77.精霊たちのハウトゥーフライ
現場は《ポルト》南方、次の街とのちょうど中間に位置する祭壇だった。少しだけ距離があったから、4人でしばらく移動を挟む。
「精霊が飛べることは知ってたけど、いざ間近で見ると目を疑うな……」
「実は私自身、まだ自由自在に空を飛べている現実を受け止めきれていないんですよね。実感はともかく、感動が追いついてきていないというか」
《魔力飛行》にスキルレベルは存在しないけど、私は操作習熟のため使える場面では積極的に使っている。現実にはない感覚だから、なるべく慣れていきたいのだ。
特に制約や消費もないし、なにより普通に歩くより少し楽しい。街中では驚かれるし扱いづらいから、利点がない限りはフィールド上でだけだけどね。
地面近くを徒歩速度で低空飛行する様子を珍しく思ったのか、フィアさんとセレニアさんも声をかけてきた。今のところ住民に飛行種族は少ないし、王都近辺ではそもそも希少なのかもしれない。
「あの、《魔力飛行》ってどんな感じなんですか? 重力を無視しながら翅で勢いを調節している……とは聞いたことがあるんですけど、よくわからないんです」
「妖精は当たり前みたいに言っていますが、そもそも重力を無視する時点で意味がわかりませんの」
〈それ〉
〈なー〉
〈進化した時も見てたけどさっぱり〉
〈なんかさらっと流されてたけど、普通にわからんよな〉
〈妖精組は揃いも揃って飛行ジャンキーになってて感覚が独特だし〉
……ああ、確かに。《魔力飛行》の理論は改めて説明してもいいかもしれないね。
「魔力飛行ができる精霊や妖精は、そもそもが極端に魔力に近い存在である、ということはわかりますか?」
「はい。それは一般常識ですから」
「……ゴメン、そこから説明してもらえるかな」
「わかりました。かいつまんで話しますね」
〈助かる〉
〈フィーリングで捉えてたけどな〉
〈こういう説明ほんと助かるわ〉
〈なんでお嬢はちゃんと把握してるんだろ〉
カイさん、ナイスアシスト。ここは確かに幻双界では常識のようだけど、地球人には詳しくはわかっていないところだった。今私が確認口調から入ったのは、それを浮き彫りにするためだ。
……今の言葉、異世界人っぽかったかも。
「簡単にいうと、魔力に近い存在というのは『魔術適性が高い種族』のことです。精霊や妖精はもちろん、エルフや天使、狐や猫の獣人もそうですね」
「魔力に近い性質をしていると、その分魔力を集めやすいんです。だから結果的に魔術も使いやすい、といった方が正しいかもしれません」
「珍しいところだと、悪魔も魔力に近い存在だと言われていますわね。魔族はそうでもありませんけれど」
……ルプスト、聞いた? 言うまでもない常識を語るような流れで、たった今悪魔の魔術適性が証明されたよ。
進化、頑張ってね。
「その中でも、精霊は特に魔力に近い存在なんです。……というか、ほぼ魔力そのものですね。体そのものが魔力でできている魔力生命体です」
「ええ、聞いたことがありますわ。魔力とともにある、形を得た魔力そのものともいえる存在。それが精霊なのだ、と」
「だから体が淡く発光しているんですよね。魔力にはふつう、ごく弱い光が伴いますから」
〈ほー……〉
〈じゃあ今のお嬢にはタンパク質の筋肉やカルシウムの骨はないってことか〉
〈全部魔力でできてるとかめっちゃファンタジー〉
そういうことになるね。その辺のことは私も全部を知ってはいないけど、骨も筋肉も内臓も全てが魔力でできていると聞いている。
そもそもこの世界にタンパク質やカルシウムみたいな地球の常識が通用するのかという疑問はなしの方向で。今のところわからないから。
「魔力というのは、この世界では大気中に一定の濃度で存在しているんですよ。精霊界の本来の意義は、この大気中の魔力濃度を調整することなんです」
「うん。それは納得がいく気がする」
「この大気中の魔力は、本来重さを持ちません。光や熱のように、質量のない存在です」
〈わかる〉
〈そこまではわかる〉
〈ファンタジーっぽいな〉
〈ふむふむ〉
「つまり魔力そのものである精霊は、本来質量を持たないんです」
「……うん?」
「魔力が生物として意味と形を持って、そのついでに定義上の質量を得たのが精霊なんですよ」
〈わからない〉
〈あー、なんとなくわかるような気がする〉
〈理屈はわからんでもないけど……〉
正直、このあたりは私も完全には理解していない。表面上の理屈は通るから納得することにしているけれど。
