46.神輿にされないわけがなかった
「お待たせしました。準備が整いました」
ここは王都中央広場、軽く見積っても三桁はいるであろうプレイヤーたちが集っている。壇上できりっとした表情を作っているのはマスコット的存在でもある猫女王の紗那様。来訪者の代表ということになっている公式配信者、つまり私ことルヴィアはその横に立っていた。
紗那様を挟んで向かい側には汚染による衰弱で休んでいたキーキャラクター、夜草神社の翠華さんもいた。彼女がいるということは、つまりそういうことだ。そんな彼女の後方には、大きな門の横から覗く世界樹。
幻昼界のトップである猫耳少女は高らかに、力強く宣言した。
「これより、来訪者の方々の協力による、夜草神社奪還作戦を開始します!」
そう、三週間にわたる《デュアル・クロニクル・オンライン バージョン0》もついに佳境。
このバージョンの集大成の、そしてこれから何度も迎えることになるであろう、歴史の転換点が始まったのだ。
私がトップクラフター組のところへお邪魔した時、息抜きに散歩をしていた紗那様に鉢合わせた。これは別のイベントの一環だったのだけど、その後に紗那様はこうも言っていたのだ。明日には作戦を始められそうだから、私と日程を相談したいと。
またも指名だったけれど、これは合理的だった。向こうにしてみれば来訪者の事情などあまりわからないわけで、中でも特に影響力の大きい私と話をするのは的確だっただろう。
まず、作戦開始は翌日の午後二時に設定した。いきなり進軍するわけではなく、まずは攻略体制を整えるところからだと聞いてのことだ。
今は3月28日、つまり学生プレイヤーは大半が暇になっている。彼らを先に集めて準備を進め、社会人組が合流する前にできることはやってしまおうというわけだ。
ただし当日は平日の木曜日だから、仮に早く準備が整っても夜になるまでは先には進みづらい。進軍開始は早くて午後九時となった。これも妥当なところだろう、所定の時間に間に合うかはともかくとして。
そしてもう一つ、先に内約(配信に垂れ流しだったけど)が結ばれたことがあった。
〔〔クロニクルクエストが発生しました〕〕
〔〔重要度策定完了。本クエストを《バージョンクラス》に設定〕〕
〔〔総大将を選定中……スペシャルNPC《紗那》による介入が発生〕〕
〔総大将に任命されました。受諾しますか? Y/N〕
〔Yes〕
〔〔総大将に《ルヴィア》が任命されました。対象プレイヤーに特別UIを開放します〕〕
「ルヴィアさん、何か一言お願いできますか」
「はい」
〈お嬢が総大将かぁ〉
〈まあ妥当よな〉
〈俺ら的にも助かる〉
〈そらね?〉
総大将。響きは良いけれど、その分だけ負担も責任も増える。攻略に参加する数百、もしかしたら千人以上のプレイヤーをまとめ上げて、しっかり全体を見通した上で指示を出し、作戦を成功へ導かなければならない。
けれど、これは私の役目だと思ったのも確かだった。いきなり背負うには重すぎる注目を浴びることになるそれは、私だけはその半分はとうに持っているのだ。私が最大限この攻略に貢献するなら、これしかない。
紫音にはいつだか「お姉ちゃんには人の上に立つ気質がある」と言われた。つい最近までそんな経験はなかったのだけど……わからないものだ。現に今、目的を同じくする千人の集団の上に立とうとしているのだから。
息を吸い込む。眼前にひしめくプレイヤーに向けて、私は口を開いた。
「まずは今ここにいる皆さんへ、よく集まってくれました。まだこの世界へ来ていない来訪者の皆さんも、この作戦へ参加してくれるのなら同じ言葉を向けましょう。
これから始まるのは、全員が力を合わせて初めて成し得る戦いです。一プレイヤーに過ぎない私について行くことはできない、という方は、それでも構いません。私自身、来訪者の代表だなんて名乗るのは恥ずかしいくらいです。
ですが、やるからには全力を尽くします。だから一緒に戦いましょう。参加する全員で、この作戦を成功させましょう」
……少し格好つけすぎたかと思ったけど、反応は上々だった。みんな初めての大規模作戦だ、この場は平均年齢が低めであることを含めても、テンションが上がっているのだろう。
さて、私も気合いを入れようか。これは私たちプレイヤーにとってはゲームであり遊びだけど、この世界にとっては命運を賭けた大一番なのだ。
◆◇◆◇◆
まずは今回の内容を整理しよう。
○夜草神社奪還作戦
区分:クロニクルクエスト
種別:クロニクルミッション
完遂条件:夜草神社本殿へ翠華を送り届ける
失敗条件:なし
・この世界は強い汚染によって蝕まれている。来訪者の投入によって革命は図られたが、今はまだ何も始まっていない状態だ。幻双界を救うためにはまず、二つの世界を繋ぐ《転移門》を解放しなければならない。
だが転移門は閉ざされてしまった。まずは門へ絡みついた植物を退かすため、世界の植物を司る夜草神社を解放しなければならない。
来訪者たちは戦力を整え、鍵を握る巫女・翠華を救い出し、準備を進めてきた。総力を結集して汚染へ挑み、世界の未来を切り拓け!
