62.100万人に待ち望まれた例のあれ
「さて、帰りますか」
〈あ、飛ぶんだ〉
〈当たり前のように飛ぶのなんなん〉
〈試験飛行だ!〉
〈えっ飛べんの〉
〈これ空を飛べるゲームだったのか……〉
軽く地面を蹴って《魔力飛行》を発動。体の魔力の性質を強めて部分的に溶け込む形で飛び上がる動作は、感覚的には重力のスイッチを切るイメージが近い。
この世界、意外といろいろな動作がイメージで行われるのだ。確固たる想像力を保てるようになると、プレイがかなりやりやすくなると思う。
唐突な歌枠で増えたリスナー数はまだ減っていない。ご新規さんにも空飛ぶ精霊は印象づけられるかもしれないけど、誤解はされないように注釈しておこうか。
「この《魔力飛行》は特殊種族である精霊か、ステータスが極端な妖精にしかできません。空を飛ぶにはある程度リスクか労力が必要なので、そこはご注意を」
〈そうなのかー〉
〈買えたら妖精やってみようかな〉
〈そもそも滅茶苦茶難しいから気をつけてbyベータ妖精〉
〈お嬢は軽々やってるけど、これ普通は一週間かかるからな〉
〈五分で会得したお嬢とイシュカなんなん?〉
一応他にも飛べる種族はあるけど、今のところは精霊より進化が難しい竜人と、速度が遅くて飛行が実用的ではない天使だけだ。現実的に飛び回って戦いたいのなら、妖精を選択して一撃死の恐怖と対峙する必要がある。
私とイシュカさんがたまたま上手くいっただけで、難易度が高いのも要注意か。本来人間に存在しない器官を扱うのは難しくて当然だけど。
「できるだけ飛ばしますよ。大丈夫だとは思いますが、画面酔いにはご注意を」
〈めっちゃ視点高いな〉
〈怖くないの?〉
〈シューティングゲームの画面じゃん〉
充分な高度が取れたから、遠くに見える王都目掛けて飛行開始。今のところ空に敵はいないから、快適なフライトになりそうだ。
……減速と着地をミスしなければ。
しばらく飛び続けると王都が近づいてきた。イシュカさんを見て予想はしていたけど、実際に体感してみると思った以上に速度が出る。60キロくらいは出ていたかもしれない。速度を出すと小回りはあまり利かなくなるけど、視界の流れ方が高速道路さながらだった。
応用として教わった姿勢の変更がいきなり役に立ったのだ。体の角度をできるだけ水平に近づけることで、空気抵抗がかなり減っているということになったのだろう。
減速を開始。……これ、けっこうな距離が必要そうだ。ここからだと停止までは間に合いそうにない。
このまま高度を下げたら城壁にキスする羽目になりそうだったから、逆に高度を上げて減速飛行。小回りをコントロールできる速度まで緩めてから降りて、王都中央付近の広場の端にふわりと着地。
……決まった。気持ちいいね、これ。
「おう、お嬢じゃねえか」
「こんにちは、ガインさん、皆さん。コシネさん以外は三日ぶりですね」
「あ、ルヴィアちゃん。無事に進化できたんだ」
「ええ。今日から精霊です」
〈今日は配信見てないんだな〉
〈生産組はマイペースだからな。根詰めて作業するからよく息抜きしてるけど、生産中は他のことが耳に入らない〉
〈作業中に会話とか視聴とかしてるのはコシネくらいか〉
〈作業ってか料理だしな〉
降り立ったのは露店広場だった。知り合いも多いし、転移門広場と城門前、それと東西南北の街門前広場以外ではここが一番広いのだ。
集中を逸らしてしまったかと思ったが、何人かは休憩に入ったところだったらしい。配信で紹介したところだとエルジュさんとコシネさん、それにガインさんとホーネッツさんがこちらを振り向いて、クリヌキさんとハイムさんは気づかなかった。……いや、コシネさんは配信見てたね?
