94.一発ギャグ大会
その後もしばらくは大きな動きがないまま進行した。突き攻撃のターゲットが集中しなくなって囮戦法が通用しなくなったけど、そのくらいだ。あれは元々ただの思いつきだったし、使えなくなっても火力効率が元に戻るだけ。さほど痛いものでない。
強いていうなら、ゲージ半分の特殊行動は厄介だった。範囲攻撃の性質はそのままに、薙ぎ払い攻撃から《スコールプロード》へ変更となっていた。
ボスも水属性で変わらないから、単純に威力の上昇でしかない……んだけど、威力はこれでもかと跳ね上がったのだ。元々プロード系は射程だけが弱点みたいな魔術だから、その射程がレイドボス用に極大化すれば強いに決まっている。
さらにオマケとして、一定時間だけ魔術ダメージを減少させる水のバリアを張ってきた……が、ちょっと影が薄かった。元々魔術によるノックバックやヘイトずれはなかったから、単にダメージソースの一つが一時的に封じられるだけだったのだ。
結果として、消耗しつつあった攻撃魔術師が一休みしながら遊ぶだけの時間になっていた。
それに、総合的な被ダメージはさほど減らしていなかったんじゃないかな、あのバリア。
というのも。実はこの時、余裕ができた後方のクラフターたちからオモチャが届いていたのだ。
投石器である。なんでもイベント用レシピの後ろの方にあったそうで、面白がって余り素材で量産してみたのだとか。
石は物理攻撃だから、これを受け取った魔術師たちは嬉々として大蛸へ石を投げ始めた。これが案外いいダメージになってしまったものだから、魔術師プレイヤーを腐らせ切れずに対魔術バリアがあまり意味をなさなかったのだ。可哀想に。
そんなこんなで、2本目のゲージも終盤。今度は第一レイドが前に出て、正攻法で削り切りにかかっているところだ。
『二本目壊れるよ! 順に後退開始!』
『足の速い人だけ残って!』
第一レイドにはクレハやジュリア、私のように飛行による高い機動力を発揮できるプレイヤーがいない。順番が回ってきたブランさんが採ったのは、鈍足なタンクやSTRアタッカーを下げながら高速アタッカーと後衛火力で削り切るプランだった。
DCOの上位勢には回避盾プレイヤーが少ない。一時的にタンクの割合が著しく減ってしまうリスクがあったけど、ゲージ破壊時の強攻撃で問答無用でタンクを葬られる可能性と比べたのだろう。
事実、回避盾は少なくとも充分な回避力を持つアタッカーは非常に多い。ソロ兼用者が多い傾向を鑑みれば、ブランさんの立場なら私もこの手を採ると思う。
そうして人の減った二本目のゲージ最終盤だったけど、ここで水を得た魚のように目立つプレイヤーがいた。
「皆さん、見えますか。あれ、私がつい2週間前に初戦闘を見守ったプレイヤーです」
〈ハヤテちゃんだ!!〉
〈はっっっや〉
〈もう攻略者なんだなぁ〉
〈二窓してます〉
〈またコラボしてよお嬢〉
当初は逆手持ちだった短剣を今は二本とも順手に構えて、縦横無尽に駆け回りながら的確にダメージを稼ぐ愛兎ハヤテちゃん。手数重視のAGI型アタッカーしか残っていないあの場において、特筆すべき速度を持つ彼女はとても目立つのだ。
同じく手数型のアタッカーであるカナタさんも残っているけど、あちらは比較的一撃の威力を兼ね備えている。そもそもカナタさんは今指揮にキャパシティをかなり割いているから、立ち位置もやや引き気味だった。
「誘われたらコラボはいつでも受けるので、ハヤテちゃんの方が私を必要とすればですね。……さて、二本目も破壊と」
『全員下がれ!!』
『ゲージ攻撃来ます!』
飛行という反則じみた手札がない分だけ不安視された第一レイドのゲージ破壊だけど、実際のところ心配は無用だった。残っていた高速近接職はしっかり範囲外への退避を間に合わせたし、警戒を切らさずボスの《スコールプロード》を空振りさせて見守る様子には安心感さえある。
ここまで被害がないのはさすが前線プレイヤーたちというべきだろう。いい指揮官がいるとはいえ、ここまで連携が取れるとは思っていなかった。
『なんか楽勝だな』
『勝ったな! 風呂入ってくる!』
『そこ、フラグを立てるな!!』
『そもそも風呂どこだよ』
『そんなに入りたいなら目の前の水風呂に入れてやろうか?』
『洒落にならんわ!』
もしかしてわざとなのか、ユニオンチャットに声を乗せたまま数人で漫才を繰り広げるプレイヤーたちすらいた。警戒を切らしている様子はないから、この場のような気の抜けない戦いの中でも口を開ける実力者なのだろう。
いよいよラストゲージ。大型ボス戦の経験が浅いV1勢を中心に、緊張しすぎている様子のプレイヤーもいた。ちょうどよかったのかもしれない。
「しかしまあ、確かに余裕だよな。これなら田んぼの様子を見に行っても大丈夫そうだ」
「そうだな。俺たちは先に帰るか」
「「「「……」」」」
「「…………」」
〈※あの二人には突っ込まないように。喜ばれてしまうので〉
〈前々からだけどこの流れ逆に草〉
〈こっち見んな芸人共〉
〈もうどっちかがツッコミやれよ〉
先生、これは撮れ高に入りますか?