いろいろと疑問点はあるものの、あまり地球の常識にとらわれて考えはしないほうがいいのだろう。何かしらこの世界独自の理屈が通っているんだろうし。
「だから、その精霊が自身の存在から『重力を受けている』という定義を外すと……」
「なるほど、浮くわけですね。理屈の上では」
「でも、そう簡単な話ではないような……」
「それ以外の要素は、無意識のうちに自然と処理できているんだと思います。魔力飛行を使うと、私が意識しているのはそれだけですから」
ニムにも聞いてみたことがあるけど、だいたいこんな感じの答えが返ってきたのだ。そもそも私の意識のしかたが彼女の受け売りだし、特別なものではないはずだ。
「……でも、妖精はそこまで魔力そのものの存在ではありませんよね。なのに《魔力飛行》ができるのは……」
〈それな〉
〈妖精は普通に生き物だよな〉
鋭い。これについては、私は以前「妖精からも進化可能だから同じように飛べるのでは」と言ったけど、そこに思い違いがあったらしいのだ。
「妖精の魔力飛行は少し勝手が違うんですよ」
イシュカさんが言うには、「妖精は魔力飛行のために特化して進化した種族」とのことだった。
精霊ほどではないながら魔力に近い体で重力を軽減し、元々軽い体重をさらに軽くする。そうして種族固有の浮遊魔術(今のところ詳細不明。妖精版の魔力飛行に組み込まれているらしい)の負担をほぼ無視できるほどまで減らすことで、ほぼ消費なしで飛ぶことができるのだそうだ。
「つまり、妖精が小さいのは魔力飛行のためなんです」
「へえ……」
「確かに、理由がないなら体を小さく進化する必要なんて、本来ありませんものね。攻撃を避けやすい、というのはあくまで副産物ですし」
「妖精の武器は魔術だから、体格や筋力がなくても大丈夫ってことか……」
これだけ聞くと、精霊、特にリットさんのような小型精霊は妖精の上位互換に聞こえるけど……。しかし差別化は問題なくできるそうだ。
なんでも妖精は今後、属性へ特化する方向へ進化するらしい。自分には関係ないけど、と複雑そうな顔でイシュカさんが教えてくれた。
まあ、そのあたりの話はまたいずれ。他の妖精の話もいろいろ聞いてみたいところではあるし。
「あ、あれですね」
「はい。あそこの祭壇なのですが……」
目的地はすぐにわかった。巨大なカラーフィルムのような結界が視界いっぱいに広がったのだ。
今の進行方向でちょうど結界とぶつかる位置に、それらしい祭壇も見える。プレイヤーも既に何人か集まっていた。
「空を見ろ!」
「あれはなんだ!?」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、ルヴィアだ!」
仲いいね君たち。
定番のネタを使う絶好の機会が得られた時に結託しがちなのは、正直わからなくはないけど。
ただ、ちょっと古……いや、みなまで言うまい。
「お待たせしました。助っ人に来ました」
「助かる! この祭壇、スキルレベル40ないと反応しねーんだ!」
「うわぁ、意地の悪い仕掛けですね……」
「そう悪いもんでもないさ。普段は前線にいる先達の話なんて、こういう時でなきゃ直接聞けないしな」
少し加速して到着。後ろで3人は駆け出しているけど、そこはご容赦。
その場にいたプレイヤーは30人ほど。そのうち5人が壇上にいて、それ以外は祭壇の外に立っていた。前者の顔触れには見覚えがある、こっちが先に集まった助っ人たちだろう。
スキルレベル40となると、現時点ではベータ組しか達成できていない領域だ。新規組向けのマップで露骨なほどベータ組を要求する仕掛けだけど、足止めされている新規組のほうに不満そうな色はない。
それどころか揃って楽しそうだったのは、新規組の一人であろう彼が言った通りの理由らしかった。確かに、経験値の多いベータ組から話を聞けるなら悪くはないのかな。わざわざ助けに来てくれるプレイヤーなら、ベータ組の側も気のいい人が多いだろうし。
「せっかくだからここからしばらくは一緒に見ていこうと思ってるんだけど、よければルヴィアさんもどうだ?」
「そうですね。後進の役に立てるなら、私は喜んで。 配信的にもおいしいですし」
次に誘いを持ちかけてきたのは、壇上のベータ組の一人だった。見れば他の四人も同じような様子、なかなか良好な関係が築けているようだ。中には近くにパーティメンバーらしきベータ組も何人かいるから、パーティぐるみで来てくれた人たちもいるらしい。
