454.南無八幡……
というわけで、ひとまず睨疚の街まで戻ってきた。ここは現在住民も城内に避難していてゴーストタウン状態だけど、ここで少し用意するものがある。
「それで、何を用意するんですか?」
「紙と筆、それから弓と訓練用の矢、弓使い……それと紗那さんだよ」
「私の出番なんですね!?」
「なるほど。矢文か」
〈小道具から紗那さままで一緒くたで草〉
〈紗那様うっきうき〉
〈確かにめちゃくちゃ士気上がりそう〉
〈この世界の紗那様の影響力舐めちゃいけないもんな〉
そう、まずは矢文を送ろうと思う。それも紗那さん直筆の。この世界の紗那さんの人気は尋常ではないから、それで消耗戦にどうしても必要な精神力に大きなブーストがかかるはずだ。
「確かにそんなものがあれば、仮に食料が底を尽いても二週間は持ちこたえられる」
「紗那さんの励ましって食べ物なんですか?」
「万能薬ではあるよ」
「あ、あはは……でも、訓練用の矢なんですか? 鏃を外したものじゃなくて」
「うん。たぶん、鏃を外しただけだと失敗するからね」
火刈さんの紗那さん評はさておき、紗那さんのこの質問はちょうどリスナー向けにもしておきたかった話だ。
DCOの矢は鏃をいいものにするほど威力が上がるけど、そのぶんコストも上がる。矢の中でも特に重要な部位と言っていいものだけど、実はこれ、なくても矢として成立する。してしまう。
「そのままだと、攻撃だと受け取った魔物が撃ち落としてしまうかもしれないけど……訓練用なら武器として役に立たないから、汚染された魔物は撃ち落とすことを考えなくなる」
「なるほど……」
「それに、鏃の代わりの錘があるほうが遠くまで飛ぶから届けやすくて、城内からの返信もしやすくなる。使い回してもらえばいいからね」
「そこまで考えて……!」
〈武器判定じゃなくなるってこと!?〉
〈ゲームシステムを利用するのか〉
〈めちゃくちゃ考えてる〉
〈理由がすらすら出てきすぎだろ〉
〈そっか訓練用の矢って壊れないから〉
つまり鏃のない矢は攻撃判定がある。とはいえ偶然それが当たっても双界人が傷ついたりはしないんだけど、包囲している魔物への攻撃として扱われて撃ち落とされてしまうのだ。この武器判定を、訓練用にすることで消すことができる。ゲームシステム的な仕様の悪用だ。
もちろん、鏃がある状態で飛ぶようにできている矢はただ外すだけでなく、代わりに先端に錘をつけたほうがよく飛ぶのもある。より遠くから射ることができるから、発射地点を選びやすい。
それに、訓練用の武器は普通の武器よりもかなり耐久値が高く設定されているのだ。これはどうせ武器として使えないから耐久値を落とす必要がなかったとか、初心者が訓練中に無理な使い方をしても大丈夫なようにとか、いくつか理由は思い当たるんだけど……こと今は、撃っても壊れないことがプラスになる。城内からの返信に使いまわせるから。
「それで、何を書けばいいんですか?」
「外から来訪者が後詰をしていて、もうすぐ解放できるからもうひと踏ん張りしてほしい、というのと……できれば届きそうなところに城内の状況を返信してほしいことを、紗那さんの言葉でお願い」
「わかりました!」
「あとは、長弓使いが誰か来てくれればいいんだけど……」
「まーた配信で人を探してるの」
返信を求めるのは念のためだ。火刈さんの物言いは冗談だとして、あの煙が最後だったりして現時点で食料が枯渇しているならちょっとまずい。こちらからの攻略はあと数日かかりそうだから、それすらもたないようならリスクを考える必要があるのだ。
そちらはいいとして、ついでに弓手を探す。……ことを考えはじめたところで、気がついた。
