60.You can fly!
「ここまでは良いとして、次は種族スキルですね。一体何があるやら……っと、これは」
「んふふ。ルヴィア姉、これなーんだ」
「これ、《魔力飛行》だよね?」
〈精霊って飛べるん!?〉
〈飛べるぞ〉
〈マジか〉
〈ニムちゃんたまに飛んでるしな〉
〈うわ翅じゃん〉
〈妖精要素だ〉
〈妖精からの進化でもあるしな〉
そうなんだよね。実はニム、これまでも何度か翅を生やしてふよふよ飛んでいる様子が見受けられていた。それを見て予想されていた通り、妖精と同じ仕様の《魔力飛行》スキルが取得可能スキル欄にあったのだ。
さっそく取得して、マニュアル通りに飛行を試みてみる。肩甲骨の先に翅が繋がっているイメージで、魔力で浮くように……。
「わ、わっ、と」
「ちょっと教えたげる。真似してみて」
浮くことはできたものの傾いてしまったところを、ニムが手を繋いで支えてくれた。ついでに飛び方を教えてくれるらしい。
なんか、あれだね。見たことある絵面だと思ったらピーター・パンだ。魔法の粉でロンドンの夜空を飛ぶところ。
「妖精も同じだけど、精霊の翅は鳥の翼とは全然違うの。……ほら、触られても感覚ないでしょ?」
「ほんとだ……あ、付け根が繋がってないんだ」
「うん。この翅ね、実は実体がないの。力場、っていうのかな?」
〈へぇ〉
〈そうなのか〉
〈*イシュカ:そうなのよ。だから羽ばたいても飛べないの〉
〈イシュカネキもよう見とる〉
〈*イシュカ:妖精志望と飛ぶの苦手なベータ妖精はちゃんと見といて。たぶんコツ同じだから〉
コメント欄にイシュカさん登場。彼女は精霊候補の筆頭格だ。予習のつもりで見ていたのかもしれない。
常に浮いている小サイズ精霊と違って、人間サイズの精霊は飛ぼうとした時だけ翅を現出するようだ。その時点で実体がないことはわかっていた。役割も翼とは違って、宙に浮くこと自体は翅の作用ではないらしい。
精霊の翅は制動器だ。宙の魔力が浮かんでいるのと同じ感覚で、まず魔力でできた体を浮かせる。そのままだと空気中の魔力のように揺蕩ってしまうから、そこから位置を安定させるために羽の角度をニュートラルで固定するイメージ。
つまり、肩甲骨から力を抜く。実際は翅だけを動かすこともできるけど、自然にしていると連動するようだ。
「そう、それが基本姿勢。力を抜くと勝手にこれに戻るよ」
「けっこう難しいね」
「体ごと固める必要はないの。自然のまま肩甲骨だけ意識して力を抜けば、ちょっとゆらゆらする感じになるでしょ?」
「こう……あ、なんかいい」
〈もう安定してんだけど〉
〈いやはえーよ〉
〈ほんと何でもできるよなお嬢〉
〈笑うしかない〉
〈私達の一週間はいったい……〉
本体は全く無関係に、浮遊の状態は翅の角度だけで決まる。だから翅だけを固定するイメージで浮き続けると、ふよふよした感じの浮き方で安定するようだ。
完全に静止するには体ごと止めるか翅だけ独立させて角度を固定する必要があるけど、浮いて止まるにはそこまでする必要はない。実際、ここは開始直後の妖精プレイヤーが体験した壁なのだそうで。
「そのまま動いてみよっか。今の角度をニュートラルとして、両翅を同じ角度で外側へ閉じるの」
「こう……なるほど、こうなるんだ」
〈動いてる!〉
〈すげえ〉
〈飛行エンジンまで組まれてるのほんと凄いよな〉
〈お嬢上手すぎ〉
少しずつ翅を閉じてみると、緩やかに前へ進み始めた。角度を急にすれば加速、翅を開けば減速。元の位置で速度維持で、開き続ければ停止。止まっても開き続けていると、今度は後ろへ下がり始めた。
角度と直結しているのは速度ではなく加速度で、減速の延長線上に停止と後退がある、ということか。
当たり前だけど急加速は制動を保つのが難しい。安全運転を心がけましょう。
「そうそう、そんな感じ。今度は停止状態から片翅だけ開いてみて」
「なんとなく挙動は読めてきたよ。これで……うん、右に回るよね」
「動いたまま開けば曲がれるよ」
〈飲み込みくっそ早くて草〉
〈ゲーマーだぁ〉
〈お嬢やっぱ普通に俺らよりゲーム慣れしてるよな〉
〈くるくルヴィア〉
感覚としてはレバー操作に近いだろうか。力を抜けば勝手にニュートラルに戻るから、操作をしたければその都度力を入れる方向へイメージする。
翅の操作は思いのほか直感的にできるから、そこは心配いらなかった。……少なくとも私は。
止まったまま片翅だけを開けば、開いた方向にその場で回転できる。直進したまま片翅を開いた場合は、その方向へ翅の角度と連動した動きで曲がることができる。
移動中に左翅だけを開けば、左側だけ減速して右が先行することで向きが変わる。ちょうどボートなんかと同じかな。静止中に片方だけを開けば、そちらだけ後退することで向きが変わるわけだ。
