74.ナチュラルにちゃん付けするルヴィアに界隈騒然
翌日、《幻昼界・万葉》。
「八月七日、正式サービス5日目です。今日は昼側からですね」
〈よしきた〉
〈*ゲンゴロウ:待ってたぞ〉
〈日課〉
〈めっちゃ昼〉
〈そういや昼夜どうなってんの?〉
ベータ版では現実と同じだった昼夜だけど、《バージョン1》に入ってからは独自の仕様がスタートしていた。
私たちの体感上だけど、一日は16時間。リアル二日の間にゲーム内では三日が経過する仕様となっている。
《幻昼界》では一日目の0時から12時までが昼、12時から16時までが夜、16時から二日目の4時まで昼。そして4時から8時まで夜で、8時から20時まで昼、20時から24時まで夜だ。
《幻夜界》では真逆で、どちらかが昼ならもう片方は必ず夜になるように設定されている。
16時間のうち長い方が12時間、短い方が4時間となる。昼夜が切り替わる前後15分間は朝、あるいは夕方というわけだ。
「このサイクルのうち、二日目の12時からサービスが始まっています。つまり偶数日の午前零時に夜が開けるので、初日から数えて奇数日である今日は午後8時まで昼のままですね」
これに関しては、たぶん昼界は昼、夜界は夜から始めたかったんだと思う。一日目から始めたらいきなり逆になってしまうからね。
〈なんでズラしたんだろ〉
〈3時から21時まで昼でいいだろうに〉
「一日が24時間じゃないのは、同じ時間にしかログインできないプレイヤーのためでしょうね。深夜しか来られない人が、夜間の昼界にしか来られない、なんてよくないでしょうから」
ちなみに季節設定は現実世界と同じ。まあ、合わせないと季節イベントとかで困るからね。12月に《幻双界》は夏だから海イベント、なんてされても困る。
「さて、昨日は夜の方でクロニクルミッションが出たわけですが」
〈おう〉
〈そうだったな〉
〈昨日見てない勢向け報告助かる〉
フリューから呼ばれた夜王都 《リベリスティア》では、夜界の女王である《シア》さん(この世界、全体的に女性の方が実力者が多い傾向にある)が表に出てきた。彼女によって正式に《ヴァナヘイム戦線を押し上げろ》が発生し、以降の攻略がクロニクルミッション扱いになった。
……なお、夜界のモチーフはヨーロッパ全体だ。最初の舞台はそのうちイタリアからギリシャにかけての地域で、ここのことを《ヴァナヘイム地方》と呼ぶそうだ。……北欧神話?
昼界のクロニクルミッションはまだだけど、この様子だと遠からず同じように発令されそうだ。……それを告げるのは、紗那さんではないだろうけど。
「今日からは普通に攻略参加しながらイベント待ち……の、つもりだったんですけど」
〈お?〉
〈不穏〉
〈なんかあるのか〉
「既にイベントのタレコミ……というか呼び出しがかかっています。早速行きましょうか」
〈はや〉
〈さすがですわ〉
〈ほんと見てて飽きないよな〉
〈単調な狩りでも撮れ高にするくせに、面白い話が向こうから寄ってくるんだからもう〉
ついさっきフレンド伝いに届いた話だ。なんでも、「俺達には手に負えないから代わってくれ」だとか。……撮れ高的には嬉しいとはいえ、私は何でも屋じゃないんだけどなぁ……。
「特殊NPC、ネームドの住民さんですね。機嫌がよろしくなくて、対話もおぼつかないとか。……この屋敷の中です」
〈本格的に便利屋だな〉
〈なんでもできると思われてそう〉
〈実際なんでもできるから……〉
ノックをしてから入ると、中にいたのは二人の女性。片方はメイドさんで、ネームタグは《漆咎 唯華》。もう片方は女性というよりは少女らしい顔立ちの、着物をきっちり着込んだ女の子だった。
そんな彼女の名前は……《夜津・ヨートゥンヘイム・イタクァ》……イタクァ!?