予想以上にお互いの歩み寄りが順調だ。ベータ組には「プレイヤー全体のレベルが高いとその分だけ攻略が楽になる」と刻み込まれているから、そのおかげもあるのかもしれない。
よく見れば今回の助っ人、ベータ組の中でも特にトップ層が多い。気持ちはわかるよ、DCOほど必要以上の戦力突出の恩恵が少ないタイトルもあんまりない。
突っ走るプレイスタイルが好きな一部のMMOトップランカーにはやや物足りないかもしれないけど、そのあたりDCOは万人受けしやすいのかも。現に世間からの注目度も、初のVRMMOだとしてもこれまでの比ではないものね。
とはいえ物好きはいるもので、早くも限られた狩場でレベリングに邁進しているプレイヤーもいくらか存在していた。強いことには違いないから、彼らの存在もやはり前線では重宝しているようだ。
「それで、これが件の祭壇ですか」
「ああ。見ての通り各属性のシンボルマークが刻んであって、壇上で条件を満たした属性は光るようになってる」
〈おお、なんか儀式っぽい〉
〈なんか召喚しそう〉
〈属性シンボルかこれ〉
〈このゲーム属性マーク影薄いからなぁ〉
祭壇のほうを見てみよう。壇上は少し高くなっているけど、私は飛んだままだから問題なく見渡せる。
大きな正六角形をした、石造りの壇だ。それぞれの辺に合わせて、火、氷、水、雷、風、土の各属性を示すシンボルマークが刻まれている。そのうち火属性以外の五箇所の上にプレイヤーが立っていて、それらのマークが光っている状態だ。
「あと三人なんだが……」
「……セレニアさん、確か《火魔術》が得意でしたよね」
「ええ。ですがフィアは《巫術》ですから、当てにはしない方がよろしいですわよ」
「それなら、壇上に上がってくれますか」
「もちろん。これでも私、それなりには使えますのよ?」
〈あっ光った〉
〈NPC使うのアリなん!?〉
〈マジかよ……〉
〈ほんとにプレイヤーと住民の間に差がないんだなこのゲーム〉
だよね、九津堂はこういう時にゲームらしい区別をしない。同じ魔術師なのだから、ギミック解除に来訪者も住民もないのだ。
これで6人、六属性は埋まった。ただ……。
「問題はここからですね」
「そうなんだよな。もう一人足りん」
「もう一人呼ぶ?」
「探してはいるんだが、光と闇はそもそも少ないからな。なかなか見つからん……」
このゲームには、基礎属性は八つある。火、水、風の三すくみ。雷、土、氷の三すくみ。そして光と闇の相克だ。
つまり現状では光と闇が足りない。私が《虹魔術》で両方を持っているけど、どちらかを持ったもう一人がいないと八枠は埋まらないのだ。
その残り二枠、光属性と闇属性を示すマークは祭壇中央に刻まれているものの、今はどちらも光っていない。
「どうしたもんかなぁ」
「みんな、知り合いにレベル40以上の光か闇の術者は?」
「いないんだよな……」
「いるけど、今たぶんダンジョンの中」
〈お客様の中に光か闇の魔術師はいらっしゃいませんかー!?〉
〈*ルプスト:ごめんなさあい、ダンジョン内ー!〉
〈めっちゃフィールド! ポータル遠い!〉
〈そもそも《ポルト》行ったことねえ!〉
〈俺も。ポータル解放後回しにしてたわ……〉
そうなんだよね。ここから近い《ポルト》、というか夜王都南方は新規組向けのエリアと認識されている。大半のベータ組はそもそも一度も訪れていないから、転移ポータルが解放されていないのだ。
となると、最低でも夜王都から来ることになる。普通は飛行なんてできないから徒歩だ。いくらなんでも遠い。
妖精プレイヤーなら飛べるから速いけど、それでもまだ時間はかかる。それに妖精は少数派の種族だから、そもそも条件を満たすプレイヤーが少ないのだ。その数少ないプレイヤーも、コメント欄を見る限りは皆ダンジョンかフィールドだった。
さて、どうしたものか。
待ちぼうけになるのにいつまでも飛んでいても仕方ない、私は壇上へ降り……ようとして、祭壇の上へ移動した。
……足元が光る。のだけど、なんか光量が多いような?
「……うん?」
「は?」
「えっ」
「なんで?」
〈草〉
〈なにこれ〉
〈えっこれいいの?〉
〈両方光ってるんだが?〉
〈それどころか祭壇全体が光ってる件〉
「……もしかして、祭壇が起動してる?」
ルヴィアの魔力飛行講座、そしてマップギミック……の異変。よかったねルヴィア、撮れ高だよ!
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