53.中心に立ち続ける主役と遅れて来る主役
「まーたやらかしたわね、あんた」
「……揃いも揃ってそういう反応ですよね。なんですかその得体の知れないものを見る目は」
「そう見られるだけのことをしているからだと思うが……」
セーフティまで戻ってきて、ユナのパーティと一緒に待機再開。彼らの反応もブランさんたちとだいたい同じだった。
私は暇な時にできることを探って、ただやることをやっただけだ。畏敬の畏の方が大きいような目を向けられるのは、正直不本意なんだけど。
「あのねルヴィア。たとえ武器アーツと《パリィ》が併用できるとわかっても、ふつうあのサイズのボスをノックバックさせようとか思わないの」
「えぇ……?」
「サイズは違えど、ボスとタイマンやった奴はそういう思考になるってことかねぇ」
〈クレジュリ巻き込まれてんぞ〉
〈パーティ戦はともかく、ソロボスやったの現状3人だけだからな〉
〈実際できるからそういうことやるとも言う〉
ううん、別にそういう自覚はないんだけど。
ただ、最近は自分の感覚と常識が若干ズレているような感覚が度々ある。配信者として喜ばしくないし、心に留めておくべきかもしれない。
『第2レイドより全軍へ報告。レイドボスマークはレイド全員へ付与。一度バージョンボスエリアへ入ってからエリア外へ出ると消滅する模様』
「あら。……『ルヴィアより補足報告。マークはボス戦救援プレイヤーにも付与。バージョンボスエリアへ入らずにセーフティまで戻った場合、消滅せず付与されたままになるようです』」
バージョンボスを相手しに向かった第2レイドから仕様の検証報告。一度バージョンボスとの戦闘状態に入った場合、そこから離脱するとレイドボスマークは消えてしまうようだ。
レイドボスマークというのは、七体いるレイドボスの討伐に参加したプレイヤーに付与される特殊な状態のことだ。バージョンボスエリアに7種のマークを持ったプレイヤーが揃っている間、ボスの力を封じることができるらしい。
この仕様ではレイドボスを倒してから全員がその場に留まれば安全に待ててしまいそうにも思えるが、そこは運営のこと。そんなことをすれば一定時間でマークが消えてレイドボスが復活するのだろう。
『第2レイドより報告。ボスは現在非常に防御力が高い状態。レイドボスマークによるギミックと判断し、防御戦闘に移る』
「『了解。防御戦闘は問題なさそうですか?』」
『守るだけなら大丈夫そうだ。戦線固めに入るから、輸送隊を頼みたい』
「『はい。輸送隊、《幻惑の間》から補給を』」
『了解です!』
なるほど、マークのギミックはボスの防御力にかかるらしい。マーク所持者の攻撃力にバフが入る可能性もなくはないけど、可能な限り多くのプレイヤーを深く参加させたい《九津堂》のことだから、おそらくは防御の方だろう。
それなら全レイドボスが討伐されるまで守ってから一斉攻撃をかけた方がよさそうだ。ブランさんの判断を承認して、他のレイドにも周知しておいた。
午後9時36分に私が第2レイドへ、38分に他のパーティが第3レイドへ救援。39分に第2レイドが《幻惑・雪花》を討伐。第3レイドも戦局を立て直すことに成功し、44分には第6レイドが《復讐・桜草》の討伐に成功した。
……順調だったのはここまでだった。ここから少しだけ誤算が起こる。
『第5レイドより緊急の救援要請! 最終ゲージ入りの攻撃で大量に魅了を受けちゃった!』
「『了解。ではユナ、第5レイドへ合流して戦線維持を……』」
午後9時50分、第5レイドが半壊。これに対して私はユナパーティを送り込もうとしたのだが、ここで立て続けに異常が起こる。
『第7レイドより救援要請! 最終ゲージ硬すぎてこのままじゃもたない!』
『すまない、第4レイドからも救援要請だ! 罠処理が追いつかなくなっちまった!』
『っちぃ、面目ねえ! 第1レイドに至急応援を頼む! ゲージ攻撃でレイド半壊しちまってる!』
「なっ……」
「……どうしよう、ルヴィア」
〈うわ〉
〈おいおい〉
〈重なりすぎだろ……〉
〈四つ同時はヤバくね?〉
〈どこか撤退させるべきでは?〉
9時51分、4箇所が立て続けに崩れた。今のセーフティ、救援ができるレベル帯のパーティは私とユナのところしかないのに。
状況を整理しよう。
