433.そして次なるクロニクルへ、カウントダウン20日
バージョン1最終日。
「特にやることはありません」
「やることはもうやっちゃったの」
〈そらそうだ〉
〈バージョン最終日にトップがやること残してたら下が困る〉
〈つっても細かいこととかはないの?〉
少なくともやろうと思ったことはないね。気付いたかもしれないけど、この最終週はここにきて私のDCO配信率が最低だった。週に三度も休んだのは初めてだよ。
もちろんできること自体が完全に消えたわけではないんだけど、ネタとしても弱くやりたいわけでもないことをやる気分でもなかった。燃え尽き症候群というやつなのかな。
「みんなのダンジョンを巡ったりとかはしないの? しないのかしら?」
「ごく一部の例外を除いて、私は図鑑を完成させてるんだよね。主に《薄明》のために」
「あー、知ってるやつしか出てこないんだ」
「……本音は?」
「せっかくのプレイヤー産高難度ダンジョンを私が難しくもなさそうにネタバレして回るのは気が進まない」
〈なるほど〉
〈そういうの気にするのがお嬢だよなあ〉
〈攻略本の「この先は君の目で確かめてくれ!」か〉
……残酷なことを言うようだけど、私は2011年生まれなんだ。だからゲームをやり始めた頃にはもう攻略サイトの時代で、攻略本文化は廃れてきていた。だからちょっとそれは共感できないんだけど……これ言わない方がよかったかな。
ともかく。配信者のダンジョンは隠しようがほぼないのが仕方ないことだからこそ、そうでないエンドコンテンツは隠れているくらいがちょうどいいと思うんだ。圏外組すらターゲットから外している超高難度ダンジョン、ダンジョンパワーの都合でプレイヤーが所有しているものはかなり少ないから。
「とはいえさすがに最後はいないとと思って、短めの枠を取っています」
「カウントダウン回を終了30分前に始めるあたりほんとにないんだね」
「逆に向こうにはやっておいて損のないことはいくらでもあるからね。元々この時期はそっちに注力するつもりで動いてるから、メンテ中はリアル配信も少ないと思う」
「脳科学の教授のところにも行くもんね」
「フリューから見て年末年始の私の一大イベントそれなんだ」
〈リアル多忙把握〉
〈よかった、お嬢にもリアルが忙しかったら配信やらないって概念あったんだ〉
〈ついに人外の秘密が明らかに……!?〉
まあ、こう言われても仕方ないくらい配信しまくっていたのは事実だけど。それはそうしないと、そうしても追いつかないくらいの速度で進んでいく攻略のせいもあったというか。
この「攻略スピードが早すぎる」については後半あたりからは運営さんにも試行錯誤が見えていたし、バージョン2以降は大幅に是正すると宣言されているから今後はましになるはずだ。なんでも想定は10ヶ月程度だったそうだけど、蓋を開けてみれば5ヶ月で終わってしまったからね。そのせいで彼らは年末年始にアップデート作業をする羽目に。
バージョン2のオープンは2031年1月11日、約三週間後の土曜日を予定しているとのこと。余裕に余裕を持たせて暇を持て余すくらいのつもりだったらしいとはいえ半年近くも早まったバージョンアップをそんなにすぐに済ませられるというのだから、たぶん開発班はとんでもない有能揃いなのだろう。頭が下がるというものだ、月単位のメンテナンスを覚悟していたというのに。
その間、私はゆっくり……とはいかない。むしろ予定は立て込んでいるくらいだから、アメリアとのセイサガもどのくらい進められるものか。
そのアメリアはなるべくついてきていろいろ見て学びたいと言っていたけど、それができない場所もある。そのときはうちでお留守番、他のゲームを好きにやってもらっておいたり、メイド組に任せてアメリアの知的好奇心に付き合わせておくことになりそうだ。
「そうそう、メンテナンス中は双界人も行き来ができなくなります。唯装魂を連れて行っている人は要注意です」
「まあまだ数えるほどだし、当人たちには直接伝わってると思うけど」
「その話でいうと、先週ルヴィアが話してから一週間でだいぶ話が進んだんだよね」
あくまで聞いた話だけど、メンテナンス中はサーバー自体をシャットダウンする作業もあるから繋げておくわけにもいかないと。まあ当然の話なんだけど、これによって期間中はアイリウスやアメリアたちも行き来ができなくなる。地球に来っぱなしか、三週間会えないかの二択だ。
これにアイリウスたち唯装魂組は迷わず地球界を選択、アメリアもあっさり同様の選択をしてこの一週間はそのための準備を増やしていた。芳乃ちゃんは迷守の役目で悩んでいたけど、エルヴィーラさんが見ていてくれることになってこちらに。結果的にうちは賑やかになることが確定した。
「イシュカさんのもとには既にプリムさんとエヴァさんが乗り込んでいて、アズキちゃんには今日から璃々さんが大旅行の予定です。それに」
「せっかくだからサンプルを増やしておこうってことで、ウチにフィアちゃんとセレニアちゃんが来ることになったわあ?」
「ミカンは誰か迎えないの?」
「そういう話はないね。まあ、ぼくは九津堂と一拍ぶん距離があるから」
「なるほど、これがバージョン2にかけてのフラグと」
〈おお、一気に来たな〉
〈せれなは明日からRTAやるって言ってたぞ〉
〈本人たちガヤでどうなるんだろうなあ(愉悦)〉
〈*イシュカ/せれな:初回はテキストちゃんと読んでやることになったわ〉
〈#AZuki璃々と一緒に踊れ〉
〈フィアセレま!?〉
〈うわ絵面が似合いそう〉
