429.催促状でよかったのでは? ニムは訝しんだ
みんな、覚えておくといいよ。「いつでもいい」はね、本当にいつでもいいわけじゃないよ。
「言葉って難しいの」
「私もそう思う」
〈何があったんだ〉
〈急にどうした?〉
〈お嬢が急に難しいこと言い出したときは割と緊急性低いからまあ〉
〈とりあえず説明頼む〉
そうだね、まずは何があったのか話そうか。
クロニクルクエストが終わって貢献度算出も済み、報酬が出たのが今からちょうど一週間前の12月9日、月曜日のことだ。私は確認が翌日にずれ込んだんだけど、このとき報酬リストに付記されていた一文がことの発端だった。
「信頼度に基づく個人から個人への報酬は別途対面して受け取ることができます」。そしてこれに合わせて、代表してマナ様から「来るのはいつでもいいわよ」との言伝をいただいた。一部には移動するからと期限をつけたひとがいたようだけど、基本的にはみんなそんな感じだった。
勘違いしないでほしいんだけど、マナ様は堪え性がないわけではない。むしろ我慢強いほうで、でないと精霊界は任されない。
だけど、あのひとは本当に自分の眷属が好きだ。たぶんアメリアが見せているような同一属性の精霊への好意を、全属性に向けているんだと思う。
「そんなマナ様も最初はしっかり待ってくれていたんです。ただ、澄香さんや璃々さんがスキルを教えてくれはじめたあたりで様子がおかしくなって、『いいもの用意してるから待ってるわよ』と念押しという名の催促を入れてきました。14日、土曜日のことです」
「でもまあ、これは仕方ないというか、そりゃそうなの。先を越されてるようなものなの」
「なので私たちもさすがに罪悪感があって、空いているひとから精霊界に向かったのですが……私は週末、空いていなくて」
〈よかったいつものマナ様だ〉
〈圧を感じる〉
〈でも間接的になったあたり上手くなったなマナ様〉
〈まあ確かに〉
〈けっこう待ってるしな……〉
〈先越されてるもんな〉
そう、雫さんや露喰姉妹周りのような救われたばかりの面々には快く譲っていたようだったけど、澄香さんや璃々さんより後に回されるのは首を傾げるところだったんだと思う。これについては遅れると殺到しかねないとか、紹介案内役として早く行かないといけなかったと説明して納得してもらったんだけど、「それはそれとしてそろそろ来て♡」というのは至極まっとうなお言葉だった。
なんだけど……私は週末は事前に埋まっていた。土曜日はテレビ収録があったし、日曜日はアメリアとの約束があったから。
これもわかってくれてはいるのだ。ただ、さすがにそろそろ限界だったようで。
「それでマナ様何しようとしたかわかります?」
〈何したん?〉
〈マナ様だからな……〉
「今日ギルドハウスにログインしたら、督促状が届いていました」
「督促状ってなんなの?」
「税とかの支払いを催促する通知」
〈わざわざギルドハウスに!?〉
〈直接メッセージ送っときゃいいのに……〉
〈マナ様も配信がわかってきたようですな〉
〈うわマジだ督促状って書いてある〉
督促状って普通は「早くよこせ」というものなんだけどね。逆に「早く受け取れ」の督促状は初めて聞いたよ。
あのマナ様がこんな芸までできるようになって、私は軽く感動してしまった。いつだかに掲示板でアメリアにやり込められたと伝え聞いたんだけど、それ以来あのひとも成長してきているようだ。
「というわけで、今日はクロニクルミッションの個人報酬を受け取りに行きます。普通は報酬の一環としてもらって終わりのものですが、私の場合どのくらいかかるかわからないので今日は他の予定はありません」
「何ヶ所巡ることになるの?」
「十何ヶ所だと思う?」
「もうだいたいわかったの」
〈二桁なのかよ〉
〈やっぱどこ行っても貢献度出してたスーパーヒーローは違うなあ〉
〈複数あったら只者じゃないんですよ?〉
〈芸人二人が三箇所とかでマウント取ってたのがバカみたいじゃないか!〉
あの二人の強さで三ヶ所止まりはそれはそれでサボりすぎだと思うけど……まあ、二桁に到達するのは手広く攻略に参加しつつコンスタントに実績を出し続けていた一握りなのは間違いない。
そういう浅く広くな指数は私向きなものでもあるから、こういうところではちゃんと主張していかないとね。
というわけで、最初は精霊界から。
「待っていたわ!」
「でしょうね。お待たせしました」
「ルヴィアは来れる最初の日に来てくれる偉い子ね。全体の半分近くが一昨日にも来れたのに昨日来たのよ」
「みんな聞いた? このひとに『全員で押しかけたら疲れて大変かもしれないから分かれて行こう』は不要だよ」