「ルヴィアちゃん、その服……」
「はい。自動で精霊仕様にアップグレードされたみたいで」
「じゃあこれからも着てくれるのね。箔もついたし、助かるわー」
○オーバーチュアクロース・E
分類:衣服
スキル:《虹魔術》
属性:幻
品質:D
性質:精霊専用
所持者:虹剣の精霊・ルヴィア
作成者:ホーネッツ
状態:正常・魔化
SPD+10、DEF+2、MDEF+4
・転移門開放前の昼王都で可能な限りの素材と技術を結集した、女性用の高級一式衣装。先駆けとなる技術をふんだんに使っており、今後の衣装作成にも影響を与えるつくりとなっている。
所持者の影響で精霊に合わせた性質を獲得し、更なる力を得た。作成者の想いと魔力が共鳴したのだろうか。
「性能もこんな感じに」
「……なんか強くなってない?」
ホーネッツさんとしてはこの反応になるだろう。もし進化で専用の衣装なんかを用意されていたらどうしようとは私も思っていたところだけど、実際のところはそのまま強化だった。
最上級プレイヤーメイドがさらに強くなって、《唯装》以外ではトップクラスの性能を誇るようになっている。なんだか知らないうちにD-からDに品質が上がり、これまではなかった謎のMDEF強化が追加されていた。
実際は選択式で、新しい精霊用の服も用意はされているらしい。これは一新したいプレイヤーへの配慮……というよりは、私のように元の服を着続けたいプレイヤーのための措置だろう。
この書き方だと、たぶん本来は精霊の服への乗り替えが想定されているはずだ。なんともクラフター想いな仕様である。
「それと……ガインさん、これはお返ししますね。精霊は金属防具をつけられないようなので」
「お、そうなのか。残念だな……まあ所定通り、売値の八割で引き取ろうか」
ついでに活躍の機会どころか装備自体ができなくなってしまった篭手は売却。新しい持ち主に買われていくか、鋳溶かされるかのどちらかになるだろう。
「さてと。ちょっと感覚を慣らしてきますね。ログアウトするので、配信は一旦切ります」
「あ、たまに言ってるやつ? どしたの今度は」
「進化の副産物でステータスが急に上がったので、感覚が狂っちゃって。あ、また夜……23時くらいに枠を取りますね」
〈了解〉
〈おつー〉
〈待ってる〉
〈最後も見せてくれるんだ〉
〈はーい〉
というわけでDCOからログアウトして、練習用ローカルソフトを起動。このソフトとはもう一ヶ月半以上の付き合いだ。
私は普段の戦闘でかなりの部分を感覚で補っているから、その感覚が実際とズレたら一気に立ち回りがおかしくなるのだ。今では魔術でごり押せば戦えるけど、それは誤魔化しているだけ。
ゲーム開始前は動作を叩き込むため、それ以降は細かい感覚を体で覚えるために私はほぼ毎日使っている。ベータオープン時のアップデート以降はデータを本編とリンクさせることができて、本編と同じステータスで動けるから最適なのだ。
しかもHPMPの回復が任意で、デスペナルティもない。ログアウトする手間さえ踏めば、武器屋の案山子なんて要らないくらい便利だった。
そのログアウトの手間が面倒だから、あの案山子を使う人も多いんだけどね。
「ええと……魔術禁止、ステータスと装備は最新のものに同期。敵は……さっきの狼でいいか」
目的は感覚の修正だから、まずは一匹から。選択すると目の前にホログラムの狼が現れて、ポーズを解除した途端に臨戦態勢へと移行してくる。
私は選択肢を単純化するために魔術を封じて、右手の剣だけを構える。普段は倍の処理量でやっているから、片方だけだと考える余裕も生まれるのだ。
「グルァ!」
「タン、タン、タタン!」
「ガッ」
「……だと、早いんだよね」
まずはこれまでの感覚で確認。これはAGIが163だった時のものだ。しかし精霊進化でステータスが変化したから、今は188もある。
普段のレベルアップなら1レベルごとに10も上がらないから、これまで自然に慣らしてきた感覚差の2.5倍以上はあるわけだ。これではすぐには対応できなくて当然というもの。
さっきと同じく首へ剣を受けた狼をリセットして、もう一度。
「グルァ!」
「少し遅らせて……タン、タン、タッタン!」
「ッ……グルル」
鈍い感触と痺れが跳ね返ってくる、今度は肩口に入った。まだ早いか。ただ、これでほぼさっきと普段の中間くらいになった。それならもう一度、同じくらい遅くしてみよう。
もう一度狼をリセット、ポーズ解除。
「グルァ!」
「もう一つ遅く……タン、タン、タ、タン!」
「ギャゥッ!?」
うん、いい感じ。だいたいこのくらいだ。この感覚をしっかり覚えておく。
これは無理に言語化しない。自分でわかれば充分だから、わざわざ日本語に変換する必要がない。なぜか練習ソフトにも配信機能をつけるという話が持ち上がっているらしいけど、仮に実装されても私は配信しないだろう。これは他人に伝えることができないから。
一度感覚を覚えて、別の敵でも試してみる。たまに個体の大きさや動き方で感覚のズレに差があることがあるから、できるだけ多くの敵を相手にしておいた方がいいのだ。
しばらく練習を続けて、ひととおり修正が済んだところでコールがあった。
「朱音ー、そろそろご飯できるよっ」
「ありがと、すぐ行くね」
合鍵を持って家事を手伝いに来てくれているフリュー……春菜だ。わざわざ来てもらってやらせてしまっているのは申し訳ないけど、だからといって私がやろうとするとひどく悲しそうな顔をするのだ。特に春菜は。
そういうわけでやってくれるものは任せることにしていた。……普通の友人関係ではない? ごもっとも。
