64.そして始まるデュアル・クロニクル
3日連続投稿の3日目です。普段通り一日おきに更新通知から来た方は、一つ前の話からお読みください。
同時にへたり込みそうになりながらも、武器を収めてデュエルフィールドを解除。私はあちらからも近づいてくるクレハに歩み寄って───左手で彼女の右手首を掴み、持ち上げた。
「勝てなかったかー……」
「最後のはしてやられましたよ。あと一瞬回避が遅れていれば、間違いなくルヴィアの勝ちでした」
〈二人ともようやった!!!〉
〈凄いもんを見たわ〉
〈おばちゃん感動しちゃった〉
〈チャンネル登録しました〉
〈歴史を目撃したな〉
〈早くこのゲームやりたいなぁ!〉
DCOではデフォルトでデュエルに時間制限が設定されていて、両者が生き残った場合は判定勝負となる。判定方法もいくつか選択肢があったが、今回使ったのは「累計ダメージ割合」。
お互いにポーションを使う暇はなかったから見た目通りだけど、目視では一見わからない。2人のゲージを縦に並べてようやくわかるような数ドットの差だったが、ほんの少しだけ私の被ダメージ率が高かったようだ。
元々勝てるとはあまり思っていなかったけど、ここまでやり合えた上で負けたら悔しい。地力ではクレハが上だから今もう一度やれば普通に負けるだろうし、今後はお互いに要素の違う強化をしていくことになる。次にクレハに勝つ機会が訪れるかは、正直なところ全くわからないのだ。
「疲れた……時間まで少し休みますね」
「肩、ベンチまで貸しましょうか」
「なんでピンピンしてるのクレハ」
「鍛え方が違いますから」
ぐうの音も出なかった。
広場端のベンチ(幻昼界だし、長椅子?)に腰掛けて、ようやくコメント欄を見る余裕が出てきた。同時接続は昼過ぎの歌枠よりも多く、過去トップクラス。もう23時半近いのに、ずいぶんと多くの人が見ていたようだ。
投げ銭は過去一番の数になっていたし、額もたぶん同じだろう。普段は配信終了後に別枠でお礼を言っているけれど、この数を0時過ぎに、しかもこの疲労状態で確認するのは無理があるか。
「ごめんなさい、投げ銭お礼枠は明日取りますね」
〈おう、そうしとけ〉
〈仕方ないね〉
〈この数じゃなあ〉
〈ちゃんと全部見る気なの好感持てる〉
〈お礼枠でもだいぶ同接稼ぎそうで笑うわ〉
◆◇◆◇◆
午後11時54分、《転移門》前。
「集まっているようですね」
手狭にならない程度に広場に詰めかけていた私たちの前に、いよいよ紗那さんがやってきた。普段の朗らかな雰囲気を封印して、今ばかりは威厳ある王らしい様子だ。……そんな顔できたんだね、紗那さん。
隣に控えているのは、どうやら《三又神社》の結乃さんだ。この二人、やはり親交があるらしい。
「ルヴィアさん。どうですか、あれから……いえ、聞く必要もなさそうですね」
「はい、見ての通りです。あの時はお世話になりました」
精霊となった私を見て、結乃さんは大方のことを察したらしい。彼女は《虹魔剣アイリウス》を浄化したその人、その存在感は覚えているのだろう。
どうして彼女がここに……いや、そうか。結乃さんのお師匠さんが帰ってくるのか。幻夜界に応援に行っているとは聞いていたけど、本来は幻昼界の人だろうし。
「ミカンさんも、お元気なようで」
「はい。またお伺いしますね」
「ええ、待っています。あなたには真っ先に先生と会ってほしいですから」
親しいといえるだろう相手どうしの会話を横で聞いても、紗那さんは空気を崩さなかった。こういう締めるところは締めるあたりが、彼女を女王たらしめているのかもしれない。
民に愛され、民を導く。一見すればあまり王には見えない人だけど、彼女にこの地を任せた綾鳴さんには、慧眼という他ないのだろう。
「では、始めてください」
「はい」
その紗那さんに代わって前へ出たのは夜草神社の巫女のふたり、《豊穣》の陽華さんと《再誕》の稲花さん。昨日救出された彼女たちはそれからまる一日、自分が世界に重大な影響を与えていたことを悩んだらしい。二人を助けたプレイヤーたちを含む周囲に励まされ、今は無事に立ち直りつつある。
救出に向かって以来かかりきりになっていたパーティはその際、自分たちが世界を救うと啖呵を切ってしまったそうだ。彼らは確かクロニクルクエストからの最前線参加だったと記憶しているけど、きっとこれから台頭してくるだろう。守る約束ができた人は強いのだ。
他にもいくつか、現地人と絆を結んだプレイヤーの話は聞き及んでいる。いつの間にやら結乃さんと親しくなっていたミカンもその一人。私がニムと近づいているように、それぞれの物語は着実に始まり、進んでいる。
これからは幻夜界も開かれる。二つの世界でたくさんの物語が生まれ、それらがどこかで交差して、紡ぎ合わされて歴史の一部となる。これはそういうゲームであり、そういう年代記なのだ。
「開放、完了しました」
「サク、お願い」
「あいわかった。───転移門よ、開け」
午後11時57分。ずっと門を守り続けてきたサクさんが、遮るもののなくなった転移門を開く。開け放たれた門の奥に、これまでと打って変わったゴシック建築の街並みが覗かれて。
……その向こうから、二人の人物が同時に現れた。
「先生っ」
「結乃、無事に役目は果たせたかい?」
