5.お姉ちゃんを独占したかった妹の戯れ
昨日「次は木曜」と言ったな。あれは嘘だ。
書き溜めを増やしながらこの話数で投稿ペースを下げる行為が作者に精神的負担を与えてきたので、もう少し毎日投稿します。とりあえず木曜の7話までで、そこから先はまた考えようかと。
ただいま、はじまりの村。
とはいえ、この村の出番は短そうだ。この調子ならできれば今日中に次の町へ行きたい。
とはいえずっと戦いっぱなしというわけにもいかないし、息抜きついでに街を回ってみようと思います。
「というわけで観光します」
〈【朗報】旅番組〉
〈待ってた〉
〈異世界観光とかマジ?〉
まずはストレージを空ける。肉は肉屋、基本である。本当は料理人プレイヤーに売るのがベストなんだけど、さすがにまだいないだろうし。
商店街のような感じの、屋根に葦簾を掛けて陽をさえぎった区画へやってきました。葦簾というのは葦で編んで軒先に立て掛けたすだれのことで、大型のものを作りやすいのが特徴だ。観光地の土産物屋なんかに行けばたまに見かけるアレである。
本来は住民向けの場所なのだろう。見るからに急造だった武器屋と違って風景に馴染んでいる。ほとんどが狩りに出ているのか、他のプレイヤーは見当たらない。
私はかなり急ぎ目に出てきたし、行動も早い方だ。慣れないことだからこまめに休息を、なんて考えずに潜り続けているプレイヤーも多いだろうし。
その中にはもちろん、目当ての肉屋も…………あれ?
〈なんだこれ〉
〈これほんとに店か?〉
〈なんで空っぽなんだ〉
うん。あの肉屋、見るからに様子が変だ。
というのも、おそらく商品を並べるのであろう棚が空っぽ。種類を問わず品切れだなんて、流通が難しいこの世界といえどそう簡単には起こらないと思うんだけど。
うーん……プレイヤーが食べるわけではないとしても、思い当たることはないでもない。とりあえず、話を聞いてみよう。
「あの、すみません。ここ、お肉屋さんですよね」
「そうなんだが……あんた、《来訪者》さんかい?」
「はい。そうですが……」
「この際なんだっていい、肉を持ってないかい!?」
肉屋の店主であるらしい初老の男性に、かなりの勢いで食ってかかられた。やっぱり足りていないらしい。それも、ものすごく。
そして住民たちは当然、《来訪者》がこぞって北のウサギを狩りに行ったことを知っている……と。
「ウサギ肉なら、少しだけ」
「あるだけ売ってくれないか!?」
「もちろんです」
この小さな街で1500人が一斉に兎狩りをしたら供給過多になったりしないか、とひっそり心配だったんだけど、予想以上にとんとん拍子に話が進んで驚いた。まだインベントリに空きはあるけど、今あるだけのウサギ肉を譲り渡す……と。
9000エルになった。エルというのはこの世界の通貨だ。初期資金が1000エル、ポーション一つの買値が100エルだから、けっこうな収入になる。
「それにしても、なぜこんなことに?」
「あんたらを召喚するにあたって、綾鳴様が物資を持ってきたのはわかるよな」
やっぱり臨時に持ってきていたのね。はっきり聞いていたわけではないけど、なんとなく見え透いていたことだ。
「それで来た人手が、肉を全部買って行っちまったんだ。おかげで皆が食べる分がねえ」
「あー……なるほど、それでですか」
「それどころか奴ら、足りねえから手に入り次第寄越せってんだ」
なるほど、こういう形で供給過多のウサギ肉を消費するわけだ。綾鳴さん、というか運営もよく考えている。野菜は……まあ、生肉よりはまだ輸送に耐えるだろう。たぶん。漬物なんかもあるはずだ。
思考を微妙に脱線させていると、肉屋のおじさんの頭の上にビックリマークが出てきた。それも二つ。
これは、たぶん……。
「なあ嬢ちゃん、いっそ奴らに一言据えてくれねえか? 肉は《来訪者》から直接買え、って」
「そういうことでしたか。わかりました」
「あと、できればもっと肉が欲しい。ただでさえ足りねえのに、村の狩人が怪我しちまってな……。軽い怪我だが、今日は無理させたくないんだ。よければそっちも頼めるかい」
「はい。待っていてください」
〔ダイレクトクエストが発生しました:肉屋の言伝〕
〔〔グランドクエストが発生しました:村の皆の晩御飯〕〕
なるほど、クエストはこんな感じで発生すると。
で、ダイレクトクエストとグランドクエストとは。少し気になったから、クエストについてのヘルプを開いてみた。
○クエストについて
・通常のクエストには《ボードクエスト》、《ダイレクトクエスト》、《グランドクエスト》の三種類の区分が存在します。