「お嬢……突っ込んでくれよぅ」
「俺たちもう限界なんだよぅ」
「ごめんなさい、ツッコミ自粛期間中なんです」
「なんでだよ! 自粛しないでくれよ!」
「不要不急のツッコミは控えなきゃ巻き込まれますからね」
別に悪気はない。引きずり込まれたくないだけである。この二人に突っ込むと味を占めてそのまま漫才をやらされるから。
私は他のプレイヤーとの会話交流は積極的にしていきたいと思っているけど、漫才は別にやりたくないのだ。
で。
『うわ遂にやりやがったこいつ!』
『やめろやめろ来るなっぐえ』
『こんな奴と一緒に居られるか! 俺は街に帰らせてもらぐふっ』
『俺……生きて帰ったらあの子と海で遊ぶんぎゃー!?』
『ランサーが死んだ!』
『『『この人でなし!!』』』
『死んでないが!』
「死亡フラグ、流行ってるの?」
「……あの人たち、うちの漫才師より面白いのでは?」
「「………………」」
「ルヴィアルヴィア、さすがに凹んでるよ二人とも」
〈草〉
〈*ゲンゴロウ:気持ちは分かる〉
〈あのわざとらしさのない感じいいよな〉
〈コントと天然ギャグは違うからな〉
〈やられてるのマジでランサーなの草〉
いやほら、違うじゃない。芸人が笑わせるために放つギャグと、一般人が思わず口に出すネタ発言とでは。
シルバさんとリュカさんが面白い人たちだってことは認めているんだ。ツッコミ待ちされすぎてちょっと距離を置いて見ていたくなるだけで。
だから今の発言に他意はないというか、二人が面白くないとは一言も言っていないわけでですね……あのぅ。
イベントボス 《水葵》戦は最終ゲージに入った。
ゲージ攻撃を見た第一レイドがそのまま戦闘に入った大蛸は、また新たな攻撃をパターンに組み込んでいた。さっきの愉快なプレイヤーたちによる悲鳴は、まさにその新攻撃を受けたところのものだ。
薙ぎ払いだ。序盤はゲージ攻撃として使われていた薙ぎ払いが、最終ゲージになってついに通常攻撃になってしまったのである。
『マカンコウサッポウ!』
『やってる場合か!?』
『タンクには跳ぶのキツいんだが』
『フォール○イズじゃねーんだからさあ!!』
「ネタの鮮度がバラバラですね」
「なつかしー……」
「薙ぎ払いがだんだん速くなりそうねえ?」
一サイクルに一度、足元を薙ぐように足が横から飛んでくる。その度に前衛プレイヤーたちはその場で跳び越えなければならないのだけど、これがなかなか大変なようだ。
中には体をくの字に曲げながら跳べるほど余裕なひともいるが、さすがに少数派。大半のプレイヤーはタイミングを図って必死に跳んでいる。
「あ、飛んでる天使いるね。かしこい」
「普段の実用性がなさすぎて飛べるの忘れそうになる天使、グッド」
「そんなコメント欄みたいな」
〈喜んでんぞ〉
〈無音で喜ぶのやめろ〉
〈久々に突っ込まれて嬉しそうだなこいつら〉
〈よかったな芸人共。お嬢のツッコミは有料だぞ〉
……いや、ほら。さっきこの二人、やたら真剣な顔で何かを話してたから。何かを変える気があるなら、その機会は必要かなって。
そのまま様子を見ていたけど、今回の彼らはただ喜ぶだけで終わった。漫才から一発ギャグに変えたのかな?