○クロニクルクエストについて
《デュアル・クロニクル・オンライン》のメインストーリーでは度々、幻双界を左右する重要な局面が訪れます。クロニクルクエストはそのような局面で多くのプレイヤーが結集し、力を合わせて攻略するために設定される大型ストーリーイベントです。
普段のクエストとは明確に区別され、その記録は現実世界・幻双界の双方で刻まれます。限られた場面で発令される、《クロニクルミッション》攻略の集大成です。積極的に参加して、世界の歴史へ爪痕を残しましょう。
・クロニクルクエストを含むミッションには全ての立ち位置のプレイヤーが様々な方法で参加できるようになっており、それらには《貢献度》が設定されています。この《貢献度》はミッション終了後に全員へ獲得量に応じた報酬が贈られるほか、上位獲得者には特別報酬も用意されています。
ただし、実際に前線に立っていないからといって上位貢献へ食い込めない、ということはありません。あらゆる方面からの攻略への貢献を加算されます。地道に参加し続けるも良し、大きな貢献度を狙うも良し。あなたなりのプレイスタイルで、攻略へ参加してみましょう。
というわけで、今回はストーリー上の最重要イベントだ。もちろんオープンワールドのMMOだから好きにプレイしてもいいし、普段から悪目立ちさえしていなければ参加しなくても白い目で見られることはない。だが、このDCOのプレイヤーの目的はあくまで「幻双界を救うこと」だ。
当然ながらそれに直結する《クロニクルミッション》はプレイヤーにとって大きな目標となるし、その中枢となる《クロニクルクエスト》はその分おそらく報酬も大きい。バージョン更新やアップデートのトリガーとなる可能性も高い。しかも裾野も広いから、基本的には他に用がなければ参加しない理由はないだろう。
ちなみに《クロニクルミッション》が世界情勢に影響する一連のもののことで、《クロニクルクエスト》はそのミッションの集大成となる最終決戦に設定されるクエスト区分だそうだ。もちろん、これまでの《グランドクエスト》とは規模が違う。
最大の目的は《転移門》の開放による幻夜界へのアクセス。つまりこのゲームが「デュアル」を冠することに直結する。このあたり、やっぱり九津堂は煽るのが上手い。
そのためにここから西にある夜草神社に攻め入って、汚染された巫女たちを武神様のように倒して解放。本殿まで到達したら、唯一万全な巫女である翠華さんに神社を掌握してもらう。
ざっくりいえばそんなところだが、作戦は非常に大規模だ。数百人のプレイヤーを総動員するのだから、当たり前なのだけど。
「というわけで、作戦は現在第一段階にあります」
〈第一段階〉
〈段階とかあるのか〉
〈イベントっぽくて好き〉
○phase1.攻略態勢の確立
まずは多くのプレイヤーが進軍し、戦い続けるための土台を作らなければならない。兵站なくして戦に勝たず。進軍開始へ向け、補給支援態勢の確立を行おう。
・王都西倉庫への物資輸送支援(0%)
女王の指示を受けた兵士や住民達が、各地の倉庫にある各物資を王都西の大倉庫へ集め始めた。これを手伝って作業を進め、当座の物資を確保しよう。
・クラフターエリアの設営(0%)
西門前広場を貸し切り、後方のクラフター用エリアとして運用することになった。各種クラフターが効率よく生産支援を行えるよう、区画を整理して用具や環境を整えよう。
・王都警備隊の特別稽古(Locked)
まだ実力に不安がある来訪者を対象に、警備隊が稽古をつけてくれることになった。今のうちに警備隊との模擬戦で経験値を積み、レベルを上げて前線へ追いつこう。ただし、かなりの強者が胸を貸すという噂が……?
