452.回避は最大の攻撃
さて、改めて……今日は睨疚城を情報収集がてら小突いていく。昨日もやっていたんだけど、なかなか思うようには進んでいないんだよね。理由は後で話すけど、今日も二日目でありながら浅めの位置からだ。
このあたりにいる敵は引き続きじゃんじゃん火と一本だたらがメインで、あとはまれに狂骨もいるんだけど、ここからの登場になる敵がもう一種類。
面霊気 Lv.85
属性:水
状態:汚染
「さすがに厄介ですね」
「じゅうぶん圧倒していますけれど……」
「昨日までの他にも何度か見たことがあるけれど、彼女はいつもこんな感じだよ」
〈よかったなお嬢、これからは紗那さまが突っ込んでくれるぞ〉
〈火刈さんはもう諦めちゃってたもんな〉
〈もうコメ欄も初見さん以外は慣れてるもんな〉
一言でいえば、飛び回るお面の妖怪だ。攻撃方法はオーソドックスなんだけど、なにしろお面だから小さい。おまけに機敏でこそないけど飛び回るから、攻撃を当てるのに一苦労するタイプの敵だった。
幸いなのは、祟り状態ではないこと。グダグダになっても死にはしないから、狂骨よりは優しい。それを考慮しても狂骨のほうが戦いやすいとは思うけど。
おそらく想定された対処法は、やはり範囲攻撃。プロードやブレスのような範囲魔術と、攻撃範囲の広い槌や槍の振り回しだ。もちろんホーミングでもいいし、拳のような取り回しが素早い戦法も人によってはありだろう。
ということを伝えているんだけど、伝わってくれない。紗那さんが白い目で見てくる。まあ確かに、紗那さんが私の個人戦闘を見るのは、救出直後で見ている余裕がなかったであろう決戦中のペルニケを除けば初めてだ。あれもカレンちゃんとのペア戦だったから、個人とまではいえないし。
一方の火刈さんはもう四日連続で同行しているし、それ以前にも河暮なんかでご一緒したりもした。クロニクルクエストでは落ち着いて見てきてもいたりしたし、例外的だけど精霊ゲリラも特等席にいたひとだ。もう私のやることには慣れている様子である。
どっちがいいかと言われると……難しい。幻双界の案内人としては火刈さんのように流してくれたほうが見せたいものが伝わるけど、配信者としては紗那さんのような反応は貴重だ。
「知らない間に超越者になっていてびっくりしましたけど、これは納得ですね」
「これでも大技はひとつも切っていないからね。持っているものの半分も出していないよ」
「これでですか!?」
「…………なんかやりづらいな」
紗那さんも確かまだ人理のつかない超越者だから、そういう区分ではいちおう同列ということになる。そんなひとに納得されてしまうのは、逃げ道が塞がれるようで浮き足立ってしまうけれど。
ただ確かに、まだ半分も出していないのは確かだ。大型の敵にしか使わない戦い方も、もっと速い敵だけの対処もあるし、大技もひとつも切っていない。引き出しの多さが私の個性だけど、どうやらそこを驚かれているようだ。
目に見えるオーディエンスが多いだけと思うことにして、目の前に集中。視界端にHPバーが見えるとはいえ、二人はシステム的にはパーティとは区別されている同行NPC扱いだから、ソロということになっているはずなんだけど……面霊気が二体集まってきた。もしかして、そういうところも敵型も臨機応変に来るようにルーチンが更新されてる?
