71.さて、今回私が頂くのは
同行者の帰省がてらとはいえ、せっかくの避暑だ。午前中は6人でリアル行動して、昼からダイブ。私たちとて毎日朝から夜までずっと潜りっぱなしというのは、さすがに憚られるのだ。
昨日は夜の方でログアウトしていたから、まずは移動から。本来は《夜王都・リベリスティア》へ転移してから門を通る必要があるんだけど、私は精霊である。
昨日解放されていた小聖堂から《精霊界》を経由して、祠から直接《昼王都・天竜》へ。他の街は現実の地名を捻っているのに、王都だけは全く違う名前(それどころか、「天竜川」という川は江戸から遠く離れた場所にある)になっているのは何か理由があるのだろうか?
さて、さっそく配信を……と思ったところで、その広場に人影があることに気がついた。
「あなたは……《夜霧》さん、でしたっけ」
「にゃ? 確かにそうにゃけど……おみゃーは確か、《来訪者》のとこの代表の」
「ルヴィアといいます。……今は配信していませんよ」
私がこちらの世界に状況を伝えていることは知っていたのだろう。カメラを示す光球を探す素振りを見せたから、先に示しておく。
バージョン1から解禁されたフルネームでいくと、彼女は《黒神 夜霧》。女王である《黒神 紗那》さんの……語弊を恐れずに噛み砕いていえば、双子の姉妹のような存在である。
もう少し詳しく掘り下げておこう。紗那さんと夜霧さんは《サナ》といって、幻双界の各地方に二人一組で存在する地域の守護者だ。片方が表、もう片方が裏であるらしく、ペアの容姿はそっくりで性格は正反対。
表のサナがその地域に表立って存在していて、裏のサナはその陰から支えながら不足箇所を埋める、らしい。例えば純真無垢で善意の求心力が高い紗那さんの裏で、悪意を制御するトリックスターの夜霧さんといった感じ。
世界の意思で自然発生するシステム的な存在のようで、サナという名前の由来は当然ながら紗那さん。確立された形での発現が最も早かったのだとか。
さすがは九津堂制作というべきか、表面だけを拾ってプレイしているとスルーしてしまう重要設定も少なくないのだ。この辺りはクレハが詳しいし、彼女をはじめとした一部の有志が掲示板にまとめてくれている。
夜霧さん自身の人物像はというと、示した通りのトリックスターだ。掴みどころがなくて悪戯好き、やや尊大で他者を巻き込みがち。
私の配信には出たことがないけれど、クレハとジュリアには度々魚を要求し、対価として情報や協力を与えていたのだとか。
「それで、夜霧さんはどうしてここに?」
「にゃー……紗那が今、汚染にやられてるのは聞いてるかにゃ」
「ええ。一時的に外に出られない状態だ、と」
「ちょっと現実に即してない表現にゃーね」
「そうなんですか?」
「紗那はもう、手遅れの状態なのにゃ」
…………え?
