69.ゴブリン死すべし、慈悲はない
八月四日、《バージョン1》2日目。今日も配信だ。たぶん私、これからもログイン中の大半を配信しながら過ごすことになると思う。
ただし、今日はこれまでと違うものがあった。
背景だ。
「お待たせしました。今日はついに、《幻夜界》に来ています」
〈よしきた!〉
〈待ってた〉
〈ずっと見たかったんだ〉
初日である昨日はハヤテちゃんの指導に一日を費やしたので、こちらに来るのは今日が初めて。ブランさんは昨日のうちにこちらへ来ていたが、確認した限りでは夜界の配信はそれに続いて二つ目だ。
ベータ時点では配信者と呼べる存在は私とブランさんだけだったけど、正式サービスでは早くも数人が配信に着手していた。初日だけで新しく4組、うち3組がVtuberだ。
ではなぜその全てが《幻昼界》を選択したかというと、それは最序盤の構成が影響していた。
ひとつはベータ序盤ルートの逆走が慣らしとレベリングにちょうどいいこと。おおよその地形も敵の戦い方も既にデータがあるから、その分だけ気にかけることが少なくて戦闘に集中できるのだ。
だから新規組、たぶん私たちベータ組よりも成長速度は高くなる。まあ、私たちが人柱も兼ねていたと考えれば当然のことだ。
「もうひとつはフィールドでお話するとして……少しだけ王都を見て回りましょうか」
《夜王都・リベリスティア》。江戸時代の木造建築を思わせる昼王都とは真逆で、中世ヨーロッパのゴシック建築さながらの石造りで構成された街だ。
街の中央に王城があること、おおよそ円形をしていることは同じだが、それ以外の街のつくりは差異があった。ケーキを切り分けたような放射状に街が分かれている《天竜》と違い、《リベリスティア》は同心円状になっているのだ。
王城の周囲は高位貴族街、その外に下位貴族街。さらに外に商業区域、平民街、その他の施設となっている。
ちなみにスラムはあるにはあるけど、規模は小さい上に最低限雨風を防げるようにされていた。整備は行き届いている方だといえるだろう。
「いわゆるファンタジー作品における王都のイメージと、ある程度一致するかもしれませんね」
〈貴族かぁ〉
〈階級社会?〉
〈こっちのが封建的なんだな〉
「昼の方にも武家社会の要素はあるんですけどね。こちらは貴族の存在感が強いみたいです」
王道を描く時の九津堂は、こういうお約束は外さない傾向にある。合理的ともいうけど。
今のところ悪政という話も聞かないし、ある程度安定しているのだろう。腐った貴族というのもお約束だけど……この情勢だ。街を進む度に悪徳貴族、とはならないと思いたいところ。
「そのあたりの情報はまだ少ないんですよね。初日ということもありますし、今はプレイヤーの9割くらいが昼界にいますし」
ただ、ベータ組は大半がこちらにいる。高レベル層を狙った……というか、まだ新規組をターゲットにできない生産職はこちらの方が盛況だった。商業区域の広場にさっそく露店を開いているそうだ。
「私は一日出遅れているので、いくらか断片的な情報は来ているんですよね。たとえば、さすがに王都にある《精霊の小聖堂》は浄化済です」
《精霊の小聖堂》、要は祠の夜バージョンだ。とはいえ祠ほど小さくはなく、小屋くらいの大きさの小さなチャペルになっているらしい。少し強引な気もするが、祠に対応するものが見当たらなかったんだろうか。
精霊と出逢ったり、進化を目指してそれらの浄化を行っているのは私だけではない。マップが一気に拡がった今は、彼らにとっては大チャンスというわけだ。
私はもう進化しているし、近くに他にいるのなら譲るつもりだ。《浄化》スキルを試してみたくはあるけれど、それはさほど急ぎでもないし。
