49.大物Vtuber御用達のアレ
「そういえば皆さん、もう少し配信時間を絞ったほうがよかったりしますか?」
〈おん?〉
〈なんぞ急に〉
〈まあ確かにかなりの長時間勢ではあるけど〉
これはずっと気になっていたことだ。私の配信、だらだらと長くやりすぎではないかと。
最初のうちはもう少し要所でやるつもりだったのだけど、気づいたら割と際限なく垂れ流すようになっていた。別に情報量が減っているわけではないのだけど……。
「長く配信をしていると、一部しか見られない人も多くなってしまうじゃないですか。アーカイブも長くなっていますし、目を通しきれなかった部分で起こったことを知らないままになったりしないか……と」
「ファンとしての置いてけぼりってこと?」
〈ああ、なるほど〉
〈確かに気になるか〉
〈タメユナの距離感良き〉
〈さてはお嬢最近エゴサしてないな?〉
〈てっきりファンスレとかエゴサとか見て知ってるものと〉
〈お嬢はちゃんとエゴサしろ〉
たった今合流してきたユナの言う通りで、ファンとして私や配信の知らない部分が増えるのは居心地のいいものではないのでは、と思ったのだ。
だがこれに頷くコメントはほとんどなかった。……念のため補足しておくと、エゴサというのはエゴサーチというスラングの略語だ。エゴは自分を意味するラテン語で、英語で検索を指すサーチとの合成語である。
今時エゴサーチは自己責任とこそされど禁忌とする風潮はないけれど、大合唱で促されるのはさすがにあまり聞かない。何かまずければ誰かから報告が入るだろうと、自分では見ていなかったのも確かだけど……。
「ルヴィアの配信ね、毎回おおよその概要がまとめられてるの。専用のWikiが用意されて」
「……前半はわかった。後半どういうこと?」
「ほらこれ。『Ruvipedia』」
わあご丁寧。じゃないんだよ。
「びっくりした?」
びっくりしないと思った?
「ともかく、ここに毎回の配信の概要がタイムスタンプ付きでまとめられてるの。それに目を通して、気になったところをアーカイブで見れば完璧ってわけ」
「……Vtuberじゃん。それも大手の」
「違うの?」
「違うよ?」
〈草〉
〈草〉
〈ユナちゃんまでVtuber扱いしてて草だ〉
〈まあお嬢はそのままでいて〉
まあ、困ってないならいいんだ。長時間配信もほとんどが肯定的な意見だったし、多数に従って今の形を続行しよう。
さて、金曜日。木曜日の王都出撃からまる一日が経過して、夜にはいよいよ佳境に入った。現在は途中で合流した後続組を中心にレベリングがてら前線を任せて、神社に一番近い祠へ向かって進んでいるところだ。途中から木が増えて林のようになり、世界樹の威容も間近に。目的地の近さを思わせるようになってきている。
進軍の間にレベルカンスト勢の人数は大きく増え、頼もしい戦力が集うようになっていた。順調な攻略はついに最精鋭の第一レイドを一度も必要とせず、ポーションをはじめとした物資の消費は最低限に抑え込まれている。
必然的に消費量が増える料理は料理人たちの暴そ……献身的な働きにより豊富に保たれ、暇を持て余した第一レイドの面々は警戒と前線への配慮を保った上で暇潰しの《決闘》まで始めた。私も何度か細かい指示を挟んだものの、全体的にはレイド単位で統率が取れていい形で攻略ができていた。
事前の予想より道中の難易度が高く、もう少し難航してもおかしくなかったけど、それをも超えるプレイヤーたちの働きもあって非常に安定した攻略だった。
「ん、これ美味しい」
「ほんと? 私にも頂戴。……あ、ほんとだ」
「ね。けっこう料理難しそうなのに」