「はい。やっぱり先生の言った通りでした」
「私は何が必要になるかを視ただけだよ。実際に行動してくれたのは結乃だ」
まず一人目は、雰囲気だけがどこか老猾な猫妖怪。結乃さんどころか私よりも背丈が低く、ひどく幼げな容姿だが……よく見ると尻尾が三本もある。肉体の老化が止まっているのかもしれない。
《バージョン1》幻昼界サイドのキーパーソンである彼女は、結乃さんを横に従えて私たちへ名乗った。
「私は《火刈》。この《昼王都・天竜》から遠く西にある小さな神社、《三又神社》のちょっとした主神だ。この世界のため、……それと、私の妹を救うため。ここ《関東》で君たちの力を借りたい。どうかよろしく頼むよ」
そして、もう一人。
「私は、《フィア》といいます。《幻夜界》の代表として、皆さんにお願いをしに来ました。……来訪者の皆さん、どうか力を貸してください。私たちの世界を、どうか救ってください」
フィアと名乗ったのは、純白の修道服に身を包んだ金髪の少女だった。首元に見たことのない紋章のロザリオを下げて、頭巾は着けずに頭を曝している。
一見ただのシスターにも見える彼女こそが、これから《来訪者》の案内役として私たちを助けてくれる少女。《フィア・セルナージュ》だった。
イベント開始と同時に赤色へ変化して動いていたカメラに急かされて、今回も最前列の中央にいた私が前へ。私が代表者として扱われることからは、どうやらもう避けられないようだ。
「もちろんです。この世界の助けになるため、私たちは力を尽くしましょう」
「ありがとうございます!」
「……ですが、時間のようですね」
現在時刻、午後11時59分になった。あと一分で《バージョン0》は終わる。
現に今、私たちプレイヤーのアバターは徐々に透明度を上げ始めていた。私たちを幻双界に繋ぎ止めていた召喚が切れる。
「ええと、これは……」
「今の彼ら来訪者は、綾鳴さんが試験的に召喚した異世界の人達の仮の体なんだよ。まずは上手くいくか確かめる予定だったから、一度召喚が切れてしまう」
眼前の現象に困惑するフィアさんに向けて、落ち着いて説明する火刈さん。同じ《バージョン1》のキーパーソンでも、その実力や立場には大きな差があるようだ。
ひとまず納得した様子のフィアさんと私の間に、唐突に光が散った。この世界に降り立った直後にも見た、あの演出だ。
「《来訪者計画》は上手くいったみたいだね」
「綾鳴さんか。見ての通り、想定以上の成果が出たようだよ」
「それはよかった」
綾鳴さんと火刈さん、どうやら仲がいいらしい。ずいぶんと気安い様子で会話をしているし、おそらくトップシークレットでもあったのだろう話を共有している。
三たび私たちの前に姿を見せた陽光の九尾は広場をぐるりと見渡して、それから紗那さんとフィアさんにこう告げた。
「簡易召喚をしていた彼らはいったん召喚を解除して、明日改めて召喚をしようと思う。今回来てくれた最初の来訪者たちを含めて、しめて十倍。まずは一万五千人だね。それだけ一気に正式召喚をして、ボクの体力が戻ったらもっと増やすつもりだ」
「わかりました。そのつもりで準備をしておきますね」
確か母娘だったはずだけど、立場でいえば女王と神。今の紗那さんはやはり王としての姿勢を崩さなかった。
思えばこの世界、けっこう神の概念が気安い。神は絶対ということもないし、人の身から神になる事例もあるようだ。そのあたりの感覚も、《バージョン1》以降では大事になるのかもしれない。
「フィアも頼むよ、ある意味君と片割れにかかっているんだ」
「は、はいっ!」
「それじゃあ、ひとまずこれで。これからもよろしく頼むよ、来訪者たち」
「はい。では、また明日」
《バージョン1》のグランドオープンは八月一日。私たちにとっては四ヶ月後だけど、幻双界では半日だ。だからこの場ではこの挨拶が正しい。
それを最後に、私たちの姿はその世界から消えた。プレイヤーたちの意識はVRポータルに戻され、目の前にはメッセージウィンドウだけが表示されていた。
〔《デュアル・クロニクル・オンライン・バージョン0》は終了しました。《バージョン1》へアップデートの上、グランドオープンをお待ちください〕
〔《ローカルプラクティス》は引き続きご利用いただけます。技を磨いて《バージョン1》に備えましょう〕
というわけで、第一部《バージョン0編》完結です。
初投稿ということもあってまっさらなところから始まった本作でしたが、気付けば2609人(※予約投稿時点の数字であることをおことわりしておきます)もの読者様にブックマークしていただいて、最初は想像もしていなかった10000ポイントを突破。皆様には感謝してもしきれないくらいです。
本作はまだまだ続きますし、減ってはきましたがまだストックも残っています。今後も楽しんでいただけると嬉しいです。
さて、今後についてですが、年末年始は少しだけお休みをいただこうと思います。その間のどこかで現時点でのキャラクター紹介を公開させていただきます。今後を読み進めるにあたって、忘れた時にでも見返していただければ。
変更になるかもしれませんが、現時点では更新再開は1/4(月)を予定しています。3話ほど幕間を挟んでからいよいよ正式サービス《バージョン1編》に入っていきますので、どうぞご期待ください。




