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Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜  作者: 杜若スイセン
Ver1.0-1 双つの世界を進む勇者たち
93/473

91.B級パニック映画みたいな

 なんやかんやと準備はあったけど、ここまではちゃんと額面通りにこなせばOK。ここはAサーバーだから、さすがに初歩で躓くことはなかった。

 無事に準備パートは間に合って、イベントUIは次の指示へ切り替わる。各地へ散っていたプレイヤーたちも、イベント狩場によるレベリングに味を占めた一部のプレイヤー以外はほとんどが集合していた。


 ちなみにその一部のプレイヤーたちは、私の方からお墨付きを与えておいた。どうせ素材補充は必要なのだ、ボス戦に参加できない役回りを進んで買って出てくれるプレイヤーがいるなら任せるのみである。





Phase2:誘導

・迎撃の用意ができたら、いよいよボスを迎えに行こう。

 向こうから近づいてきてくれるボスの注意を引き、本来のターゲットである四方浜港から郊外の浜辺へ誘い込む。上手くいけば四方浜の街は被害を受けずに済み、君たちも心置きなく戦えるようになるはずだ。

 これができなければ、向こうの思い通りの戦場にこちらが引き込まれることになる。戦いにくくもなるし、街が破壊されても困る。誘導メンバーには出し惜しみせず、できるだけ精鋭を送るべし。





「またいやに丁寧だよね」

「この第三段落のアドバイス、これまでならまずなかったでしょうね」


〈チュートリアルじゃん〉

〈優しいじゃん〉

〈お嬢なら2秒で到達する結論だけど、これ言ってくれるかどうかで初心者は違うだろうな〉


 私を含む前線組には散々にこき下ろされている運営だけど、あくまで上位層に歯応えを与えてくる彼らのスタンスに私たちがプロレスを仕掛けているだけだ。一般層にとってはたまに少し鬼畜なくらいで、普段は優しく丁寧な神運営で通っている。

 仮にも大手だからね。そのあたりのバランス感覚はしっかりしているのだ。フロントランナーに対して厳しい態度にしても、そのくらいでなきゃ張り合いなく感じるのが私たちでもあるし。


 隣で「こんなものじゃない?」という顔をしているハヤテちゃんにとっては違和感のないものだろうし、彼女が涙目になるのはこれからの確定的な事象である。

 ハヤテちゃん、歓迎するよ。これから一緒に頑張ろうね。






『刺さった! これで勝つる!』

『よーし引っ張れー!』

水葵(みずき)ちゃーん、怖くないよー。こっちだよー』




 即席のクラフター拠点から少しだけ離れた海岸にて、私たち主力隊はある配信を見ていた。

 誘導隊のリーダーであるイシュカさんによる、海上陽動の様子を中継した枠「【DCO】海上ボスと綱引き【業務用】」である。

 彼女はDCOではこれが初配信だというのに、今の同時接続は私の枠よりも多い。本人があまり緊張していない様子なのは救いだけど……彼女のチャンネルに残っていた過去のRTA記録動画(九津堂の「ヴァンパイアハンターハンターズ」もあった)が急激に伸びているのは同情に値するだろう。


 万一にも死んではならない総大将である私を除くとちょうどいい配信者がいなかったから、誘導隊の中で特に配信慣れしていた二人がじゃんけんをしたのだ。

 もう一人の候補はブランさんの配信レギュラーであるメイさん。7度のあいこによる接戦を演じた末、イシュカさんは綺麗なorzポーズを披露していた。……空中で。


『よし、引いてる引いてる!』

『さすがに力が強いわね。この面子でギリギリって……』

『でも、これならMPは保ちそうですねー』


 ちなみに水葵(みずき)というのは、聞き込みで判明した今回のボスの名前だ。イシュカさんの配信でネームタグが映っている。

 なんでも元々蛸娘であるらしく、通常時の姿でも下半身を人間と蛸のものに自由に変化させられるらしい。今はとにかく巨大な蛸(仮にも女の子に「海坊主」は可哀想だろう、と誰かが言い出してそういうことになった)だから、本来の女性の面影はないけれど。