ひととおり見て回ったが、おおよそはスタンダードなファンタジー世界といった感じだった。武器や冒険者組合、街並みから人々の顔立ちに至るまで、いざ見てみるとこちらのほうがしっくりくる。散々その手の作品で慣れ親しんだ世界そのもの。
ただ、いくつか違いはあった。ところどころに全く抵抗や違和感がなく東洋人やその文化が溶け込んでいることと、空が当たり前に暗いことだ。
「不思議なんですよね」
〈何が?〉
〈夜か〉
〈星が綺麗だなぁ〉
〈そういや暗くないの?〉
「そう、暗くないんですよ。夜なのに、明かりが特にない場所でも気にならないんです」
感覚としては、プレイヤー全員がデフォルトで高性能な暗視能力を持っているような。昼は普通で、比較的暗いものの夜も問題なく見える。すぐに慣れるだろうけど、少しだけ違和感はあるかな。
ただ、この仕様には納得がいく。昼と夜が等価な世界なのだから、夜を不便にするには昼も同等に不便にする必要があるのだ。
昼をさらに明るくするとか考えはしただろうけど……常に眩しすぎるのはいくらなんでも致命的だ。結局ボツになって、通常フィールドでの明るさによる不便はなくなったんだと思う。
そんなことを考えながら、王都門から出てフィールドへ。やはりさほどプレイヤーが多くないのか、敵はすぐに見つかった。
ゴブリン Lv.3
属性:土
〈ゴブリンだ!〉
〈ゴブリンいるのか〉
〈ファンタジーっぽくなってきたな〉
〈瞬殺で草〉
〈流れるような屠殺〉
〈レベル差よ……〉
そう、夜界ではゴブリンが出る。たぶんオークやスライムも出てくるのだろう。
まさしくファンタジーRPGだ。そう思いながら飛びかかってきたゴブリンを叩き落として、そのまま首を刎ねた。このあたりはレベルが低いから、さすがにこんなものだろう。
「ちょっと私だとわかりづらいんですけどね。夜界、いきなり敵が二足歩行で武器を持っているんですよ。これが厄介なんですよね」
〈なるほど〉
〈お嬢がやってもわからんな〉
〈人形相手でも衛兵デュエルでも苦戦しなかったもんな〉
〈まあなんとなく想像はつくけど……〉
「新規勢の配信者が初めてこっちに来る時の反応を見れば、ある程度わかると思いますよ」
私やブランさんではもう慣れているし、レベル差もありすぎて伝えるには無理がある。が、二足歩行の相手は獣よりは対処が難しいのだ。
しかも若干だけどレベルも高い。新規組がここに来るのは、《四方浜》……いや、安全を期すなら《及波》まで到達してからの方がいいと思う。
ゴブリン以外にも、こちらにも獣系の敵はいるようだ。ウサギがちらほらと、狼がそれなりに見受けられる。
とはいえ、この辺りにプレイヤーは少なかった。それもそうだ、まだ二日目の新規組にとっては難しいし、ベータ組ならこんなレベルでは足止めにすらならない。
「というわけで、地形と敵を確認しながら一気に進みましょう」
ひとっとび。
「というわけで、到着しました。《ポルト》という街です」
〈すっ飛ばしたなぁ〉
〈これが精霊かぁ〉
〈やっぱ飛行ずりぃわ〉
だって速いもん。
途中に二つほど町があったけど、上空を通過して一気にここまで。飛ばした街には後で立ち寄っておこう。
地形は全体的に平坦で、現れる敵もさほど気になるものはいなかった。見た事のある獣系の他には、狂化されたゴブリンとオークしかいない。
「地図から見るに、ここはナポリですね。夜王都は位置的にはローマでした」
王都からは南東に来ていることになる。北西から南東にかけて海があるから、王都から繋がる道は南東、北、北西の三つだ。東にもあるようだけど、どうやら侵食が激しく今は封鎖されているらしい。ルート的な問題だろう。ということで選択肢は北西と北と南東で、そのうち南東がレベルが低めだった。
北に行けばフィレンツェに繋がるから、そのあたりに大きな街がありそうだ。しばらくはこの三つの街と、その周辺が主戦場となるのだろう。