まず第2レイドと第6レイド。突破済だ、ここは気にしなくていい。ただ、防御戦闘にあまり余裕がないと報告が来た。下手な呼び戻しはしない方がいいだろう。
第3レイド。救援が入って持ち直し、このままなら押し切れそうな情勢だ。ただしギリギリの状態が続いているから、ここから救援パーティを戻すのはまずいだろう。
第1レイド。これまで攻撃そのものは弱かったボスが、最終ゲージに入るやいなや突如強攻撃を連打。防御回復が薄めの編成だったこともあり、既に2割の犠牲が出ている。放置すれば間違いなく真っ先に瓦解するだろう。
第4レイド。これも途中までは順調だったが、最終ゲージで罠撒きのペースが倍増。選別と除去が追いつかなくなってしまい、一方的に攻められてじわじわと削られている。耐えられてはいるが、このままでは時間の問題だ。
第5レイド。おおむね危なげなかったものの、最終ゲージに入った直後の攻撃で大半が状態異常を受けてしまった。いくらヒーラーを手厚くしていても多勢に無勢、そちらの対処をしている間にボスに押し潰されてしまう可能性が高い。
第7レイド。ここは他のように戦線が壊れているわけではない。そのままでもしばらくは耐えてくれるだろうけど、最終ゲージに入ったボスの防御力が高すぎた。ダメージペースが大幅に落ちてジリ貧状態となってしまっている。
列挙すればわかるが、四箇所全てが最終ゲージで一気に追い込まれている。どうやら私たちが最終ゲージを舐めすぎていた……というよりは、運営が最終ゲージに想定を超える強烈な設定を施したらしい。
誰も舐めてかかっていたわけではないし、最終ゲージへの周知は徹底してあった。それでもこうなったのだから、反省はしつつも運営を褒めるしかないだろう。ちくしょうめ。
「『ユナのパーティを第5レイドへ、支援隊は第4レイドを持たせてください。私は第1レイドへ向かいます。第4と第7レイドは少し遅れて救援が行きますので、今は耐えてください!』」
「……了解、行ってくるね」
心配そうな様子は見せていたが、ユナ達も従ってくれた。問題の一部を後回しにするリスク以上に、第1と第5レイドの緊急性が高いことは理解しているのだろう。
少し賭けになってしまう判断だが、これ以外に打てる手はない。もう戦力が残っていないのだ。
あとは討伐済ボスの横を通ってセーフティと戦線を往復するだけだからと、補給隊の護衛も攻略へ注ぎ込んでいる。レベルの問題があるから救援戦力としては限界があるけれど、彼らには第4レイドの繋ぎを頼んでおいた。
やたらと勢いのいい返事があったから、きっと大丈夫だろう。
ただ、後回しにせざるを得ないレイドはただ頭数を増やせば押し切れる状況ではない。
とはいえ。
私は視界の隅に視線を向けて、タイミングを秒単位で計算する。
「私も行ってきます。コシネさん、もし後続が到着したら物理アタッカーを第7、それ以外は第5レイドへ送ってください」
「わかった。……第1レイドは大丈夫?」
「私がなんとか持たせます。それと───」
こちらにも、まだ手札はあるのだ。
◆◇◆◇◆
さて、私は第1レイドが戦う《豊穣の間》へ。
緑色に輝く大鎌を振り回すトレントをタンク組が必死に受け止めているが、ゲージ攻撃をもろに受けてしまったのだろうか。明らかに人数が足りておらず、受け止め切れずにアタッカーに被害が出ている。
後方ではゲージを減らしたプレイヤーを集め、数少ない後衛が回復を試みていた。
「すまんお嬢、もう戦線壊れかけだ!」
「私もタンクに入りますので、戦力回復に努めてください!」
「わかった! アタッカーは戻って態勢回復、タンク隊、今はとにかく守ってくれ!」
タンクの裏にいたアタッカーが全員下がり、やや守りやすくなったのだろうタンクが強烈な一撃を受け止める。……が、攻撃力が高い。盾と《防御》を貫通して、タンク隊のHPも少しずつ削れていた。
そのタンク隊から少し離れた位置でトレントの足元へ駆け込んで、まずは一撃。しばらく攻撃を受けていなかったトレントはすぐにこちらを向いて、大鎌を叩きつけてきた。
「……ふっ!」
「おお!?」
「すっげえ……」
「これが例のパリィか……」
〈わあおいつも通りの超精度〉
〈ほんとおかしいよなこのパリィ〉
〈タンク組驚いてて草〉
挨拶代わりの《ドラッグパリィ》。横薙ぎに飛んできた鎌を下から合わせ、引っ張るような要領で跳ね上げる。綺麗に入ったおかげでトレントの体勢が崩れ、余計に私へヘイトが集まる。
