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Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜  作者: 杜若スイセン
Ver1.0-1 双つの世界を進む勇者たち
74/473

72.エリアボス討伐RTA

 王都での用を終えて、東のフィールドへ。そこそこの速度で低空飛行すれば、フィールドの様子を確認しつつレベル的に見合わない領域を高速で突っ切ることができる。


 ちなみにこの飛行、ちゃんと制限はされていた。まだプレイヤーが到達していない地域へ飛ぼうとすると、どこからともなくやたら高レベルな飛行系エネミーが飛んでくるのだ。

 もしかしたら倒せば進めるのかもしれないけど、動きのいい明確な格上をドッグファイトで倒すのはかなり厳しい。素直に地上を進んだ方がマシだ。


「なんで知ってるんだ、ですか? 配信外で試したからです。さすがに逃げたら追っては来ませんでした」


〈草〉

〈チャレンジャーなところあるよね〉

〈お嬢はそういうやつや〉

〈全力で逃げるお嬢とか珍しいものが〉


「他にも、未開放エリアは上空まで瘴気に遮られて進めなさそうですし……あとは、ここですね」


 眼下の光景は川に差し掛かる。そのほうが都合がいいのだろう、形は新しい方の江戸川だ。ここまではレベルが足りていなくても、敵に気をつければ遊びに来ることはできる。

 この川には不可視のバリアが張られている。飛び越えようとすると透明な壁にぶつかるのだ。実際に見た方がわかりやすいだろうから、ぺたぺたと触りながら説明。


「なのでこの向こうに行くには、最初は正攻法しかありません。一度向こう側に到達すれば、この壁はなくなって通れるようになるんですけどね」


〈あの橋か〉

〈橋の上になんかいるよな?〉

〈ということは〉


「はい、皆さんお待ちかねのボス戦タイムです。……ただ、なぁ……」







 パーティ用ボスである大熊が爪を振り上げ、私目掛けて叩きつけてくる。本来なら避けるべき隙だらけの攻撃を、敢えて《バスターパリィ》で弾いて隙を作る。

 この大熊は格下なんだけど、これまで多用していた《プッシュパリィ》は今は使えない。進化によるステータス変更でSTRが大幅に落ちたせいで、STRを参照する技には影響が出ているのだ。


「よいしょ、っと」


〈よいしょて〉

〈何それ……〉

〈【初見さんへ】これが普段のプレイスタイルです〉

〈今日もお嬢は平常運転だな!〉


「《ストリームロア》」


 がら空きの胸元へ近距離射撃。《虹魔術》に弱点を取られた熊はあっさり崩れ落ちた。

 倒れた熊はポリゴンになって砕け散り、ファンファーレと報酬演出。……ボス戦、終わり。


「わかってはいましたけど、歯ごたえはないんですよね」


〈なにこれ……〉

〈はっっや〉

〈あまりにも無駄がない〉

〈3分39秒。新記録では?〉

〈*リュカ:おめでとうお嬢、WRだ!〉


 VRMMOの戦闘そのものや私の戦い方に驚いている初見さん、いつもどおりの常連さん、何やら非公式の大熊討伐タイムアタックを勝手に計測して盛り上がる一部コアリスナー。コメント欄はいつも平和。

 WR(ワールドレコード)って言われても、今のところ日本にしか存在しないタイトルだと違和感がある。……そういう問題ではないか。


「まあ、見ての通りですね。ある程度後続の、前回のクロニクルクエスト参加者を見た難易度なので、最前線をひた走ってきた廃人たちにはぬるい熊さんなんです」


 私の場合、このくらいならソロで2体同時に相手しても安定して勝てると思う。そのくらいの敵だ。だから正直に地上を歩いたりせず、空を一直線に飛んでいるわけだけど。

 障害物が消えたから、もう一度空へ。直後にひとつ街があったけど、ここはベータ中堅層向けのレベル帯だったからポータルだけ触って素通り。







「着きましたね。ここが現在の幻昼界最前線、《万葉(まんよう)》です」


〈安直ゥ!〉

〈桁増えてるじゃん〉

〈わかりやすくていいね〉


 相変わらずストレートなネーミングというか、捻り方が甘いというか。まあ、どこなのかは一発でわかるからいいけど。


「ここ《万葉》は農業の盛んな街です。郊外には広大な田畑があって、ここで採れた農作物を港から湾を通って王都へ供給しています……が」


〈さっきちらっと見えたな〉

〈あれ田畑なん?〉

〈供給できますか……?〉


「今の万葉には、主に問題が三つあります。とりあえず、そのうち二つを見ていきましょう」





○領域回復・万葉

区分:グランドクエスト

種別:メインストーリー

・《万葉》の街は汚染の勢力が強く、常に街の外を魔物に陣取られている状況だ。まずはこの魔物を駆逐し、本来の安全圏を確保しよう

段階:1.魔物討伐(10%)

報酬:セーフティエリア拡大、経験値(小)、住民好感度(大)、???