《ボードクエスト》は冒険者組合などのクエストボードに発生し、受注し完了することで報酬を獲得できます。同じクエストが繰り返し発生したり、名前を変えて再発生したりすることがあります。
《ダイレクトクエスト》はNPCからランダム、あるいは特定条件で発生します。発生させたプレイヤーと完了報告時にパーティ登録をしているプレイヤーのみがクリア可能で、中には一度しか発生しないクエストも含まれます。
《グランドクエスト》は多人数参加型のダイレクトクエストです。一度発生すると全てのプレイヤーが参加可能になり、クリア条件を満たすと参加した全員に報酬が与えられます。多数のプレイヤーの協力が必要となり、多くの場合、再発生はしません。
・また、クエストはいくつかの種別でも分けられます。
《スタンダード》は特筆するところがないもの。《イベント》は特定タイミングで発生するものとされます。
《メインストーリー》は主軸のストーリー進行に関わるものですが、間接的に影響を与えるものは《ストーリーリンク》として区別されます。
なるほど。ログを見返すと、どうやら二つ目のクエストは全体に発信されているみたいだ。
それぞれのクエストについても見てみようか。
○肉屋の言伝
区分:ダイレクトクエスト
種別:イベント
・運び屋たちが肉を欲している。疲れ切った肉屋の代わりに、来訪者が直接売却すると伝えよう
報酬:経験値(微)、住民好感度(小)
○村の皆の晩御飯
区分:グランドクエスト
種別:イベント
・はじまりの村の狩人が怪我をしてしまった。住民たちの食卓に並ぶラビット肉を肉屋に卸そう
数量:30/5000
報酬:経験値(小)、住民好感度(小)
〈ごせん〉
〈桁が違った〉
〈まあ全体対象だし……〉
〈売値が同じだとしても、経験値と好感度の分美味しいのな〉
〈クエスト名が切実で草〉
「そうなんですけど、たぶんこれだけじゃないですよ」
〈?〉
〈あっもしかして〉
〈どういうこと?〉
〈……ベータ初日だよなこれ?〉
「こちらは気づいたプレイヤーに任せて、もうひとつの卸し先に行きましょうか。まあ、数自体は余裕でクリアできると思いますよ」
そんなこんなで武器露店。やはり片付け作業中。武器の選び方が偏ってもいいように多めに持ってきてあることを差し引いても、まだ受け取っていないプレイヤーはかなり少数なのだろう。
言伝を届けるには責任者さんに話を通すべし。まずは近くの人に声をかける。
「すみません」
「ん、《来訪者》の方か。どうしました?」
「村の方から言伝を預かっているので、責任者の方にお会いできないかなと」
「わかりました。呼んできます」
「ありがとうございます」
数分後、責任者さんを呼んできてもらえた。お忙しい中ありがとうございます。
「それで、お話とは」
「肉屋の方から、『ウサギ肉は《来訪者》から直接買ってほしい』と」
「なんだ、そういうことでしたか。わかりました、そうしましょう」
〔ダイレクトクエストが完了しました:肉屋の言伝〕
〔〔グランドクエストが発生しました:運び屋たちのごはん〕〕
「では、さっそく?」
「ごめんなさい、今はお肉はなくて」
「よければ肉以外の素材も引き取りますよ」
「よろしいのですか?」
「ええ。実をいいますと、王都では大抵の素材が不足しておりまして……」
というわけで買い取ってもらえました。前歯が一個50エル、毛皮は一個100エル。先の肉と合わせて12000エルくらい。
やはり初日にしてはかなりの収入だ。といってもこれはソロでの稼ぎだから、この低難易度でパーティプレイだと効率はここまで良くはないだろうけど。
あと言伝のクエストが完了していた。思ったより経験値が入ってくれて、これでレベル5の4割くらい。順調だ。
それと、またもうひとつクエストが発生。なんとも予想通りというか、これもグランドクエストだ。
○運び屋たちのごはん
区分:グランドクエスト
種別:イベント
・肉屋の在庫を使い切った運び屋たちだが、肉体仕事の彼らにはまだ足りない。彼らが満足する量の肉を届けよう
数量:0/5000
報酬:経験値(小)、運び屋好感度(小)
〈ごはん〉
〈やっぱりかー〉
〈また5000だよ〉
〈合わせて10000とかマジか〉
〈朝昼も食う気満々で草〉
〈どんだけ食うんだよこいつら〉
〈住民との切実度の差よ〉
〈ベータ初日だよなこれ?〉
「さて、やることはやりました。改めて観光と洒落込みますか」
〈クエストやる気皆無だこれ〉
〈まさかの人任せ〉
「考えてもみてください。合計一万なんて、1500人でやればすぐですよ」
〈それもそうか〉
〈一人七個だしな〉
〈なんならもう4人分以上やってる〉
だって、ウサギでの経験値稼ぎはそろそろ効率が悪くなってきたし。おそらくレベル5以降は丘の向こうに行くべきだ。
