6.今のはアーツではない、通常攻撃だ
ただいま異世界。
〈おつ〉
〈見てたよー〉
〈姉語りしてるシオンちゃん可愛すぎて〉
〈並ぶと姉妹逆に見える〉
「どうかそのあたりで勘弁してください……」
〈ほんとにキャラ変わるなあ〉
〈女優のスカウト来まくるわけだよ〉
〈あっちは朱音ちゃん、こっちはルヴィアちゃん。イイネ?〉
出迎えが手荒い。そりゃ見ているでしょうとも。恥ずかしいんだよわかって。
まあわかってはいたことだからすぐに立ち直って、周囲を見てみると……ああ、いるね。やっぱり。
「皆さん散々私のことをロリだの妹だの言ってますけどね、もっとちっちゃいのなんて1500人もいれば一人くらいはいるんですよ。ねえミカン」
「……あはは」
〈ミカン?〉
〈知り合いか?〉
予想通り見えた、人もまばらな広場の端っこ。……ここにいるほとんどが私を見に来た人だね、これ。珍獣か何かかな。
お利口さんのAIカメラがぐるりと回って、私の目線あたりからの視点になった。映ったのはちんまい狐っ娘と、彼女が連れている人間の男女。
これも予想通りというか、やっぱり野良PT見つけてるねこの子。以前から社交的で、私が親交を持つ相手はだいたい彼女経由なのだ。
「紹介しますね。あのちっちゃいのが私の友人で、昔からのPTメンバーのミカンです。冒頭で言っていた『チケットを渡した』相手は彼女ですよ」
〈またかわいいのが出てきた〉
〈ロリエルフにロリ狐っ娘とか〉
〈なんだこの楽園は〉
〈ちっちゃいの(棚上げ)〉
だからロリじゃないってば。私もミカンも、中身は先日高校を卒業している。
やはり私を待っていたようで、こちらから近づいてもそのまま待っていた。カメラに適切な距離となるくらいの位置で止まると、向こうから自己紹介。
「ええと、ヒーラーのミカンです。ルヴィアとは前から一緒に遊んでいたりして……有り体にいえば幼馴染です」
「普通に幼馴染って言おう?」
私よりも少しだけ低い背丈からピンと伸びた狐耳。金色のボブはふわふわと少し膨らんでいて、体格の割に大人びた顔は美少女のそれ。
初心者装備の背には一つきりの大きな狐尾が生えていて、本人の上機嫌を示すようにゆらゆらと揺れている。
彼女の種族である狐獣人は魔法型の種族だ。INTが高く、次いでMNDとDEX。高難度魔術を扱いやすい純後衛である。
特にミカンの場合は支援系の魔術師だ。HPが減りやすいタンクにとっても、私のようなアタッカーにとっても心強い仲間となりうる存在だろう。
「見ての通り、わざわざ意図的に私より低身長のキャラを作ってきた猛者です」
「たぶん時々顔を出すことになると思うので……よろしくお願いします」
ぺこり。
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈なんだこのかわいい生き物〉
〈ミカンちゃんきゃわわ〉
自己紹介を済ませた金髪ボブカット狐幼女は次に何をしたかというと……。
「……(そわそわ)」
ふりふり。
「…………」
もふ。
〈かわいい〉
〈はいかわいい〉
〈かわいすぎる〉
〈このかわいさで前線組は無理でしょ〉
〈こんなかわいい子と遊んでたとかルヴィアずるいわ〉
〈ルヴィアそこ代われ〉
〈シオンちゃんといいミカンたそといい、この子達は全くもう……〉
