453.突破!!
そうして双界の超越者という名のガヤ二人を連れてソロ戦闘を続けることしばらく。
「…………やっぱり多い」
「何がです?」
私の独り言に紗那さんが反応したけど、それはおそらく当の紗那さんの影響だ。異変は私の見ているシステムウィンドウ、正確にはたった今消えた面霊気の痕跡にあった。
「確か紗那さんは、『幸運の招き猫』でしたよね?」
「はい! 私は仲間に幸運を、夜霧は敵に不幸を振り撒くのが個性なんです!」
「じゃあ、それなんでしょうね。……今日、倒した全ての敵からレアドロップ……希少部位が落ちているのは」
〈マジ?〉
〈マジだなぁ〉
〈情報によるとこの耳掛けがレアドロ〉
〈確かに毎回ドロ変わってないな〉
〈ずるいぞお嬢!!〉
〈これ紗那さまめちゃくちゃありがたい存在なのでは?〉
そう、毎回ドロップアイテムの落ち方が全く同じなんだよね。それは普通ならレアドロが一度も落ちていないということなんだけど、今日は逆だ。他の攻略者の情報によると、ここまで毎回欠かさず出ているこの最下段の《霊面の耳掛け》はレアドロップだ。
私が確認して紗那さんが誇らしげに認めた通り、彼女は『幸運の招き猫』。人に幸運を与える力を持っていて、神の卵ともいえる存在の根幹となっている。もう三十体以上は倒していることを鑑みるとちょっと冗談では済まない確率だけど、それを引き起こしてしまうという……ある種の因果律操作といえる凄まじい力だ。さすがは世界ひとつを統べる幻昼界の女王というべきか。
だけど、そうと思うと少し納得のいかないことがあった。
さっきも言われていた通り、紗那さんは超越者だ。世界のほうに干渉するほどの権能を持ちながら、人理超越者ではない。せいぜい魔法剣士という難しい戦闘スタイルを扱える程度の私と、雑な言い方をすれば同格である。
「それほどの権能があるなら、人理超越者にはならないのですか?」
「……まあ、超越者という概念が実のところかなり広いというのはあるよ。持つ権能や力量の面では、君たち来訪者の超越者は今はまだ下限に近い。一方で人理超越者という概念は要求が高いから、相応に超越者内でもばらつきはあるんだ」
「だけど、それは直接の要因ではないんです。お恥ずかしながら、私はまだ未熟者ですから」
「未熟者……?」
〈それ〉
〈いわば概念書き換えだもんな〉
〈権能が強すぎる〉
〈なるほど?〉
〈超越者もピンキリってことか〉
〈未熟者?〉
〈紗那さまでも?〉
幻双界はプレイヤーのため特例的に人理超越者が用意した有事限定の例外を除いて、転移すらやすやすとは使えないほど因果律や概念破壊に厳しい。それを幸運や不幸という形でねじ曲げるなら、卵と言わずともじゅうぶん神様と呼べる領域だろう。
超越者の範囲内でもピンキリというのはわかるけど、それだけではちょっと納得しきれなかったところで、紗那さん本人が口を挟んだ。未熟者、らしい。これほどの凄まじい効果を生み出していながら。
……ああ、そういうことか。
「紗那さんはまだ、自身の権能の方向性をコントロールできていない、ということですか?」
「さすが、鋭いね。……その通りだ。紗那の筋そのものはいいんだけどね。あまりに強大な力なものだから、六十年そこらで完璧に操れるようになるものじゃないんだ」
「実は、そうで。私はまだ、どんな幸運を起こすかを自分で決められないんです。そのひとになにか幸運なことを起こす、というくらいしかできなくて」
〈どういうこと?〉
〈まーた当ててるよ〉
〈なんでわかるんだ定期〉
〈紗那さま一瞬目を丸くしたぞかわいい〉
〈六十年そこら……?〉
〈時間感覚が違いすぎるぜ〉
〈あー〉
〈ざっくり幸運なのか〉
紗那さんはついさっき、私の呟きに「何がです?」と返してきた。これはレアドロップが続いていることを知らなかった、つまりそこまで意図して引き起こしているわけではないということだ。彼女は自分が起こしている幸運が具体的に何なのか、自覚していないことになる。
「六十年そこら」とは私たちにとっては強烈なパワーワードが出たけど、火刈さんは齢1500近いらしいからその物言いには無理がない。相対的に私にとっての七、八年くらいなら、そういう言い方にもなるだろう。そういう世界だし、紗那さん自身の見た目も私より年下に見えるくらいだから、彼女はこれから何千年も生きるのだろうし。
さておき、そういうことらしい。紗那さんができるのは「対象に何かしら幸運を訪れさせること」まで。今回レアドロップなのは偶然で、次回はエンカウント率かもしれないし、何らかの隠し要素かもしれない。
そうなってくると、確かに未完成というのも頷ける。
「こと今のような場面でも、幸運と一言でいってもいろいろありますけれど……たとえば私が、『より深くまで探索したいから敵と遭遇しづらくしてほしい』と言っても、それはできない」
「逆に、『もっと練度を上げたいからたくさん遭遇させてほしい』の場合も同様だね。いずれはできるようになるだろうけど、できたら紗那も晴れて人理超越者だ」
「望まれていないほうは出ないんですけど、そもそも何にかかるかというのは、練習中です。なかなかうまくいかないんですけどね……」
だいたい理解できた。紗那さんの権能は噛み砕くと、「対象に『その人が幸運だと思えるような事象』をランダムにひとつ引き起こす」というものになる。ありがたいけど、計算はできない。作戦に組み込むことも、何が起きているかを確認してからでないと難しそうだ。