「一分引き受けます! タンク隊も回復を!」
「一分!?」
「マジかよ……」
「わかった、頼む!」
〈【定期】お嬢、レイドボスと60秒タイマン〉
〈相変わらずだな!〉
〈もっとやれるだろ〉
〈ほんと超人だわ〉
〈壮観だなーこの画〉
そのまま私に釘付けとなったトレントの振り下ろしを弾き、返す刀で脛へもう一撃。体が大きい分モーションも大きいから、隙を突いて少しずつ攻撃を捩じ込むくらいはできそうだ。
さすがにレイドボスは初めてだけど、人型の強敵との一対一は三回目。さすがに慣れてくるし、このトレントの攻撃はクレハよりは軽い。
「このくらいの速度なら、武神様よりやりやすいくらいですからね!」
〈草〉
〈確かにアレはヤバかった〉
〈そう考えると大したことないのか……?〉
〈*運営:ちなみに《黒き神霊》は打ち合いをするボスとして設定していませんよ〉
〈草〉
〈だよな〉
まあそんな気はしたけど、別にいいのだ。やり合えたんだから。門番さんも武神様も、クレハとジュリアに比べれば。
……うん、たぶんこういうところが周囲から畏怖の目が向く原因なんだろうね。
真上からの振り下ろしは受けずに避け、隙を咎めて少しでも攻めておく。ヘイトを集めた上で次の攻撃を弾く。横薙ぎは《ドラッグパリィ》で流し、斜めは《バスターパリィ》で弾き返す。
綺麗に返せば私への被害は全くないし、多少ズレても成功すれば私自身はダメージを受けない。《晶魔剣アイリウス》は《不壊》属性を持っているから、パリィによる武器耐久の減少は考えなくていいのだ。
「……よし、もう少し!」
「もう入れるぞ!」
「もう少し温存していてください!」
〈お?〉
〈なんか仕込んだか〉
〈お嬢が言うなら間違いないだろ〉
50秒が経過、タンク隊の回復は済んだ。後方の野戦病院も立て直しつつあるようだ。まだ集中力は続くけど、もう私が抜けても元通りにはなりそうだ。
だが、それだけでは足りない。ロスト分の人数は回復しないし、ボスの攻撃が苛烈なのはそのままだ。私の攻撃も片手間な上に物理攻撃はあまり重視していない、雀の涙程度というのが正直なところ。
だが、仕込みは済んでいる。もうそろそろ来るはずだ。フレンドメッセージも届いたから。
「はぁっ!」
《バスターパリィ》、斜めから差し込まれた大鎌を打ち返す。大きく隙ができたトレントの胸元へ、入口付近から飛んできた火矢が刺さる。
直後、高速で突っ込んできた槍が胸元へ打ち込まれる。幹を深く抉った槍はすぐに引き抜かれ、その持ち主はその近くを蹴って跳び上がった。
「お待たせいたしました!」
「待ってたよ、ジュリア」
そのまま舞い上がった影は私の隣へ着地。大きな翼と僅かに鱗の覗く肌、緩やかに揺れる紅い尻尾が目を引く。……《竜人》だ。
竜仕様に少しだけアレンジされた《裁縫師》ホーネッツさん特製の騎士服、《鍛冶師》ガインさんの鎧と槍。目立つワインレッドのツインテールは、私の幼馴染でもあるトッププレイヤー《ジュリア》そのものだった。
「タンク隊、いけますね?」
「おう、任せろ!」
「お嬢にばっかいい格好させてたまるか!」
彼女の参戦こそが反攻の合図だ。万全状態で温存していたタンク隊が気合いを入れ直し、下がっていた攻撃隊も再び前へ。その中心にいたシルバさんが私へ声をかけてきた。
「ほんと助かった! 埋め合わせはバージョンボス戦でな!」
「ええ。私は戻りますので、ここはジュリアと一緒にお願いします」
「おう! 全員、攻撃開始ィ!!」
そのまま引き継ぎを終えて、私は三度セーフティへ。ちょうど何人かの後続プレイヤーが第5レイドへ向かい、輸送隊は第6レイドの補給へ向かうところだった。
コシネさんが声をかけてくる。
「言われた通りジュリアは第1、クレハは第7に送っといたよ。ま、クレハがいるなら第7は大丈夫だと思う」
「ええ。第1は立て直しましたし、ジュリアもいます。第5も好転していますね」
「あとは第4だけど……」
「第4レイドの援護には、私が行ってきます」
「だろうね。健闘を」
「ありがとうございます。……では」
幼馴染にヤバすぎるのがいるせいで感覚が狂っている……ように見えて、実際のところ上から順にレイドを組んだら一般人視点ではみんな化け物です。
なぜそんなことになっているかについては、ちゃんと理由が存在します。そのお話は機会があれば。