「それでいいんだよね。普通の人は漫才に合わせるのなんて難しいから、ツッコミ一回で区切ってくれた方が話しやすいの」
「……なるほど」
「いいことを聞いたな」
「あれ、もしかしてルヴィアとミカン、この二人を起こしちゃった?」
私としては、話しやすければそれでいいからね。気軽に茶々を入れられるようになれば重畳なのだ。
二人も喜んでいるし、これでいいだろう。それによってお笑いテロに巻き込まれるトッププレイヤーたちは……まあ、頑張ってください。
私たち第三レイドに次に出番が回ってきたのは、最終ゲージがもうすぐ半分になる頃。
……つまり、最も警戒が必要なタイミングだ。
『お嬢、頼めるか』
「『はい。意地でも生きて戻ってくるので、救護テントを用意しておいてください』」
『無傷で帰ってきて?』
「『善処します』」
〈お嬢ですら自信なくなるのか〉
〈まあ既に大概やべーことになってる〉
〈トップ組が戦況維持に必死になってるからな〉
〈最後のゲージ攻撃にお嬢を重ねられるのは運がよかったか〉
〈絶対死んじゃいけないプレッシャーヤバそう〉
当然、ゲージ破壊の担当は私に回ってくる。ユニオンリーダーである私が死んだらクリアランクに大きな影響があるけど、それを避けて正攻法で行った時の被害想定の方が怖い。
本当は第二レイドのクレハとジュリアがやれればベストだったんだけど、最終ゲージのボスを相手に調整はできなかった。今は第二レイドそのものがかなり消耗しているし、当の二人も駆り出すには不安だ。
「『第一レイド、今のうちに準備を。最後のボス次第では出番が早いかもしれません』」
『了解。いつでも出られる用意はしておくよ』
『俺達もやられるつもりはないが、最後は何してきてもおかしくないからなぁ』
相手は九津堂の高難度ボス、その最終ゲージだ。九津堂はこういうボスの最後には、俗に「バーサクモード」と呼ばれる殺意の塊を用意することが多いのだ。ここからは本当に何をしてくるかわからない。
『お前ら、死ぬ覚悟はできてるか!』
『おうとも!』
『私たちが死んでも代わりはいるもの』
『お嬢が死ななきゃ勝ちだろ』
『勝ちゃいいんだ勝ちゃ!』
出発直前、そんな声が聞こえてきた。どうやらさっきの人たちのようなテンションが第三レイドでも発生しているようだ。しれっとシルバさんとリュカさんも同調している。
私はそれを聞いて、ちょっと思うところがあった。
「『分かっているとは思うが』」
『お嬢?』
「『倒すまでがボス戦だ! クエストクリアを確認しない内に水着調達の抜け駆けは、許さんぞ!』」
『ヒェッ』
『イ、イエス、サー!』
〈お?〉
〈なんだっけそれ〉
〈確かラインの悪魔〉
〈お嬢そういうの知ってるんだな〉
〈改変の節々からバカンスへの渇望を感じる〉
〈*ペトラ:海水浴したいんだね……〉
結果的に生還できないプレイヤーは攻略中にはどうしても出てしまうけれど、だからといって最初から《緊急退避》を前提とする作戦は私も他のトッププレイヤーも組むつもりはない。あくまでも理想は被害ゼロでの攻略だ。
だから、最悪の場合デスペナルティを厭わない気概はとてもありがたいけど、最初から死ぬ気で動かれるとそれはそれで困る。各位には少なくとも生還を前提にしてほしいのだ。
言いたいことは言ったので、出撃。せいぜい足掻いてみせましょう、なんてね。
こういうノリけっこう好きなので、もっと上手く書けるようになっていきたいところです。
いよいよユニオンバトルも終盤戦。お楽しみいただけていると嬉しいです。