50.あとはゲーミングチェアがあれば完璧だった
そして翌日、午後一時五十分。世界樹の麓にほど近い、涼やかな日陰の祠の前。
「集まりましたねー」
「ほんと、よくぞここまで」
〈輸送隊も来てるしな〉
〈後方含めたらほとんどが参加してるんじゃない?〉
〈ここまで攻略参加率高いの凄いな〉
土曜日ということもあるけれど、それにしても予想以上のプレイヤーが集結していた。中にはクロニクルクエストの途中から合流してくれた後続の人達も少なからずいたから、総数は出撃時よりも明らかに多い。
そういえば王都で開かれていた《特別稽古》だけど、もう行かないと間に合わないということで昨晩限りで終了していた。参加者に話を聞いたところによると、恐ろしく強いNPCに扱き倒されたとか。ちょうどクレハをさらに強くしたような感じだったらしい。
とはいえ、やはりまだ昼間。合流できていない人もいるから、総力というわけではない。ボス前のセーフティに集って夜を待ち、午後9時からダンジョンボスに挑む予定だ。
ダンジョン内のある程度の構造などは、斥候隊の働きや飛行隊の決死の特攻偵察によって情報が得られていた。デスペナルティを払って祠まで戻ってきた妖精たちは、不自然なほど満足げな表情をしていた。
「『さて、事前にダンジョン情報の確認をしておきましょうか』」
《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》のラストダンジョン《生い茂り過ぎた樹海》は、王都北西フィールドやダンジョン《落花繽紛桜怪道》の後半のような森に覆われたダンジョンだ。
敵の平均レベルは20程度で、攻略推奨レベルもそのくらい。敵の種類が非常に多彩で、ラストダンジョンに恥じない造りになっている。
ただし、今回も裾野を可能な限り広げるためのギミックは控えめながら存在した。ダンジョン全体でのMobのポップ速度がある程度抑えられているから、ボスレイド参加には不安があるパーティは一般Mobを狩ることになる。
その担当に入る層が存在すると、後続の高レベルプレイヤーが素早く低負担でボスまで到達できるようになる。その上このMob狩りでレベルが上がれば、ボス戦への参入も考えられると。
「『ですので、昼間は全員で……特にBチームを中心にダンジョン内の敵を狩ることになります』」
「『ボス戦で死に戻りした時の再合流や、セーフティへの物資の輸送にも影響するから、この仕様は夜も大事になるね』」
今回私の横にいるのはブランさん。今回は私と同じダンジョンにいるからと、配信は夜からにするのだとか。
ちなみにBチームというのは、まだレベルが足りていないプレイヤーのことを指す。役割分担にあたってできるだけ角の立たない言葉を探した結果、コメントに流れてきた「AチームとBチーム」を採用したのだ。
「『次に出現Mobですが……おそらく、これまでに登場したほぼ全ての敵が出ます』」
「『まだ確認できていないものもいるけど……まあ、後半には全部出るだろうね。出ないとしたら、まだダンジョンが閉じてない二箇所か』」
〈ひぇ〉
〈気合い入ってんな〉
〈ラストって感じして好き〉
王都以前のフィールドで登場した兎、鹿、猪。王都周辺フィールドでよく出る熊と狼。《船屋敷鼠掃除》など複数のダンジョンで現れた鼠、《洞窟に光る癒しの聖石》にいた《こそこそ岩》。このあたりが入ってすぐの場所から出る敵だ。これらは主に前半にポップする。
ダンジョン奥に向かって左側には森が深く薄暗いエリアがあって、ここには《奇々怪々幽霊街》などに出た幽霊、《酒蔵地下の不思議迷宮》の人形、洞窟のコウモリやイモリ。
その薄暗いエリアと合わせて森を塞ぐような形で、小さな池が点在するエリアも存在。ここでは《田園街道の化生》のウシガエルとゲンゴロウ、それに《王都の水路を越えて》のトビウオなども確認されている。
ここまでで確認されていないのは、《落花繽紛桜怪道》の《タンコロリン》、《薄刃陽炎》、《桜木霊》。おそらくこのあたりは二分割エリアを超えた先の後半にいるのでは、というのが偵察隊の見立てだ。まだそこまでは誰も到達していないから確証はないけど、私もその説を支持している。
一方で、《両鉄眠りし魔鉱山》にいる小型ロックゴーレムと、《天然の兵糧庫》に出る蜂系のMobも確認されていない。ただ、これはここにはいないのでは、という見方が多かった。今もダンジョンが開いているというのが一つ、いくら九津堂でもこんな森の中にロックゴーレムを置くのか? という至極まっとうな疑念がもうひとつだった。
「『ダンジョン自体は非常にシンプルな、先に進んでボスを倒すものです。今から順次攻略を開始しますから、各自敵を倒しながら奥へ向かってください。補給隊も後から向かいますので、出し惜しみはし過ぎないように』」
「『……うん、そろそろ二時だね。始めようか。リーダー、何か一言』」