 ひとつめは、他の場所と同じだ。凶暴化した動物や魔物が街の外で暴れている。まずはこれを討伐して、街の安全を確保しなければならない。本来魔物や獣がいなかった領域……つまり農地を解放するのだ。

 これに伴って、クリア時の報酬にはセーフティエリアの拡大が含まれている。回復した農地はクリア後にセーフティへ変更されるのだろう。

 もうひとつ、伏せ状態の報酬があるけれど……これを気にするのは判明してからでいいか。






「二つ目はこれに関連して、当の農地が汚染されてしまっていることですね」


〈だよなあ〉

〈それじゃ育たんよな〉

〈どうすんのこれ〉


「そこでもうひとつのクエストというわけです。ちょっと挨拶に行きましょうか」


〈挨拶?〉

〈行き先あるのか〉

〈それでさっきから歩いてたんだ〉


 そういうわけでやってきたのがここ。万葉最大の寺子屋だ。今はここでの授業は休止になって、現状を打破するための人物に貸し出されている。

 引き戸を開けて中に入ると、そこにいたのは見知った二人の双界人だった。片方は普通の上等な着物で、もう片方は巫女服だ。





「こんにちは。火刈(ひかり)さん、結乃(ゆの)さん」

「あ、ルヴィアさん。こちらにも来ていたんですね。てっきり夜界に行っているものと」

「ちょっとしたズルですけどね。飛ぶと速いですから」


 巫女服のほうは名字がオープンになって《天那(あまな) 結乃》さん。王都では臨時教師として動いていたが、彼女は本来は巫女。こちらが正装だ。

 バージョン0のメインストーリーには絡んでいなかったから影は薄かったけど、いくつかのサイドクエストは出していたらしい。ミカンの《百日紅の緋袴》は結乃さん発だったのだとか。


「君がルヴィアか。改めて見ると不思議だね、来訪者の精霊とは。私は《火刈》、以後よろしく頼むよ」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、火刈さん」


 もう一人が三又神社の神格にして結乃さんの師匠、《神宮寺(じんぐうじ) 火刈》さんだ。結乃さんよりも幼く見えるほどの金髪幼女だけど、これでも1000年は生きているのだとか。

 猫耳と尻尾から見て取れるように、彼女は《神猫(しんびょう)》という特殊な存在だ。持てる力と畏敬から神格化された猫獣人の究極形。

 九尾狐のように妖となった獣は尻尾が増えることがあるけど、彼女の場合は猫又を飛び越えて三尾。猫としては最上級なのだとか。


 この街では……いや、おそらくバージョン1の長きにわたってこの二人の存在は非常に重要となる。


「さっそくで悪いのですが……この中に持っている素材はありませんか?」

「ええと……これとこれなら、多少は。どうぞ」

「わあ、こんなに! ありがとうございます!」


 私と二人を隔てるようにして、ひとつ長机が置かれている。そこには文鎮で紙が留められていた。その紙に記されている素材こそが、今この二人が求めているものというわけだ。

 私はインベントリから取り出した《タンコロリンの果汁》と《シカク草》を差し出した。……聖水の素材は今後また必要になるだろうと思って、少しずつ貯めておいたのだ。


〈なるほど、聖水か〉

〈追い払うだけじゃ汚染があるもんな〉

〈これで浄化するのか〉





○火刈の聖水作り・万葉

区分:グランドクエスト

種別:メインストーリー

・《万葉》の解放が始まったが、魔物を追い払って土地を奪還しても農地は汚染されてしまっている。農地の浄化には大量の聖水が必要だ。そのために街に来ている火刈と結乃へ、今のうちから少しでも多くの聖水の材料を供給しよう

報酬:住民好感度(小)、火刈・結乃好感度(小)、経験値(小)





 戦闘難易度がかなり高い《領域回復》とは違い、この要求素材の多くは後方で調達できる。トップ層は《領域回復》、後続組は《聖水作り》を重点的に担当するのが無難なところだろう。

 とはいえ、どちらを選んで参加するかは自由だ。自分の力を信じてハイリスクな戦いを展開するか、比較的安全だが手間のかかる素材集めを担うか。ひとつの目的に対して、複数の参加方法が用意されている。


 そして当然、その二択なら私は───


「では、私も魔物狩りを手伝ってきますね」

「ああ、いや。君には特別に頼みがあるんだ」


 おっと?