「絶妙に素早いから二体は面倒だな……」
「挟まれます、ルヴィアさん!」
「ここで狙わせて……こう避けたら、」
「ぶつかった!?」
「ここ、《トリプル・ブリーズブレス》!」
〈ちょこまか〉
〈めんどくさそうだなこいつ〉
〈範囲攻撃ないとキツいか〉
〈あんま面倒じゃなさそうに聞こえるぞ〉
〈!?〉
〈あーあまたやった〉
〈タンコロリンの再現ですか?〉
〈あの頃よりレベル上がってる〉
タイマンなら性質こそ厄介とはいえ落ち着いて対処すれば問題ない、範囲攻撃なら射程内に狙い切れる程度の速度なんだけど……これ、どうやら二体以上で連携してくると厄介さが上がるタイプだ。特に数的不利のときはそれが顕著になる。あちこちで見えるパーティのもとにも基本的に一体ずつしか出ず、他の敵とまとめて出現するようになっているわけだ。
片方を止めて狙おうとしたらもう片方がおろそかになって攻撃してくる。被弾なしでの攻略は正攻法だと難しそうだから、思いつきを狙ってみることにした。
ある程度好き勝手動いていくつかのパターンで攻撃してくるけど、攻撃直前には停止してからこちらを照準してくるタイミングがある。そのタイミングであえて二体のちょうど中間に入って、そこから避ける。すると互いの攻撃が同士討ちで当たることがあるという、前にもやったことがあるような戦法だ。もう10ヶ月も前なんだね。
タンコロリンと違って溜めもわかりづらいし、攻撃種類も豊富だから難易度は上がっている。とはいえこのくらいなら、押さえるところを押さえれば安定すると思う。やはり汚染魔物は動きが単純だ。
「……火刈さん」
「なんだい、紗那」
「あの子、超越者の中でもかなり戦闘技能がある方ですね」
「ああ。肉体や魔力回路の練度は来て一年も経っていないだけあってまだまだだけど、センスは卓越してる」
「練度だけならこのあたりの住人並っぽいのに……すごい」
「ちなみに彼女が筆頭だけど、ついてはこられるレベルまで含めると来訪者だけで千人以上いるよ」
「せんにん!? …………でも、そっか。来訪者が百万人いるなら、そのくらいですね」
〈言われてんねえ〉
〈紗那さまの悪意なき褒め殺しがお嬢を襲う〉
〈やっぱ幻双界基準でもヤバいんすね〉
〈トップ勢全員超越者って話だ〉
〈認められちゃったよ〉
〈幻双界でもだいたい0.1%なんだっけ〉
〈けっこう気軽にやべーやつがいる世界なんだなあ〉
〈来訪者も同じなんだよなあ〉
……まずい、向こうで配信に乗せたそうな話を進められてしまっている。二人の仲がよさそうな上に双界人視点での会話になっているから、私がなかなか割り込めないのがもどかしい。
しかもその中で「トップ勢はみんな超越者くらいの扱いをされている」という話が、紗那さんによって納得されてしまった。元々ほぼなかったとはいえ、こうなるともう覆せそうにない。
そう、人口比で千人に一人くらいになるという話だ。観光客まで含めたDCOのプレイヤーが百万人を突破しているから、実は妥当な数字なのだとか。……戦いどころか能力だとかの要素も何もない現代日本人が、ファンタジー世界と同じペースで人外認定されているのはどうかとも思うけど。
「それに、やっぱり魔術剣士ってかっこいいなぁ……。自分ができることをあんなにうまく使いこなせるの、すごいです」
「練度不足のない双界人にはどちらも使える子は少なからずいるけれど、普通は一呼吸置いて切り替えだからね。流れるように両方を同時に使えるのは、ちょっと見習わないといけない素晴らしい技能だよ」
「ま、待ってください。そんな高尚なものじゃ」
「しかもああして、喋っても精度が落ちない」
〈超越者のファンタジー女王様に憧れられる地球人〉
〈やっぱ地獄難易度なんすね〉
〈両方使えるのは普通みたいだけど〉
〈同時併用か〉
〈お嬢のマルチタスクは異世界でも通用する〉
〈配信コントロールされてて草〉
〈遊ばれてますよ配信主さん〉
〈誰もアマネちゃんも似たことができることを思い出していないのである!〉
それにしても紗那さん、魔法剣士というスタイルに首ったけのご様子。確かに珍しいスタイルで、私が先駆性以外で強い個性にできている数少ない要素でもあるんだけど……どうやら幻双界で魔法剣士が成立していない(という示唆もたまにされる)最大の要因は、異なる種の攻撃を同時に使うという部分らしい。攻撃魔術を詠唱しながら剣を振る、撃ちながら素早く動く、といったあたりだ。
幻双界なら上位の超越者たちは割と会得しているものだと思っていたんだけど、珍しいらしい。とはいえ高位ほど入れ替えの時間も縮むのだろうけど、「0と1は違いすぎる」と言われたら黙るしかない。
とはいえここまでべた褒めされるとくすぐったくて口を挟んでしまったけど、それ自体をさらなるマルチタスクの達成として受け止められてしまったらもうお手上げだ。火刈さん、伊達に千年以上生きていない。
「ルヴィア、諦めて受け入れるの。実際、この世界での《魔装》の使い方はルヴィアみたいなのじゃなくて、剣のときは剣、杖のときは杖って感じなの」
「頑張ってみたらできた、ってだけなんだけどな……」
「その頑張ったのが、わたしがルヴィアと出会う前だったから知らないけど……ルヴィアを見る限り、ぜったいやりすぎなの。『頑張ってみた』で表し切れるものじゃないの」
「そうなのかな……」
「あと、ふつうはどれだけ頑張ってみてもできるものじゃないの。やってみてできなかった超越者が何人もいるらしいの」
私は知っている。アイリウスがここまで言うということは諦めるべきだ。類まれな適性とできるだけの練習でものにした、真似はしづらいものだ、と。
……まあそれもまたポーズなんだけど。その言葉をおろそかにしないためには、他者からの好評は素直に受け取るべきだから。