「ただ、ちょっとずつ位置がズレるね。当たり前だけど」
「完全にその場で回りたいなら、もう片方の翅を逆方向に同じだけ向けてみて。どっちも角度半分でね」
「右を開いて、左を同じ角度で閉じて……うん、確かに。道理だよね」
〈聞いてる分にはゲームっぽい感覚だな〉
〈*イシュカ:実際ゲームなのよ。翅をスティックに見立てたらそんな感じでしょ?〉
〈でもやっぱそれにすぐ気付いたのすげーよあんたは〉
〈操作もとんでもない精度だしな〉
〈もうプロゲーマーだろイシュカは〉
これはボートなどの操作でもそうだ。左右を同じ速度で逆方向へ動かすことで、完全にその場で回ることができると。
言われているけど、本当にゲームらしい挙動だ。そしてこれに関しては、正直実用性は微妙。まあ、覚えておくに越したことはないか。
「次は上下かな。翅の角度をそのままにして、下に降ろしてみて」
「ああ、うん。こうすれば……高く飛べるんだね」
翅はコントローラーのスティックという認識に間違いはないんだけど、この翅はただのスティックではない。三次元方向に動くから、さらにもう一方向にも可動域があるのだ。
さっきからずっと自然に浮いた高度で動いていたけど、同じ操作を下に行えば上へ飛ぶことができる。横方向と同じで、翅の角度は加速度と直結。
ということはもちろん、
「上に向ければ……下に降りられますね」
「あんまり高いところから落ちちゃうと痛いから、それを上手く使うのも大事だよ。でなきゃ生きて帰れなくなっちゃう」
怖いことを言わないでよ、ニム。
でもその通りで、DCOにも落下ダメージはある。高く飛んで、そこから飛行を解除して落ちれば場合によっては死にかねない。
しかも落下感がリアルだから、トラウマになったりしないよう気にかける必要もありそうだ。便利なものには代償が付き物というわけである。
「ここからは応用編だね。ニュートラルの状態で、真横に練ってない魔力を噴射するイメージで動かしてみて」
「魔力を……おっと、スライドするんだ」
「飛んで戦うならこれも大事だと思うよ」
〈*イシュカ:ほんと大事よ、それ〉
〈MP使うのか〉
〈多用はできないなぁ〉
飛行中は魔力噴射で独立した推進力を得られる。確かにこの動きはイシュカさんが何度かしているのを見たことがある。空中戦での回避では重要になりそうだ。
ただ魔力噴射の都合上、これは一回使うごとにMPを消費してしまう。使いどころの見極めはしっかりしなければ。
「あとは、翅の角度をそのままにして体を傾けられる?」
「翅そのまま、体だけ倒す……よし、できた」
〈だからなんでそうポンポンできるんスかって〉
〈苦戦すらしないの草すぎる〉
〈お嬢これまで何一つ苦戦したことなくない?〉
〈配信外でめっちゃ練習してるらしい。複数の有名プレイヤーが目撃してる〉
〈最初期にポーション飲みながらひたすら植物魔術してたな〉
〈*ルプスト:開始前は練習ソフトで毎日疲れ果てるまで剣振ってたものねぇ〉
〈おっルプスト〉
なんかあまり知られたくないことがバラされているけど、今は気にしないで続けます。
翅を同じだけ逆方向に倒しながら、ぐいっと。これが上手く使えると空中での自由度が大きく増しそうだ。空中ならではの3次元的な機動戦闘では、これがあるかないかで大きく違うはず。
「そんなところかな。ルヴィア姉は飲み込みが早くて、教えるの楽しいよ」
「ありがとね、ニム。本当に助かったよ」
しばらく試験飛行として明暮の狭間を飛び回り、着地。翅を上向けてゆっくり下方向へ降り、爪先を地面へつける。そのまま飛行状態を解除。
その間、慣性に従って服はふわふわと揺らいでいた。そういえばホーネッツさん、ファインプレーだった。精霊がこれだけ飛行をする種族だとわかった今、スパッツのありがたみは倍増している。いくらVRのアバターでも、下着が見えてしまったら恥ずかしいだろうし。
人によってはスパッツの方が嬉しい? 知りません。
ひととおりコツを掴んだ《魔力飛行》はそのくらいにして、他のスキルも見てみよう。
「ええと……これは取っておきましょう。《魔力感知》、《索敵》の上位です」
〈おお〉
〈索敵に上位が出るのか……〉
〈まあ精霊に斥候職はおらんやろ〉
範囲内の生物の気配を見えていなくても把握できる《索敵》が、魔力さえ持っていれば非生物でも知覚が可能になった。この世界では全ての生物が魔力を持っているから、単純に強化だ。
あと、地味に味方のプレイヤーやNPCにも効果が出るようになっている。取得しているだけで通常のネームタグの色も変わるようになった。縁取りがこれまで通りの色で、その内側が属性だ。
