80.本性現したな
その日の午後八時。
幻昼界はちょうど夜になったところだ。グランドオープンから数えて奇数日は、この時間から昼夜が逆転する。
ちなみに夜明けは午前零時にあたる。幻昼界の夜はわずか4時間だ。
「というわけで。本筋の攻略にはあまり関われていなくて肩身が狭いのですが、《万葉》グランドクエストの最終フェーズには私も参加していこうと思います」
「本当に参加していませんでしたか……?」
「そりゃもう。結局、配信外でもほとんど」
「そうなんだ。それなら、時々《万葉》に現れては住民の汚染を浄化していく謎の精霊は……」
「忘れろー、忘れろー、忘れろビームッ!!」
〈おいばかやめろ〉
〈あっ……(浄化)〉
〈初見です〉
〈ここは誰? 私はどこ?〉
〈なんで男声出るんだよ〉
〈ほぼ声優ルヴィア〉
〈今どこから声出した……?〉
さて。
「見ての通り、今回は大半の最前線組が揃い踏みしています」
「あの、今のは……」
「出来心です」
「あっ出来心」
「そんな無表情で言われても」
〈そういや九鬼シオンの姉だったわこの子〉
〈これが演技力か……〉
〈めっちゃ似てた〉
〈少年声ですらないんだぞ!?〉
〈振り付けまで完璧なのなんでだよ〉
〈*ケイ:よくもまあ恥じらいもなくできるよアレを〉
何しろ、久方ぶりのメインイベントクエストだからね。クロニクルクエスト以来の戦力結集とあって、みんな気合いが入っている。
ちなみに今回、私は指揮はとらない。事前に話がついていて、私の役目は遊撃ということになっている。
意訳すると、司令部で護衛がてら俯瞰や雑談をするなり、戦線へ出て周囲へ迷惑をかけないように暴れるなり好きにしていいということだ。なんともありがたい。同じ配信者として、借りはいずれ。
「この司令部の顔ぶれを見ての通り、今回の指揮は主に《明星の騎士団》が行います。総指揮官はブランさんですね」
「すごい何事もなかったかのように進めるね」
「全部消されちゃったんですかね……」
「私はまだ触れていませんが、《明星》のようないわゆる《ギルド》はもうふたつあります。そちらも機会があれば紹介しますね」
別タイトルからのコンバートでブランさんとカナタさんの二人から始まり、数人の仲間を加えてギルドとして創設された《明星の騎士団》だけど、いつの間にか20人規模に成長していた。彼らは元々あまり積極的にメンバーを募らないから、他のギルドよりは人数の伸びが遅いけれど。
ベータ期終盤から開放されてギルドシステムはなかなか便利だと好評だけど、今のところ私はギルドに所属するつもりはない。あまり前線にかかりきりにならない公式配信者という立場もあって、単独で動く方がやりやすいのだ。立場の兼ね合いとかもあるし、ね。
「私のチャンネルではほったらかしにしていたので、改めて今回のクエストの概要と経過を説明しておきましょうか」
《領域回復・万葉》。万葉の街全体を対象範囲内とした、マルチフェーズ形式の大型グランドクエストだ。《バージョン1》の《幻昼界》サイド、関東東部領域では初のグランドクエストである。
目的はもちろん、汚染に侵された街の奪還と回復。最終的にある程度の水準まで、汚染が発生する前の状態に戻すことができればクリアとなる。
失敗判定はないものの、クリアされるまではずっと街がクエストモードのままになっている仕様だ。この状態だと流通が滞って各種店舗の品揃えが悪化するし、住民たちが平常ではないせいでプレイヤー側も焦ってしまう。
何より、クリアしない限り次の街へ行くことができない。今は南方フィールドに敵が多すぎて、まず突破できないのだ。
「陸空双方で、強行突破を試みたバ……酔狂なプレイヤーもちらほらいたようですが、結果はご想像の通り。大半が汚い花火と成り果てたとのことです」
〈今バカって言いかけなかった?〉
