65.大抵のゲームはVRMMOにも通ず
あけましておめでとうございます。今年も本作は続いていきますので、皆様どうぞよろしくお願い致します。
今回は幕間。中でも最も寄り道する回です。あまり本編に関係はないので、雰囲気でお読みいただければ。
私たちが参加した《デュアル・クロニクル・オンライン・バージョン0》は、三月三十一日をもって一旦の終了を見た。今後は残された《ローカルプラクティス》で練習しつつ、八月に控える《バージョン1》のグランドオープンを待つことになる。
バージョン1、つまり正式サービスの初期人数は15000人。約1500人のベータ組は無条件で正式サービスの切符を得られるから、13500枠が新規に宛てがわれる。これから公式サイトの通販ページにて、これの争奪戦が演じられるわけだ。……倍率、何倍になるんだろうね。
ちなみに《ローカルプラクティス》、一般向けに無料開放が行われる運びとなった。せめてプラクティスだけでも、という要望が非常に多かったそうだ。
これはいいことだと思う。戦闘練習や適性検査はやっておいて損はしないし。ゲーム内経験値ばかりはどうしようもないけど、プレイヤースキルの差が参入時期によって大きくなることはある程度防げるだろう。
私も翌月曜日のお礼配信を最後に、しばらくの間は公式配信者としての仕事を終えた。んだけど……。
「はい、こんにちは。今日は現実世界から失礼します、今はただのルヴィアです」
〈わこ〉
〈こんこんー〉
〈頑なに名字を付けないよなお嬢〉
〈RTAやるってマジ!?〉
実は私、三週間の活動を経て配信癖がついてしまっていた。一人でゲームをしていると何となくそわそわするのだ。元々マルチタスクは凄く得意だったから、配信が苦にならなかったのも大きいのだろう。
大学生になった私は今、ほぼゲームをやる度に配信をつけている有様だった。別に悪いことではないし、楽しんでくれている人も多いからいいんだけど。
フルダイブ機器だけでなく、ハイスペックなPCにヘッドセット。必要な設備の大半が元々揃っていたのも大きい。キャプチャボードひとつ買うだけで非VRゲームの配信までできてしまうのだから、やらないわけにはいかなかったのだ。
「はい。今日はこれのRTAをやります。練習していたことはあるんですよ」
〈嘘だろ……?〉
〈オデシーだ!!!〉
〈信じらんねえ〉
〈JDがRTAとかフィクションかよ〉
〈まーた自発的にVtuberみたいなことやってる〉
というわけで、起動したのはどこぞの配管工が帽子を投げる十年と少し前のアクションゲーム。DCOの前は主にあるMMOをエンジョイ勢としてプレイしていた私だけど、ゲームは割と雑食だ。気になったものへ雑多に手をつけるし、気にならなければ有名タイトルでもやるとは限らない。
そんな中でも昔からやっていたものの一つがこれだった。ただ、これには少し違った意図も含まれている。
「現実の私に絶望的に体力がないのは皆さん知っての通りだと思うんですけど、特にだめなのは有酸素運動なんですよね。ジョギングでもすぐに疲れ果てるのでリハビリには苦心したんですけど、こういうアクションゲームは案外大丈夫だったことに気づきまして」
〈ゲームでリハビリしてんの?〉
〈草だわそんなん〉
〈フィクションみたいだぁ〉
「これもそこそこ疲れるんですけど、ちょうどいいくらいなんですよね。なぜか」
〈なぜか〉
〈意味わかんね〉
〈ところどころ変な方向に凄いよなお嬢って〉
正直、自分でも変だとは思う。ただ、全身をフルに使い続ける有酸素運動より、指や腕を使うだけのアクションゲームの方が私にはちょうどよかった。そんなものなのだ。
「もちろん、輪っかを持つアレとかはダメです。あれは二十分くらいで体力が切れます」
〈輪っかを持つアレ〉
〈まあガチガチの有酸素運動だしなあれ〉
〈悪かった場所によってはそういうこともあるのか……?〉
今は日常生活を送るには問題ないけど、そういうこともあるのだ。たぶん。
「とはいえ、何時間も走る体力はないんですよね。記録は狙ったりせず、目標未設定のAny%一発録りでいきます」
〈なるほど〉
〈把握〉
〈あくまでエンジョイってことな〉
〈まあ本職じゃないし、エンタメよ〉
Any%というのはRTAのルールのひとつで、なんでもありで最速エンディングを目指すもの。つまりとにかくゲームクリアだけを目指すフォーマットだ。
このタイトルの世界記録は50分強。もちろん少し練習した程度の私にそんな記録が出せるはずもないので、今回タイムは考えないものとする。
厳密にRTAと呼んでいいか微妙な代物だから、配信タイトルには「初心者のRTAもどき」としておいた。これで怒られないはずだ。
「ちなみにですけど、今回も画角の外にフリューとルプスト、ミカンがいます」
「今日も遊びに来てまーす」
「プレイ画面とコメントは見てるわよお?」
「とはいえ私たちは別に何もしないので。DCGしながら話し相手になります」