開放条件:《物資輸送支援》70%
参加要件:プレイヤーレベル20以下
・王都周辺の追加資材調達(Locked)
大規模な作戦である上に、警備隊との稽古で実力を上げて参加するプレイヤーもいる。資材はいくらあっても困らないだろう。他の準備が終わってからは、それらも貢献に加算されるぞ。
開放条件:《物資輸送支援》《クラフターエリア設営》100%
「なので、まずは輸送支援と補給エリアの設営からですね。『ひとまずどちらでも構いません。特に希望がなければSTRかAGIに自信のあるプレイヤーが輸送支援、DEXのあるプレイヤーが設営に回ってください』」
『了解!』
『よしきた!』
『行くぞ野郎共!』
この整理や指示はイベントUIにあったユニオンチャットから行うことになった。ボイス認識で書き込みが可能な掲示板形式で、重要な発言が流れてしまわないように投稿とコメントの形式になっている。
最初は私から投稿してみたのだが、これは使いやすそう。指示内容にも特に異論はなさそうだ。
一つずつ見ていくと、まずは《物資輸送支援》。これはわかりやすい作業だ。所定の場所でイベント用の特別ストレージに物資を受け取り、王都西側の大きな倉庫へ運ぶ。一見単調に見えるけれど、ちゃんと楽しめるよう工夫がされている。
参加者から次々に流れてくる情報によると、速く運んだり一度に多く持ったり(速度は当然AGI、特別ストレージの大きさはSTRに依存するそうだ)すればその効率分だけ多く貢献度を稼げるし、運んでいる住民や兵士と話をしながら歩くこともできる。輸送中は特別マークがついて、一般住民の反応も変わるらしい。
〈へえ〉
〈ええやん〉
〈作業なのに楽しそう〉
〈雑談のクオリティがやたら高いからな〉
〈飽きさせないの得意だもんな九津堂〉
次に《クラフターエリア設営》。王都西の大広場を6つの区画に分け、それぞれに各種生産職用の設備などを設置する。設置者のDEXに応じて、設備へ微量のバフがかかるらしい。
レイアウトの自由度が高いこともあって、使いやすい生産環境の設置にはセンスが問われる。実際のクラフターの意見を参考にしながら、より良い現場の設営に精を出しているようだ。
合計で100%になればクリアだが、実際に見ている分には彼らはそれでは満足しそうにない。どう判定しているのやら、100%が最大値ではないようなのだ。
〈レイアウトゲーか〉
〈まさかのハウジング要素〉
〈しかも実用〉
〈ゲーマーくんこういうの好きだよねって言われてる気がするな〉
次、《特別稽古》。なんと模擬戦による安全なレベリングで貢献度が貰えるという大盤振る舞いだ。レベルキャップの件でも察していたけれど、やはり運営はできるだけ前線攻略プレイヤーの総数を増やしたい様子。レベル20以下に絞ったのは、今回は最低限戦える頭数を増やすことを優先するためだろうか。
しかし、テキストに何やら不穏な一文が見えるけれど……。
『特別稽古、《悠二》っていうとんでもなく強い奴が手伝ってくれるらしい。警備隊が半笑いだったわ』
『えっ何怖い』
『でも多分効率いいんだよな……』
〈草〉
〈笑い声引きつってそう〉
そして最後、《追加資材調達》。これはおまけで、作業が終わった後のボーナスだろう。もし早く必須タスクが終われば、作戦開始までは普通に狩りや採集をするだけで貢献度を稼げるというわけだ。
〈いいね〉
〈そういうの良き〉
〈暇させないでくれるの助かる〉
とまあ、フェーズ1はこんな感じだ。こうしてやるべき事を明文化してもらえると、ますますモチベーションが上がるのは私だけだろうか。……人によるかもしれない。
〈お嬢は何してるの?〉
〈参加しないんだ〉
〈指揮官は暇なのが一番だしな〉
「私の仕事は全体の統括なので、手伝いたいのをこらえて待機です。何か問題があった時、いつでも動けないと困りますからね」
とはいえ、指揮官が私一人だとちょっと困るかもしれないと思い当たった。複数の問題が起こったり、一時ログアウトしなければならないこともある。