「『ボス戦は夜、総力を上げて叩きます。皆さん、ボス前セーフティでまた会いましょう!』」
phase3.生い茂り過ぎた樹海
・夜草神社は汚染し尽くされ、巨大なダンジョンに成り果ててしまっていた。神社を浄化するにはまず、このダンジョンを攻略する必要があるだろう。
・ラストダンジョン
このダンジョンはどういうわけか、プレイヤーたちがこれまで戦ってきた敵たちが総出演するらしい。これまでの経験を思い出し、戦っていない敵のことは教え合って、強くなって再び立ちはだかった奴らをもう一度蹴散らしてやろう。
・八葉の巫女
夜草神社を守るため翠華によって集められた、特筆すべき力を持つ八人の巫女。どういうわけか純粋なアルラウネではないらしく、それぞれ体のどこかしらに特徴を持つ。現在は蓮華を除く七人が汚染されてしまい、汚染された神社を守る異形へと変異している。
ユニオンレイドでの統率は一時解散として、昼間はパーティ単位での進行と狩りとなる。私をはじめとして後方にいたトップ層の面々も、それぞれ夜までにボス前まで到達を目指すことになった。
ただ、Mob狩りはできるだけBチーム優先だ。ただ突破するだけならそう困難なダンジョンではないから、やはり猶予は大きい。セーフティ最速到達を争ったり、親交を深めた後続にいろいろと教授したり、人の減ったダンジョン外フィールドで経験値ストック集めやスキルレベル上げを行ったりと、思い思いの時間を過ごしている。
ここ、正式サービス後の改善点だよね。確かに上位層プレイヤーを多く作るのは面白い試みだけど、底上げを重視しすぎて従来のトップ層が暇を持て余している。今のところ彼らは概ね楽しめている(ちょっとした優越感にもなるからだろうか。MMOプレイヤーとは往々にしてそういう生き物であることも多い)が、いずれ不満になりかねない。
これは私の方から運営に提示しておこう。今回に限らず、改善点があるのなら私から伝えるのが一番早く確実なのだ。
それはさておき、では私はどうしていたかというと。
「ふふ、これが総指揮官の特権というものですよ」
「確かに、そこはかとない全能感はあるねコレ」
ユニオンメニューの平均ステータスやダンジョン状態を一斉表示して、ミカンと一緒にちょっとした上位存在の気分を味わっていた。
市民よ、クエストは順調ですか?
もっとも、これはユニオンリーダーとしての仕事にもなる。これまでもいくつかのダンジョン攻略にはセーフティで全容を把握し、必要に応じて現場に要請を出す役のプレイヤーがいた。大半のダンジョンでは彼らが口を出すような問題はほぼ起こらないから影が薄いが、《酒蔵地下の不思議迷宮》ではこれに類する謎解き班が活躍していた。
他にも入口で番をしていたゲンゴロウさんのポジションが実はそれだったりする。いつだって情報集約と必要に応じた共有は大事なのだ。
「今回はそれを私がやります。配信的にも一度はやりたいと思っていたんですよね」
「ある意味裏方だもんね。紹介しておいて損はないか」
「今回は立場的にも、配信的にもちょうどよかったですし」
〈確かにいいなこれ〉
〈普段のこの役を配信してもだしな〉
〈ちゃんと暇しないようにしてあるの偉い〉
そして今回、配信仕様としてちょっとした工夫をしていた。何人かのプレイヤーに協力してもらって、彼らにカメラをつけておいたのだ。配信をエンターテインメントとして考えている九津堂のこと、このあたりの機能も抜かりない。
私の目の前にはユニオンメニューの他に、そのカメラの映像がいくつも流れている。さすがに配信越しにこの画面を見るのは難しいけれど、確認している私のワンタッチで配信画面に共有することはできる。
「例えば、こんな感じですね。これはシルバさんの画面ですが、彼らは一番乗りを目指して突っ走っているようです」
「そろそろ前半の森エリア終わりくらい? 特攻妖精隊の到達点はもう少しだったっけ」
〈特攻妖精隊て〉
〈それ当人たちが自称してて笑ったわ〉
〈命名イシュカだぞ〉
〈草〉
まあ、妖精はいわゆるオワタ式ステータスだからね。そういうリスクのあるプレイスタイルを好む人が多いだろうし、むべなるかな。
ネタ枠のような行動が目立つ二人だけど、純アタッカー二人でトップ層に位置しているかなりの実力者でもある。現在の樹海レースは彼らが一位を走っていた。
「あ、この人たちあれですね。月曜日の個別クエに行く時に及波にいた」
「え、ほんと?」
「こういうのも変ですけど、感慨深いですね。あのデュエルを見て来てくれたのかな」
〈覚えてんの!?〉
〈マジかよ〉
〈特定班、出番だぞ〉
〈これか、月曜のアーカイブの21:28〉
〈うわほんとだ〉
〈はえーよ〉
他にも、《特別稽古》やこれまでの道中でレベリングを積み重ねてきたプレイヤー。たまたま見覚えのある顔があって私も驚いた。