二人でくっついて焼き鳥もどきを頬張るユナとミカン。この二人は実際に会うのは今日が初めてだったはずだけど、驚くほど打ち解けるのが早かった。ツートップの《巫術師》という共通点のおかげなのか、同い年かつどちらも社交性のある性格という点が働いたのか。傍から見れば一緒に買い食いする親友にしか見えない。
あまりに暇を持て余した影響なのだろうか、彼女たちのような影響は第一レイドのそこかしこで見られた。
「……それ、美味しいんですか、カナタさん?」
「見た目以上に美味しいですよ。フリューさんもどうですか」
「その見た目が……でも、食べる」
「ほれ食えジル公。まだまだあるぞ」
「いや、俺はあまりSPが減っていないのだが……」
「どーせ余ってんだし、安いんだから食え食え。美味いぞ」
「いや、しかし……アル、止めてくれないか」
「んむ、これも美味いな。ジルも遠慮するな、ちゃんと食わないと大きくなれないぞー」
「これはアバターだろう! くそ、面倒なのが三人に増えやがって……」
向こうで《兎耳の丸焼き串》を微妙な顔で頬張っているのがフリューとカナタさん、あっちで面倒な酔っ払い(DCOのお酒は酔わないはずなんだけど……)と化したシルバさんとリュカさんに絡まれている見た目だけショタエルフがジルさん。
《御触書》が始まってからは三分割で動いていたここの面々にとって、今後も度々攻略を共にするだろう面々と打ち解けるにはいい機会だったようだ。あちこちで意外な組み合わせが親睦を深めている。
「ルヴィアさんも、どうぞ」
「ありがとう、ソラちゃん」
「! どういたしましてっ」
感慨深げにそれを眺めていると、ソラちゃんから声をかけられた。ここ二日は熱心に声をかけてくれて、ずいぶん気安い関係になったのだ。歳下なのだからと本人に希望されて、今日からは敬語も外している。可愛い後輩ができたようで、私的にも嬉しい。トップクラスに目の保養にもなるし。
猪つくねのタレ串を一口。……うん、イケる。なんでもこのタレのレシピを作り上げたのはコシネさんなんだとか。
「ソラちゃんはこのあたりの人の雰囲気、慣れた?」
「はい。いいひと、ばっかりで」
「本当に。おかげでやりやすいですけど、人格者だらけで自分が恥ずかしくなってくるのが玉に瑕ですね」
「全くだけど、それルヴィアが言うの?」
「私より人間のできたひとばかりですし」
「???」
口を挟んできたのはイシュカさんだ。クロニクルクエストに入ってついに最前線で一緒に戦える同族が現れて、見るからにうきうきしながら戦闘や飛行のコツを伝授していた。
経験豊富なプレイヤーが少ない上に大事なポジションということで、飛行隊はイシュカさん、地上斥候隊は同じく唯装持ちのケイさんに任せていた。見れば向こうにはそのケイさんの姿もあるから、夜草神社目前にしていよいよ二人による指揮指導も必要なくなったということだろう。
「ソラちゃんよね。よかったらその兎串、私にも一口くれない? ルヴィアのつくね、妖精の口にはきついのよ」
「は、はい……どうぞ」
「ありがとっ。……あー、美味し。食べられる料理が限られるの、妖精の数少ない欠点だわ」
イシュカさんの笑顔にあっさり籠絡されるソラちゃん。この妖精、自分では人当たりは苦手だと言っておきながらこうだから、周囲からの好感度がすこぶる高い。……まあ、それを本人が自覚していないんだけど。
二つ目以降の祠での精霊への挨拶はこのイシュカさんが主に担当していたようで、何度か話もしたらしい。彼女が聞かされたことには、《精霊》という種族のステータスは魔術特化型なのだとか。進化発生条件にも魔術系の能力が含まれることを聞き出したのは、魔法火力トップクラスでもある彼女の功績だ。
思えば私も、魔術の比重を強めたのはトリガーとなる《晶魔剣アイリウス》を獲得してからだ。これは私のステータスを精霊向きにするよう、何らかの力で促されていたのかもしれない。