◆◇◆◇◆
「戻ってきました」
〈待ってたぞ〉
〈勢揃いじゃん〉
〈幼馴染組みんなおる〉
〈さてはリアルで一緒に遊んでたな?〉
〈もう大丈夫なの?〉
「はい。感覚はちゃんと戻りましたよ」
午後11時頃、改めて露店広場から再開。練習の後はそのままフリューとルプストにミカン、さらにはクレハとジュリアまで合流して六人で食卓を囲んだ。その流れでお風呂へ入ると言い出したから何事かと思ったら、今夜は泊まっていくらしい。
もっとも、私たちは数えきれないほど枕を並べた仲でもある。いつも通り順番に入浴しつつ休憩がてら紫音の出るドラマを見たり、ゲームの休憩にカードゲームをしたり。まあ、ちょっとゲーマーなだけで普通の女子学生だ。
で、今は皆でログイン。今日の24時で終わる《バージョン0》だが、最後にひとつだけイベントシーンがあるらしい。せっかくだからそれをリスナーさんとも一緒に見ようということで、一時間前にベータ最後の配信をつけたわけだ。
「そういうわけなので、45分になったら《転移門》に行きます。というか、ニムから来いと言われています」
「相変わらず好かれてる? 好かれてない?」
「どっちかというと今回は、私が来訪者の代表だってことでのお呼びだと思うよ」
イベントが起こるのは転移門、内容は閉ざされた門の解放だ。昨日救出されて静養していた《八葉の巫女》が、門を封じた植物を取り除くのだろう。
「そんなわけで、ちょっと時間が余っているのですが……」
「こんなのはどうですか、ルヴィア?」
「……へえ」
これは別に打ち合わせとかはしていない。私は何も聞いていなかったから、純粋に驚いた。
ただ、後から聞いたところによると機会は窺っていたらしい。結果的には最高のタイミングで、バージョン0最後の一大イベントとなったわけだ。
〔クレハから決闘申請がありました。受諾しますか? Y/N〕
〔Yes〕
「いいよ。胸を借りるつもりでやらせてもらうね」
「またまた。本気でやり合って互角だと思いますよ?」
〈うおおおおおおおお〉
〈マジか!〉
〈ずっと見たかった〉
〈キタキタキタキタ〉
〈こんなん興奮しないわけないじゃん〉
〈激アツだぁ!〉
クレハはこう言うけど、現状ではさすがにクレハにアドバンテージがある。VRに適性があるのはお互い様で、VR空間での経験も似たようなもの。それでいてクレハには幼い頃から積み上げてきた本物の剣術があるのだから、それと現実での運動経験の分あちらが優位だ。
その本物の剣術をいかにいなすかと、どれだけ魔術が通用するかだろう。ちゃんとした試合にはしてみせるつもりだけど、正直勝ち目は薄いと思う。
「設定はデフォルトで?」
「うーん……全損式でポーションは3個ずつ、フィールドは中。制限時間は10分で……相性はありでいい?」
「ええ。今のルヴィアの場合、それで普段通りですからね」
これを承諾してくれたのはありがたい。というのもこの決闘、デフォルトでは属性相性がオフになるのだ。属性の有利不利によるプレイヤー間の相性を解消するためだろうし、これは妥当なんだけど。
一方で魔術の属性一致補正はオンになっている。つまり一致補正はある状態が普通なのだ。……そう。つまり私、デフォルトルールだとかなり不利になる。
デフォルトだと私は《虹の魔術》で魔術威力が5%減になって、それをカバーしつつ実質一致となる属性相性だけ封じられることになってしまう。強力なはずの《唯装》の固有能力が仇となるとは、PvPを主題としていないタイトル特有の落とし穴といえるだろう。
だからクレハの言う通り、私に限れば属性相性ありのルールが公平になる。一方で私は幻属性だから、受けの方もフラットだ。
「お、なんだなんだ?」
「ルヴィアとクレハが決闘するってよ」
「これずっと見てみたかったんだよね!」
「うわ、初めて妖精が羨ましくなった」
「そういや飛べたな天使って」
カウントダウンの開始と同時にフィールドが目立つ仕切りに囲まれ、それを見た近くのプレイヤーたちが集まってくる。広い露店広場がほとんど満員になり、天使と妖精は空中から悠々と見下ろす。
一部のリスナーがまた拡散をしてくれたようで、時間帯もあって比較的落ち着いていた同時接続もまた大きく伸び始めていた。
「それでは、いざ」
カウントはそれをまるで気にせず一定のペースで減り続け───0になった。
「勝負!」
やめて! 龍人のエクストラスキル《八卦》で防御力の低い精霊の体に攻撃されたら、闇のゲームでルヴィアと繋がってるリスナーの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでルヴィア! あんたが今ここで倒れたら、イシュカさんやユナとの約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、クレハに勝てるんだから!
次回、「ルヴィア死す」。デュエルスタンバイ!
……はい。
というわけで次回は決闘です。明日更新です。明後日ではありません。今日から三日連続更新ですので、ぜひ毎日読みに来てくださいな!
一時は難しいかと思っていた年内10000ポイントまで、あと100ポイント(※24日夜の予約投稿時点)まで来られました。しかもジャンル別日間ランキングのトップ5にも入ったようで。それもこれも、応援してくださっている皆様のおかげです。
バージョン0も今年もラストスパート、まだの方はぜひ、ブックマークと評価点投入をよろしくお願い致します……!




