56.始まりの終わりが始まる
今回は短め。
そして。
「…………!!」
〈やった!〉
〈倒した!!!〉
〈避けきったなお嬢!〉
〈おめ!!!〉
「お、終わった……」
午後10時47分、無事に《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》ボスである《植物神の娘・梨華》は倒された。コメント欄は過去一番の速度で流れ、プレイヤーたちは鬨の声をあげる。
もっとも、私はそれを全力で喜ぶほどの気力は残っていなかった。約一分周期で即死級の高速レーザーが降ってきて、飛んでくる攻撃全てが私にとっては致死級となる避けゲーを15分もやり続けたのだ。いくら私でも疲弊くらいする。
「お疲れ様、ルヴィア、立てる?」
「うん、ありがと……」
「ルヴィア、大丈夫!?」
「わっ……大丈夫だから、抱きつかないで。体重かけてこないで」
「こぉら、今はやめたげなさい? じゃなきゃ、後で紫音が怖いわよ?」
「あぅ……ごめんなさい」
ミカンとフリュー、ルプストが真っ先に駆けつけてきてくれた。ずっと気にかけてくれていたようで、特にミカンから時々バフが飛んできていた。やはり私はいい親友たちに恵まれたようだ。
ちなみにクレハとジュリアはというと、そちらはそちらで疲れ果てているようだった。二人ともものすごい速度で分身を倒していたものね、このバトルの最多キルは間違いなくあの二人だろう。
「…………ぅ……」
と、イベント進行だ。レイドリーダーや主要なプレイヤーたちが集まり始めたから、私も立ち上がって中央へ向かう。
一部のプレイヤーはこの場を私たちに任せて、解放されたであろう七人のレイドボスたちの救出へ向かってくれた。こういう動きが常に自発的に起こってくれたから、今回のクロニクルクエストは私にとっては想像以上にやりやすかった。
……もしかしたら貢献度稼ぎの一環かもしれないけど、ゲーマーとしてはそれでいいのだ。出遅れて歯噛みしているプレイヤーもちらほらいたけど、これもMMO。
「ここは……それに、あなたたちは……」
「目が覚めましたか、梨華」
アルラウネの花から元の姿に戻った木のうろの中で呆然と周囲を見回す梨華さんには、セーフティで待っていたはずの翠華さんが入口から現れて応えた。気づけば配信カメラは色を変えて視点を飛ばしている、ムービーシーンの合図だ。
「ここにいるのは、綾鳴様が遣わした異世界人である来訪者の皆さんです。私たちでは太刀打ちできなかった汚染と戦って、この神社を取り返してくださったのですよ」
「そう、だったんですか。では、私はお手数をお掛けしてしまったようですね。ごめんなさい、それと……ありがとうございました」
心配げだった翠華さんの表情も、どうやら梨華さんが無事だとわかると目に見えて和らいだ。梨華さんのほうも体を張って逃がした肉親の元気な姿を見られ、現状が大まかにせよわかってほっとした様子だ。
うろから出ようとするも力が入らないようだったが、すかさずカナタさんが手を貸して引っ張り出す。そのまま肩を貸して、木に寄り掛かるように座らせた。
「ルヴィアさん、そっちはよろしく。俺たちはここで待ってるから」
「わかりました。……翠華さん、行きましょう」
「ええ。ブランさん、娘をお願いします」
「任せてください」
副線を引き受けてくれたブランさんに感謝しつつ、私は翠華さんと一緒に社殿へ向かう。ここからは基本的にはムービーシーンだが、もうひとつだけ仕事が残っていた。
「皆さん、よろしければいろいろお聞かせもらえませんか。私は汚染に蝕まれてから、何が起こっているのかを全く知らないので……」
「はい。どこから話せばいいかな」
「とりあえず、私たちが知る限り最初から話しましょう」
何人もついて行く必要はないだろうと判断されたのか、社殿まで来たのは翠華さんと私の二人きりだった。私が全て兼ねていなければ、総大将と配信者と精霊の祠の解放者で三人くらいは来ていたのかもしれないけど。
「まずは、お願いします」
「はい」
〈エルフとして最後の祠開きだ!〉
〈さすがにここの祠は大きいな〉
社殿も大きければ、隅にひっそりと立てられたのだろう祠もかなり大きい。少なくともこれまで見た中では飛び抜けて大きかった。
さっそくその扉へ取り出した御札を貼り付ける。……が、何も起こらない。汚染が強すぎるのだろうか。
「そのまま魔力を込めてみてください」
「魔力を? わかりました」