「手遅れ、ですか?」
「にゃ。翠華や火刈には診てもらったのにゃーけど……浄化は難しいそうでにゃ」
出てきた名前はどちらも最高位級の神職で、現状では最も強い浄化を扱える存在だ。そんな二人をもってして手遅れとなると、本当にどうしようもないのだろう。
紗那さんからの信頼はかなり厚いだろう私を見てもカメラを探し、私一人とわかってなお言い淀んでいた夜霧さんだけど、そういう挙動になって当然の事情だった。確かにこれは、混乱を招く。広めていい情報ではないだろう。
しかしそうなってしまうと、紗那さんは夜草神社の巫女たちのような状態になってしまうのだろうか。正常な状態で出会ったことだし、てっきりこのまま王都にいてくれるものと思っていたのだけど……そう甘くないのかもしれない。
既に登場しているキャラクターでも、今後汚染されてボスになる可能性がある。さすが九津堂、えげつないことをするものである。ひととなりを知っている分、余計に戦いにくそうだ。
「今の紗那をなんとかできるとしたら、夜界の《アメリア》くらいにゃーね。世界最高の治癒術師にゃ」
「アメリア……」
DCO内では初めて出てきた名前だけど、聞き覚えはあった。セレスさんと同じく、九津堂の人気作に登場する主要人物だ。主人公アレクシスを旅に送り出す王国の少女王で、ヒロインである聖女ミアとは一言では表せない関係性がある。
スターシステムの処理次第では、確かに世界最高の治癒術師を名乗れるキャラクターだ。人気も非常に高く、DCOでの登場も期待される人物のひとり。
「そのアメリアさんは」
「汚染の激しい夜界を飛び回っていて、連絡した時には間の悪いことに一番遠くだったのにゃ。全力で戻ってきてるにゃーが、間に合うかどうか」
「そんな……」
「まして、アメリアは過労状態にゃ。仮に間に合っても、万全かというとにゃ……」
《セイクリッド・サーガ》でのアメリアは人間だったけど、エルフから精霊になっていたセレスさんのように種族が変わっている可能性はある。飛び回っている、というのは案外比喩ではないのかもしれない。
だとすれば想像されるほどは時間がかからずに来られるのかもしれないけど……夜霧さんの顔色を見るに、間に合わない可能性が高いのだろう。
「だから紗那は今、アメリアが来るまで耐えるか、梨華みたいに汚染されてからおみゃーらに助けてもらうか…………っ、あ、にゃああっ!?」
……不意に、眼前に爪。
猫らしく鋭く尖った鉤爪は、私の目の前で半透明の壁に遮られて止まった。……《セーフティガード》だ。
セーフティエリア内ではプレイヤーは一切の攻撃やダメージを受けない。にもかかわらず夜霧さんがこんなことをしてきたということは、確実にイベントだ。
「夜霧さんっ」
「……グ、ゥッ……」
「……イチか、バチかっ」
咄嗟に抱きついて抑え込む。同性だからか、下心がないからか、緊急事態だからなのか、セクシャルガードは発生しなかった。両腕で抵抗してくるのを無視して、逃がさないように片膝をついて地面に押し倒す。
さっきまで理性的だった表情は明確に豹変し、全身の至るところに黒いモヤがまとわりついている。……つまり、夜霧さんも汚染を受けているのだろう。
それなら、私にできることは少ない。最善の策は……スキル、《浄化》。実は使ったことはなかったけど、感覚を頼りに感じた力をそのまま注ぎ込んでみる。
発動を意識した途端感じられるようになったこれが、おそらくは浄化の聖なる力だ。どうせ咄嗟の小細工には限界があるのだからと、開き直ってそのまま注ぎ込んだ。
「……っ、にゃ……っ」
「気がつきましたか、夜霧さん」
「おみゃあ……ありがとにゃ、さすがは来訪者の精霊ってことかにゃ」
……ものすごい疲労だ。無我夢中でやったけれど、どうやら《浄化》には大量のSPを使うらしい。一気に減ったSPが空腹を訴えているが、それは後。
消費がある分、強力で使い勝手がいいのだろう。あくまで感覚だけど、明らかにお札よりも強力な浄化だった。もしかしたら現時点でも結乃さんが作ってくれた聖水より強いかもしれない。
「夜霧さん、今のは」
