43.だからVtuberじゃないですってば
受け取った指輪を見ていると、不意に気になることがあった。
「そういえば、このニスはどうやって作ったんですか?」
「あー、それはあっち。ハイムさんから買ったの」
「なるほど、《錬金》ですか」
私もよくは知らないのだけど、ニスの精製にはそれなりの時間と手間がかかる。時間はともかく手間を考えると、いくら手広い《細工》でも難しいのでは、と思っていたら、別方向に話題が振られた。
エルジュさんから指を揃えた手で指されたのが、トップ生産組の錬金担当。人間の男性で、名をハイムという。
〈パラケルススか〉
〈ああホーエンハイム〉
〈錬金術師はイメージ人間だよなわかる〉
「あちらのハイムさんは取っ付きにくかった錬金術師の草分けで……っと、あらら」
「ガハハ、ハイムの小僧は大勢の目が苦手だからなあ」
「これ言っちゃうと失礼だけど、ほんと見た目とイメージ通りのキャラしてるよね」
そういえばそうだった、ハイムさんはあがり症なのだ。ブランさんの配信でもカメラがある間はギリギリまで縮こまっているし、普段よりよく噛む。カメラが回っていなければ普通なんだけど。
エルジュさんが見た目通りと言ったが、ハイムさんは黒髪を男性にしては長めに伸ばしている。前髪で目のすぐ上まで隠れている、やや面長の痩せぎす長身。
……狙っているかのような容姿だけど、本人曰く狙っているらしい。どうせそういう性格なのだから、外見も寄せてみようと。小心なのやら、図太いのやら。
まあ、話もできないとちょっと困る。というわけで、
「カメラさん、ちょっとだけお散歩しててね」
〈ん?〉
〈なんだこれ〉
〈お嬢が離れてくぞ〉
〈あーれー〉
カメラワークのマニュアル機能のひとつで、一定範囲内を自由に飛び回らせるというものがある。声が聞こえる程度に放して、これまでに紹介した三人の手元でも見ておいてもらおう。
「これで大丈夫ですね」
「すみません、お恥ずかしい」
「いえ。それで、《錬金》ですが……」
「はい。かいつまんで説明しますね」
声はしっかり拾われているのに、こうしてカメラを離してさえしまえば普通に話せるらしい。なんでも、視線を感じるのが極端に苦手なのだとか。
ハイムさんが語るには、錬金とは魔力を使って素材を合成、あるいは分解したりして物を作るスキルだと思っておけば概ね間違いないそうだ。いずれは金属から金や銀、その他貴金属などが作れるようになる、という話らしい。
また、作れるものの範囲がかなり幅広いのが特徴に挙げられる。純水や塩、インクに石灰。DCOには調薬が単体の生産として存在しないから、ポーションも錬金の範疇だ。例えば今回のニスは、ざっくりいえば油と樹脂を合成することでできる。この油も樹脂も、錬金で精製する素材である。
作業が魔力を練って動かすばかりで手は単調なのが辛いところではあるけれど、とかく作れるものが多い。それらを合わせてさらに錬金することもできるし、他の生産職へ素材を提供することも非常に多い。純水や塩なんか、料理には必須だよね。
「ジュリアは『ぼーっとしながらやるのにちょうどいい』と言っていましたが……」
「そうかもしれませんね。魔力の扱いに慣れれば、けっこう手癖でできちゃいます」
そう、実は錬金にはジュリアが手を出している。クレハが料理をやる横で手持ち無沙汰なのと、金策のためと言っていたけれど……純戦闘職でも困らないどころか余るくらいには素材アイテムで稼げるDCOで彼女らに金策が必要かは微妙なところだ。家でも買う気なのかもしれない。
ハイムさんも認めるように単調な分生産職の中でもやや敬遠されがちだけど、できることが多い分のめり込む人ほど深くやり込みがちなプレイスタイルだ。現にハイムさん、今も手癖で海水を水と塩とにがりに分けている。
「錬金の範囲がわかりやすいですけど、このゲームは生産職同士の横の繋がりが強いですよね」
「そうですね。ここにいる六人も、いち早く生産を始めて集まってからそのまま一緒ですし」
「それで全員がそのままトップにいるのも、かなり凄いことですけどね」
その影響なのか、ハイムさんの露店には小売用の商品が少なかった。まあ、ニスとかを戦闘職が買っても仕方ないけど。
