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51.この焼き魚も生前は強敵だったんですよ

 足元の枯れ枝を踏み潰すと、両脇から同時に狼が飛びかかってきた。静寂から突如現れ、私の腕を狙って(あぎと)を開いてみせる。

 私はその片方へ二歩踏み込んで、左手の篭手を狼の下顎へ打ちつけた。《バスターパリィ》が発動して行動遅延(ディレイ)が発生した無防備な横っ腹へ剣を叩きつける。傷口からダメージエフェクトを散らしながら吹き飛んでいく狼をちらりとも見ずに振り返って、ちょうど迫っていた口の中へ《風魔術》を叩き込む。


「《スピードブースト》!」

「《ウィンドアロー》、……それと《サップアンバー》」


 緑色の矢を《連唱》で三本ほど叩き込んでから、吹き飛ばした方の狼に粘性の高い樹液を振りかけて足止め。片方を止めている間に片方を魔法剣士特有の連撃で仕留めて、残った方を袋叩きにした。





〈ないすー!〉

〈相変わらずの手際〉

〈なんで篭手パリィ当たるん〉

〈恐怖の樹液〉

〈ほんと無駄な動きがない〉

〈潜伏見抜いてたろ〉

〈最初の魅せプ?〉


「うん、完璧。私のサポートいる?」

「なかったら両方《パリィ》で受けてたよ。たぶん《アンバー》の効果時間中に間に合わなかった」


 いざ実戦投入してみた篭手パリィはというと、感触は悪くはなかった。……悪くはなかったけど、正直必要かと言われると怪しい。かなりシビアだし、これの練習をするほどのリターンがあるかというと微妙だ。私もまだ安定はしていないから、高難度のときは使えない。

 同時に二つのパリィができるといえばそうだけど、集中力の消費が激しいし。まあ、単に防具としても使えるのが幸いかな。


「《植物魔術》、ほんと有用だよね」

「ちゃんと育っているプレイヤーは少ないんだけどね」


 最近になって判明したことだけど、《植物魔術》を上げているプレイヤーはエルフの中でもかなり少なかった。というのも、かなり扱いが難しい《クリーパーヴァイン》が最初だからだ。

 扱いやすく高威力な《リーフエッジ》の習得こそ早いけれど、それを覚えるスキルレベル5まではあのツルのムチだけで頑張る必要がある。私はなんとなく上手く使えたが、これは少数派だったらしい。

 ただ、《リーフエッジ》やこの《サップアンバー》が非常に有用だということで、最近になってからエルフの魔法職では必須級になってきていた。妨害系の術が多いからと、ヒーラーであるユナさんも伸ばし始めたとか。


「ユナちゃん言ってたよ、おかげでここ二日も暇しなかったって」

「操作感が独特だからね。慣れるのに時間がかかる人も多いかも」


〈平然と最初から使いこなしてたお嬢が何か言ってる〉

〈お前が言うな〉

〈終身名誉フシ○ダネが今更何を〉








 午後4時半ごろ。予定通りの時刻に二人でダンジョンに潜った私とミカンは、適当に敵を散らしながら森の中を進んでいた。


「今の狼で前半エリアのMobは全部ですね。愉快な動物園でした」

「どっちかというとサファリパークじゃない?」

「ライオンはいないし……」


〈(刃が)近すぎちゃって(狼が)どうしよう〉

〈(二人が)かわいくってどうしよう〉


 二人きりとはいえ、ソロでも突破は問題なくできるダンジョンだ。かといってミカンが不要ということもなく、二人だからこその攻略速度を維持できている。


「さて、そろそろエリアチェンジですね」

「境目のセーフティは……っと、あれだね」


 無事にセーフティに到達して、一息ついてからリスタート。ちなみに有志の検証によると、このダンジョンに限ってセーフティにリスポーンポイントがないらしい。あったらボス戦が楽になってしまうから、これは予想済。

 このくらいはノーコンティニューで突破してくれないとボスとは会わせられない、という事でもあるのだろう。事実ここはこれまでと同じ基準で考えると、ラストダンジョンにしては難易度が低い。


〈お嬢が未だに一度も死んでないから感覚狂うわ〉

〈まだ一度もデスペナ貰ってない人どのくらいいるんだろうな?〉

〈統率が優秀でボス戦中も全然被害が出ないしな〉

〈ボス戦……被害……うっ頭が〉

〈やめたげてよぉ!〉


 目立つことをしたのは向こうとはいえ、晒し上げのようになってしまうから私からはノーコメント。私がしたいのはチームプレイの呼び掛けであって、大炎上した人への死体蹴りではない。