今取得するにはかなり高いスペックだけど、たぶん魔術系必須種族である精霊には純斥候は現れないだろうと踏んでの実装だろう。
もちろんスキルレベルは引き継ぎで、取った時点で上書きされる形になった。《歩法》を取った時は自動で《森林歩法》へ差し替えられたんだけど、同じ上位の種族スキルでも挙動が違った。
とはいえ、これはおそらく取得時点で上位があるかどうかで変わるだけだと思う。知らないうちに書き換えられすぎないようになっていたりとか、そんなところだろう。
「次……これも使えそうですね。《瞑想》、魔力を練ってバフやMP回復ができます。ただ、使用中は行動不可」
〈動けないのか〉
〈まあ瞑想だし〉
〈ポーション節約できるだけで有用〉
〈バフもあるなら使い得でしょ〉
自分のMPを回復させるスキルはDCO全体で初発見だ。ポーションの節約ができるだけでもかなり偉いし、そこに低倍率ながら長時間のバフまで乗ってくる。いわゆる取り得スキルだ。
さすがに戦闘中には使えないけど、周りに敵がいなければセーフティ外でも使っていいかもしれない。移動と行動はできないものの、周囲を見回すことはできる。MP回復だけが目的なら細かく切っても使えるのが偉い。
問題点は二つ。《魔力感知》と併用ができないことと、あまりにも配信映えしないことだ。基本的にはセーフティで雑談しながら使うことになるか。
「それと……うーん、これ強いですね。気は乗らないけど……取りますか」
〈おっ?〉
〈お嬢が渋るって〉
〈なになに〉
「《精霊の唄》です。歌わなきゃいけないんですよこれ」
〈お嬢の歌!!!〉
〈聞きたい!!〉
〈そんなん絶対上手いじゃん〉
〈プロ歌手の娘ぞ???〉
母が歌手だからこそ、あんまり人前で歌いたくはないんだけどね。それなりだとは思うけど、お母さんほどの歌唱力があるわけではないから。
《精霊の唄》、汎用スキルである《歌唱魔術》の亜種だ。あちらはまだ希少種である《吟遊詩人》プレイヤー御用達のサポート系特殊魔術で、味方全体へ一気にかかる広い効果範囲がウリだ。
一方でこの《精霊の唄》はというと、その対象が単体に限定されている。代わりに効果量は大きい。しかもレベルを上げていけば、汚染状態の敵限定でデバフ効果を与える魔術まで存在するようだ。
デメリットは当然、歌わなければならないこと。まさに吟遊詩人が少ない理由がそれなのだ。その分強力な効果にはなっているけれど、これはVRMMO。まずは羞恥心に勝つ必要があるわけで。
そして最後。これも強力な……というか、重要な種族スキルがあった。
「これは取らなきゃいけないでしょうね。《浄化》、アイテムなしで浄化が行えるようになるスキルです」
〈マジで!?〉
〈やるやん〉
〈あると思った〉
〈確かに持つなら精霊だよな〉
確かに、精霊は汚染の浄化と密接な関係にある。これまで浄化の大部分は精霊の祠に関わるものだったし、そうでないものも精霊が絡んだ事象が多かった。
この《浄化》スキルはこれまで繰り返してきた行為を、お札や聖水なしでできるようになるものだ。浄化を積極的に行わなければチャート的になることのできない精霊プレイヤーが、真っ先にこのスキルを持つことは妥当だろう。
というわけで取得。……あれ?
「いきなりレベル27になっているんですけど……」
〈え?〉
〈まだスキル一回も使ってないのに〉
〈アイテム浄化もカウントされてるのでは?〉
〈たぶんお札浄化で経験値入ってる〉
「ああ、確かに。たぶんアイテム浄化での経験値がありますね、これ」
言われてみればそうだ。私はこれまで、お札を使っての浄化は何度も行ってきた。それらがスキルレベルの経験値に加算されているなら、これだけのスキルレベルになっているのも頷ける。
この《浄化》、浄化可能な汚染の強度はスキルレベルに依存するらしい。他のスキルとの競合も起こらないし、どんどん上げていって間違いないスキルの一つだろう。
「ひとまずこんなところですね。精霊志望の皆さんは積極的に祠などを浄化していきましょうということで、ここまで含めて進化ステータス確認でした」
〈長かったなー〉
〈めっちゃ濃かった〉
〈他のエクストラもこんな感じなのかな〉
ここからは《精霊界》の外に出て、精霊の戦闘や飛行を試してみようか。
※ふつうは習熟に数日かかります
イシュカ「できちゃったから……」
ルヴィア「思っていたより早くコツが掴めて楽しかったのでつい」
次回、歌枠(違)。
いよいよベータ編も残り4話となります。25日からは3日連続更新を予定していますので、皆様ぜひお誘い・示し合わせの上お越しください。
年内に総合10000ポイント……けっこう厳しいけどいけたらいいな! 応援していただけると嬉しいです、ブックマーク・高評価ともどもどうぞよろしくお願いいたします……!