そう考えれば確かに、紗那さんにはまだまだ無限の伸びしろがあるわけだ。誰にどれだけ、どんな幸運をいつまで与えるかを自由自在にできるようになるとしたら、正真正銘の神様といえるだろう。
なんでも、これまでの修練で「誰に、どのくらいの範囲で、いつまで」はある程度思い通りにできるようになっているらしい。最大の難題である「どんな」が残っているとはいえ、このままのペースでも遅くともあと50年はかからないだろう、というのが火刈さんの見立てだった。
壮大な話だ。さすがにDCOが続いてはいないであろう時期の話になっているのは、賢明だと思う。もし紗那さんがここまで聞いた通りの人理超越者として完成したら、その暁には恩恵が大きすぎてもはやゲームとして成り立たなくなるだろうから。
「ところで、あちら。皆さん見えるでしょうか」
〈城の中央のほう?〉
〈なんかあるの?〉
〈あれ、煙?〉
〈なんか燃えてるのか〉
紗那さんについてはさておき、実はちょっと気になることがある。
城内にあたる位置から真上に向けて、細い煙がたなびいている。さっき上がり始めたものなんだけど、私はあれを見てひとつ思うところがあった。
「あれはおそらく、炊事の煙です。かなり細々としているあたり、量はあまりないのでしょうけれど……あの城、まだ持ちこたえてますね」
「そうだね、そう見てよさそうだ。全く大した城だよ」
「じゃあ、あの中の守備兵は無事なんですか!?」
〈マ!?〉
〈確かに火事っぽくはないな〉
〈落ちてないのかこの城〉
〈これ城攻めじゃなくて後詰だったの!?〉
このあたりはちょっとした歴史オタクの知識なんだけど、当時は陣地や城から出る炊事の煙の様子を見て敵陣の様子を探ったりしていたらしい。まさかそれをここでできるとは思っていなくて、ちょっと浮ついてしまいそうなところなんだけど……それがあるということ自体が、ここの攻略が思っていたものと違うことを示していた。
なかなか進めないはずだ。城内まで攻め入る必要があると思っていたところが、実際は城を取り巻く敵さえ退ければ勝ちだったのだから。私たちが今戦っているのはオマケの取り巻きではなく、本体の外縁部分だったわけだ。
本当に大した城だ。敵の主目標ではなかったとはいえここまで堅牢に持ちこたえるなんて、史実の韮山城さながらである。
となると、私たちがやるべきなのは城攻めではない。後詰、つまり籠城中の味方を助けるために包囲軍の後方から攻撃を仕掛けることだ。
そしてそれだけではない。篭城中とわかれば、やるべきことがある。
「汚染相手だから降伏開城なんてものはないとしても……助け出す前に落ちてしまわないように何かしたいですね」
「そうだね。あと少しなのだから、今落ちてほしくはない」
そう、城内への支援だ。汚染から取り戻すことが目的ならこれまで通り戦い続けるだけでいいんだけど、城内が健在ならそれを守り抜くのが最善だ。味方に向けてのものである以上、そのアプローチは戦闘に限らない。
たとえば、
「一番やりたいのは、物資の搬入ですが……」
「あの様子だと、空路でも賭けになるね。撃墜される可能性がかなり高い」
〈そりゃそう〉
〈それができたら苦労しないなぁ〉
〈できたら最高なんだけど〉
煙がかなり弱々しいこともあって、おそらく不足しているであろう食料は特に届けたい。それさえできれば勝算も跳ね上がるんだけど……飛行種族も飛ぶ魔物も存在する世界、当然ながら魔物たちのほうにも空を飛ぶものがいた。
しかもあれ、ペナルティエネミーだ。倒す必要がない代わりにレベルが150を超えている。正攻法での突破は、いくらこの短距離でも……。
『話は聞いてますけど、普通にアレぶち抜くのは九割無理ですね! ああもどっしり構えられてると、逃げるのとすり抜けるのでは別物ですし』
「だよね。私たち自身は一度死んでも大したことないけど、物資はそうもいかないし。食料をロストするのもよくないですが、もし落ちた武器を敵が使ってきたりしたら……」
『うわ、怖いこと言わないでくださいよ!?』
〈メイだ〉
〈ペナ敵特攻隊長が来た〉
〈当たり前のように来るなよ別チャンネルのレギュラーだろ〉
〈メイでも無理ならダメかぁ〉
〈えっそんなことありうるの〉
〈ペナルティならやってもおかしくないな九津堂だし……〉
見ていたらしいメイさんから通話がかかってきたけど、彼女が無理と言うなら無理だろうね。飛行組の中で最も蛮勇に満ちていて、最も飛行技術のある人だから。ペナルティエネミーの鳥と最も多く遭遇しているのも彼女だ。
食料の喪失を軽視するわけではないけど、武器を敵陣に落とした場合のリスクはちょっと冗談では済まない。じゃんじゃん火や狂骨は人型だから、もしかすると使ってくる可能性すらあるのだ。
そうなればまともに相手できるのはせいぜいトップ勢だけになって、まず数が足りなくなる。今そうなって攻略が大幅に遅れたら……。
「とはいえ、なんとなく……何かはしないとまずいような、胸騒ぎはしていて」
「私もです。何かできることはないでしょうか……」
「この二人が感じているということは、虫の知らせも信用できてしまうね。どうしたものか」
「…………そうだ。できることはあるかも」
ちょっと思いついた。根本解決になるかはまだわからないけど、少なくともやらないよりはマシだろう。
だとすると……準備のために、まずは城下まで戻ろう。ここまで敵を減らしてきたルートは……配信を見ているトップ勢の誰かに任せればいいや。
ここで突○クイズ!