さすがに皆覚えているわけではない。なんとなく覚えがあって、ふと思い出しただけだ。もちろん、できるだけ多くのプレイヤーの顔は知っておこうと思っているけどね。
〈お嬢はいつごろダンジョン行くの?〉
「普通に行けば一時間半はかからないようなので、四時過ぎくらいには行きましょうか」
「ボス偵察も始まるだろうし、休憩も取っておきたいし、遅くても六時くらいにはボス前セーフティにいたいよね」
〈このダンジョンが一時間半かからないのか……〉
〈このまま行けばイノシシコンビがそんなもんじゃない?〉
〈お嬢しれっとやろうと思えば自分たちが最速って言った?〉
〈敵が減ってから突っ走るだけなら30分とか言い出しそう〉
それまでざっと二時間ほどあるから、もう雑談枠みたいなものだ。事実、さっきから時折ただの雑談も混ざり始めている。
段々配信にも慣れてきて、リスナーさんとの雑談も楽しくなってきたんだよね。グランドオープン待ちの期間も、たまに雑談枠を取ってみようとは思っているし。
〈こういうの見てると、自分で画面動かして見てみたくなってくるよな〉
〈わかる〉
〈*運営:その言葉を待っていた!〉
「運営さん?」
リスナーさんの一人のコメントに爆速で食いつく運営。一体何をしでかすのかと思ったら、画面内のプレイヤー全員の手元に何か通知が飛んだ様子。彼らがそれに何やら操作をしたと思うと、今度は私の方にメッセージウィンドウが出た。
《運営公式チャンネルがユニオンメニュー画面の使用を求めています Y/N》
半目で「Yes」をタップすると、今度は配信サイトから通知が来た。《クロニクルクエスト ダンジョン攻略風景&作戦全貌》……。
〈うおなんかきた〉
〈この仕事の速さよ〉
〈よっしゃ二窓しよ!〉
〈運営ほんと有能で好き〉
「さては準備してましたね?」
〈*運営:当然じゃないですか!〉
〈草〉
〈開き直りやがった〉
しかもこれ、配信サイト自体につい先日追加されたばかりの「複数画面配信機能」をフルで使っている。何に使われる機能なんだろうと思っていたけど、まさかこれを見越して《九津堂》から掛け合っていたり……普通にしそうで怖い。
私の方の同時接続が少し増えて、運営のほうはその半分くらいの数字まで瞬く間に伸びた。大半が二窓視聴だろう。
……と、さらにもうひとつ。遅れて追加された画面があった。同時に私の手元にも、こちらから申請していないのに勝手に増える。
何かと思って見れば、明らかにダンジョンの外の平原だった。というか、
「クレハとジュリア?」
「運営さん、というかたぶん二人のお父さんだよね。ほんとフットワークが軽いというか……」
〈しみじみしてんな〉
〈運営チームの娘じゃない二人が言うと深みがあるなあ〉
〈面識はあるだろうしな〉
〈まさか初進化がお嬢じゃないとはな〉
面識どころか、四家族みんなでキャンプに行ったこともある。私の体調や体力があったから高校に上がってからのことだし、私の妹や母が多忙だから一泊二日だったけど。
だから人となりもそれなりに知っている。普段は真面目だけど、こういう時には全力で乗ってくるのだ、クレハとジュリアのお父上は。
「あ、飛んでる」
「言っていた通りですね。しばらく慣らすためにできるだけ飛んで動くと」
そう、二人は地上近くを飛行していた。どことなく爬虫類っぽい竜の翼を広げて、走るくらいの速度で飛んでいる。まだ慣らしの段階のようで、速度も精度もあの二人にしては普通(普通とは? とは突っ込まないでほしい)だ。
あの二人、私たちが同時視聴していた前日のクエストを無事にクリアして進化していたのだ。進化時も配信されていたから見るのは二度目だけど、改めて見てもかっこいい。ドラゴニュートはロマンだと思う。
ちなみに飛行可能な種族は三つ目となる。ただ妖精は小さく低耐久、天使は飛行速度が遅くて誰も飛んでいないから、人サイズで飛行を戦闘に有効利用できるのは初めてかもしれない。
「でもルヴィア、そこは他人事じゃないでしょ」
「だろうね。ニムさん、普段は歩いてるけど時々普通に飛んでるし」
〈精霊も飛ぶしな〉
〈飛ぶ時だけ羽が実体化するんだよなアレ〉
どう動かすのかは私も気になるけど、聞く前に私も進化することになりそうだ。妖精の飛び方はイシュカさんから聞いたけど、体格が違うからあまり参考にならないだろうし。
少し遅れて、今度はそのクレハからフレンドメッセージが届いた。
「『休憩も考えるとボス戦に間に合うかどうかになりそうです』だそうで」
「じゃあ秘密兵器だね」
確かに、ボス戦開幕後に劣勢のところへ送り込む切り札は必要だ。私も様子を見て苦しそうなところへ入るつもりだから、似たような扱いになるだろう。
しかしまあ、本当に、美味しいところはことごとく持っていく姉妹なのだ。あの二人は昔から。
なんとなく、今回もそうなる予感がしていた。
しばらく指揮という名の雑談にご執心でしたが、次話は久々に戦闘に入ります。軽めですが。
……戦闘自体が9話ぶりになるってマジ?