75.愛いのはお前だ
とりあえず、目の前の《猫幽霊》と戦ってみよう。
「とはいえ、さすがにレベル差がありますね。ベータ勢の中でも後発組向けでしょうか」
〈後輩を庇って余裕な感じかっけえ〉
〈先輩なんだなって〉
〈まあ今のお嬢28レベあるしな〉
猫幽霊は二体ともレベル22。レベル25からは上がりにくくなっているとはいえ、私はもうレベル28(万葉での浄化クエストで経験値が入るのが大きかった)だ。正攻法でごり押しても問題ない相手ではある。
とはいえ、これから誰かが戦う敵だ。データを収集しておいて損はないだろう。
外見は大きめの猫だ。ただし幽霊の名の通り、どことなく半透明で不気味。鳴き声ひとつ発さずに牙を剥き、音もなく地を蹴って突っ込んでくる。
交差するように繰り出された二匹の突進のうち、後ろへステップして片方を回避。もう片方の射線に残って剣を構え、いつもの要領で斜め下から《パリィ》を試みた。
幽霊といえど、問題なく弾くことができるらしい。もっとも、《バージョン0》で登場した幽霊たちも物理が効いていたから、そこに驚きはないけれど。
そのまま適当に跳ね上げて距離を稼ぎ、切り返してもう片方へ振り返る。再び剣を構え……飛びかかるタイミングをずらしてきた。それなら詠唱を終えていた《植物魔術》を起動。
「《リーフエッジ》」
悲鳴すら上げない。剣尖から鋭角に放たれた魔術をもろに受け、地面に叩きつけたボールのように猫幽霊が跳ね上がる。クリティカル、かつ不意打ちの補正が働いたのだ。
それを見た私はすかさず踏み込み、体重移動を乗せた突きを叩き込む。刀身が貫通し、声なき断末魔を見せて……爆散。後にはガラス玉のようなアイテムがひとつだけ残る。
「《クリーパーヴァイン》」
その隙に背後から飛びつこうとしていたもう片方の猫幽霊は、待機していた蔓が捕まえた。後ろ足を引っ張られた猫はバランスを崩し、しまいには地面へしたたかに腹を打ち付ける。
あとは簡単だ。逆手で剣を握り、地面ごと胸を貫いた。そのまま剣から魔術を起動してやれば、こちらも爆散。同じくアイテム一つだけを残して跡形もなく消え去った。
「ほんと鮮やか。惚れちゃいそう」
「天晴れじゃ……!」
「褒めても何も出ないよ。私のレベルなら倒せて当然の敵だし」
〈まーたご謙遜を〉
〈ここまでの瞬殺はPSないとできんて〉
〈え、この子いつもこんなんなの?〉
〈三窓勢よ、これがお嬢だ〉
無事にほぼ最速で倒せたので、とりあえずドロップを確認。
○猫幽霊の魂
分類:素材
品質:E+
討伐参加者:ルヴィア
スキル:未設定
・《猫幽霊》の本体である魂が固体化したもの。浄化すると討伐参加者に設定したスキル経験値が手に入る。
「スキルレベリングアイテムですか。それも討伐プレイヤー限定……ズルはできそうにありませんね」
装備の素材などにできないあたりは、ちゃんと成仏させてやれということだろうか。以前にも思ったことがあるけど、やっぱりDCOは倫理ゲームのようなところがちらほら見受けられる。
一方で、なかなかどうして有用そうなアイテムだ。DCOではプレイヤーレベルばかり上げても仕方ないけど、スキルレベルはいくらあっても困らない。しかも対象スキルはある程度自由に選べるようだから、上がりにくいものや取得したばかりのものを上げるのにちょうどいいだろう。
とりあえず使わずに持っておいて、詳しく調べてみるべきか。錬金術師か、あの人がいれば何かわかるかもしれない。
様子見を終えて及浜へ帰還。……町に留まっているプレイヤーが多いこともあって、かなり注目を集めている。3人とも配信者だからね、まあ仕方ない。
ただ、そんな私たちを見る人たちの中に見覚えのある顔があった。
「ルヴィアさん、ちょっといいっスか」
「アークさん、それにソラちゃん。こっちにいたんですね」
「兄さんが、いるので」
言われて見れば、確かにもう一人。どことなくソラちゃんと似た雰囲気の青年が立っていた。
「あー……イアンと申します。妹がお世話になってます」
「改めて、ルヴィアです。ソラちゃんには私の方がよくしてもらっていますから」
ソラちゃんのお兄さん、《イアン》さんは魔族のタンクだった。大盾を持った盾騎士で、アークさんのバフを貰ってソラちゃんが攻撃するための隙を作る役割。まさに《酒蔵地下の不思議迷宮》で私が担ったポジションだ。
元々一緒に遊ぶつもりだったから、レベリングにも付き合っているのだろう。一応確認してみたけれど、二人ともちゃんと手を抜いている様子だった。パワーレベリングの無意味さはベータ組が一番よくわかっているわけだから、心配することはないんだけど。
「ルヴィアさんのお友達さんかー。初めまして、愛兎ハヤテっていいます」
「は、はじめまして……ソラ、です」
「……なんとも、愛いのう」
さすがのバイタリティで話しかけるハヤテちゃん。それに応対したのは、意外な胆力を見せたソラちゃんだった。ちょっと緊張気味だけど、普通に話せている。私と初めて会った時より随分成長しているようだ。
……巴ちゃん、可愛いもの好きなんだよね。今の「愛いのう」は特に多用されて、彼女の代名詞のような扱いになっている。
「ソラはルヴィアさんと出会って以来、段々人見知りがよくなってきてるんスよ」
「へえ……荒療治だったかもしれませんけど、お役に立てたならよかった」
「ほんと、うちの妹がお世話になってます」
「兄、うるさい」