「そこ代われってなんですか。私の幼馴染なんですけど」
役得役得。ロリ狐っ娘が自分から尻尾を差し出して誘ってくるなんて、そうそうない。しかも微妙に恥ずかしそうに、裾を握って控えめに振り返りながら。
……可愛い。中身、同級生の幼馴染だけど。普段は攻守が逆だけど。
で。
「そろそろ話を進めましょう」
「あっ……」
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈しゅんってなってるのかわいい〉
〈今世界一獣耳をかわいく使える女〉
うん、かわいい。
……話が進まないんだよ。
「ミカン、そちらは?」
「ああ、こっちは今パーティを組んでいる人たち」
「もう喋っていい感じかな」
「ごめんなさい、放置してしまって」
「いや、いいものを見せてもらいました」
「あぅ」
ずっと流れているけど、もうコメントの「かわいい」は拾わないからね。
ミカンと一緒にいた二人のうち、男性のほうは両手剣使い。黒髪黒目の美丈夫というか、乙女ゲームで騎士団にいそうな顔だ。このゲームはMMOだけど、スタンドアローンRPGの主人公に相応しい華がある。
女性のほうはというと、こちらが騎士スタイルだった。片手剣と盾で、おそらくは若干アタッカー寄りのタンク。髪は緑色のショートカットで、私たちほどではないにせよ小柄だ。
「なりゆきで組んだミカンさんが、あのルヴィアさんの友人だっていうから驚いたよ」
「うちのミカンがお世話になっております」
「る、ルヴィアっ」
「いえいえ。あ、私はカナタといいます」
「俺はブラン。よろしく」
「改めまして、ルヴィアです。よろしくお願いします、カナタさん、ブランさん」
乙女ゲー的イケメンがブランさん、クール系女騎士がカナタさん。ここでミカンと一緒に待っていた以上、たぶん彼らも紫音の配信を見ていたんだろう。自己紹介が終わるとPT勧誘が飛んできた。
PTリーダーはブランさんのほうらしい。もちろんノータイムで参加。PT名は……「明星の騎士団」?
「見覚えのあるPT名が……」
「あ、やっぱり同郷なのかな」
クラン「明星の騎士団」。どうやら私たちが先日までやっていたMMOで、長らく攻略の先頭に立ってきた有名攻略クランだ。その活躍度の割に人数は少なく、入団者を絞っていたことでトラブルもほぼなかったという、ある意味では理想的な存在でもある。
彼らの活躍は動画としてまとめられてアップロードされており、私たちもよく視聴していた。
ただ、そのMMOは超長編ストーリーがついに完結して終幕を待つのみといった状態だったので、サービス終了を待たずしてこちらへ応募するのも自然なことだ。
そんな彼らの第一陣と、運良く最初に邂逅したと。巡り合わせとはこのことかもしれない。
「このまま後半へ向かっても大丈夫ですか?」
「もちろん。一応それぞれレベル4にはなってるから」
「それなら、適当に散らしながら進みましょうか」
私のほうがレベルが高いのは、この程度の相手ならソロのほうが効率がいいからだろう。雑念に走りまくっていたとはいえソロでレベル5の私と比べると、3人もいて全員がレベル4は相当だ。事実、休憩前の到達地点までは非常にあっさり着いた。
どうやら私たちが先頭のようだ。公式掲示板へ情報提供するブランさんを横目に、まずは《鷹目》。
「……鹿がいますね」
「鹿?」
