下げろうんえー!〉
咄嗟に声を出したのは私で苦い顔で指示を出したのはリョウガさんだったけど、一部のプレイヤーはその前に自分から下がっていた。鋭い嗅覚を持つ……というか、こういう時の九津堂に慣れた人も一定数いるようだ。
だって、今のボスはバーサクモードに突入している。今回のイベントとサーバーの性質も考えるに、この状態のこのボスは徹底的にえげつない挙動をしてくる可能性が高い。
あの九津堂だ、やれることはやるだろう。このタイミングで飛んでくる魔術が、プレイヤーにとって一番使われたくないプロードであることは容易に想像がついてしまうのだ。
『マジでプロードじゃねーか!』
『これそのまま攻めてたらヤバかったぞ……』
『トップ組に感謝だわ』
『やっぱ慣れてると運営のやりそうなことはわかるんやなって』
予想通りの形をした魔術エフェクトが見えて、すぐにそれが爆発する。照準をとらずに拡散した魔術属性攻撃が大蛸を中心に溢れて、逃げ遅れたプレイヤーに強烈なダメージを与えた。
『墨くるぞ! 今のうちに攻めろ!』
『被弾した奴は範囲外まで下がれ!』
『喰らえ、あいつらの仇!』
「しかし、サイクル中にプロードですか……かなり苦しいですね」
「時間かかりそうだね、最後は」
「いちいち全員で上がったり下がったりしなきゃだものねえ」
〈見るからにロスだよなアレ〉
〈この状態で長引くのキツいでしょ〉
〈でも下手に攻めて被害出しまくるよりはね〉
〈お嬢とルプストが完璧な連携で石投げまくってるのには突っ込まない方がいいの?〉
フリューはシルバさんとリュカさんを守るように盾騎士を操り、ミカンは三人のHPとMPを管理しつつバフを掛けている。対魔術バリアが剥がれないうちは手持ち無沙汰になるルプストと私は、クラフター産のバリスタに石をセットして投げる作業を繰り返していた。
ルプストが石を置き、私が照準して撃つ。可能な限り連射速度を上げている、いわば餅つき状態だ。これが成立するのが幼馴染の呼吸なのですよ。
なんにせよ、事ここに至って私たちにできることは少ない。今はとにかく援護を続けて、少しでもボス討伐に貢献するだけだ。
ラストスパートであることも、ボスが次に何をしてくるかも誰もがわかっている。今更細かい指示なんて必要ないだろう。
ルヴィアのほんき。
ゲーマーたちが必死にやってギリギリなんとかなるかどうかくらいの塩梅を正確に突くのが上手い運営でした。
次回でようやく海イベント編は終わりです。結局ずっとボス戦してたな?