「ちなみにここ、私よりも先に来ているプレイヤーはちらほらいるみたいですね」
〈まあいるでしょ〉
〈突っ走ったのか……〉
〈妖精も飛んできてるんじゃない?〉
〈いやいやそんなお嬢みたいな奴いないでしょ〉
「なんですか、私みたいな奴って。私より先に飛んできた妖精なら」
「いるのよね、ここに。やっぱりスピードは空の時代でしょ」
〈うわイシュカ〉
〈ほんと息ピッタリだな〉
〈オフ期間もたまに配信出てたもんな〉
イシュカさん、登場。彼女はフィールドが大幅に広がったバージョン1では、ユナたちとパーティを組む頻度を下げて再びソロでも動くようになっていた。ユナの方もやや流動性を上げて、効率的に動くことにしたらしい。
ちなみに彼女、なんと現実世界で隣街の在住だった。都心とはいえそんな偶然があって、ここ最近は時折こちらまで遊びに来ることもあるくらいだ。
「はーい、みんな久しぶり。そろそろルヴィアのリアフレを名乗っていい気がしてきたイシュカよ」
「事実ではありますけど、あんまりユナを苛めないであげてくださいよ」
「あの子も上京したんだし、そのうちルヴィアのお家にも来るでしょ」
現実以上に気をつける必要があるとはいえ、ネットから繋がった人と実際に会うのも楽しいものだ。VRMMOは本性が露骨に出るし、そのあたりの判別は簡単だけど。
ちなみにこれはユナにも伝えてあるけど、実は私は今、青森にいる。今年はクレハとジュリアの祖父母宅まで幼馴染みんなで来ているのだ。そのあたりのことは、またおいおい。
「ちなみにイシュカさん、この街はどんな感じでした?」
「規模は四方浜、レベルは到着時点の王都くらいね。正直、私達には物足りないわ」
「うーん、やっぱり新規組用ですね。となると、あまりつまびらかに見せてもよくないか……」
「小聖堂はひとつあったけど、これはあたしが浄化済。見かけ以外は昼と同じだったわ」
〈やっぱこっちは新規向けか〉
〈昼も南は新規用だしな〉
〈意外とルートは絞られてるのな〉
〈最初だし多少はね?〉
道中の人数の割に街の中にプレイヤーが少ないとは思ったけど、もう引き返したのだろう。となればこの情報は出回っていそうだけど、今も道中にそこそこいたのはポータル開放を済ませておくためか。
とまれ、こちらは後回しでよさそうだ。新規組の楽しみもあるし、ポータルだけ開いて王都に戻ろうか。
「ひとまず戻って、今度は北に行きましょうか。あちらはレベルが20からなので、現状確実にベータ組向けです」
「それか南側をぐるっと回って、レベルの上がった新規組が追いついてくるかってとこね」
「レベル帯ごとのルート分岐とは、九津堂も考えましたね」
今後はともかく、今ばかりは新規組にベータ組の後塵だけを拝させたくないのだろう。できるだけ早く追いついてほしいからそのためのルートを作った、という様子がありありと見える。
もっとも、これは今後の再販枠にあたる第二陣以降にも好影響を与えるはずだ。私たちが難度の高い新規ルートを少しずつ進めている間に、25までは上がりやすいレベルをさくさく上げて追いついてきてほしい。
というわけで。さらばポルト、ただいまリベリスティア!
夜の世界のご紹介。夜が長い中世欧風ファンタジーです。ただ明確な王道からは外れる部分も多くありまして、それはおいおい。
例によって設定原案者である狐花にとら氏(『異世界剣客』著)によると、雰囲気のイメージは『騒がば踊れと虚無の国』(HaTa氏)だそうです。歌詞とはむしろ真逆な箇所も多々あるので、あくまで大まかな雰囲気ですね。
事前に予告されている通り、次回更新は来週の月曜日(1/18)です。ごゆっくりお待ちください。
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