「一気に大型になったね」
「あと、ウサギも。色違いです」
〈茶色いのいた〉
〈赤いのもいるぞ〉
〈黒いの目立つなあ〉
〈見覚えありすぎて白いウサギが逆に目立たない件〉
前半にいたのが水、風、雷、氷。後半がこのラインナップということは、実質無属性である幻以外の全属性が揃うことになる。赤が火、茶色が土、黒が闇、白が光だろう。
そして明らかに目立つのが鹿。現実と同じくらいの大きさに見えるけど、これまで戦ってきたのがウサギだからね。サイズ的に全く気は抜けない。
「まずはウサギからにしよう。前半とパターンが違うかもしれない」
的確な判断だ。他にこちらまで来ているプレイヤーがいないこともあるけど、さすがは攻略者という感じ。
実際に相対したカナタさんも、しっかり攻撃を引き出しながら受け止めている。二人とも、やっぱり手慣れていた。
「……変わりませんね」
「ダメージを入れてみよう」
隙をついたコンビネーションでブランさんが一撃。HPが三分の一ほど削れて止まる。
「やっぱり変わらないね」
「レベル分だけっぽいねー」
「やはり最初の敵ということでしょうか」
〈〇ライム〉
〈コ〇ッタ〉
〈クリ〇ー〉
〈ゴブリ〇〉
〈RPGじゃないやつ混じってんぞ〉
何ら変わりないことがわかってきたらサクッとお料理。レベルは少し上がっていたけど、なんの問題にもならなかった。
「あ、赤いウサギ……少し試してみても?」
「ああ、エルフは火受け二倍でしたっけ」
「ん、いいよルヴィア」
《明星》の二人はどちらも人間。エルフの打たれ弱さと、二倍という露骨な弱点に苦笑いを浮かべている。治癒術の準備を始めたミカンを横目に、私は近くにいた赤いウサギを引きつけた。飛んでくる体当たりを、わざと避けずに腕をかざして……。
「っ!?」
「うわぁ」
「そんなに……」
「《クイックヒール》っ!」
〈草〉
〈笑う〉
〈ワロタ〉
〈草だこんなの〉
〈やっば〉
〈こいつぁひでえや!〉
〈同レベ兎の体当たりでHP半分ちょいwwww〉
はい。なんか一瞬で黄色手前まで行きましたね今。
ダメージ量に比例してアバターへの衝撃も大きく、なんと万全の姿勢からウサギに押し負けて後ずさるという。たぶんもう少し受け方を選んでいればダメージも少なかったとは思うけど。
間髪入れず放たれたミカンの治癒術ですぐに回復し始めるけど、あまりにわかりやすいダメージに場内……もといコメント欄騒然。私は慌ててウサギを仕留めた。ダメージは属性分の減衰で済むんだよね。エルフの特性はあくまで“被”火属性2倍だから。
「……ねえルヴィアさん、VITいくつ?」
「25です。無振りだったら確実に黄色でしたね」
「そういえばエルフって、種族単位で紙耐久でしたっけ」
そう、エルフはレベルアップでVITが上がらない。だからかなり気を使わないと勝手に打たれ弱くなる。現に今、早くも私のVITはSTRの半分だったりするし。
「当たらなければどうということはない、という種族なので……当たるとこうなります」
「AGI型安定かなぁ」
「回避かパリィに振り切らないとすぐピチュりそう」
そういう事情もあって、エルフにメインタンクは難しいだろう。《防御》スキルは防御力や盾の効果は上がるが、盾防御は攻撃力次第で貫通ダメージが起こりえるのだ。火属性の強攻撃なんて、しっかり防いでもお陀仏では?