「…………」
「そういえばいましたね、弓手」
「ふっふっふ。ようやくお気づきになりましたか」
「そうだね。紗那は弓にかけては本物の天才だ。矢文を射るにはもったいないくらいのね」
「ですがおまかせください! ばっちり確実に届けてみせますよ!」
〈|ω・)ジーッ〉
〈おるやんけ!〉
〈アルティメット弓使い紗那さま〉
〈マジつよだもんな〉
〈クレハに苦労させた確クリ弓が火を噴くぜ!〉
〈やる気満々でかわいい〉
そう、紗那さんは弓使いである。バージョンボス戦のときは私は交戦しなかったけど、かなり大変だったと聞いている。自由自在にして超硬度の盾をリフレクターにして多重反射射撃、からの幸運暴走による確定クリティカルは確かに、聞いているだけで私もあまり相手したくない。
本人がやりたそうだし、その目の前で別の弓手を呼ぶほど私も鈍感ではない。弓も紗那さんの手持ちがあるから、あとは小物を揃えるだけだね。
さて、準備が済んだ。紗那さんに場所の選定を任せたら、矢文を入れるにはかなり遠い気がする丘に連れてこられたけど。
訓練矢はそこにギルドメンバーが届けてくれた。彼はそのまま書状を括りつけてくれる。
「紗那様、こちらを」
「むぅ……ルヴィアさん以外、ほんとうにぜんぜん様付けを外してくれない……」
「あ、紗那さんのツボそこなんだ」
〈様外しを欲しがる女王様〉
〈もしかしてお嬢が懐かれたのそこ?〉
〈やはりやり手……〉
〈でも外しづらいよなぁ〉
いや、私は精霊になってマナ様という直接敬う相手ができたから、主を複数持つみたいになってもなと思って外しただけ。刺さったらしいのは偶然だよ。
そんな話はさておき、紗那さんは手渡された矢文を番えた。訓練用の、鏃の代わりに錘を兼ねて白くもこもこした手ぬぐいをぐるぐる巻きにした矢に、おみくじのように折った紙を結びつけたものだ。
手紙はなるべく空気抵抗を作らない形にして、鏃も紗那さん自身に聞きながら調整した。初めてやることだから慎重なくらいでちょうどいいし、DCOはこういう細かな調整がちゃんと結果に影響するのだ。
「目標は、二の丸の城壁内側。ちょっと余裕を持って……いきます!」
「お願い」
「はい! 《神護結界》、展開っ!」
「え!?」
〈いよいよか〉
〈紗那さまめっちゃ様になってる〉
〈かっこいいぞこの女王様〉
〈ん?〉
〈なんて???〉
〈あれ決戦のとき見たやつゥ!?〉
あれ、おかしいな。城内の真上に、とても小さいのに強烈な魔力を持ったものが現れた。私は魔力覚ですぐにわかったけど、直径で10センチそこそこしかないそれは肉眼ではさすがに見えない。配信カメラを可能な限りまで飛ばして、なおかつ《精霊眼》を適用してようやく画面に見えるようになった様子だ。
そこにある六角形の光の板は、まさしく函峯決戦時にボスとして紗那さんが使ったものだ。あれを展開できるということはしっかり快復しているということで喜ばしいんだけど、こんなことに使うものではないような……。
「……っ!!」
「…………これは、ちょっと別格ですね。那須与一もびっくり」
「見た目や振る舞いでどうしても、戦闘面では侮られがちな子だけどね。弓を使わせたら凄いよ、紗那は」
果たして、射た矢は狙い通りの放物線……ではなく、レーザービームもかくやの一直線で《神護結界》目掛けて飛んでいく。あの可愛らしい紗那さんからは想像もつかない途轍もないパワー、ちょっと現実では真似できそうにない軌道だ。
しかもそれが、たった10センチの結界の中央に、見事命中。直線射撃のパワーが嘘のように弾かれた矢は、そのまま力を失って狙い通りの場所へ落ちていった。
「いや、これ違いますよね。矢文ってこういうのじゃないですよね」