〈歪みねえなこいつら〉
〈さっきまで一緒に課題してたんやろなあ〉
〈いつものやーつ〉
〈影のやつやってるのか〉
彼女たちがガヤ担当をしているのはいつものことだ。私も止めていないし、当人たちとしても楽しいらしい。
ベータ終了から一ヶ月、これが今の私たちの日常風景だった。
「よし、これで砂漠突破。本職に比べればガバガバですけど、素人なので許してください」
「素人……?」
〈これで素人は無理でしょ〉
〈素人がこんな動きできるわけないんだよなあ〉
〈置き帽子決めといて何言ってんの〉
〈12分で砂まで終わるのはもう走者だろ〉
十分と少しが経過。正直、出来すぎなくらい上手くいっていた。ここまで細かい躓きこそあっても大きなミスはないし、曲がりなりにもRTAらしいことをできている。
当然ながら私のリスナーさんにはRTAをほとんど知らない人も多いんだけど、彼らにも雰囲気では伝わっているようでよかった。
「次は湖ですね。ここにはひとつめの大技があります」
「あ、アレやるんだ」
「得意だものねえ、ああいうの」
〈ここまでは大技がなかったとかいう風潮〉
〈帽子ワープも天井抜けも角抜けも小技だった……?〉
〈うっそだろお前〉
〈いやいやいや無理でしょ〉
〈いくらお嬢でも……〉
これはこのシリーズの3Dアクションタイトル全般にいえることなんだけど、このゲームには壁抜けという技術が存在する。特定の場所で特定の動作を、やはり特定のタイミングで入力することで壁の中に入れるのだ。
そしてこういう猶予時間の短い定型の技は、私は得意だった。DCOでパリィが得意になったのもおそらくこれと同じことで、私は空間認識とタイミング感覚には自信があるのだ。
「ではいきます。皆さんとくとご注目」
「ほんと凄いから。見てて、ルヴィアこれ安定してるの」
〈まったまたー〉
〈いや安定はガチ走者じゃないと無理なんだが〉
〈よく分からんがクソムズいのはわかった〉
〈お嬢はやるんだろうなってこともわかった〉
正直、その反応は自然だと思う。実際、本来は簡単に安定する技ではない。
だけど私、本当に自信があるのだ。しっかり詰めていない上に体力がないから通し記録こそ出ないけど、壁抜けだけなら走者たち並に上手いと思う。
そうこうしているうちに所定の位置へ。いざ。
「いきます。……はいっ!」
〈お!?〉
〈いった!!〉
〈マジでやりやがったwwwwwww〉
〈うん?〉
〈壁の中にいる〉
〈壁抜けかこれ〉
〈どうやったらできるんだこんなの……〉
よし、一発成功。啖呵を切った以上は失敗するわけにはいかなかったから、これは一安心だ。
「……あっ」
「あー」
〈いてっ〉
〈魚ァ〉
〈まあガバも醍醐味よ〉
〈リカバリーうめえ〉
〈どう考えても素人の動きじゃねえ……〉
……まあ、ミスは仕方ない。大事なのはリカバリーだ。これもDCOにも繋がる重要なことである。
「さて、私にとっては鬼門です」
「ここ苦手だものねえ」
「体力持ってかれるからね」
〈これかぁ〉
〈面白いとこだけどな〉
〈こういうアスレチックすき〉
開始から50分弱。今の世界記録ではもうラスボスとご対面している頃だけど、もちろん私にそんな腕はない。現在地は最終エリアの二つ前、そろそろ終盤に到達するかというところだ。
この先にあるのは他の場所にもあるようなエリアの特色を活かしたアスレチックのミニステージでしかないんだけど、私にとっては屈指の難関だった。というのもここ、コントローラーを縦横に何度も振る必要があるのだ。
現実では皆無に等しい体力を一気に持っていかれる。……ただここ、配信映えするのも事実なんだよね。
「ここはルヴィアの手元にもご注目」
「注目されたらプレッシャーかかるんだけど」
「今更じゃない? じゃないの?」
「ルヴィアはプレッシャーかけた方が動きがよくなるからね」
〈草〉
〈仲の良さを感じる〉
〈ひどい言い草で草〉
〈草で草を生やすな〉
〈幼馴染の距離感やっぱりいいっすな〉
〈骸骨兄貴は国に帰って〉
まあ確かに、DCOでは全身の動きを見せていたんだから今更だけど。でも別にプレッシャーがある方が動きがよくなるということはない。ないと思う。たぶん。
上、下、右、下、上、下。こうもコントローラーを連続で振る方向まで指定されるのは、Any%ではここくらいだ。その上で両手のスナップが必要だから、余計に負担がかかるし疲れる。このゲームを走る時は事前にストレッチしておいた方がいい。
「無事に決まりましたけど……疲労が後を引くんですよね」
「ここノンストップはルヴィアじゃなくても疲れるから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの……?」
〈腱鞘炎なるわこんなん〉
〈乳酸溜まりそう〉
〈オデRTAは腕の疲労との戦いだから〉
とはいえ、真似事とはいえRTAの最中。疲れたからといって一休み、なんてすればこの一時間弱は無駄になる。本当に駄目そうなら止めるけど、そこまでのものではなかった。