〈思えばこうやって魔力を操れるだけで凄いことだよなぁ〉
〈三週間前まで考えもしなかったよな〉
〈ベータ組に追いつけるかなぁ〉
〈追いつくんだよ〉
ボスバトル終了直後にポーションを飲んでいたから、MPは最大まである。御札へ両手を添え、全力で魔力を流し込んでみた。
……MPが底を尽きそうになってきた頃、ようやく動きがあった。この必要量だと、プレイヤーによっては途中で回復が必要だったかもしれない。
祠全体から黒いもやが消え、微かに輝きだした。精霊が元来持っているような、精霊界の輝きに酷似している。
手を離して二歩下がると、それを察知したかのように祠の扉が勢いよく開いた。奥の光に満ちた空間から勢いよく人影が飛び出し、私へ迷わず抱きついてくる。
「ルヴィアー! やったね、精霊界から見てたよ!」
「わっ……ありがとうございます、ニムさん。皆のおかげですよ」
「うん!」
まだ喜びを爆発させ足りない様子のニムさんだったが、さすがに場面が場面だということなのだろう。それきり私から離れて、まだもやに覆われたままの社殿を見やる。
……まず私に抱きついてくるのに突っ込むべきなんだろうけど、もう慣れつつあるのだ。彼女もなかなかスキンシップの激しい子だけど、フリューほどではないし。
「じゃあルヴィアには明日またここに来てもらうとして、翠華さん」
「ええ。始めましょうか」
え、またここに? もしかして私、まだ街に戻れない?
聞き捨てならない言葉は聞こえたが、イベントムービーの真っ最中だ。できるだけ顔には出さないようにして、本殿へ向かう二人を追った。
自分がどんな顔をしたかは今はわからなかったけど、まあ私の表情筋は意識しなければ硬いほうだ。たぶん顔には出ていないだろう。
「では」
「うん、魔力を回すね」
「お願いします」
ゴスロリのまま儀式を始められたら画的にどうしようかと思ったけど、さすがに巫女服に着替えてくれた。着替え中は勝手に神社の外観や私とニムさんだけを映すよう動いてくれるから、ムービーシーン中は楽だ。
ちなみに翠華さん、かなりいいものをお持ちだった。ちんちくりんの私としては非常に羨ましい。もしかしたらニムさんも同じかもしれない。
初めて会った時と同じ巫女服に身を包んだ翠華さんは、ニムさんに継続的に魔力を送られながら本殿奥の間へ入っていった。私は魔力を繋ぐニムさんを置いて本殿から出て、社殿を見渡す位置に陣取る。カメラも少し遅れて私の背後へ戻ってきた。
少しして、今度は本殿全体が眩く輝いた。明滅してから数秒間光って、その光はさらに広がる。拝殿や手水舎、鳥居も飲み込んで、私の視界もホワイトアウト。一瞬でそれが収まると、今度は周囲全体が祠と同じように光っていた。
振り返ってみれば、それは神社の敷地から麓まで。先ほどまで戦っていた広場やダンジョンだった場所を飲み込み、そびえ立つ世界樹さえも光に染め上げた。
〔〔CHRONICLE MISSION cleared!〕〕
〔〔Clear Rank:S〕〕
〔〔全プレイヤーの貢献度算出を開始します:残り22時間4分〕〕
〔〔ダンジョン《生い茂り過ぎた樹海》攻略参加者全員にダンジョンチップを付与します〕〕
〔〔Ver.0 cleared!!〕〕
〔〔全プレイヤーに報酬を付与します〕〕
〔〔ハイライトの作成を開始します。全プレイヤーは出演許可を選択してください〕〕
〔ハイライトへの出演を許可しますか? Y/N〕
〔〔《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》をクローズします。残り25時間4分〕〕
さて、作中ではあと1日でバージョン0が終わりますが、話数に直すとあと8話あります。初日並みの密度ですね……。
年内はこのまま隔日更新を続けて、25日から3日連続更新ののち27日にベータ編を終了する予定です。
その後は年内にもう一度キャラクター紹介を出して、年始は少しだけお休みをいただこうと思っています。再開時は3話の幕間を挟んで、それからバージョン1編に入ることになると思います。
サブタイトルの通り、ようやく始まりが終わるところでしかない本作ですが、今後も時間がかかっても更新を続けるつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
(まだ章は終わってないから2週間後にもう一度同じこと言うんですけどネ!)