84.幼聖魔王女アメリア
「では、アメリアさんは女王ではないんですね」
「ええ。そのお話とは違って、アズレイアは王夫妻も王太子殿下も健在よ。もちろん第二王女様も」
《セイサガ》におけるアメリア、フルネームを《アメリア・フォン・アズレイア》という彼女は、傾きかけた王国をわずか数年で建て直した傑物の少女王だった。
というのも彼女、12歳の頃に両親と兄を暗殺されているのだ。政権を狙った大臣による暗殺教団を用いたクーデターで、王、王妃、王太子が同時に命を落としている。
残されたのはまだ子供の王女が二人だけで、しかも第二王女は事件の影響で塞ぎ込んでしまう。まだ幼い王女であるアメリアに国を統べる責務は重いだろうと思われ、大臣を摂政とする……はずだった。
しかし直後、それまで花も恥じらうような愛らしい姫君でしかなかったはずのアメリアは突如として豹変した。さも傷心の自らを労り責務を肩代わりするかのようだった大臣をいきなり牢へ叩き込み、有無を言わせぬ流れで即位したと思うと自力で国政を動かし始めたのだ。
一人だけ捕縛されていた暗殺教団の構成員による証言もあり、大臣家は処刑。主を失い簒奪されるはずだった王国は、彗星のごとく現れた名君のもとで再建へ挑むこととなった。
近隣に発生した恐るべき魔王国への対処として勇者を選定するのは、それから四年後のことである。
だがこの世界では、アメリアが即位する原因となる事件は起きていないようだ。
「では、セレスさんは……」
「アメリア様がちょっとした事件を解決する時に、精霊として関わったの。私としても居心地がよかったから、それからも時々顔を見に行っているわ」
精霊になっていることもあり、セレスさんの立場はずいぶんと大きく変わっているようだ。……もっとも、エルフが健在なこの世界ではセイサガのセレスティーネの役目は薄い。それも鑑みた上で、精霊として来訪者からみた窓口のような立ち位置に移されたのかもしれない。
しかしこう聞くと、まるでアメリアが主役だ。彼女、《セイサガ》では一応サブキャラだったんだけど……。
そうこうしているうちに、確認を終えたイシュカさんがニムと一緒に戻ってきた。
「やっぱり元々飛行ができていると早いですね」
「まあね。ルヴィアはどんな感じ?」
「アメリアさんについて色々と聞いていました」
イシュカさんにも一通り伝えて、私の時とほぼ同じような反応をもう一度。やはりこの人、セイサガを含めてゲーム設定の知識量が私とほぼ同じだ。
「アメリア姫、人気だものね。メイン昇格もするわよ」
「何より大きいのは、アズレイア王国が幻双界にもあるとわかったことですね。今から楽しみです」
「……ちなみに、どのあたりにあるの?」
「《ミッドガルド》北部の……このあたりね」
セレスさんは目の前にホログラムの夜界地図を映し出して、ヨーロッパの形をした図の北西部分を指した。……フランス北部、ドーバー海峡に面する位置だ。リールやカレーがあるあたりである。
実際にそちらに向かうのはまだまだ先のことになるだろう。セイサガのアズレイア王国とは名前が同じだけの別物だとは思うけど、楽しみには変わりない。
「……あ、《魔力通話》」
「アメリアちゃんの方から連絡?」
「ええ。《リベリスティア》に着いたって」
ついに王都へ到着したアメリアさんは、まず知己であるセレスさんと会うことにしたらしい。《昼王都・天竜》の祠で落ち合うことになって、しばらくして現れた彼女は……。
「……幼女ね」
「イシュカさん、不敬ですよ」
「でも、思うでしょ?」
「確かに、思っていたよりも小さいですけど……」
「それに、まさか悪魔とはね」