「そういうとこ、ルヴィアは甘いよね」

「そう?」

「自分に対して相当な誹謗中傷した人のことなのに」

「これは紫音が言ってたんだけどね、見なければ言われてないのと同じなんだよ」


〈草〉

〈いや草〉

〈シオンちゃんそういうとこあるよな〉

〈アンチガン無視戦法で放火炎上を二回鎮火させた傑物だもんな〉


 去年までは私には関係のないライフハックだと思っていたけれど、思わぬ形で役に立った。そもそもエゴサーチをしないとも話したけど、その根底にはまずこれがある。

 私の場合、生産的な意見は周りが勝手に拾って伝えてくれたりもするからね。恵まれているというか、あぐらをかいてしまっているというか。


「ちなみにこれは公式配信者としての運営の擁護なんですけど」


〈言っちゃうよね擁護って〉

〈そういうとこすき〉


「何がとは言わないんですけどね。このゲームのベータテスターは総勢1499人なので、そこはお間違えのないように」

「わぁ」


〈急に刺すじゃん〉

〈運営のためとはいえ一番ダメージでかい情報だけ叩き込むの草〉

〈そういうとこ九津堂は仕事早いからな〉


 特に疲れてもいないし、MPも回復してポーション酔いも切れた。せっせか先へ進んでいこう。






 ……左やや前方から気配。


「泡、10時方向!」

「はっ!」

「うーん、安定してるなぁ」

「また、つまらぬものを斬ってしまった……」


〈石川ルヴィェ門〉

〈ほぼ居合斬り〉

〈クレハと同じことしてら〉


 ここ水辺エリアは点在する池や水溜まりから《田園街道》と《王都の水路》に出現したMobが出てくるのだが、この二箇所には私は行っていないから初対面となる。両方を経験しているクレハとジュリアに話は聞いているから、やり方や注意点はバッチリだけど。

 濁った水面に泡が立ったら、数秒後に最も近いプレイヤー目掛けてゲンゴロウが飛んでくる。これは避けづらく威力もあるけれど、HPが低いから受け止めたり切り捨てたりすればあっさり倒せる、と。

 念のために言っておくと、タンクプレイヤーのゲンゴロウさんとは無関係だ。たぶん由来は同じだろうけど。


「ちなみにこれ、クレハとジュリアは自分から濁った水辺に陣取って片っ端から切っては捨てていたそうです」

「これがかなりのパワーレベリングになって、確かカンスト一番乗りだったっけ」


〈想像つくのが嫌だ〉

〈やりそう〉

〈確かにちょうどいいのか〉

〈粘るにはクソムズイぞ〉

〈あいつらPSで全てを解決するから……〉

〈それお嬢もじゃね?〉


 特にクレハは《居合術》という《刀術》の派生スキルを取っているから、それのレベル上げにちょうどよかったのだとか。難易度が高いせいであまりメジャーではない、《パリィ》や《植物魔術》に似た立ち位置のものだ。

 もっとも、そもそも《刀術》自体がマイナーだから余計に少ないんだけど。《パリィ》並に高難度かつより運用難の《居合術》が上手く使えなければ素直に《片手剣術》を使った方がやりやすいから、むべなるかな。




「あ、また泡。3時方向」

「了解、っと」


〈2回目急に緩くて草〉

〈そんな軽く激ムズ居合斬りされても〉

〈それ高難度だからな?〉


 ただ雑魚を処理しただけなのに、総ツッコミを食らってしまった。そんな事を言われても、慣れているのだから仕方ないのだ。感覚はほぼパリィと一緒だから。


「ルヴィアの《パリィ》もしばらくそうだったけど、誰も取らないピーキースキルを使いこなすのかっこいいよね」

「それに似た話で、非プレイヤーのリスナーさんからはよく『取得無制限なら全部取らない理由なくないですか?』という質問をいただくんですけど……」

「使えないスキル取ってても仕方ないよね。ステータス欄が見にくいだけ」

「結局使わないなら取る必要がないですし、そもそも取るだけで得になるようにはなっていないんですよね」


 さすがに運営もそこは考えてあって、《DCO》では大抵のスキルはスキルレベル1だとほとんど意味をなさない。一応基礎アーツや一つ目の魔術は使えるようになるけれど、補正はほぼ皆無だ。

 取るだけで効果があるのは、《解体》や《採集》のようなほぼ全員が取るスキルだけ。スキル欄の数はただの飾りで、本体はスキルレベルというシステムになっているのだ。


「なので、このゲームでは基本的に一つ武器を極めた方が強いです。スキルレベルでの補正がかなり大きいので」

「魔術はちょっとだけ例外だけど、それでも数は絞って育てた方がいいもんね。制限はないはずなのに、結局みんなコンパクトなスキル欄になってる」


〈ちゃんと考えられてるんやなって〉

〈アルファテストはちゃんとしてるか〉

〈一度取ったスキルって消せないの?〉


「スキル欄を綺麗にしたければ、取得スキルを消すことはできますよ。取得時に遡及してスキルレベルが策定されるので、もちろん消したスキルのレベルも内部的には残っていますし」