「お疲れ様、皆」
「まだこれからですよ。神社攻略からが本番ですから」
そんなこんなでしばらく後。第一レイドが余った焼き鳥もどきを消費しながら遊んでいるうちに、攻略隊は最後の祠まで到達していた。ちなみに第二レイド以降の面々はというと、暇なレベルカンスト勢はそちらでも途中から同じようにしていた。
未カンストの前線隊については、質の高いレベリングができたと概ね満足だったようだ。やはりVRとはいえMMO。花より団子、料理より経験値というわけだ。
もういい時間だから今日はすぐにお開きとなるが、明日には最終決戦が控えている。夜草神社攻略戦、そしてバージョンボスバトル。この人数といえど、おそらくは一日がかりの戦いになるだろう。
今のうちに確認を行っておいて、明日はスムーズに攻略に入りたい。wikiや掲示板があるとはいえ、人が多いうちにできるだけのことは周知しておくべきだろう。
「『……というわけで、明日はいよいよ夜草神社を攻略します……が、その手前にダンジョンがあることがわかりました。イシュカさん、説明を』」
「『ええ。ダンジョン名は《生い茂り過ぎた樹海》、おおよそ《落花繽紛桜怪道》の後半に似たような形式ね』」
「『その《桜怪道》については私の配信アーカイブにあるので、気になる方は目を通しておいていいかもしれませんね』」
〈宣伝だ〉
〈露骨な宣伝だ〉
〈助かるけどね?〉
センデンジャナイヨ。
「『そこそこ広そうなダンジョンだったから、道中も要注意ね。Mobはここまでの道中と同じくらいのレベルだったから、ここまで来た皆なら苦戦する難易度ではなさそうだけど。
当然だけど、《転移の灯火》は持ち込み自体が不可。インベントリにあるだけでダンジョンに入れないわ。もう使わないから、余剰分は返しちゃって』」
「『ということは、一度出たらダンジョン攻略からやり直しですか』」
「『《聖石の洞窟》みたいなコンティニューポイントが奥にあるかは不明だけど、あそこが特殊だったともいえるわ。ボス戦で一度死んだら再突破が必要かもしれないから、各々頭に入れておいて頂戴』」
これまでとは違って、バージョンボス戦はある程度の犠牲を前提にすることとなるだろう。脱落者の再合流にどれだけかかるかは大事だけど、こればかりは突破してみないと確認できない。一応、再突破が必要な前提で考えておいた方がいいだろう。
その他、入口付近にいた通常Mobなどの周知を終えて、いよいよ解散かというところで、同行している翠華さんが口を開いた。
「『外から見たところですが……このダンジョンには主が何人もいるのでしょうね。人材にも心当たりがあります』」
「『《天竜十二水回廊》のような形ですか』」
「……普通に使うのね、ボイスチャンネル」
〈草〉
〈真面目な場面なのにツッコミどころが増える〉
〈それだけ翠華が凄いってことか?〉
もう突っ込まないよ。幻双界の住民、こういうゲームらしいシステムも魔術扱いで平然と使いこなすから。
ちなみに《天竜十二水回廊》というのは、《御触書・弐》のひとつにあった《王都の水路を抜けて》のダンジョンだ。十二人のパーティボスが守っていて、全員を倒すことでクリアとなっていた。
規模が規模だからおそらくはひとつひとつがレイドボスになるのだろうけど、形式としては近くなるのかもしれない。
「『考えうるのは神社の汚染から逃げ遅れて巻き込まれた子達……《陽華》や《蒲公英》、《稲花》たちでしょう。汚染の影響で人の体を外れているでしょうが、間違いなく強敵です』」
「『ダンジョンの主は、汚染された人ですか』」
「『ルヴィアさんは《神鞍》の武神と戦ったのでしょう? 形は違えど、彼と同じです。
倒せば無事に救い出せるでしょうから、気にせず全力で戦ってください』」