〈意味そんなに変わってないじゃん〉
〈勇敢なとか言ってやりなよ〉
「……皆まで言わせないでくださいよ。言ったじゃないですか、私も平定エリア外への飛行は試したって」
「そういえばちらっと言ってたね……」
本当に一度ちらっと言っただけだったんだけど、ブランさんは覚えていたらしい。私の配信がトッププレイヤーのBGMになっているのは今に始まったことではないけど、配信者であるブランさんが知っているということはアーカイブか切り抜きを見ているということになる。
とにかく、自分が含まれるから、下手に褒められなかったのだ。察してほしい。
「ここも結果は同じようなものだったみたいですよ。大量の敵に襲われて、地上は《緊急退避》。空から行った妖精の一部はなんとか逃げ延びましたが」
「かなしいじけんでしたね」
「いや君だろ」
「試食みたいなノリで行って、巨人に襲われた一般人みたいなノリで帰ってきたじゃないですか」
「当事者さんがいましたか……」
どうやら空中突破にチャレンジしたのはブランさんのパーティメンバーだったらしい。いかにも火属性といった感じの、赤っぽい妖精の少女だ。
名前は確か、《メイ》さん。イシュカさん以外の妖精の中ではかなり早い段階で前線に出てきたひとで、《御触書・弐 落花繽紛桜怪道》でイシュカさんが八面六臂の活躍を見せたことへ着目した《明星》にほどなく加入していた。
「仕方ないじゃないですかぁ。やりたくもなるんですよ、空を自由に飛び回れたら!」
「そういう問題かなぁ」
「ね、ルヴィアさん!」
おっと素敵なキラーパス。
「どうなの、ルヴィアさん?」
「…………気持ちは分かります」
「ルヴィアさんもやったんですものね」
「それはさておき」
「あっ逃げた」
「ルヴィアさん?」
本格的に脱線しつつあったから、本当に話を戻そう。
「先に言った通り、今回のクエストには複数のフェーズが存在していました」
まず一つ目、魔物討伐。これは単純で、周囲に生息域を広げてしまった魔物を狩るフェーズだ。万葉は非常に広大な農地を郊外に抱えている街だから、この農地よりも外まで戦線を押し上げるのは大前提だったのだ。
当初は普通に魔物が闊歩していたけど、参加プレイヤーたちの尽力もあって今は農地には魔物はいない。遠からず農作業を再開できるそうだ。
〈そんな簡単に元に戻るもんなの?〉
〈農地も汚染されてそう〉
〈この辺の話は前と同じか〉
〈ってことは次は〉
「先週月曜の配信を見ていた方はご存知ですね。そこでフェーズ2、聖水散布です」
フェーズ1の攻略と並行して、この街ではもうひとつのグランドクエストが実施されていた。それが《火刈の聖水作り・万葉》。その名の通り《バージョン1・昼》の主要人物である火刈さんが聖水を作るから、その材料を集めるという内容のものだ。
これには私も少しだけ参加したけれど、この成果によって街には充分な量の聖水を確保することができた。これを魔物に警戒しながら、農地に撒いて汚染を祓う段階だ。
ちなみにこれの裏では、汚染の影響を受けてしまった住民へ聖水を配るクエストも発生していた。土地ももちろんのこと、人々の健康も大切だ。
「私が受け持った住民浄化クエストは、これの亜種ということになりますね。やればやるだけ聖水配布クエストの対象住民も減って、そのぶん聖水素材の必要量も減っていました」
「あれからも配信外では何度もここに来て、浄化クエを進めてくれてましたからね。ルヴィアさんにも本当に助かりました」
「い、言わないでくださいってば」
「でも俺達の配信に映ってたよ」
「………………」
「気づかないくらい集中してたんですねぇ」
〈努力を人に見せないお嬢すき〉
〈健気でかわいい〉
〈好感が持てるよな〉
〈でも見せてほしくもあるんだよなぁ〉
〈陰の努力をすっぱ抜いてくれる周囲に感謝〉
もう、その話は終わり!
