462.スイーツ一年分プレゼント!
さて、あとは今やることは……。
「ルヴィア、“繰り越し”が残ってるの」
「うん、わかってはいるんだけど……」
〈繰り越し?〉
〈レベルキャップのやつか〉
〈そういや超過還元あったな〉
〈まだ受け取ってなかったのか〉
アイリウスが促してきたけど、確かにそう。私はまだバージョン1のレベルキャップ超過還元を受け取っていない。レベル80に到達して以降に本来入っていたはずの経験値は、バージョンアップ後に別のものに交換することができるシステムだ。
選択肢は三つ。特定の店でお金代わりに使える《感謝クーポン》、住民好感度に繋がる《奮励の証》、そして見た目系の限定スキンである《強者の勲章》。……ただ、おわかりだろうか。
「もらえるのに悪いんだけど、どれも間に合ってて……」
「まあ、それはそうなの。だけど感謝は受け取るべきなの」
〈ああ……〉
〈なるほど〉
〈お嬢は持ってないもののほうが珍しいから〉
まずはクーポン。繰り返すようだけど、私を含むトップ勢は基本的に、あまりに多かったクロニクルクエスト報酬を持て余している。それでも他がいらなかった人たちは受け取っているようだけど。
一応、これで買えるものは代替して、代わりに浮くお金はハウジングに回すという手はあるんだけど……。
「当たり前なのですがこのクーポン、一部の双界人のお店でしか使えません。使える範囲はそれなりになっているとはいえ、プレイヤーメイドが可能なものについては事足りますし……」
「それ以外となると……ああ、わかったの」
「そう、一番人気は《翡翠堂》です。……が、私はクロニクルクエストの個別報酬として、翡翠堂から大量にもらっていて」
一応、各種施設の使用料としてある程度の量は既に受け取っている。だけどそれ以外だと、装備も消耗品ももっぱらプレイヤーメイドであるトップ勢にとっては持て余し気味だ。せっかく使用可能リストに入っているけど、普段から工芸館のようなクラフターのお世話になっていたらNPCクラフターショップに用はないし。
そこで使い道として人気なのが《翡翠堂》なんだけど……私は放っておいたら何を渡してくるかわからない翠華さんからご遠慮するため、クロニクルクエストの個別報酬のうち夜草神社勢からのものを翡翠堂テイクアウトセットで済ませていた。これ、多めに消費してもあと四ヶ月はもちそうで。あまり消費先として充てすぎると胃もたれしそうなばかりか、個人の保管庫を圧迫してしまう。
「《奮励の証》は……」
「これ以上、そういう形で得られる好感度に意味、ある?」
「ないの。もう最大なの」
〈でしょうね〉
〈断言されるのか〉
〈せやろけど〉
〈真顔で断定されてしまった〉
好感度については、もはや考えるまでもない。ただでさえ妙に好感度が集まっているのに、そこに有力双界人が集まってくるものだから余計にブーストがかかっている。最近は紗那さんが寄ってきているからなおさらだ。
もともと、DCOにおいて住民好感度はメイン攻略の活躍度に連動する。トップ勢は自然とさまざまなかたちで稼ぎまくっているから、わざわざこれを選んで稼いでいる人は少ないようだった。
「となると、《強者の勲章》なの」
「そうなるのですが……私を含む配信者は普段から、全身の装備が自動的にクラフターの広告塔にもなっていて」
「《勲章》で上書きできる部位がないの?」
「その必要も感じないからね。一応、いくつか使えるものの目星はつけているけど」
当然だけど、クラフターたちは生産アイテムの見た目にもこだわっている。出来上がったものをわざわざ上書きして装備するのも気が引けるし、私もまた今の装備は気に入っている。そうなると、使えるスキンにもどうしても限りが出てくるのだ。
試しにもともと目をつけていた小物とバッジを反映してみるけど……当然これだけでは使い切れない。
「インナーカラーはキャラじゃないし……メニュー画面のデザイン変更……これもとりあえず入れてみて」
「ルヴィアはときどき衣装の雰囲気をガラッと変えるから、装備系は合わせづらくなりそうなの」
「……これ以上は、無理やり使おうとしないと無理ですね。相当余るな……」
「じゃあもう、残りはクーポンにしておくしかないの。ゆっくり使って、その分をお屋敷に回せばいいの」
クーポンをあまり長く持っているのも困らせてしまうかと思ったけど、使い道すら未定のまま超過還元を残しておくよりはマシだろう。もう一度確認した上で、全部交換してしまうことにした。
とはいえ、使用先は翡翠堂しか思いつかない。これまでより贔屓にすればいずれは使い切れるだろうと思うことにして、今後長くクーポンの形でお世話になるということを通話で伝えると……。