〈イタクァ〉
〈マジかよ……〉
〈イタクァは草〉
〈イタクァ is 何〉
〈クトゥルフのやべーやつ〉
とかく雑多な傾向のある《九津堂》のことだから、いずれは出るだろうとは思っていたけど……さすがに不意打ちだ。こんなに早くクトゥルフモチーフの名前が出てくるとは思わなかった。
ただ名字についているだけで、本人は角が生えているだけの巨乳美少女なのが救いか。……かなり大きい、羨ましくなってきた。
じゃなくて。
「あなたは?」
「ルヴィアといいます。同胞から頼みを受けて、お話をお聞きするために来ました」
「精霊……ん、いいよ。話してあげる。漆咎」
夜津さん、ずっと微妙に不機嫌そうな顔をしている。何があったのだろうか。私が精霊だと気づいた瞬間、ほんの一刹那だけ嬉しそうな色を見せた気がしたけれど……。
許可はしてくれたが、実際に話し始めたのは横の漆咎さんだった。
「我が主 《夜津》様は双界きっての実力者として、先日まで夜界で戦っておりました」
「ということは、今は……」
「後方に下がっています。夜津様ご自身は無事なのですが、私が不注意をしたばっかりに……」
「漆咎は悪くない。私を庇ってくれただけ」
なるほど。常に傍にいる従者の療養のため、主人ともども下がってきていると。一人で戦場に立つのは危険だから、それ自体はおかしなことではない。プレイヤーにソロが多いのは《緊急退避》があるからでしかないのだ。
その手傷はというと……うん、確かに。漆咎さんの腕に包帯が巻かれている。さほど深い傷ではなさそうだけど、汚染が入り込んでいるのだろう。夜霧さんのように呑み込まれるほどの濃度ではなさそうだけど、確かにこれでは前線は無理だ。私の《浄化》程度では治癒も難しそうだし。
「幸いにも汚染は浅く、気をつければ日常生活は送ることができるのですが……」
「パンケーキは、作れない」
……パンケーキ?
「夜津様はパンケーキが大好物なのです。普段は私が作っているのですが、この腕では普段通りにはできず……」
「なるほど。では、料理人をお呼びすれば?」
「よろしければ」
なるほど。確かに利き腕に傷を受けてしまったら、あまり凝った料理は難しい。ひっくり返す時にどうしても腕力が必要になるし、パンケーキも無理なのだろう。
泣きそうな表情(失礼だけど、不覚にもかわいい)をした夜津さんを見れば、彼女にとってパンケーキがどれだけ大切なものなのかはよくわかる。
「……あ、でも、小麦粉はともかく、牛乳と鶏卵は……」
「はい。今は手に入りません。せめて《如良》に行かなければ……」
《如良》とは万葉の次の街……たぶん木更津のことだ。今は魔物が多すぎて通行に無理があるから、攻略は万葉を解決してからになるだろう。
つまり、この件についてはその後。今のペースなら一週間後になってしまう。大丈夫だろうか、と視線をやったが……夜津さんは案外平然としていた。我慢しているだけかもしれないけど。
「それでは、《如良》解放後に材料と料理人を寄越しますね」
「はい。よろしくお願い致します」
「……ん、それなら、待つ」
……案外あっさり話がまとまった。
これ、私がやる必要あった?
