463.歴女ルヴィアの鉄面皮
二日空けて金曜日。いよいよ手持ち無沙汰になってきたところで、圏外組中心の伊豆攻略が行われている間にやっておきたいことがあった。
「今日は《躑躅咲》からです」
〈やっと山梨に来た!〉
〈お嬢の配信では初めてか?〉
〈いっぺん来てるはず〉
〈まあ目立ったことはなかったしな……〉
《躑躅咲》は地球でいう甲府の位置にある街だ。バージョン1での攻略対象になっていて、《猫鎮めの神器》も存在したんだけど、私はタイミングが合わなくてついぞ攻略に参加していなかった。
その攻略も比較的あっさり風味に進んで、直前の厩橋のような失敗もなかったから、私の配信に頼っていないプレイヤー層からしてもちょっと影の薄い街だ。私はことが済んでから足を運んで、クロニクルクエストが終わったあとに一度だけ配信に映した。そのときもしっかり紹介したわけではないけど。
地名の由来はというと、知ってさえいればかなりわかりやすいほうだ。かつて山梨、もとい甲斐国の中心だった武田信玄の本拠地、躑躅ヶ崎館だろう。
……詳しい人ならこの時点で、私が何を意図しているかわかるかもしれない。
「ここには知り合いが滞在しているので、まずはそちらに会いに行きましょうか」
そしてこの躑躅咲、会いに行ける人物が長逗留している。今日はその人に会いに行くところからだ。
「那夜さん」
「あれ。ルヴィアさん? どうしたの、こんなところに。忠武に行ったはずじゃ」
「難所が落ち着いたのと、所用があったので一度戻ってきたんです」
〈那夜ちゃんだぁ!〉
〈戦録の供給たすかる〉
〈そういうのちょうだいもっと〉
矢車那夜さんだ。以前にも一度、彼女に呼び出されて躑躅咲に来たことがある。クロニクルクエストの報酬のときだ。
本来の拠点は厩橋だと聞いたけど、以前から西方を睨んでこちらを足掛かりにしているらしい。というのも……。
「那夜さんは、もうしばらくここに?」
「うん。玲亜がまだ見つかってないのは、どうしても見過ごせないから」
「西方面のどこかにいる、という話でしたね。私たちのほうからも、何か痕跡でも見つかればお話しましょうか」
「うん、お願い」
〈玲亜か……〉
〈そら心配よな〉
〈玲亜ちゃんが一人で寂しがってると思うと……〉
〈早く出てきてくれ〉
妹分の玲亜さんは、いまだ失踪したままだから。ここから西のほうでいなくなったとのことで、もしかしたら忠武にいるのでは、ともいわれている。
那夜さんは燎さんもだけど、玲亜さんのことも本当に気にかけている。私たちとしても、彼女の心情を思うとなるべく早く見つかってほしいと思っているところだ。
「燎さんは……」
「厩橋のほうにいる」
一方の燎さんはというと、どうやら厩橋の事後処理に手を回しているようだ。実はあそこ、クロニクルクエスト中にちょっとした混乱があって爪痕が残っていた。
燎さんは厩橋の代表者な上に、再汚染のときのことを負い目に感じているようで、街の復興に力を注いでいるようなのだ。少なくとも再汚染の件については私たちプレイヤー側の影響なのだから、どうか気にしないでほしいんだけど。
「……それで、所用って? 私のところに来たの、雑談のためだけじゃないんじゃない?」
「さすが、鋭いですね。実はひとつお願いがあって」
「私にできることなら、任せて」
さて、本題だ。私がここに来た理由だけど、間接的にではあるけどもちろん那夜さんに関係している。
というか、躑躅咲の攻略に参加していなかった私は、この街のコネクションを那夜さんしか持っていないのだ。目的は那夜さん自身というわけではないけど、彼女に頼るしかなかった。
「大膳殿に取り次いでほしくて」
「……聞いてはいたけど、本当にこっちの文化に理解があるんだね」
「ちょっとしたものです」
「まあ、そういうことなら。ついてきて」
〈だいぜんどの?〉
〈城主様か〉
〈なんかそう呼べって言ってきてるんだよな〉
〈お嬢の歴女が出てるのか〉
で、その目的というのがこれ。躑躅咲城主である《源大膳》殿へのコンタクトだ。
那夜さんは有力な超越者で、相応に顔が利くこともあって滞在先の領主とも懇意だ。彼女がいるおかげで、私にはさほど労せずそちらと連絡を取る道筋が見えていた。
那夜さんは引き受けてくれた。しかも一緒に行ってくれるようだ。いくら私でも初対面の有力者にお願いをしに行くのは緊張するから、これは素直にありがたい。
というわけで、連れ立って《躑躅咲城》へ。那夜さん、一緒にいるだけで素晴らしい安心感だ。これで何も怖くない。
…………私でなければ前言撤回していたかもしれない。そんな存在感だ。
源大膳は泣く子も黙る強者のオーラを発する、虎とおぼしき獣人の壮年偉丈夫だった。強面というか、強そうすぎる。ゲームでは味方であってもプレイアブルにはならないほどのイケおじの向こう側だ。禿頭がよく似合っている。
「ルヴィア殿だったな」
「はい」