幼女だった。
しかも悪魔だった。
セイサガのアメリア女王は、17歳の人間の女の子だった。年齢の割にはやや小柄だったけど、少なくとも私よりは大きかったはずだ。
ところが、目の前にいるのは12歳にもなっているかどうかという小さな女の子。しかも角と蝙蝠翅、尻尾までついている。
凛々しくも等身大な人間の少女王が、無垢にも小悪魔にも見える小さな魔王女に変貌していた。
「久しぶりね、セレス。そちらは問題ない?」
「はい、なんとか。……こちらは来訪者の……」
「ええっと……まだ一月だったわよね。もう二人も進化しているの?」
「想定よりも成長が早い上に、あちらの代表者が精霊となったのです」
肩甲骨の下まで伸びたさらさらの銀髪も、怜悧さと愛らしさが同居した顔立ちも、既視感のような見覚えがある。まさしくセイサガの回想シーンに登場していた容貌だ。
でも、いきなりこれを見せられたら動揺の一つはするというものだ。私たちにとっては、アメリアはティーンの少女だという固定観念があったから。
「こちらが代表者でもあるルヴィアさん、こちらがつい先ほど進化したイシュカさんです」
「初めまして、来訪者の方。わたくしは《アメリア・フォン・アズレイア》。ある小国の王女で、しがない巫術師です」
「初めまして。夜霧さんからお話は聞いています、世界の最高の治癒術師だと」
それはどうかしら、と呟くアメリアさんだけど、その様子をセレスさんは微笑ましげに見ている。私たちの知るアメリアと同じで、謙虚なひとなのだろう。
……外見以外は、全く違和感がない。確かにセレスさんの例で種族が変わっている可能性は考えていたし、セレスさんは精霊。どの時系列が拾われるかもわかっていなかったけど。
順応に時間がかかっている私たちをよそに、セレスさんはアメリアさんに私から聞いた話を伝えていた。アメリアさんは興味深そうにその話を聞いて、
「なるほど。……例えば、わたくしの周囲の人物を題材に物語を綴るとすれば、そのようなお話になったりもするかもしれませんね」
と事もなげ。鋼鉄製のメンタルは別世界の彼女と共通らしい。
「それで、一度ここへ立ち寄った理由なのだけれど」
「《浄化》ですか?」
「ええ。自分でもできるとはいえ、念を入れて精霊にもお願いしようと思ってね」
なんでも、浄化には二つの種類があるらしい。
《治癒術》に含まれる浄化は、自身や他者が受けた毒や汚染を吹き飛ばすもの。安全性が高く効率と出力に優れるが、あまり繊細な扱いはできない。
精霊の《浄化》はそれとは別物。こちらは高純度の魔力を循環させて穢れを洗い流すものだ。より綺麗に汚染を消すことができるものの、消費が激しく多用には向かない。
「《治癒術》のは埃をはたきで落とすイメージで、精霊が使う方は拭き掃除みたいな感じかな」
「えらく生活感のある喩えですね……」
ただし後者の《浄化》には致命的な弱点がある。魔力を循環させる過程で、術者の精霊自身に対象の状態異常が浸食してしまうのだ。
ただ、精霊は体のつくりが違うから大抵の毒や呪いは効かない。《魔力吸収》状態や循環不良は、他者の魔力を流すことで除去することができる。だからこの弱点はあまり気にしなくていいもののはずだった。……つい最近までは。
「だけど、今この世界に蔓延している《魔力汚染》は、逆に精霊にとって致命的なの。だから本当は使えないのだけど」
「来訪者なら、それをある程度無視して使えるということですね」
「そういうこと。お願いできるかしら?」
妙にあっさり連れてきてもらえたとは思ったのだ。最初から当てにされていたらしい。
……イシュカさん、私の背中に隠れないでもらえます?
