76.運営「まあ最悪ルヴィアがやるから」
ちょっと短め。
猫幽霊の一件から二日経って、今日は八月九日。《バージョン1》七日目の土曜日だ。今は八月の上旬だから、学生にとっては夏休みとあって曜日はあまり関係ないけど。
とはいえ私は配信者で、当然ながらリスナーのかなりの割合を社会人に頼っている。そういう事情もあって、今のところ配信はどちらかといえば夜が多い。
「実は今日も優先してやることはなくて。何をやろうか考えていたんですけど」
〈レベリングとか普通に攻略とかしないの?〉
〈攻略組だよなお嬢〉
〈よく見ろ、レベル上がってんぞ〉
では配信をしていない昼間はというと、基本的にはレベリングと攻略をしている。そもそもプレイしていない日もあるけれど、午後は前線で戦っていることが多い。
現にコメントによる指摘の通り、昨日よりもレベルが一つ上がっていた。これでレベル29だ。
「お察しの通り昼間は万葉にいました。撮れ高はというと……私は面白そうな案件があれば昼間でも配信をつけます」
〈OK察した〉
〈なかったんですね〉
まあ、そういうことである。
前線攻略を垂れ流しにしても需要自体はあるだろうけど、現状それは必ずしも私がやる必要はない。正式版になって元ベータ勢にも新しく配信者が現れているから、ほぼ二箇所に集中している最前線は私が見せるまでもないのだ。
その点、ここ最近のようなスタイルには私がやる意味がある。顔の知れているプレイヤーであり、住民からの認識もやや特殊。何より精霊という立場と、ソロ故のフットワークの軽さは他にない。
結果的に私は、ベータの時とは打って変わって前線攻略戦闘の配信は少なめになっていた。今のところは、だけど。
「ただ、今日は直前になって呼び出しがありました」
〈ほう〉
〈ほんと便利屋だなお嬢〉
〈頼られてるねえ〉
〈困ったらお嬢に言えみたいなとこあるよな〉
ベータ組まで開き直るのは、それはそれでどうかと思うけどね?
私が最前線を流さなくなった分だけ見続けるメリットは減っているだろうに、今も私の配信を見ながらログインしている前線プレイヤーは多いらしい。トップ層の余裕を駆使して娯楽コンテンツとして消費されている……?
「今回は《ポルト》、つまり新規組向けの夜界南方です」
〈2日目に行ったとこか〉
〈呼び出し人は新規組なのね〉
〈あー、だから精霊界スタートなんだ〉
そういうこと。というわけで、さっそく行ってみよう。
「……ん、そろそろ来る時間だね。ここには来たことがあるらしいから、ポータルから……」
「到着、と」
「うわっ」
「うーん、やっぱり転移門経由の必要がないのは便利……あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
小聖堂から出ると、背中。どうやら待ち人は精霊の性質を知らなかったご様子。
まあ私自身もあまり祠転移を多用していない(何しろ、街の外の祠を使うときか世界を跨ぐときくらいしか明確な利点がない)から、特に新規組は失念していても仕方ないだろう。いずれ増えるだろうけど、今のところ私だけの特例状態だし。
「え、そっちから!?」
「精霊は私を含め、精霊界を通して直に移動できるんですよ」
「へぇ……。あ、お久しぶりです。ルヴィアさん」
「いつも通りの口調で大丈夫ですよ。カイさんの丁寧語、違和感ありますし」
「じゃあお言葉に甘えて」
そんな少し締まらない一幕からの登場となったのは、バーチャルアイドルの《天津火 カイ》さん。第一陣に当選した3人のVtuberのうち、唯一の男性だ。
彼はバーチャルバンドグループ 《アルターブルー》のキーボード担当。《アルターブルー》は男女混合五人組のアイドルバンドのような存在で、三次元とVRをまたにかけた音楽活動の傍らで各々が配信者としての活動も行っている。
ちなみに知名度はというと、下手をすればハヤテちゃんに迫る。去る冬に人気アニメのオープニングテーマでスマッシュヒットを記録し、アーティストとしての知名度が先行しつつあるのだ。
そんな彼らだったけれど、DCOには相当な興味を向けていた。いずれは全員でプレイして、ゲーム内でも音楽活動を行いたいとインタビューで公言している。
そのうち最初にこの世界へ飛び込んできたのがカイさん。ちなみに私、彼らの最新アルバムは初回盤を持っていたりする。妹ともどもファンなのです。
「今さら自己紹介は不要でしょうから流すとして。カイさん、用件というのは」
「実は、彼女たちに言われたんだ。助っ人を呼んでくれって」
そうしてカイさんが示したのは、さっきからずっと傍に控えていた二人の少女だった。
「あの、ルヴィアさんですよね。お話は聞いています」
「いったいどこで私のどんな話がされているのか、少し怖いですが……とりあえず、私がルヴィアで間違いありませんよ」