「皆から話は聞いておった。其方とは話してみたいと思うておってな、歓迎するぞ」
〈だよね〉
〈マジで予想通り〉
〈そうなると思ってました〉
〈大膳さま頭の切れるやつ大好きだから〉
〈この存在感から優しいおっちゃんなのびっくりした〉
……そうなんだよね。この大膳殿、ステータスには《武田晴信》とあるけど、これで好々爺である。彼は軍略家が好きであると公言していて、特に戦術に長けた人物との話は盛り上がって仕方ないらしい。
巷ではその対象になりそうな筆頭として、私が挙げられていた。まあ自覚はあるし、現に誰かが私のことを話したそうで興味を持たれているらしいことは伝え聞いていたのだ。
ところでこの『武田晴信』だけど……かの武田信玄の諱、今でいう本名そのままである。漢字が変わったりすらしておらず、読みも書きも完全一致している。
しかもプレイアブルとしては未判明の虎獣人、これは『甲斐の虎』の異名そのまま。それまで運営が避けてきていたドストレートな構造に、私たちのほうも面食らってしまっている。
「伝え聞いてはおったが、細部や意図は判然とせんでな。特に先の決戦については、直接聞きたいと思っとった。が……なにやらまた戦を動かしたようじゃな」
「睨疚ですね。全てお話するとなると、少しかかってしまいますが……」
「わしは構わん。時間の許す限り頼む」
武田氏そのものが源氏の直系だという話だったり、大膳というのは武田信玄が実際に名乗っていた役職(当時は諱で呼ぶのは無礼、役職で呼び合うのが普通という感覚だった)だったりと、話せることはちらほらあるんだけど、それ以上にご本人が私を捕まえて離さない。
予想していた人も多いようだし、悪いけどしばらく対談パートだ。内容はクロニクルクエスト指揮の裏話。
……一時間近く話しました。配信開始前に長時間になるかもと注意喚起しておいてよかった。
どうやら大膳殿もお気に召してくれたようで、ずいぶん好感度が上がっている気がする。今後は気軽に話せそうで、もう連絡先は確定のような雰囲気になっている。あれは元々双界人にとっては気軽なものだけど。
意外だったのは那夜さん。彼女、ずっと私たちの話を楽しそうに聞いていたばかりか、どうやらついてきていたようなのだ。現時点の《百鬼戦録》では矢車那夜にそんな戦略家のイメージはないんだけど、どこかにポテンシャルがあったのだろうか。
「いやはや、話し込んでしもうたわ」
「楽しんでいただけたなら何より……といいますが、私も楽しかったです」
「……して、わしに用があったのであろう? 言うてみよ」
〈なんかめちゃくちゃ聴き応えのある話じゃなかった?〉
〈インタビュー記事でもこうはならんぞ〉
〈これ切り抜きどうすんだよ〉
〈*サープリ切り抜き班:カットできるところがありません!〉
〈トップ勢指揮組と志望者は全編見るべき〉
〈お、本題だ〉
〈ついに本題か〉
いや、ほんとうにね。止まらなくなってしまった。大膳殿、聞き上手で。洞察力が高いからちゃんと質問されて全部言わされてしまうし。
できれば今後の《采配システム》に触る人はさわり程度でも頭に入れておいてほしい話なのは、確かに事実かもしれない。私の考え方を出力できて他の人にも伝えられうるようになったと捉えておこう。
さておき、本題。私は今日、大膳殿にひとつお願いをしに来たのだ。
「これから忠武で行われる解放の進軍に、名代を送っていただきたいのです」
「成程、必要であろうな。あいわかった」
「ありがとうございます」
もはや元ネタどころかこの世界における本人という形で、ここにいるのは武田信玄である。そこを前提とすると、関東の時点で彼が味方にいるのはかなり大きいのだ。
というのも、これから攻略していくエリアのうち、静岡と長野に相当する場所はまさしく、史実でも武田信玄が辿った道筋そのものなのだ。そうでなくともこれだけ話が弾むような軍略家である彼が、実体験に基づいて助言をしてくれたりしたら。それほど心強いことはないだろう。
そのために繋がりがほしくて、名代を頼んでみたんだけど……即答。ありがたいことだ。
「那夜、お主が適任だと思うが」
「私ですか!? ……私でよろしければ、拝命いたします」
「燎も連れて行け。厩橋はわしがどうにかしておく」
「あ、ありがとうございます!」
「それからルヴィア殿、またいつでも来るとよい。助言ならできるぞ」
〈!?〉
〈なやかが同行!?〉
〈ありがとうございます!!!〉
〈大膳さまサイコー!!〉
〈いきなり大供給確定で心臓止まった〉
しかもその名代が顔見知りになった。これからは那夜さんが大膳殿と情報と考えを交換しながら参戦してくれるらしい。これは戦力的にも、ファンサービスやコンテンツ性の面でも大助かりだ。
ただ……ここで那夜さんと燎さんが参戦してくるとなると、嬉しい一方でひとつ嫌な予感がしてくるの、私だけ?
内心では相応に舞い上がっています。本人が普通に生きてる件については、いずれ。