一方で《パリィ》スキルは受け流しの効果だから、対応できない攻撃がある代わりに成功すれば貫通ダメージは起こらない。ただし成功判定の広さがDEXに依存するとのことなので、かなり必要なビルドが変わってくる。
そもそも躱してしまう《回避》と並んで、プレイヤーはこの三つのどれかでダメージを防ぐことになる。もっとも、《パリィ》は対応力の問題で《防御》か《回避》のどちらかと併用が前提になるけど。
そういう理由でエルフは《防御》がリスキーだから、他の紙装甲種族と同じく残り二つに縋ることになるわけだ。私の場合もそうで、《パリィ》と《回避》の両方を取っている。
ウサギに関しては問題なさそうなので、次は鹿こと《ディアホーン》と戦ってみることに。
ウサギほどではないにしてもポップ数はあるから、ソロでも大丈夫なモブ敵のはず。ミカンには待機してもらって、一人ずつ戦ってみることにした。
パーティで敵を倒した時の経験値はメンバーに均等に割り振られるシステムだから、出番がないミカンもレベルは上がる。スキルレベルの乖離が気になるのか、時々HP満タンの私たちに治癒術をかけたりしていた。
配信への配慮などもあって、まずは私から。真正面から近づくと……突進がきた。引きつけて回避。小さめの隙をわざと見送るとこちらへ振り返ってきて、また突進。
……いや、さっきより頭の位置が少し低い? それに、よく見るとやや右に傾いている。
「っと。そっか、VRMMOだとこうなるんですね」
〈!?〉
〈避けた!〉
〈何だ今の〉
〈途中から違う攻撃したぞ〉
念のため斜め後ろへ飛び退く。鹿は直前まで私がいた場所のすぐ手前で止まると、勢いそのままに右の角で薙ぎ払うような攻撃を繰り出した。私が攻撃範囲外に逃れて不発に終わったけど、気づかずにパリィや小回避を選択していたらひどい目に遭っていたかもしれない。
攻撃が外れたとみるや今度は逆方向に角を振ってくるけれど、もう遅い。素早く懐に潜り込んで、がら空きの右脇腹をざくり。すぐに離れて鋭い蹴りをかわした。
「けっこう実戦的ですね。ウサギとは大違い」
〈また避けた〉
〈エスパーか?〉
〈初見のはずなんだよなあ〉
〈未来予知でもしてるのでは〉
もちろんそんなことはしていない。見えてはいるけどね。蹴りの反動で離れた鹿を深追いせずに、また正面から仕切り直し。
「《アタックブースト》!」
と、ここでミカンの《陽術》。視界隅にバフアイコンが点灯した。ATKの文字と上向き暖色矢印のアイコン、攻撃力上昇だ。
《DCO》では、バフ・デバフ系統の魔術は《陽術》と《陰術》として独立している。ヒーラー型ビルドを選択したミカンは当然この役目も果たすつもりで、しっかり両方を取得していた。
ちなみに、この二つと《治癒術》を合わせて《巫術》と呼び、これらを使うミカンのようなスタイルを巫術師と呼ぶそうだ。
「よっ」
遅れて突進してきた鹿を、今度は剣で受け流す。攻撃を見切って速度を計算し、ズレがないことを確認しながら《パリィ》。
大人の運転する自転車くらいだろうか。けっこうな速度だったけど、見えないほどではない。横から角を弾かれた鹿は頭を持っていかれて、綺麗に突進を横に逸らした。バランスを崩した獣は、目の前にいる私にとっては格好の的だ。
同じ方向へ流れた剣を小さく下に引き寄せて、首元目掛けて切り上げ。クリティカルを示す派手なエフェクトが舞った。バフの効果もかかって……一撃でHP最大値の4割強が消える。うん、そんなに強くないね。
何やら高速で流れるコメント欄をひとまず無視して、一頭はそのまま仕留めた。さすがに体格が体格だからか、ウサギと比べるとけっこう時間がかかるけど。
「なんですか今の……」
「ルヴィアさん、何かスポーツしてるの?」
「ううん、全く。むしろ体が弱くて、学校の体育すらできなかったくらいなんだけど……」
〈剣先が見えなかった〉
〈パーフェクトパリィ〉
〈伝説の始まり〉
〈エースの風格〉
〈これぞ神業〉
〈なんか書いとけ〉
〈公式プレイヤーの本気〉
〈当然のように鹿を弾き飛ばすやべーやつ〉
〈ベテランの狩りを見た〉
〈これゲーム初日だよな???〉
「……あの」
なんだか、周囲の反応がおかしいんだけど。なんかこんな感じの展開、どこかで見たことある。
確かこういう時は、こう言うんだったっけ。
「また私、何かやっちゃいました?」
「ルヴィア、そういう危険なボケはやめて。お願いだから」
毎日投稿6日目、二度目の戦闘回でした。本作のかわいい担当その1ことミカンちゃん初登場。ブラン君とカナタちゃんも今後それなりに頻出します。
次回はまた明日、そのまま続きで戦闘回です。