そう切り出したのは、見覚えのある方。彼女を見かけたのはバージョン0最終日、それも最後の最後だ。
「先日ご挨拶させていただきましたが、改めて……《フィア》といいます。一応、《サナ》の一員です」
「確か、案内をしてくれるんでしたっけ」
「はい。ここ《ヴァナヘイム》も、後半はガイドが必要な場所がいくつかあるんです。……ほら、セレニアも自己紹介!」
《フィア・セルナージュ》。本人が言った通り、《バージョン1》夜の舞台となる《ヴァナヘイム》地域で私たちを助けてくれるキーキャラクターだ。
鮮やかなブロンドと透き通った碧眼、楚々とした様子が特徴だ。その服装も相まって、印象はまさに女神官。
一方でもう一人はというと、対照的な黒髪赤眼に勝ち気そうな表情、さらにはどこかドレスにも似た露出多めの服を纏った女の子だった。一見しての印象は真逆に近いけど、表情を考えずに顔だけ見ればそっくりだ。
《サナ》とはそういうものだけど、つくづく感心してしまった。色と表情と衣装だけで、こうも印象が変わるものなのか。
「《セレニア・セルナージュ》です。フィアともどもよろしくお願いしますわ」
「はい。よろしくお願いします、セレニアさん」
《セレニア・セルナージュ》。こちらもフィアさんと同じく《バージョン1》夜の案内役だ。見かけ通り《治癒術》を得意とするフィアさんに対して、彼女の専門は攻撃魔術。特に《火魔術》を中心に火力に特化した固定砲台らしい。
この二人は昨今話題の《サナ》の一対であるらしい。二人とも人のよさそうな子ではあるけど、《サナ》といえど全ての要素が対になるわけではないのだとか。対比されない要素は逆に極端に似通うそうだから、この様子も納得だ。
意図せずして立て続けに顔を合わせることになったけど、この二人と火刈さんがこのバージョン1のキーパーソンとなる。今後も顔を見る機会が多くなるだろう。
そんな彼女たちに連続で、しかも両方が誰かに呼ばれた先の場所で会うことになるあたり、これからも私の役割は変わらないのだろう。
「改めて、用件なのですが……結界除去を手伝ってほしいんです」
「今ここにいる戦力だけだと、ここより先に進めないのですわ」
「……うーん、似た現象に聞き覚えが……」
「一昨日には昼の方でもあったんだっけ?」
〈まあ片方にあるなら両方あるよな〉
〈どっちもお嬢がやることになるの草〉
〈ベータ組と新規組の交流を増やしたいのかな?〉
ベータ組のレベルを引き継ぎにする以上、レベル帯がベータ上限の25(DCOではシステム上、レベル26以降は要求経験値が跳ね上がるのだ)に追いつくまではどうしてもベータ組と新規組に差が出てしまう。
それを軽減するための新規向け分岐攻略ルートなんだけど、これだけでは逆に両者の交流が少なくなりすぎると判断したのかもしれない。どうやら今回と一昨日の猫幽霊以外にも、ベータ組が活躍した場面は存在したらしいから。
この方式はやりすぎるとベータ組の増長を招く可能性があったけど……もしかして、今や私を当てにされている?
公式配信者の立場は運営にとって計算していい存在でもあるから、別に構わないけど……なあんか、いいように扱われている気はするんだよね。
「結界というのは?」
「この先の道の途中で、大きな結界が進路を塞いでいる場所があるのです。汚染が広まった直後に、王都を守るための応急処置として張られたものなのですが……」
「それが原因になって、そこから先に進めなくなってしまっているんです。その解除には、どうやら複数の属性に長けた魔術師が必要みたいで」
「多くの属性の魔術を使えて、手が空いている人を聞かれて、ルヴィアさんの名前を出したってワケなんだ」
なるほど。清々しいほどに私向きというか、もはや狙って作られているというか……単にハヤテちゃんが私を呼んだだけの猫幽霊と違って、私の存在が便利になる案件のようにも思える。
あまり九津堂の好むやり方っぽくはないけれど……まあいいか。まずは行ってみて、細かいことはそこで考えよう。
ただ、この場合の「最悪ルヴィアがやる」は「誰かがやらなきゃ先に進めない」の手前にある安全策に過ぎません。本当にルヴィアがいないと進めなくなってしまう(マンパワーに致命的に依存する)場所は、今のところない予定です。今後精霊プレイヤーが増えた場合、精霊が必須の場面は出ますが。
ただ、ルヴィアは頼めばやってくれますし、運営もそれを把握しています。ショートカットキーみたいな役割ですね。
ところで、ふと気付いたら3000ブックマークが近づいてきていました。最近になってもまだまだ本作が人目に触れているようで嬉しい限りです。
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