例えばこの指輪、本体の木材を整形したのは《木工師》クリヌキさんだ。コーティングするニスを作ったのは《錬金術師》ハイムさんで、指輪に紋章を刻んで仕上げたのは《細工師》エルジュさん。これひとつで三人が関わっている。
……こうしてみると、少し違和感があった。
「エルジュさん」
「なにー?」
「細工師って、魔術紋までやるんですか?」
「それがねー、よくわかんないの。できるんだけどね」
「わからない?」
「これ見て」
〈おお、いつも通りの視点だ〉
〈親の視点より見た視点〉
〈もっと親の視点見ろ〉
カメラ視点を戻しながらハイムさんの露店を離れ、エルジュさんのもとへ。私を呼び寄せた兎さんが開いてみせたのは、一冊の本だった。
タイトルは『刻印術の基礎』、著者は《プリム・ローカルド》と読めた。私たちに合わせて名乗らないだけで、やはりこの世界の住民にも姓はあるらしい。いずれ名乗ってくれるようになるのだろうか。
……プリム・ローカルド? その名前、とても聞き覚えが……。
「これ、商店街の隅っこの雑貨屋にあったの。魔術紋の基礎も載ってるんだけどね、著者は自分のことを《刻印術師》って呼んでるの。もしかしたら、今後こういう細分化された生産職も出てくるのかも」
「《刻印術》ですか……確かに、何かありそうですね。突き詰めればいろいろ作れそうですし」
それが独立した生産職となるのか、細工師の派生として兼任する形になるのかはわからない。ただ、そういった広がりの可能性は充分にあるだろう。それを重視することで少し違った職を名乗る、なんてことも。
「まあ、まだ詳しいことは全然わかんないんだけどね!」
「まだベータですから。調べようにも、図書館が閉まってますし」
司書が多忙とのことで、王都の図書館は休館中だ。文献なんかはまだ相当に限られている。
こればかりは今後を待つしかないだろう。いずれ開放されていく情報があるはずだ。
いろいろと今後が気になることも出てきたけど、今は生産職ツアーということで次に行こう。……さっきから、視線を感じるのだ。自分の番はまだなのか、というジト目を。
「次、《裁縫》ですね。こちら、トップ《裁縫師》のホーネッツさんです」
「いぇーい映ってるー? ホーネッツでーす」
「ロケに遭遇した子供ですか」
「やってみたかったのよこれ」
ホーネッツさんは若奥様といった雰囲気の猫獣人で、落ち着いた暗めのブロンドを伸ばした大人の女性だ。……少なくとも、外見は。
実際、彼女は既婚者だ。本人が公言している。なんでも夫に誘われて一緒に申し込んだものの、夫は落ちて自分だけ当選してしまったらしい。特に戦闘に興味はないからと生産職を始めたところ、ところどころ現実と違うゲームとしての《裁縫》にどハマりして今に至る、と。
そして性格はというと、見ての通りである。目の前のことを全力で楽しめる、裏表のない人物だ。……どうやら今の行動がしたくて、うずうずして急かしたらしい。おちゃめな人である。
「ホーネッツさんは裁縫師なのですが、手掛けているのは……まあ、そのままですね。見ての通りです」
「前から思っているんだけど、裁縫に露店ってあんまり合わないわよね。早くお店がほしいわ」
「ハウジングは……バージョン1待ちですかね。ものすごいお金が必要そうですけど」
「店舗が開放されたとしても、買えるだけ貯められるかって問題はあるのよねえ」
お針子とか針妙とか呼ばれるが、DCOでの呼び方は某国民的RPGよろしく《裁縫師》。彼女らの仕事は想像の通り、衣服や布製品の作成である。防具の下に着る服だったり、鞄のような実用品だったり。帽子や手袋、靴などの小物ももちろん作る。
ゲームということである程度簡略化されて効率がいいのと、デザインの自由度が高いおかげで人気のある生産職のひとつだ。中でもこのホーネッツさんは性能はもちろん、デザインも一流と男女から人気を博している。
「ねえ、ルヴィアちゃん。私ね、もったいないと思うの」
「はい?」
「ルヴィアちゃん、ずっと初期衣装のままでしょ?」
「そういえば、そうですね。補正は低いんですけど、あんまりすぐ格好を変えるのもどうか、って思っちゃって」