私も一応聞いていたけど、私以外の九精霊とカレンちゃんが一昨日、それ以外が昨日来ていたらしい。我慢という言葉が辞書にどう記されているかちょっと気になるマナ様もマナ様だけど、二期精霊のみんなもそろそろこのひとに慣れてね。
ただ、二週間前からのアメリアとの約束を「来れる最初の日」にカウントしないようになったのは、マナ様も成長したなと……だいぶ不敬だねこれ。
「みんなは今回、ここで《トワイライト・ブラスター》を受け取ったそうです。なので私は何を渡されるのかわからない状況なのですが……」
「大丈夫よ、安心して。さすがの私でも、あれほどのものを二つも渡したら怒られるもの」
「今さすがの私でもって言ったの」
「自覚あったんだ……」
〈草〉
〈お嬢けっこう言うよな〉
〈でも言うよこれは〉
〈マナ様がちゃんと自重してる〉
〈やっぱ環境さえ変われば人は成長するんだなって〉
そう、ここにきて《トワイライト・ブラスター》は大幅に増えた。もともとあくまで首飾りに付随した想装奥義だと知らされていたそれは、もれなく首飾りを送られている精霊はみんな使えるものだとはわかっていたのだけど、それが回収された格好だ。
実際のところ、シンプルな火力技だからこそ替えのきかない活躍は今後しづらくなっていくだろう。とはいえ安売りするには強すぎる技なんだけど……最悪剣がある私と違って、ほとんどの精霊はMPが切れたら本当に戦力外だから許されたのかな。
ともかく、他の人に対するマナ様の報酬は、私はもう持っている。だから別のものになるだろうとは思ってきたんだけど……。
「はい、どうぞ」
「……首飾りの強化?」
「ええ。エーテルも口に合わなかったようだし、精霊界には物理的なものは少ないもの。こういう強化が一番役に立つと思ったのよ」
「実際、そうだと思います。ありがとうございます、マナ様」
真新しいところがあるわけではない。単純に《精霊王の首飾り》を強化してくれた。
もともとはSPDとMDEF、それからMPリジェネというラインナップだった強化項目に、MP最大値上昇というとても嬉しい効果が追加されている。このあたりはリジェネだけでも破格だった当時と、どの装備も欲しい強化が複数あることが当たり前になってきた今のインフレの差を感じるね。
そしてもうひとつが、トワイライト・ブラスターそのものの強化。説明文によると……。
「…………『セーフティ外に限り、首飾りへ事前に最大値の50%までのMPを込めておくことができる。こうして込めた魔力を消費して、《トワイライト・ブラスター》は追加の威力を持つ』……?」
「書いてある通り、込めた魔力は一時間で霧散するから気をつけてちょうだい」
「つまり最大火力が1.5倍になったと?」
「ええ」
「あのトワイライト・ブラスターが!?」
〈はぁ!?〉
〈いや待てって〉
〈マジで言ってる?〉
〈まあ調整ムズいとはいえよ〉
〈ただでさえお嬢のトワブラって最大瞬間火力トップクラスなんだぞ!?〉
〈いややってるそれは〉
マナ様、ちょっとその「今回は自重しましたよ、地味ですよ」みたいな顔やめてくれない?
確かに今後は搦手や特殊効果、条件火力の恩恵が増えてきて、純粋な無条件高火力の重要性は相対的に下がっていくだろうとは言ったけど。「だから火力五割増にします」はちょっと挑戦的すぎないかな。
まあすぐに自然回復するセーフティでは込めておけないことや、込めてから一時間で消えてしまうことは調整要素だと思う。だけどさ、セーフティのすぐ外で込めてからセーフティに入れば込めた分だけ回復するのだ。それにダンジョンのボス前にすらセーフティエリアはある。
「つまり忘れていなければ、ボス戦が一時間以上かかりつつセーフティにも戻れない状況でない限り発動できるということで」
「しかもルヴィアがほとんど空の状態からですら、込めた分だけでまとまった威力を出せるってことでもあるの」
「そうなんだよね。……運営さん、不具合修正するなら今のうちですよ」
〈なんだ全然抜けられるじゃん〉
〈別に50%分のポーション許容が先に要るわけですらないのかよ〉
〈MP空でのトワブラが火力出せるのが一番ヤバそう〉
〈*運営:仕様です。冒険しました〉
なんと仕様らしい。抜け道が多い条件だと思うんだけど、攻めたね運営さん。
でも正直、他の人が獲得する前に「セーフティに入ると込めた魔力は霧散する」が追加されたりしてもおかしくないと思う。それでも余裕で強いくらいの効果だから。MP50%分のポーション許容量って、トワイライト・ブラスターの倍率を考えると別に重くないもの。
まあ意味的には間違ってはない。