一人二人を引き抜いたところで現場は問題ないだろう。春休みとはいえ、平日の昼間の割に予想以上の人数が集まっている。フレンドリストを確認して……。
「ちょっと人員を確保しましょうか。『ミカン、イシュカさん、シルバさん、リュカさん。手が空いて気が向いていたら、西門広場のルヴィアのところへお願いします。誰かに補佐指揮官の役職をつけておきたいので』」
ここで呼んだのは私が気を許せる人物優先だ。その中でログインしていて、かつ王都の中にいる人。
指揮をさせるにはちょっと心もとない人もいるけど、仕方ない。今のトップ層、個別クエスト組が多くて人手不足なんだ……。
「のう、少し良いか」
設営を見守りながら補佐官を待っている時、声をかけてくる影があった。
古風な口調に振り返って見てみれば、サクさんだった。配信では久々の登場になるけれど、彼女はほぼずっと転移門の近くにいる。白髪にのじゃロリの竜人とあって、特にキャラの立った住民だ。
つい先日判明した情報では、彼女は《サナ》というこの世界の重要人物のひとりでもあるらしい。ついさっき転移門広場で確認されたと報告のあった《ツィルニトラ》という黒い竜人と関係があるそうだ。
「今のところは順調のようじゃの」
「ええ。皆、この世界を自分の手で救おうと躍起になっていますから」
「はは、結構なことじゃ。功名心があろうがなかろうが、我らにとっては有難い」
もうひとつ、彼女には特筆事項がある。私の幼馴染であり目下最強級プレイヤーであるクレハとジュリアが、現在攻略しているクエストの依頼主なのだ。
どうやら今回は半分は視察として、もう半分はその件らしい。私が親しいことはたぶん、紗那さんあたりから知られたかな。
「クレハとジュリアのことなのじゃがな」
「二人がどうかしたんですか?」
「二人は今、竜人となるための試練を受けておる」
〈!?〉
〈マジか〉
〈ついに進化が〉
〈お嬢が先を越される!?〉
驚いた。てっきり唯装を手に入れるためのクエストを進めているのだと思っていたけれど、まさか進化だとは。
額面通りに受け取って目を丸くした私を見て、じゃが、とサクさんは続けた。
「じゃが、本来であれば今のあやつら程の練度で挑む試練ではないのじゃ。あやつらの実力は余もよく知っておるが、それでも難しいやもしれぬ」
「……つまり、大きく時間を取られるかもしれない、と?」
「うむ。夜草神社での決戦には間に合うよう切り上げさせることも考えてはおるが、それだけ伝えておこうと思うてな。大事な戦力でもあろうし」
なるほど。もしかしたら、こちらでのボス戦に間に合わない可能性があると。確かに、その情報は私が聞いておいて損はない。
あの二人のことだから、本当なら正式サービスで解放されるはずのクエストをもう開いてしまったとか、そんなところだろう。こういうゲーム開発者の娘でありながら開発者泣かせなところ、いかにもあの二人らしい。
「教えていただいてありがとうございます。把握しておきましょう」
「うむ。主らも気張るのじゃぞ」
まだクロニクルクエストは始まったばかりなのに、わざわざこんなことを言ってくれるなんて。いったいどんな超絶難易度なのだろう。
まあ、今は間に合わせてくれると信じることだ。私は私のすべきことをしよう。
当たり前のように代表扱いされる。むべなるかな。
風の噂なんですけど、この悠二ってひとは本当にとんでもなく強いらしいです。ちょうど直近《異世界剣客》のほうで出てきたって聞きましたよ。
ついに始まりました、クロニクルクエストです。これはストーリー、つまり《幻双界》の歴史を左右する岐路であり、サーバー全体を巻き込んだ超大型イベントクエストとなります。どんな後方プレイヤーでもストーリーへの貢献ができる、という売りがついに意味を成し始めました(ルヴィアの視点で描く以上、後方をしっかり描写するのはなかなか難しいですが……)。
次回は水曜日、進軍が始まります。わちゃわちゃするトッププレイヤーの塊、私は好きです。