……おや、玄関から音が。
「ただいまー……って、配信中か」
「おかえり、紫音。まあ、見ての通り」
「お邪魔してまーす」
「ミカンさんフリューさんルプストさんいらっしゃい。それ、RTA? ついに通してるんだ」
「一発録りの遊びだけどね。見ての通りガバガバ」
「あんまり詰めてなくてソレは充分凄くない?」
〈シオンちゃん!!!!〉
〈シオンちゃんおかえり〉
〈真っ先にお姉ちゃんの部屋に来るのな〉
〈配信配慮でHN呼びするシオンちゃん偉い〉
ここで紫音が帰宅。今日はドラマ撮影の打ち上げだったはずだけど、22時前に帰ってきた割には元気そうだ。
そもそもこの時間の帰宅は打ち上げにしては早いけど……未成年だから一次会で帰されたとか、そんなところだろう。
「あ、そうだ。お姉ちゃん」
「なに?」
「今度のラジオでお姉ちゃんをゲストに呼びたいんだけど、いい?」
〈!?〉
〈姉妹ラジオマジ?〉
〈めっちゃ聴きたい〉
〈あっガバった〉
〈お姉ちゃん動揺してんぞ〉
……動揺するというものだ。配信こそ繰り返ししているとはいえ、私のマスメディア出演はまだ二回。それもゲリラ的な通話出演と、収録形式のTVCMだけだ。
当然、ラジオのような形で出たことはない。配信者として発表されてからは各メディアにそっとされていたから、話が来たこと自体が初めてなのだ。
「いいけど……」
「大丈夫、スタッフさんにはいろいろ言い含めておいたから」
〈!!!〉
〈絶対聴くわ〉
〈今のうちにタイムシフト予約しとけ〉
〈明日ラジオ買ってくる〉
〈おたより出さなきゃ……〉
コントローラーを振りながら、私はこう思った。
ああ、またネットニュース行きだ。
「これで、タイマー、ストップ!」
「お疲れ様、お姉ちゃん!」
「1時間4分……素人が65分切ってる……」
〈はっっや〉
〈おつ!〉
〈乙乙〉
〈すげええええええ〉
〈wwwwwwwww〉
〈再走なしの初挑戦で出していい記録じゃなくない?〉
〈詰めたらトップクラスいけるでしょ〉
〈才能がマルチすぎる〉
〈壁抜け強すぎんよ……〉
〈壁抜け七つ一発で決めるのヤバ〉
完走。記録は上々というか、ここまでの結果が出るとは思っていなかったというか。自信はあったとはいえ、大技がことごとく決まるとそれなりに短縮ができるらしい。
一方で細かいロスは目立って、さすがに本職の上位走者には及ばない数字にはなった。こればかりは練習あるのみだから、全然練習をしていない私にとっては仕方がないだろう。
ここからはエンディングを見ながらアフタートーク。
「一時間半くらいはやるつもりで構えていたんですけど、意外とミスが少なかったですね」
「タイムロスはあったけど、大きなミスは三つだけ?」
「お姉ちゃん、またひとつレベルを上げたねー」
「ミスが許されないパリィをずっとやってたんだものお。当然じゃないかしら? じゃない?」
〈反射神経よし、タイミングよし、ミス少なめ〉
〈あっ普段のお嬢だこれ〉
〈ジャンル全然違うのに共通点ってあるんやな〉
実際、そういう共通項はいろいろとあると思う。VRMMOというジャンルにはゲームに必要な技術はある程度集約化ができるはずだ。
意外な才能が予想外のところで開花するかもしれないし、自分の長所を上手く使えばよりよくプレイを進められるかもしれない。私はゲームのそういうところも好きだったりする。
「結局私が言うとこういうことになってしまうんですけど、皆さん一度は《ローカルプラクティス》を試してみてください。埋もれた能力が見つかるかもしれませんし」
「ちゃんと公式プレイヤーやってるね」
「よそのタイトルからセミプロ引っこ抜いてきちゃったり? する?」
その時はその時だ。私はちょっと扇動しただけで、直接手を下したりはしていないし。
ただ、自分の好きなゲームのプレイヤーが少しでも増えればいいなと思っているだけ。そんなものだ。
〈そういえば暴走天使いなくね?〉
〈ルプストはいるのに〉
〈途中からフリューの声が聞こえないけど何してんの?〉
ああ、それは……。
「フリューなら私の隣で寝てるわよお?」
「寝てるっていうか、突っ伏してるね……」
「ランクマッチで負け続けて力尽きてますね。可哀想に」
「フリューは高ランク帯の敗北者じゃけえ」
「あのカード……ぜったい……ゆるさない……」
イシュカ「いきなり65分切り? 凄いじゃない」
ルヴィア「55分切ってる人が言うと煽りですよそれ」
配信沼に浸かったルヴィアの日常風景、またの名を実質オマケSS。4ヶ月のブランクでリスナーに暇をさせない配信者の鑑ですね。
次回はラジオ。現実サイドの新キャラも出るよ!
※本作はフィクションです。現実とは一切の関係がありません。あまり考えず、雰囲気でお楽しみください。
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