人数が人数だから、そうして切り上げてようやくクエストの恩恵がある程度行き届くくらいになるだろう。達成されてしまったら肉の売値が下がって、後続がやりづらくなる可能性もあるし。
それに、ゆっくり見て回っておきたいんだ。明後日ごろには次の町にいる予定だから。
◆◇◆◇◆
で、ぐるっと回ってみたんだけど……。
「徒労でしたね」
〈何の成果も!〉
〈得られませんでした!!〉
〈清々しいまでに何もなかったな〉
〈この建物群ほとんどハリボテかぁ〉
グラフィックはしっかりしているんだけど、当然というべきかさすがに細部は使い回し。民家には当然入れず、田舎の村ということなのか施設も商店街と露店だけ。
確かにネタで一番道路とか言ったけど、ここまでまっさらだとは。早く次の町へ行けという言外のお達しにしか思えない。
「さて、兎狩りの進捗は……」
クエストUIから見てみたところ、両方だいたい半分くらいといったところ。報酬の好感度部分が違うのにあまり進捗に差がないのは……この村に長居するメリットがないことがある程度は知れているからか。
「30分ほど休憩しますね。戻ってきたら丘を越えようと思います」
〈おつ〉
〈乙〉
〈おつおつ〉
〈てらー〉
長丁場だからね。ちょうど予定時間の半分くらいだし、一度ログアウトしておこう。まだ初日、無理することはない。
ログアウトボタンをタップ、同時に配信がサスペンド。ポータルを経て現実に戻ってくる。3時間ほどのダイブで固まった体を解した。親きょうだいも常々言っているけど、やっぱり体は資本だから。
まともに全力疾走すらできない体でも、それは同じなのだ。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「ただいま……って、なんで撮ってるの紫音」
リビングへ降りた私に、携帯端末のカメラが浴びせられた。その端末の奥には見とれるようなロングヘアと、嬉しそうに弧を描いた赤い唇。ライトブラウンの双眸は心なしか輝いている。
おそらく某独り言系SNSのストリームサービス。7桁のフォロワーへ向けての生配信だ。さっきまでも怖くて数えてもいなかった視聴者数の前で動いていたのに、リアルでも追い打ちである。
「素のお姉ちゃんも見たいって人が多かったから」
「意識して配信向けのテンションを維持してたんだけど」
「ほら、こないだ特番で突撃された時とだいぶ違ったでしょ?」
「あの時は素に近かったから。私が素の調子で配信しても面白くならないだろうし……」
「世の中にはクールキャラ好きもいっぱいいるんだよ」
「そういう問題? ……まあ、見せていいなら隠す理由もないけど」
実のところ、私は素のテンションだとかなり感情の起伏が小さい。それを落ち着いているだとか、クールだとか褒められはするけれど、明朗快活を絵に描いたような紫音と並んで育った身としては誇るものだとは思えないのだ。
そのせいか気づけば私は優等生の振りをするのは上手くなっていて、例の特番の時も意識的にそれを被っていた。それでも見破られたらしいあたり、世の中には鋭い人というものがいるようだ。
「まあ、素で配信やれとは言わないよ。逆に難しいでしょ」
「うん。今の方がいいと思う」
「その代わりこっちで素顔を見せてくれればいーの」
それが本音か。私の素顔を晒して何が楽しいのやら。
まあ、減るものでもないし、放っておいても紫音は勝手にバラすだろう。今に始まったことでもないし、好きにして構わないと伝えてある。拒む理由はないのだけれど。
「で、どうなの感触は」
「意外と緊張するね。もう少し気にせずやれると思ってたけど」
「ほとんど動じてないように見えたけどね? ……じゃあ、割と消耗する感じか」
「思ったよりは」
私は少し疲れているんだ。素でいいといったのは紫音だし、もう目の前の端末のレンズとか無視して素で休憩するからね。
冷蔵庫を開けて麦茶を……あ、さすがにまずいと思ったのか内カメラに切り替えた。私は気にせず水分補給を済ませる。
「でしょでしょ、うちのお姉ちゃん可愛いでしょ。いい意味で日本人ぽくなくてきれーだし、クールでかっこいい癖に何しても愛嬌あるし、ちゃんと立たないとカメラ映えしない私と違って……そうそう、ちっちゃいは正義」
「やめなさい」
姉と打って変わってモデル体型の紫音がとんでもないことを口走り始めたので、さすがに制止。
この妹、姉より20cm以上高い身長を持ちながらなぜか低身長に憧れているから困る。それでいいのか国民的女優。
自分は運動神経も抜群のくせに「儚げな雰囲気って憧れる」とか、隣の芝が青すぎるのでは?