「《パリィ》の一斉取得と一斉削除……悲しい事件だったね」


 ちなみにアルファテストにはクレハとジュリア、フリューとルプストも協力していた。運営班の娘でゲーマーだから当然とも思えるけど、特にクレハとジュリアはテスターとして参考にならない項目が多かったのでは……と思わなくもない。


 もちろん使わないスキルは消すことができるし、欲しくなったら取り直すこともできる。新規取得時と同様に、それまでのプレイを遡及してスキルレベルを加算しておいてももらえる。デメリットとしては、取得していない間には恩恵が受けられないことくらいだろう。

 ただし、不正防止のためか履歴は見える形で残るようになっている。取得と消去の日時、それぞれの時点でのスキルレベルまでばっちり記録済だ。本当に、プレイヤー一人あたりの内部データ量からしてとんでもない。一体どんなメインコンピュータをつかっているのだろうか。








「到着、っと」

「ちょうど一時間半くらいですね。事前情報がある分、先行組より楽でした」


 午後六時ごろ、最終セーフティへ到着。特に危なげもなく、消費も最低限で済んだ。既になかなかの人数がこちらに来ているようで、補給隊も品を広げている。私たちは武器補修や装備メンテは必要ないから、消費分のポーションとSP分の料理だけ買っておいた。

 水路には他に大ガエルや淡水大トビウオが、後半の森エリアでは予想通り例の柿や蜉蝣や木霊が出たけれど、概ね問題はなかった。カエルとトビウオは普通に倒せば問題なかったし、森の敵は一度戦ったことがあった。今更私たちの敵ではなかった。


「はい、トビウオの塩焼きね。素材持ち込みはほんと助かるよ」

「そこらじゅうにあるからね、食材」

「ここの担当、コシネさんなんですね」

「うん。トッププレイヤーが多いし、慣れてるのが来る方がいいだろうってね」


〈お、魚あんじゃん〉

〈そっかここにいたから〉

〈トビウオ含め、ダンジョン限定の敵の素材ってダンジョン閉じると入手不可になるんだよな……〉


 せっかくなので食べたことのなかったトビウオをチョイス。さすがにそのまま食べるには大きいから、切り身にして焼くらしい。トビウオというより、サバのほうがイメージとしては近いかもしれないね。

 このトビウオ、《御触書・弐》のクリア以降は入手経路が絶たれて品薄になっていた。今はここにあるから再び手に入っているけれど、バージョン1に入ったらまた入手困難になりそうだ。ダンジョンコアが浄化されるまでの辛抱だけど。


 DCO内では空腹感は現実から独立して、SPの減り具合と連動している。だからそれに合わせて食事をするのが正解なのだけど、さすがに現実の食事と時間が近すぎるとちょっとだけ違和感が出るのだ。現在はもう夕方、早めに食べてしまうとしよう。


「あ、美味しい」

「うん、いい感じに脂が乗ってていい感じ」

「香ばしさがちょうどいい塩梅」

「塩加減も絶妙」


〈ベタ褒めするじゃん〉

〈コシネ料理はガチ〉

〈プレイヤー組は食いたきゃ来い〉


 うん、最高。

 ご馳走様でした。






 さて、一段落したところで次の仕事。


「どうですか、偵察の様子は」

「順調といえば順調だけど……難物だよ、こりゃ」


〈ここにきて配信初登場の人が〉

〈これまで斥候ビルドの出演者いなかったしな〉


 彼女はケイさんといって、斥候(スカウト)ビルドの中ではトップクラスの実力者だ。唯装持ちの一人でもあって、このダンジョンそのものへの偵察もイシュカさんと並んで任せていた地上偵察隊のリーダーでもある。

 武器は短剣で、外見は……アマゾネス、という形容が近いか。弓使いではないし、語源になったような特徴はないけど。イケメン女子である。


「ボスは全部で七体、全部全く違う姿だ。しかもちゃんと独自の特性まで持ってて、それぞれ個別に攻略を考えなきゃならない」

「……あまり聞きたくなかったですね、それは」

「それぞれのスペックはこれまでのダンジョンレイドと大差ないが、なんせ七体だからねぇ……」


〈うわぁ〉

〈七体全部個別?〉

〈気合い入ってんな〉

〈九津堂が本気出してる〉

〈しかも奥に大ボスも控えてるんでしょ?〉


「最低限のデータは取れたから、これからざっくり作戦会議だよ。ルヴィアさんも参加するだろう?」

「ええ。総指揮官ですからね、責任持ってやりますよ」

久々の戦闘は無双でお送りします。盾兼火力が強すぎてサポーターの実力が描写できねえ!

ここからしばらく、バージョンボス戦が終わるまでは戦闘回が続きます。お楽しみに!

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


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