習得したばかりで自信がないと供述するイシュカさんを仕方なく釈放し、そのまま私がやることに。
「私も私で、別に熟練しているわけではありませんが……」
「万葉であれだけやったんだから、あたしとは比較にならないでしょうに」
「だからイシュカさん、それの話は配信ではあまり」
「今更じゃないかしら」
「……配信?」
ついじゃれてしまった私たちの会話から、よく意味がわからないとばかりに一語を抜き取って首を傾げるアメリアさん。
この悪魔幼女、かなりキュート方面へブーストがかかっている。私たちの知るイケメン少女王アメリアと認識していると火傷しそうだ。
「ルヴィアさんをはじめとして、来訪者にはこの世界の様子を彼らの故郷へ発信する方もいるのです」
「なるほど。……ごきげんよう、皆様」
〈うっかわいい〉
〈アメリア様、さては天使か?〉
〈アメリアたそと目が合った!!〉
〈あのアメリアちゃんと……感慨深いな〉
コメント欄の反応になんとなく見覚えがあると思ったら、これはあれだ。最初期の私だ。
リスナーは存外ミーハーだった。もっとも、私が案内人に徹するにはそれくらいがちょうどいいんだけど。
「始めましょう」
「ええ。お願いします、ルヴィアさん」
気を取り直して、浄化開始。恐れ多くもアメリアさんの手を拝借して、高純度の魔力を流していく。悪魔族は非常に保有魔力が多いから、慎重かつ大胆に。
悪魔族というけれど、別に悪い存在というわけではないらしい。かつて由縁あって悪魔と呼ばれただけの、ただの種族名なのだとか。
彼ら悪魔族は魔族の中でも貴族に類する存在……というか、血が薄くなった悪魔のことを魔族と呼ぶらしい。希少な濃血の悪魔族は強い力と《悪魔術》と呼ばれる固有の魔術を持ち、その多くが夜界にて支配階級にあるのだとか。
しかし来訪者の魔族の場合は少し事情が違うようだ。そのあたりは詳しくわかってからおいおい。
「……とんでもない、魔力量、ですね……っ」
「ええ。これでも魔王族ですから。傍系で、少しだけ血は薄いですが」
魔王族、とアメリアさんは言ったけど、後で聞いたところによるとこの単語は俗語だそうだ。悪魔族の中でも特に強力ないくつかの氏族をまとめてそう呼ぶらしい。
……「詳細はそのうちわかるかも」という趣の設定がどんどん増えていく。まだまだ最序盤なのだ、このゲームは。
「…………ありがとうございました。もう大丈夫ですよ」
「ふぅ……危ないところでした」
「けっこう消費するのね」
「あはは……今回はレアケースだと思うよ?」
〈もう終わり?〉
〈もっと見たかった〉
〈てぇてぇ画をもっと見せろ〉
〈絵面が静止してるのに配信として成立してるの草〉
結局、全快状態だったSPゲージは残り5%を切って止まった。この消費は万葉の住民にしておよそ四人分になる。回路が開いたのか途中からは効率が跳ね上がる感覚があった上でこれだから、本当に規格外の魔力量をしているのだろう。
大まかな汚染は払ってある上でこれなのだ。この世界の最上位層、本当にとんでもない。
「汚染に対してなすすべがなかっただけで、幻双界は大抵の事は自己解決しちゃうからね」
「あまりそう見せられていないみたいだけど、このレベルがいっぱいいるのよね。末恐ろしいわ」
幻双界の存在にだけ効く汚染の性質は、来訪者の意義にもかかわる部分だ。もしその難点さえなければ、きっとこの世界は今回の危機も軽々と乗り越えていたに違いない。
私たちはそんなひとたちに世界を託されている。……肩が重い。
そしてその後、体調を万全に整えたアメリアさんは《天竜城》へ向かった。そこで紗那さんが療養している……はずだったからだ。
だが。
「ああ、アメリアの嬢ちゃんか。精霊を連れてるってことは」
「はい、遅ればせながら。……紗那様は」
「それがなぁ……」
不穏なタイミングで、不穏な言い淀み方をする代理城主の《悠二》さん。揃いも揃って察しがよかった五人はその瞬間、次に聞かされる言葉を確信してしまっていた。
そうしてこの瞬間、また物語が動き始めるのだ。
「紗那と夜霧は、もう失踪したんだ。官僚総出で探してるが、王都内ではまだ見つかってねえ。……たぶん、函峯だろうな」
《Dual Chronicle Online ver.1 Side.Day》
《───猫怪暮聚の函の関───》
作者的スーパーkawaiiガールことアメリアちゃんの回でした。ただし本格的な活躍はまた今度となります。
次回は久々の掲示板回となります。ブックマークと高評価を押してお待ちください。
3/8 12:15 追記:本作の累計PVが100万を突破しました! いつもありがとうございます!!!