「違うけど、まあ目的は果たしたからいいんじゃないかい」
「どうですルヴィアさん! 私の腕もなかなか捨てたものじゃないでしょう!」
「う、うん。凄いね……」
〈矢文ってか……何?〉
〈もはやライフルで草〉
〈このかわいい見た目と仕草から人力スナイパーライフルな女王様は好きですか?〉
〈この子ホントに人理超越者じゃないんですか???〉
〈お嬢ですら引いてて草〉
〈まあ発案者お嬢もこんな矢文()のつもりで言い出してないだろうから……〉
矢文って、こう、山なりに射っていい感じに届くものというかさ。そもそもこんな距離でやるものじゃないというかさ。確かに私は訓練矢を使う理由に耐久性を挙げたけど、ここまで酷使することを想定しての話ではなかったよ。
ともかく、投入成功だ。もはや投入ではないけど。あとは内部の守備体制がどんな状態になっていて、どのくらいちゃんと受け取る余裕があるかだけど……。
「……めちゃくちゃ喜んでるの」
「ここからでも余裕で聞こえるね……」
「あ、櫓の人がこっち見てます! おーい!」
「ひとまず成功だね。それに、これを喜ぶくらいの余力はあるみたいだ」
〈どよめき?〉
〈今の歓声か〉
〈けっこう元気だな〉
〈思ってたより余裕ありそう〉
さすが睨疚。ここまで元気だとは。半年以上も孤立無援で籠城しているはずなんだけど、この様子だとまだお祭り騒ぎになる余裕があるらしい。いやまあ、こんな形で紗那さんの絶技を披露されたら、それだけでも騒ぎになるとは思うけど。
……あ、落ち着いた。誰かがまだこれからだと一喝したのかな。辛いであろう籠城を半年続けて、これだけの統制が取れるのだから相当なものだ。
しかもそれからしばらくして、櫓の上からこちらに返信として普通の矢文が飛んできた。動きが迅速だ、やるべきことを徹底しているのだろう。
それがなかなか正確な狙いをしていて、私たちのほど近くに落ちたからすぐに拾えた。開いて読んでみると……。
「城内意気軒昂、かつ物資は残り半年分の蓄えが存在するため心配無用。来訪者殿については逸ることなく余裕を持って行動されたし」
「凄いなこの城……」
「この流れで余裕あるから焦るなって言われることあるの……?」
「ここの守り手ならさもありなん。この様子なら、本当に余裕ができるまで待っても大丈夫だよ」
まさかこの流れで余裕と言われるとは思っていなかったけど……ああ、そうか。バージョン1のクリアタイムが効いているのか。本来は一年近くかかるはずだったからギリギリに作っていたら、半年弱で進んできてしまったせいで何もかもがあと半年分の余裕を持っているのだ。
火刈さんにここまで言わせる守り手……おそらく北条氏規モチーフだと思うけど、そちらも少し気になる。やはり名将か。
「城の内外から援護射撃をして飛行で強行突破とか、祠を持ち込んでもらって精霊が城内から逆向きに攻略とか、いろいろ考えていたんですけど」
「ルヴィアもこの城のこと言えるの?」
「この分なら何も要りませんね。本当に圏外組のレベリングが追いつくまで普通に待っていて問題なさそうです」
〈だいぶ凶悪なこと考えてて草〉
〈まあできそうなのこわ〉
〈凄いなこの城……じゃないんですけど〉
〈まーた後続を追いつかせようとしながら置き去りにしてる〉
だって、《人事を尽くして天命を待つ》の称号の星が増えなかったんだよ? それはつまり、ここは当初の想定でも落ちていないし大損害も受けていないのだ。
というわけで、ここで少し余裕ができることになった。これだけ言われて攻略を急いだりしたら、睨疚城のことを信用していないみたいになってしまうから、無理のないペースで大丈夫だ。