 貸してもらえた船はそれなりに大きかったけど、乗り込めたのは2パーティが限界だった。つまり水と風、それぞれの属性が6人ずつだ。

 とはいえそこはトッププレイヤーたち、限られた人数でも上手く連携して順調に進めていた。


 ……のだけど。




 ピンチというものは、いつも突然訪れる。


『にしても、このサイズだと流石に重いな……っ』

『あっ馬鹿』

『うわぁっ!?』


 単に巨大なモンスターに対する愚痴のようなものだったのだろう。《水魔術》を使っていた男性プレイヤーのひとりが失言をした。

 誰もが思っていたけれど、怪物化しているとはいえ女性相手だからと言わないでいたことだ。しかし世の中には、ケアレスミスや迂闊な言動というものは往々にして発生する。


 まあ、気持ちはわかるよ。必死になっていて気が回りきらないのも理解できる。正直、仕方ない。

 そこを安定して堪えられる、安定感のあるプレイヤーのことを巷では「トッププレイヤー」と呼ぶのだ。今回はその人数が足りなかっただけである。


『やっば、追いかけてくる!』

『そりゃ怒るわよねぇ……』

『とにかく逃げましょう! 追いつかれたら船ごとグシャリですよ!』

『エリアキーパー鳥に捕まってグシャリされそうになった人が言うと説得力が違うなあ!』


 大蛸が突然放った魔術で発言者が吹き飛ばされ、船外へ落下した彼は触手で捕えられる。イシュカさんが慌てて逸らしたカメラの画角外から、ぐしゃ、という音が聞こえた。……そういうところ無駄にリアルだよね、このゲーム。痛覚はほぼないんだけど。

 それからすぐにボスが振り向いたかと思うと、今度は船を追いかけてきたのだ。どうやら彼女の怒りは発言者一人では収まらなかったらしい。


 ……まあ、これは誘導するにあたって考えられた作戦案のひとつだった。怒らせてどうなるかわからないというのと、乗船組と船が危険だからという理由で私が没にしていたけど。

 しかしこうなってしまえば仕方ない。死に物狂いで逃げる船と怒り冷めやらず追うボスの、洒落にならない鬼ごっこが開幕した。


 ちなみにSNSではトレンドに入った。辛うじて発言者の顔が配信で抜かれていなくてよかった。

 私は後で失言そのものは窘めつつ、彼のことを庇っておいた。あれはあくまでただの言葉のミスだ、あれで妙な抑圧の風潮ができても困るからね。






  ◆◇◆◇◆






 そんな海上の追いかけっこをしばらく見ていた私たちだけど、いよいよ出番が近づいてきた。


 本来の予定なら、船が連れてくるボスは岸から届く距離になったら地上から改めて銛や錨を当てる予定だった。それで浜辺へ縛りつけてさえしまえば、船は鎖を捨てて離脱することができる。

 だけど現状では、ボスは能動的に船を追っている。こうなると何が困るかというと、ボスが岸辺で止まらないのだ。ここまで来るのと同じスピードのまま浜の近くを横切ることになるから、そう簡単には銛が当たらない。


 ではどうするか。作戦を練り直すには充分な時間があったから、それは考えてあった。




「『予定通りいきましょう。雷魔術師、前へ』」

『よしきたー!』

『やるぞお前ら!』

『外したりするなよ?』


〈属性が相性以外で活かされている〉

〈こういうの好きよ〉

〈わかる〉


 船がぎりぎりまで浜辺に近づいて、ボスを受け渡す準備に入る。それに先立つ形で、地上では《雷魔術》を使える魔術師が前に出た。率いるのは私ともう一人、三人目のベータ組配信者であるイルマさんだ。


 八つある属性魔術のうちひとつだけを指定している上に、この作戦はさらにそれを二つに分ける。さすがに参加人数が少ないから、一人のミスが与える影響は大きい。

 だが、大丈夫だ。ここにいるのはDCO屈指の精鋭たちである。……さっきあんな事があった後だと、ちょっと説得力に欠けるけど。


「『カウント行くよ! 5、4、3、2、1』」

「『『『《ボルトプロード》!!』』』」


 船が鎖を手放して、巻き込まれないよう全速力で離脱していく。

 イルマさんのカウントに合わせて詠唱した、私率いる半分の魔術師による《雷魔術》が発動した。






 ……果たして。


「効いた!」


 泳ぎ続けるボスの周囲の海目掛けて撃ち込まれた《ボルトプロード》は、ボス本体を巻き込みながら海水を大量に蒸発させた。

 その水蒸気が薄れた先にいたのは、動きが大きく鈍ったボス。……《感電》状態だ。


「『畳み掛けましょう!』」

「『いくよ皆!』」

『おうよ!』

『任せろ!』

「『『『《ライトニングロア》!!』』』」


 残り半分の魔術師による追撃の《雷魔術》。今度は本体へ叩き込まれた大量の属性攻撃を受けて、ボスのHPが目に見えて減り……動きが完全に止まった。

 ()()()()()()()()