確かにソラちゃん、かなりいい感じに緊張が解れている。カメラを前にアークさんの背に隠れた頃の彼女はもういないようだ。
恐縮しきりのイアンさんに向かって、ソラちゃんから厳しい一声。イアンさんは苦笑しつつもあまり気にしていない。いい兄妹だった。
ちょうどいいところに、向こうから一人の少女が歩いてきた。少女といっても見かけだけで、中身は何百年と生きているらしいけど。
「《火刈》さん、お会いするのは二度目ですね」
「ああ、精霊の。こっちにも来ていたんだ」
火刈さん。猫であり、幽霊にも関わりがあるらしく、しかも《バージョン1》のメインストーリーにも大きく関わってくることがわかっている。
まさに彼女こそ、この状況にぴったりであろう人物だ。
「猫の幽霊が出るようになったと聞いてね、私も気になっているんだ。もしかしたら原因に心当たりがあるかもしれない」
「心当たりですか?」
「ああ。私自身が死霊を統べる火車の性質も持っているんだけど、その方面では《雫》……私の妹の方が強いんだ」
「その雫さんは……」
「私の力不足でね、《函峯》のあたりで汚染されてしまっている。神の端くれの癖に、妹一人守れないなんて情けないよ」
新情報だ。《神宮寺 雫》、重要人物である《火刈》の妹。死霊使役の力を持つ《火車》で、現在は《函峯》にて汚染状態。……もしかしたら、バージョンボスそのものかもしれない。
そんな雫さんがもし暴走しているのなら、函峯からほど近いここで猫幽霊が大量発生していることにも関係があるか。
視界の端で、緊張した面持ちのハヤテちゃんと巴ちゃんが息を呑んでいた。……見れば周囲のほとんどが似たような顔だ。こういう重要そうなストーリーイベントが初めてなら、確かにそんな顔になるのかも。
一方で平気そうなのがアークさんとソラちゃん。二人は馴染んだ様子で真剣に耳を傾けている。これが経験者の余裕か。
「これがその猫幽霊が落としたものなのですが……」
「これは……やはり、雫の魔力の気配がある。間違いない、あの子は汚染で暴走してしまっているようだ」
肩をすくめてみせる火刈さん。妹が辛い目に遭っている割には飄々とした態度だけど、それだけ歳を経て達観しているのだろう。内心ではひどく心配していることは、落ち着かずに曲げられた薬指と小指を見れば察しがつく。
ともかく、これである程度必要な情報が判明したことになる。
「来訪者さん、頼みがある」
「はい」
「どうか函峯にいるだろう雫を倒して、助けてやってほしい。あまり迂闊なことができない体ではあるけれど、私たちも可能な限り手を貸そう」
「もちろんです。雫さんの奪還、お手伝いさせてください」
〔〔クロニクルミッションが発生しました:化猫在す函峯の関〕〕
○化猫在す函峯の関
区分:クロニクルミッション
種別:メインストーリー
・西への交通の要衝 《函峯》は、暴走し幽霊を溢れさせている火車 《神宮寺 雫》に抑えられている。南関東の平穏のためにも、東海の解放へ向かうためにも、彼女を倒さねばならない。
しかし、どうやら雫は汚染を取り込んで強くなっているようだ。まずは彼女に効く呪具を集めて、対抗できるようにしなければ。
今回のクロニクルミッションは、新進気鋭の新規勢の目の前で発令された。
内容は函峯の解放、そして雫さんの討伐と救出。形式はバージョン0の《夜草神社を解放せよ》と大きくは変わらなそうだ。
おそらくここから西、以前近くまで行った《神鞍》からさらに西に行けば、函峯へは行くことができる。しかし間違いなくそれだけでは雫さんには勝てない。
攻略のためには関東各地を巡り、それぞれの場所で専用のアイテムを探す必要があるのだろう。まだわからないことが多いけれど、長丁場の予感がする。
「それと、もうひとつ。こっちが本題だね」
「はい。この猫幽霊への、当座の対策についてなのですが……」
「それについては手がある」
気を取り直して、次の話。火刈さんは着物の懐に手を差し込むと、小さな鈴を取り出した。振っても音が鳴らない特殊な鈴だ。
周囲の顔色が変わった。これまた初めてのわかりやすいイベントアイテムを前に、少々浮き足立った雰囲気。
「《霊避けの鈴》という。これを身につけていれば、幽霊から襲われなくなるんだ」
「では、それを?」
「ああ、君達に配ろうと思う。……ただ、材料費が馬鹿にならないからね。悪いけど、ひとつあたり1000エルは貰うことになるかな」
一瞬だけ身構えた空気が弛緩する。1000エルなら大丈夫だ、という大合唱を幻聴した。
DCOの稼ぎ効率から鑑みると、確かに1000エルは安い。まだ始めたばかりの新規勢でも問題なく払える値段だ。
今後はもしかしたら昼界全体に猫幽霊が蔓延するかもしれないことを考えれば、私たちベータ組も持っておいて損はないかもしれない。
とはいえ、さすがに新規勢が優先だ。イアンさんとパーティを組んでいるソラちゃんとアークさんはともかく、私は後回し。鈴の頒布準備を始めた火刈さんの手伝いに回ることにした。
戦闘、再会、クロニクル。DCOは新参も置いていきません。
なお作者の古語知識はガバガバです。したがって巴ちゃんの口調も変かもしれませんが、気にしないでください。どうしても気になる古文自信ニキの方は誤字報告いただけると嬉しいです。
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