夜津さんのもとを辞して、改めて攻略へ参加……。
「ではなく、別のところを見に行きます」
〈お?〉
〈なんかあったん?〉
〈イベントか〉
「イベント中に別の呼び出しがあったんですよ」
というわけでやってきました、久々の《及波》。今のここは新規組が武者修行を行っている賑やかな町……なんだけど。
実はこの近辺にて、ちょっとした困りごとが起こっているらしい。
「あ、ルヴィアさん!」
〈ハヤテちゃんだ〉
〈呼び出し人ってハヤテちゃん?〉
〈巴ちゃんもおる〉
小柄とはいえ、魔力の体が淡く発光している精霊は目立つ……というよりは、ポータル近くで待っていたからだろう。すぐにハヤテちゃんが駆け寄ってきた。
そして横にもう一人。腰に青銅の刀を差した、かなり幼い容姿の黒髪少女だ。
「ルヴィアちゃんのリスナーさん、こんニーソ! 二度目の愛兎ハヤテだよ!」
「お初にお目に掛かります、大刀洗巴と申します」
ハヤテちゃんは以前紹介した通り。相変わらず元気で、この間と違うのは友人と連れ立っていることだ。ちょうどコラボ回をやっているところだったらしい。
ハヤテちゃんの隣にいるのがその友人、ハヤテちゃんの『電脳ファンタジア』と交流が多い事務所『@Project』に所属するVtuberだ。名を《大刀洗巴》という。
『電脳ファンタジア』はオールジャンル気味で少なからず現代日本人系のキャラクターもいるのに対して、『@Project』は全体的によりファンタジー色が強い。異世界からの旅人だとか、天界から降りてきた天使だとか。事務所名的には逆なんだけど。
中でも「長い眠りから覚めた武家の娘」である巴ちゃんは、最大の特徴としてとにかく鉄壁のRP能力を持つ。明らかに現代には存在し得ない性格をしているのに、何があってもキャラが剥がれないのだ。
おかげで界隈では「もしや本当に……?」と囁かれているほど。《幻双界Vtuberのつどい》やDMでの様子はというと……今のところはご想像にお任せしておこう。
「それで、何があったの?」
「まずは見てもらった方が早いかな」
「ええ。ルヴィア殿であれば、実際に相対しても問題ござりますまい」
うーん、不穏。新規勢向けの初級フィールドにおいて、私の戦力なんてそもそも考えられないもののはずなんだけど。
まあ、何事もないなら私が呼ばれたりしない。及波の面々の困り顔を見るに、どうしても必要だから呼び出しを受けているのだ。それが私だったのは……ハヤテちゃんからのアクセスが一番簡単だったからかな。
「問題っていうのは、アレなの」
「んん、見覚えのない敵が……え?」
猫幽霊 Lv.22
属性:幻
状態:汚染
「レベル22……?」
「そうなの。私たちじゃまだ倒せないから、急に出てきたアレは逃げるしかなくて」
「この有様では、《世束》への到達は至難の業。さりとて他の敵は既に役者不足ゆえ、鍛錬にも困る有様にござります」
「なるほど。だとしたら、ひとまず夜の方に行くしかない……のかなぁ」
そこにいたのは新しい敵。レベル22は《御触書・参》くらいに相当するから、まだせいぜいレベル15前後である新規勢にはさすがに難しい。
一方で他のMobは巴ちゃんの言う通り(役不足の正しい使い方だった)、今の彼女たちには旨味の少ない敵になりつつある。端的に言えば、半ば詰んでいるのだ。
もっとも、《幻夜界・ヴァナヘイム南方》ではその空白分のレベリングはできる。できるけれど、そんな形で片方に集まることを強いるのは不自然だ。
つまりこれ、何かしらのギミックがある。目の前にいるのが猫の幽霊であることを考えると、思い当たるのは彼女だけど……?
何でも屋というか、私立探偵みたいになってきましたね。そのうち迷い犬探しとか殺人事件の推理とか始めたりするかもしれない。私にミステリの執筆経験なんてありませんけど。
本作はたまにやたら設定が煮詰まっていそうなNPCがさらっと出てきたりしていますが、これは過去に私や狐花にとら氏が作ったキャラ(いわゆる「うちの子」だったり、TRPGとかで使うキャラシだったり)の流用あるいはリメイクであることが多いです。特ににとら氏のキャラはとかく多彩かつ関係が複雑なので、そのうち思わぬ角度から伏線回収があるかも。