『そういうことでしたら、こちらでもそうご用意しておきますね。ぜひぜひ、心置きなくお使いください!』
「ありがとうございます、よろしくお願いします。……話が早かった」
「翡翠堂みたいな有力者が関わってるところは、幕府との連絡もしやすいの。こういうときに柔軟に動きやすいのも道理なの」
〈なんていい店なんだ〉
〈こりゃありがたいな〉
〈店側からしてもそれを事前に通告してくれるぶん楽なのでは?〉
〈連絡の話なのか〉
〈幻双界上層部特有のアクロバティックコネクション〉
クーポンはおそらく幕府、つまり中央が発行しているのだろう。それを店は受け取って、幕府に戻す形で換金する。そこで店と幕府がどちらも把握できていれば、今後のこともそうとして扱いやすいと。
つまり私は今、余った超過還元をクーポンとして長期的に翡翠堂で使う、というところまで幕府に知られることになったわけだ。今度はそんなことを記録させておくことが申し訳なくなってきた。なるべくたくさん消費して早く使い切ることにしよう。
個人の所用は済んだから、次はギルドハウスへ。
「……よし、注意書きが消えてますね」
「今なら心置きなく依頼できるの」
バージョンアップ前は大工の多忙で後回しになっていた、ギルドハウスの改築だ。ギルドメニューから依頼画面を見ると、以前あった注意書きのポップアップが消えていた。
今すぐ取り掛かられるわけではないけど、大工たちの仕事評価が下がるほどはかからない様子。事前に決めた内容は保存してあったから、あとは注文確定ボタンを押すだけだ。ギルドメンバーには一昨日のうちに「問題なければこの日に確定するので何かあれば前日までに」と通達してあったし、その上で何も連絡が来ていないから問題ない。
「これでこのロビーの手狭さも解決というわけです」
「ほんとにいつもいっぱいいるの」
「私がギルドハウスに来られるような隙間のタイミングは、だけどね。ギルド自体の規模がどんどん大きくなってるから、自然と誰かしらはいるようになってきてて」
〈ぎゅうぎゅう詰めで草〉
〈他にゆっくりできる場所がない弊害出てますよ〉
〈やはりハウジングは早めに必要……〉
〈そら増築するわ〉
幸い、増築費はいくらでもあるからね。バージョンアップと同時にギルド基金を1%に下げたけど、それでもプールされている量はあまりに違う。ハウジングと見比べると、拡張空間が存在するらしい幻双界の建物は新築の費用が増築とは比較にならない……つまり増築は私たちの感覚以上に安いとわかるのだ。
ギルド保管庫には基金からも大量の物資を入れているけど、あれは持ち出すと代金がギルドに戻ってくるから消費にならない。あくまで現状は、ギルドが貯まったお金を使う手段はけっこう限られている。ギルドハウスへの投資と維持費、管理人を雇う人件費くらいか。
「何かしら、ギルド単位で使える新たな消費要素とかも欲しくなってくるところですが……難しいんですよね、メンバー全員にある程度均等に恩恵がないといけないので」
「……まあ、気にすることはないの。今どうしても来訪者のもとにお金が貯まりがちなのは、今の来訪者の需要に見合うものを幻双界が用意できてないせいなの。もっと解放が進んで幻双界の社会が復活すれば、ちゃんといろいろ回るようになるの」
〈せやな〉
〈欲しいけど難しそう〉
〈中小ギルドが損するのもアレだし〉
〈あー〉
〈プレイヤーが金持ちってより供給が滞ってるのか〉
〈まあ本当はもっと強いアイテムが買えればいいんだもんな……〉
そうだね、結局のところそうなる。特にトップ勢や圏外組がエルを持て余しているのは、使うに足る商品や素材がないからともいえるから。幻双界の生活に役立つものを大量に獲得して持ち帰ったり作ったりしている一方で、私たちが手に入れられるアイテムの強さには限界がある。
それは汚染の影響があるからで、私たちはいわば経済の循環が塞き止められている中にいるだけなのだ。エルを持て余しているからといって、幻双界で富を独占しているというわけではない。
だから、今無理やり消費する必要は別にない。いずれはエルが足りなくて困るときも来るのだろうし、そこまで難しく考えておく必要はないはずだ。
「ルヴィアの悪い癖なの」
「うん、それは本当にそう」
〈バッサリで草〉
〈言われてる……〉
〈こういう子なんです〉
〈まあ悪いことではないけどね〉
境遇もあって染み付いた癖で、直しすぎる気は別にないけれど……どうしてもね。19歳の女子にしては可愛げがないのは自覚しているのだ、これでも。