「にゃーもちょっと危ない目には遭ってたから、汚染は受けていたんだろうにゃあ……」
「夜霧さんまで……」
どうやら潜伏していたようで、夜霧さんまで汚染されてしまっているようだ。精霊の感覚でわかってしまう、今の浄化では植え付けられた汚染の根本は潰せていない。
それどころか、今の私にはどうしようもない深度だった。もしもアメリアさんが間に合わなかったら、彼女も紗那さんと一緒に立ちはだかってくるのだろう。
「もしかしたら、にゃーも世話になるかもしれないにゃ。……その時は、よろしく頼むにゃよ」
本調子ではない様子の夜霧さんを城まで送り届けて、政務を代行している《朔月 悠二》さんからお礼を言われた。紗那さんと夜霧さんの義兄(詳細は不明。複雑な家庭なのだろうか)で、バージョン0のクロニクルミッションでは特別稽古をしてくれた男性だ。
夜霧さんからは別れ際、自分が汚染されていることも公表しないように頼まれた。私もそれに頷いたから、彼女はちょっとした体調不良として処理されるはずだ。……汚染が限界を迎えるまでは。
《ルヴィアの配信が開始しました》
「みなさんこんにちは、ルヴィアです。今日は昼の王都から」
〈わこ〉
〈わこつ〉
〈今日も待ってた〉
〈よしきた〉
〈めっちゃSP減ってない?〉
「ちょっと《浄化》を試してきたんですよ」
まずは《浄化》の概要から。夜霧さんの件は伏せて、効果だけを公表する。
「つまり、この《浄化》というスキル、戦闘時の多用はできません。SPが切れたら困りますからね」
〈SP消費か〉
〈魔力じゃないけどエネルギー使うってこと?〉
〈MPより厄介な気が〉
〈精霊はSP自動回復あるから〉
そう、精霊に自動で付与される性質 《魔力生命体》には「フィールドの魔力濃度に応じて自動でSPを回復する」という効果があった。移動中に減らない上に回復までしてくれるから補給が少なく済むのは本当にありがたい。
ただ、さすがに戦闘時にはしっかり減る。通常フィールドくらいの戦闘ペースでも総合的には補給が必要な速度で減っていくから、効果を見た時に思ったほどは壊れた能力ではなかった。
では何を意図してつけられた効果なんだろう、と考えていたところだったのだけど、そこに見えたのがこの《浄化》だった。
つまりこのSP自動回復、《浄化》のリソースを補助するための効果だったのだ。現に今もこうして、浄化で大きく減ったSPが少しずつ回復している。
「とはいえ、ただ突っ立っているだけだと全快まで一時間かかります」
〈草〉
〈まあそんなもんや〉
〈しゃーない〉
「というわけで、露店広場にやってきました」
〈おいまさか〉
〈みんな逃げろ!〉
〈飯テロだ! 飯テロが来るぞ!〉
開幕食レポといこうではないか。
「……いやあ、最高でしたね唐揚げ」
「私達もテンション上がっててね。あんまり急に食材が増えるもんだから、皆レシピ開発に必死さ」
〈食いてぇ……〉
〈今から行くわ〉
〈今日の夕飯は唐揚げにするか〉
〈ちょっとファ○チキ買ってくる〉
〈プラクティスに料理実装はよ〉
〈鯖拡張はよ〉
楽しい買い食いを終えて、SPもほぼ回復。現実での私は動けないぶん少食でもあるから、こうしてSPの分だけ人並みに食べられるのも仮想世界の嬉しいところだ。
今食べたのは唐揚げだったけど、新メニューは他にもあった。王都近郊に開放された通称「肉ロード」には、いくつかの新しい動物系エネミーが出現するのだ。
鶏そのままの肉質を持つマッスルチキン、やや硬いが牛肉には違いないメガタウルス、そして大きくなり味もさらに良くなったビッグラビット。
「豚はボア系ってことにすれば、ひととおり肉は揃った感じだね」
「他に欲しいとしたら……羊や鴨あたり?」
「おや、案外美食なんだね」
「父や妹がお土産でいろいろ持ってくるんですよ」
そんなわけで、料理は一気に可能性が広がった。いいレベリングにもなるから、またレベル25に届いていないベータ組の皆は、肉ロード、行こう!
「以上、ダイマでした」
「こらこら」
Q.どうして微妙にサブタイが違うんですか?
A.まだ昼なので……