『来たァ!!』

『よっし!』

「『魔術隊、下がって!』」

「『銛と錨、投げてください!』」


 明らかすぎるチャンスだけど、ここは魔術師たちを下げる。代わりに銛と錨を持った前衛職プレイヤーたちが上がってきて、ダウンしたボスへ向けて投げつけた。

 こうなればボスは動かない特大の的だ。もはや外す方が難しい。全ての投擲物がボスに突き刺さって、即座に大量のプレイヤーたちに引っ張り上げられる。




 さすがにVRMMOという全く新しいゲームに苦戦したようだけど、DCOにも検証班と名乗るプレイヤーたちは一定数存在していた。

 攻略の傍らでさまざまな仕様を研究していた彼らによって、スキルや魔術の効果倍率などが少しずつ明らかになってきている。上位勢を中心としたプレイヤーたちは今、彼らが公式wikiに提供したデータを参考にして攻略に勤しんでいる。


 ……そんな彼ら検証班だけど、一昨日たまたま見つけてしまったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 《感電》というのはこのゲームに存在する状態異常のひとつで、主に雷属性攻撃の追加効果として発生する。発動すれば状態異常レベルに応じて痺れで行動と詠唱が緩慢になり、同時にプレイヤーの場合はSP消費が跳ね上がる。

 他の多くの状態異常と同じく、今のところ《感電》には高確率で与える手段はない。そのせいで多くのプレイヤーから無いものとして扱われている存在……だった。一昨日までは。


 水中の敵に───正確には敵が浸かっている水に当たるように《感電》の追加効果を持つ攻撃を当てると、《感電》の発生率は10倍に跳ね上がる。そんな情報が突如発表されて、界隈には激震が走った。ちょうど私がCMを撮影していた時のことだ。

 元は無視していいくらいアテにはならなかった《雷魔術》の追加効果も、発生率が10倍まで跳ね上がればスタック増加すら容易になる。現状ではほとんど存在しないものの、水中の敵に対しては雷属性が極端に有利になって、中には慌てて《雷魔術》を取得するプレイヤーすら存在していた。




「ただ、正直それはおすすめしません。実のところ見かけほど役に立つ仕様ではないですし、もし今後の展開でこの仕様が壊れたら修正が入るでしょうから」

「そもそも水中の敵と戦うこと自体がそんなにないからね」

「まあ損はしないし、取りたい人は取ればいいわよお? 私は取らないけどねえ」


〈さすがにそうか〉

〈海が塞がれてるからこそ?〉

〈ベータのトビウオですら対象外だもんな〉

〈ゲンゴロウと魚くらい?〉


 今回のボスだからこそ目に見えて役に立ったものの、冷静に考えれば役に立つ場面は少ないのだ。今のところ対象は他にゲンゴロウと普通の魚くらいのものだし、どちらもわざわざそこまでするほどしぶとい敵ではない。

 それが知れ渡ったことで、少なくともトッププレイヤーたちの中では半日で終わった話になった。私が知った頃には沈静化していたくらいだ。


 しかしそんな半分フレーバーの仕様でも、刺さるところでは刺さる。今回のボスはそのいい例になった格好だ。




 そんなこんなで、いよいよ地上で始まるボスとのユニオンレイドバトル。幸先よく出鼻を挫けたことで、私たちは大幅に優位に立つことができていた。

「こんなに楽しくない鬼ごっこは初めてだった」

でもこれと今から戦うんだぜ君ら。


お察しいただけたかと思いますが、今回のイベ結構長いです。珍しく「続きが気になる」が発生しやすくなっていますので、ブックマークと評価ボタンを押して次の更新を気長にお待ちください。

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


小説家になろう 勝手にランキング

― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! うん、体重を女性に聞くのはタブーの極みだからね! なるほど、感電。かなりこのボスには有効だ、、 鬼ごっこ(命がけ) まぁこれで高難易度の洗礼ですね、次はどうなるのか、、!…
[一言] ハヤテちゃんに一言 ???「DCO運営九津堂だ、DCOへようこそ!歓迎しよう、盛大にな!」
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