「───もう大丈夫だよ、悪いのはいなくなったから」

「……ほんとだ、あったかい……」

「あとは、ゆっくり休んで。ちゃんと寝れば、もう元通りのはずだから」


 うん、と頷いて、私の腕の中の女の子は眠たげに目を閉じた。私は女の子を布団に寝かせ、立ち上がって振り返る。


「《浄化》は完了しました。もう大丈夫かと」

「本当か……はは、夢みたいだ……」

「本当に……本当にありがとうございます、精霊様……!」


 私が《浄化》した女の子の両親は、それはもう感極まった様子で感謝を繰り返す。今は生活も苦しいだろうに、ささやかなものですが、なんて言いながら近辺で採れる素材品を手渡してくれる。

 頭を何度も下げられながら外に出ると、すぐに騒ぎが広がって何人かの住民がどこかへ駆けていく。料理人プレイヤーの助けを借りて減ったSPを補充していると、今度は別の憔悴した住民がやってきた。


「精霊様! お疲れのところを心苦しいのですが、うちの(せがれ)が汚染に冒されてしまいまして……」

「わかりました。案内してください」

「は、はいっ! こちらです……!」


 連れられた先では痩せぎすの青年が伏せり、その体を黒いモヤが取りついていた。私はその青年の手を握り、《浄化》スキルを発動。SPと引き換えに住民の受けた汚染を癒していく。


 ここ一時間くらい、この繰り返しだ。





○万葉の住民を癒せ

区分:ダイレクトクエスト

種別:ストーリーリンク

・ここ《万葉》は汚染が激しく、住民の中にも直接被害を受けてしまった人が存在する。《浄化》スキルで彼らを治療し、苦しむ人を少しでも減らそう

備考:《浄化》所持者限定

報酬:経験値(小)、住民好感度(大)、《火刈の聖水作り・万葉》のノルマ減少





 つまり私は今、《浄化》持ちの来訪者という現状唯一の個性によって住民の汚染を浄化しているのだ。

 《浄化》スキルは今のところ精霊以外では確認されていないし、双界本来の精霊は同じことを試みれば自分が汚染される。この役割は私にしかできない。

 だから断る選択肢はなかった。火刈さんに頼み込まれてこのかた一時間、ひたすらSPを反復横跳びさせている。


 おかげで《浄化》のスキルレベルはどんどん上がっている。昨日の時点で28だったところが、今はもう38。このままさらに続いたら、たぶんメインスキルを追い越してしまう。

 満腹中枢の著しい酷使を懸念して、SP増減による満腹度の感覚設定を鈍くしておいたのは正解だったと思う。可能な限り食べやすく小さい、回復効率のいい料理を作ってくれる料理人プレイヤーにも感謝だ。彼には後で住民からの報酬を何割か譲っておこう。


「汚染がひどい方はあとどれくらいいますか?」

「ええと……今のところはあと三人です。お手数をお掛けしますが……」

「いえ、お気になさらず。今は私にしかできないことですから」


 さて、もうひと頑張り。これも住民の皆さんのおかげで、聖水の素材を集めてくれている皆のためだ。私は私にできる最大限のことをやるとしよう。

改めて、昼の世界の攻略事情。そして特殊な立場ゆえの個別クエストでした。

報酬的にはさほど美味しいわけでもありません。狩りをしている他のプレイヤーよりは少しだけ多いくらいでしょうか。役割ってやつですね。


次回、夜界前線の攻略事情。ブックマークと評価をしてお待ちくださいませ。

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


小説家になろう 勝手にランキング

― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! まぁ、移動制限はそりゃ当たり前ですよね~ いつものお嬢。知ってた(ボス熊 万葉、、、確かに安直だ、、、w うわぁ、、、これはヤバい状況だなぁ、、、 領域回復、土壌浄化、住…
[一言] 満腹中枢の著しい酷使、という表現ツボでした。
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