ほら、DCOプレイヤーの基本衣装といっても過言ではないものだから。広告塔としてのルヴィアが着るにはちょうどいいだろうと思って、ずっとそのままにしていたのだ。
断じてVtuberにとって衣装替えは一大イベントだから、とかではない。特に理由がなければコロコロ変えてもよかったのだ、私はVtuberではないから。
それと、今はまだ初期衣装は珍しいというほどではない。武器や装備に手一杯なプレイヤーが多く、服まで手が回るのは《御触書》クエスト参加者くらいだ。
その中でも服まで更新しているのは大多数とまではいかない。開拓はこれから、というのが正直なところだった。
「だからね、作ったの。ルヴィアちゃんに似合いそうな服」
「おっと、押し売りですね?」
「いらないの?」
「欲しいですけど」
というわけで、買うことになった。なんでも昨日、配信の終わり際に私がここに寄ると言ってから作ったらしい。
確かに「みんな広場に揃っているといいな」とくらいは思って零したけど、まさかここまでされるとは。嬉しいけど、なんとなく戸惑ってしまう。
「ってことで、これ。とりあえず着てみて」
「はい。……わあ、良いですねこれ」
「精霊になるって聞いたから、なんとなく精霊っぽくしてみたの」
手渡されたのでそのまま装備。上が短めのチュニックで、下はティアードスカートだ。柔らかなパステルカラーに飾りや模様があしらわれ、邪魔にならない程度にふわりとしている。全体的にガーリィな印象だけど、それでいていわゆるファンタジーな雰囲気も兼ね備えていた。戦士というよりは、かなりヒロイン寄りだけど。
その上から腰ベルトを締める。剣を装備したままベルトを替えると、自動で鞘が吊り提げられた。主装備の分以外にも、いくつか簡易装備ストックがあるようだ。
「スパッツがあるの、すごくありがたいです」
「ルヴィアちゃん、ときどき凄い動きするでしょ? 今後は流石になきゃダメかなってね」
〈ちくしょう……お嬢のパンツ……〉
〈これはこれで……〉
〈通報した〉
〈あちょま〉
〈*運営:十分間のコメ禁に処しました〉
〈有能〉
〈さすが運営有能〉
〈なんか普通に運営がモデレーターやってるの草〉
軽く体を動かしてみたけど、なかなか悪くない。というか動きやすい。昨日から履いている《プリマヴェーラブーツ》と合わせて、機動力は明らかに増していた。
比較対象が初期装備だったから、当然ながら防御力も上がっている。動きやすさ重視のつくりだから、そちらは特筆するほどの差はなかったが。
「うん、似合ってる!」
「ありがとうございます。いくらです?」
「セットで50000……って言いたいところだけど、今回はお代はいいわ。広告としてのプラスの方が大きいから」
「ああ、なるほど……」
これは本当にそうで、メインストーリーの印象が色濃いバージョン0では、攻略装備に直接の大きな影響を与えづらい生産は影が薄い傾向にある。具体的には、《錬金》と《裁縫》。
今は他生産職への卸売が中心になっている錬金はともかく、裁縫はこの影響が特に大きいのだ。グローブやブーツは装備として重要だけど、やはり武器防具には及ばないし。
そこでDCOそのものの広告塔である私が、裁縫スキルによる衣装替えを見せる。これで余裕がない層はともかく、ある程度の余力がありながら認知していなかった層は服飾に手を出すかもしれない。
……ただ、ホーネッツさんの真意はもうひとつ他にもあって。
「ほら、Vtuberの新衣装はいつも伸びるでしょ?」
これに対して私が何を思ったかは、もう各位の想像に難くないだろう。
逃れられぬ運命。VtuberとVRゲーム配信者の差が認知されるのはもう少しだけ後のことになります。
露店広場パート第二回、ハイムさん、ホーネッツさんのパートでした。
次回は木曜日。露店広場パート最後に、みんな大好き料理のお時間です。
一応ご報告させていただきますと、「異世界剣客」側がコラボ回の時系列に追いつきました。ネタバレを回避して飛ばしていた方、もしいらっしゃいましたら32〜36話を改めてご覧ください。
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