どうやらこうして双界人を地球界に送ること自体はほとんど運営負担がないようで、そうと決まればかなりの速度で動いている。そんな中でも総数がかなり限られているのは、ミカンが関わっていないように今のところは九津堂と直接コネクションを持っている人物でないといけないからだろう。
現状はその制限の範囲内で最大限に増やして、ルプストも言うようにテストサンプルを増やしておこうという状態だ。デモンディーヴァの社長として聞いただけの非公式情報だから言わないけど、他に話が出ていた梓さんとノアさん……それと追加で心羽さんはメンテナンス開始前に運営のもとでゲーム外に出て待機するらしい。
こういう話は速度が大事なのはわかるから、私から待ったをかける気はない。それぞれ受け入れ先は全員、私にとってはリアフレでもあるから把握もしやすいし。たぶんそもそもそれを当てにしているのだろう。
最後の最後にする話がこんな下世話なものでいいのだろうかとも思うけど、それも私たちらしいのかもしれない。結局のところたった三週間だから、仰々しいことをする必要がないのもあるか。
続けてすることになった話も半ば連絡事項のようなものだった。……現在、クローズ十数分前である。
「『公式掲示板はどうなるの』、それは継続です。メンテ中も問題なく使えます。ただ、あちらとの連絡は遮断されるので、地球に来る面々を除く双界人は来なくなりますね」
「掲示板はバージョン1の前も使えてたもんね」
掲示板はあくまで地球側に存在する扱いのようで、こちら側で問題なく使用可能だ。向こうからの参加機能だけが制限される。
今と比べればずいぶん人も少なかったけど、バージョン0から1の間も掲示板は開きっぱなしだったからね。特に紐づいてはいないようだ。
それから、《デュミナイアウィスプ》もちゃんと使える。これも基本的にこちら側扱いのようだ。そもそもが双界人や大衆の目がない気安い場という位置づけだから、これは納得だ。
全体的に、ゲーム外ではなるべく機能が減らないように配慮した方策を取っているのだろう。たった三週間とはいえ忘れさせないことが明確に重視されている。
「メンテ期間中は私はあまり動かないので、そこはご容赦を。バージョン2がオープンしたらこれまで通りに戻るので、それまでお待ちください」
「……あんまり信じてもらえてないよルヴィア」
「前に三回くらい『配信頻度が落ちる』とか言って、結局一度も落ちなかったものねえ?」
「今回ばかりは本当ですから。なにしろ撮影がそこそこの数……」
「ぼくが言うのもだけど、無理しないでね」
本当にミカンが言うことじゃないね。最近露骨にやってることが増えてきてるもんね。次回に至っては『バーチャルアタック』の現場に来るって聞いてるよ。
まあ、今回こそは本当に配信が減る。単純にDCOがないから触れるべきものもなくなるし、とにかく撮影が固まっているのだ。この時期は共演者も忙しかろうに、前期と違ってゲスト役をもらっている作品がいくつもある。CMはそれ以上に多い。ありがたい話だ。
だから、この三週間は本当に供給が減ると思う。DCO関係なく私を見にきてくれている固定ファンの人には、我慢してもらうことになってしまいそうだ。
「…………そろそろですね」
「だねぇ」
「いくら想定の半分といっても、長かったわねえ」
残り数十秒。私たちはなんの異変もない世界の中、私たちだけに区切りを与える時刻表示を見ながらその時を待つ。ちょうどにメンテナンスに入って、それと同時に全プレイヤーがサーバーから出されて、配信もそれと同時に自動で切れる仕組みになっている。
バージョン1の中では最後の言葉だからか、フリューが聞いてきたのは根本的なことだった。
「ルヴィアは、こうしてDCOを始めて、配信をやってきてよかったと思う?」
「うん。自分でも変われたと思うし……こうして求められる存在になれたのがすごく嬉しいよ。今から一年前に戻っても、私は同じことをする」
「そっか。それなら、悪巧みしてよかった」
そういえばそうか。これは元々、幼馴染たちの悪巧みで始まったことだった。それさえなければ今頃、私は高校時代とほとんど変わらないような無難で普通の……今と比べれば味気ない日常を送っていたことだろう。それは今となっては、私には恐ろしいことにすら感じられる。そのくらい、この一年で私が得たものは多かったのだ。
私こそ、舞台に引っ張り上げてもらえてよかった。私は臆病を見せていた腕を引いてくれる、自慢の親友を持ったのだ。
「……そろそろですね。では、皆さん。そして幻双界」
「「「「────また今度!」」」」
…………ログアウトの瞬間。突然王都の空に現れた綾鳴さんが、そこに大きな魔術の花火を咲かせた。それが私たちに対する、一区切りの感謝の印であるようだった。
とはいえ、まだまだ終わりではない。始まったばかりですらあるくらいだ。次なる戦いの始まりは、そう遠くはない。
〔《デュアル・クロニクル・オンライン・バージョン1》は終了しました。《バージョン2》へのバージョンアップをお待ちください〕
長らくお付き合いいただきましたが、これにてバージョン1完結です。なんと本作完結というわけではありません。普通に続きます。正気か? もう四年半弱やってるんだぞ?
いつまで続くのかとかからは目を逸らしつつ、今後について。話数未定のインターバルを少しだけ挟んでから、特に更新ペースが変わったりはせずにそのままバージョン2へ向かいます。目的地は東海とイベリア半島……ですが、これまでより異世界剣客との役割分担が明確になる予定だったり。