確かに、これの周知は必要だったかもしれない。明らかに誰かが汚染されてボスになる演出を見せられて、本気で戦えずに敗走、なんてしている暇はない。
そして翠華さんは、このちょっとしたミーティングの締めとして重大な情報を示してくれた。
「『そしておそらくは、夜草神社にて暴走しているのは《梨華》でしょう。彼女を倒すことができれば、その暴走で転移門を閉ざしている植物を除去することができるはずです』」
今日はそれきりでひとまず解散と相成ったわけだけど、私はそのままダイブと配信を続けていた。周りには第一レイドを中心に一部のプレイヤーが残っている。
というのも。
「急に通知が来てびっくりしたんですけど、そういうことならやろうかと」
「突発! クレハのボス戦配信同時視聴ー!」
〈うおおおおおお!!〉
〈やると思った〉
〈急に配信始めたもんな〉
〈さっきから二窓してる〉
ついにクレハとジュリアがイベント大詰め、ボス戦を開始したのだ。それをクレハがちょうど配信し始めたし、せっかくだから皆で見ようというわけだ。
もっとも、あくまで同時視聴。別に解説とかしようというわけではないし、そもそもできない。この二人のプレイヤースキルは私でも感覚的に見切るのがやっとで、言葉にして説明する余裕なんてないのだ。
「うわ速え」
「あの百足めっちゃ速いじゃん」
「足が多いから速いってこと?」
「いやそんな安直な」
クレハが退治するボスの機動力に一緒にいる面々が度肝を抜かれている。……まあ、短く見積っても体長十数メートルの百足少女が自転車並みの速度で突進したら誰だって驚く。
相対するボスは大百足の長い長い尻尾がついた少女、ネームタグは《千歳姫》。……どう見てもレイドボス級です、本当にありがとうございました。
「しかもやたら硬くないあれ?」
「どのステータスを取ってもレイドボスなんだけど」
「サクさん、まだ早いって言ってましたからね……」
たぶんあれ、本当はバージョン1で戦うべきボスだ。なにしろレベルが飛び抜けている。私もレベル40超えは初めて見た。
バージョン0時点でのソロ向けエンドコンテンツと思われる《黒き神霊》がレベル30だったから、いかに突き抜けているか。普通なら瞬殺されて出直すところだ。
そうならないのは、単にあの二人が運営の想定を超えた実力を有しているからだ。本当に親泣かせな姉妹である。
「まあ別格だよね、あの二人は」
「ルヴィアさんも相当では?」
「二人とは練習ソフトでちょっと手合わせしてみたんですけど、まあコテンパンにされましたね」
「言うほどコテンパンだった……?」
「騙されないで皆さん、この子けっこういい勝負してましたよ」
〈草〉
〈みんなでやったのか〉
〈露骨な幼馴染アピール〉
〈アレに対抗できるお嬢を褒めるべきか、当たり前にお嬢に勝つアレを畏れるべきか……〉
確かにまともに打ち合うくらいはできたけど、一度も一太刀入れることはできなかった。やっぱりあの二人は別格というか、やっぱり見稽古には限界があるというか。
正式サービスまでの期間には暇があるだろうから、クレハに教えてもらうのもいいかもしれない。
〈お嬢……まだ強くなるのか……?〉
〈もう誰もついて行けない〉
〈お嬢がクレハを見て強くなったってことは俺達もお嬢を見れば〉
あるいは逆に、ちょっとグレードを下げて私ができる範囲で授業してみたりとか。バージョン1待ちの暇な期間にいいかもしれない。
とはいえ、これは許可を取った方がいいだろう。私の立ち回りは大半がクレハの稽古から盗んだものだから、彼女のお祖父さんの道場に話をした方がよさそうだ。
「……拮抗してるね」
「普通に戦ってるんだよな」
「なんで……?」
こうして決戦前夜は更けていく。
同時視聴枠。なお実態は戦闘談義。