ここからは私の配信だけではこれまで知り得なかった部分だ。
その次は第三フェーズ、防壁構築。これは後方の生産プレイヤーを駆り出したものだった。
「名前の通り、農地の周囲に簡易的な壁や防塁、柵などを作るフェーズですね。前方で魔物を押し止める囮役と、実際に防御機構を作る役に分かれての作業でした」
「思ってたよりはクラフター組も来てくれたし、楽しんでくれていたよ。もっと前線とは無縁だと思ってたんだけど」
「それについては事前に感想を聞いてきたんですけど、知己のクラフター曰く『長篠が実際にできるとか最高じゃねえか』とのことでした」
〈草〉
〈草だ〉
〈長篠wwww〉
〈言わんとするところはわかる〉
〈クラフターって意外なところにツボあるんだな〉
まあ、長篠の合戦で行われたことの再現に燃えたプレイヤーはそんなに多くないと思う。たぶん、普段の生産の合間にいつもと違うことで前線の力になれたのが嬉しかったんじゃないかな。
クラフターは前線攻略にあまり興味がないと思われがちだけど、それにはそもそも彼らが攻略へ直接関与できる場面が少ないからという側面もあったのだろう。いざ参加できるとなれば、喜んで来てくれる人も少なくないという好例になってくれていた。
ちなみにそんな彼曰く、「次は墨俣がやりてえな」とのことだった。
運営さん、見てますか。城です、今度は城を作りましょう。
「とまあ、ここまでがこれまでの経過ということになりますね」
〈いろいろあったんだな〉
〈まあ十日あったし〉
〈後方でもいろいろあったけど、その間ずっと進められてたわけだしな〉
〈ただ派手な動きはなかったんだよなぁ〉
明確に「攻略者」を謳うブランさんと違うのは、私が標榜する役割は主に「案内人」であるということ。最前線プレイヤーの一角に位置こそしているけど、ただレベリングやクエスト進行の様子を淡々と流し続けるだけではよくない。それも需要はあるけど、それこそブランさんやもう一組の配信者の役目だ。
他の配信者と競合しすぎず、多くの視聴者さんに楽しんでもらえるコンテンツ。特にいわゆる取っ掛かり、窓口の役割を果たすにあたって、今回は前線に専念するべきではなかったのだ。
だけど、ここからは最終フェーズ。クエストとしても盛り上がってくる決戦の段階だ。DCOの面白さを伝えるためのナビゲーターとして、ここを外すわけにはいかない。
「ファイナルフェーズ、《勢力域奪還》。……一応は土地を取り返した私たちですが、しばらく奪われていたせいで魔物たちの認識はまだ元に戻っていません。徒党を組んで攻め込んでくる敵を駆逐して、ここが人類の領域だと思い知らせてやる必要があるんです」
〈要は決戦だな〉
〈これに勝てばクリアってことだな!〉
〈よくわからんが、奴らを全員倒せばいいのだろう?〉
〈駆逐してやる……この地から一匹残らず!〉
〈コメ欄に脳筋が湧いてるぞ〉
〈兵団も湧いてるぞ〉
まあその通りで、言い換えれば決戦モードだ。これに勝てばクエストクリア、勝てなければやり直し。クリア条件は単純明快、目の前の敵を全て倒すこと。
都合二度目、《バージョン1》では初めてのユニオンクエスト。一大イベントといって差し支えないだろう。
「形式ですが、夜草神社のときとは逆の防衛戦ですね。攻めてくる敵の軍勢を倒し切れば勝ち、防衛線が崩れて攻め込まれれば負け」
「タワーディフェンスを想像してもらえれば、おおよそ間違いはないかと」
「ちなみにもし失敗したら、土地の浄化からやり直しだってさ。これは気合入れなきゃね」
カナタさんの言う通り、その形態はタワーディフェンスゲームに近いものがあるだろう。襲ってくる敵たちをプレイヤーによる防衛線で防ぎ、そこに適宜遊撃隊や遠距離ユニットをぶつけて殲滅する。突破されて街の領域内にある農地へ侵入されれば防衛失敗だ。
ブランさんが怖いことを付け加えてきたけれど、これは実はその通りで明言されている。さすがに攻略が遅れすぎるし、なんとしても避けたいところだ。
というわけだから、まさに総力戦となる可能性が高い。少しでも戦力をと、各プレイヤーたちが可能な限り参加者を募っているところだ。
もともと万葉にいたプレイヤーは、もちろん都合がつく限りほぼ全員。《フィーレン》攻略者も戦線維持に残った最低限を除いて大多数が助けに来てくれている。
それ以外の方面へ向かっていたベータ勢も多くが集まっているし、負担の少ない防衛線の戦力を中心に新規組からもそれなりの数が合流してきている。そこにあった差は薄れつつあるし、運営としては思い通りに違いない。
「これを見ていて、手が空いているプレイヤーの方。よければ助けにきてくれると助かります。自力で万葉まで来られるなら、間違いなく戦力だと思いますよ」
せっかくのユニオンクエスト、私たちとしてももっと盛り上げていきたいところだ。そのためには……そうだね、こんなのはどうだろう。
「──私と一緒に、ここで戦ってくれますか」
〈よしきた〉
〈なんか鳥肌立ったわ〉
〈あっっつ〉
〈すぐ行くから待ってて〉
〈ドラマじゃん〉
〈出来のいいエンターテインメントだろこれ〉
「あ、ベータCMの」
「粋ですねぇ」
「懐かしいな、そういやそんなんもあったか」
「……皆さん、けっこう覚えてますね」
「皆それに惹かれて集まったんだよ」
「恥ずかしいんですけど」
虹精霊ルヴィア、声帯も虹色。
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というわけで防衛戦です。みんなで街を守ります。
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