「お姉ちゃん、最近身長伸びてる?」
「もう止まってる。四月の測定も143」
「お母さんの血なのかなぁ……あ、うちのお父さん185」
「そんな試験の結果みたいなテンションで家族の個人情報をバラさない」
「秀才発言いただきましたー」
「この間は紫音も順位同じだったでしょ」
「おっと何のことかな。……まあそれは置いといて、お父さんも素性割れてるからね。これでもバラしていいことしかバラしてないよ」
まあ、事実そうだから気にしていない。この妹も危ない橋を渡るタイプではないのだ。
うちは身長差がかなりハッキリしていて、母は背が低めだ。さすがに私ほどではないが。
ソファーの隣に腰掛けた私を、紫音は慈愛の女神でも演じているかのような顔で抱き寄せてきた。……待ちなさい妹よ。
「大丈夫、節度はわきまえてるから」
「……まあ、コンプレックスとかではないけど」
「そういうとこ尊敬してるよ。経緯もあるし、もっと嫌がってもおかしくないのに」
「それ含めて私だからね、受け入れてる。……ところで我が愛しき妹よ」
「? なんだい最愛の姉よ」
「今の画、たぶんものすごい百合営業になってると思うんだけど」
「ソレその無表情で言う?」
この没入型女優は何の役に入っていたのか、肩に回っていた手を背中にずらして……さらに抱きしめてきた。なんでさ。
「麗しき姉妹愛だよ」
「自分で言うのそれ……?」
「ほらピースっ」
無視することにした。不服そうな紫音の顔が視界にちらつくが、今は英気を養わなければならないのだ。
そもそも、素のキャラクターでいろと当の紫音に言われたばかりなのだ。これも想定通りどころか、むしろ狙ってやっているのだろう。
「ところで、これからどうするの?」
触れ合って満足したのか……してないなこれは。紫音はそのままの姿勢で話題を変えてきた。
ところで紫音、さっきより視聴者数の桁が増えているんだけど。6桁って何。
「できれば友達と合流して、一番道路の後半。理想は今日中の攻略かな」
「なんか一番道路って定着しかけてるね、ついったでもトレンドなってたよ。というと、いつものメンバー?」
「今回は各自ある程度単独行動って決めてるから、集まるかはわからないけどね」
「これ見てたら戻ってくるかも?」
「来るかもね、もしかしたら。来てとは言わないけど」
合流しやすそうなのはあの子だろう、本人の性格的に。ソロではないと聞いているから、いま組んでいる相手にもよりそうだけど。
「この様子だと、毎日配信とかはしない感じ?」
「できるだけするつもりではあるよ。ただ絶対ではないし、配信外で面白いことがあったら動画で出すかも。運営さんが」
「わあお丸投げ。まあ勝手にやりそうだけど」
まあ、そんな感じ。慣れたら結局いつも配信することになるかもしれないけど、毎日配信は義務にはしない。私が疲れては意味がないのだ、そもそもこれはゲームだし、これでも春から入学する大学の準備だってある。
……なんか息抜きにお絵描きするイラストレーターのようになってきた気がするけど、気にしないでおこう。
「ん、そろそろ時間かな?」
「うん、そろそろ。では、また向こうで会いましょう」
「そんなわけで、シオンが姉とお送りしました。またねー」
そんなこんなで雑談していると予定の時間。結局ずっと百合配信状態だったけど、一応リラックスはできたので良しとしよう。
配信が止まったのを確認してお花を摘み、ちょうど30分後に再ログイン。後半戦、開始といきますか。
長らく自分と幼馴染たちだけのものだったお姉ちゃんに人気が出て、なんとなくそわそわしてマーキングアピールした妹ちゃんでした。こないだと言ってること違うけど、このくらいの年頃ってそんなもんですよね。
次回は明日、再び戦闘回です。新キャラも出るよ!
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