428.誰々の穴を埋める活躍、をした人が埋めに行って空いた穴が埋まらない
当然こんな状態の場所を放置するわけにもいかず、勇者一行はこれの解決を図ることとなる。カミーユへの協力要請に続いて伝令を通じての女王アメリアからの指令だけど、こちらは一つ前と違ってかなり申し訳なさそうな様子が垣間見えたのが印象的だ。王族の暗殺というやむを得ない事情があったとはいえ、本来は政権がすべきことだからだろう。
背中から刺されるのは嫌だというやや後ろ向きな理由ではあったものの、それを受けてイアルカを訪れた一行。さっそく調査、まずは住民への聞き込みを始めてしばらくした頃、待ち人は向こうから訪れた。
“
「ねえ、きみたち」
「っ!?」
「……どうした、君は」
「この街の実情について調べてるんだよね? それなら、力になれるよ」
”
「……というわけで、予告PVに登場していた最後の一人。シズカ・チリューの登場です。とても優秀な斥候で、勇者たちを度々助けてくれます」
『シズカもずいぶん立派になっていますね。四年後はこうですか』
「可能性だけどね。自分でイアルカを治めているとはいえ、しっかり押さえて取り立てているのがさすがというか」
『いえ。こと彼女については、向こうから助けを求めてきたのです』
「ああ、じゃあ“間に合った”んだ」
セイサガ履修済前提の会話になってしまって申し訳ないんだけど、このシズカこそが勇者パーティの最後のメンバーだ。勇者アレクシス、聖女ミア、騎士ヨーゼフ、魔術師セレスティーネ、そして斥候シズカ。この五人がセイクリッド・サーガのメインキャラクターである。人によってはアメリアもメインに含めるけど……そこはまたいずれ。
このシズカは端的にいえば、超優秀な探索者。いわゆる盗賊タイプのエキスパートだ。セイサガはシンボルエンカウント式のコマンドバトルRPGなんだけど、戦闘突入の際に不意打ちボーナスの概念がある。シズカの加入後、彼女のスキルをオンにしていると、明らかにこの不意打ちの成功率、そして敵の不意打ちを防ぐことができる確率が跳ね上がるのだ。ストーリー終盤で彼女が戦闘不能状態だと、敵からの不意打ちと罠でかなり苦労する。
なんだけど、最初はこのように戦闘要員ではなく単にストーリーのキーキャラクターとして登場する。実際シズカは戦闘能力については他の四人ほど高くはなく、レベルアップこそ早いもののステータス面ではどうしても劣ってしまう。
それでも自分にできることを模索しつつどんどん強くなっていく様子が魅力のキャラなんだけど、そんな彼女が加入するのは彼女が抱えている問題が解決してからのことだ。
『……シズカの父親が優秀な役人であることは、わたくしの知るところと同じですね。実際、この世界では立場を奪われていることも納得です』
「その言い方。やっぱり幻双界では未然に防げているみたいだね」
『わたくしがイアルカに入ったところで、ちょうど追放されそうになっているところだったのです』
そもそものイアルカ編のストーリーなんだけど、主要人物として用意されているのは二人。終始情報提供してくれるシズカと、味方陣営である《レジスタンス》の首魁であるその父だ。ちょうど今アメリアが進めているようにシズカへの指示を絡めて領主の不正の証拠を揃えて、メッセンジャー経由でアメリア女王にお墨付きを出してもらって、警備隊から領主に抱き込まれていない者を炙り出してこちらに引き込み、最後に大捕物を演じる。
前半はシズカ、後半は暫定的に後任ということになった父親が主に手助けしてくれるんだけど……。
「……また鮮やかな」
『んー? あれ、情報取りきってないよね?』
『はい。ですが、これで絞り込めるので』
「アメリア。それ初見プレイでやるルートじゃないよ」
〈あれ〉
〈今花屋スキップした?〉
〈RTAかな?〉
〈初見でこの時点で足りてるってノンストップでわかるのやべえ〉
〈これが本職ですか〉
〈ガチ為政者にとっては簡単すぎたかぁ〉
〈*フリューリンク:でもルヴィアも初見で気づいてたよね? 飛ばしはしなかったけど〉
〈えっお嬢?〉
〈人のこと言えないのかよ〉
まあ気付きはしたけど、飛ばしはしなかったよ。実際に飛ばす判断ができているあたり、それに確信を持てている分だけ格上だと思う。あと飛ばせるなら飛ばして早い解決を図るあたりに感情移入というか、臨場感を持っていそうだ。
これは二周目以降、特にRTAで用いられる「花屋スキップ」という行動だ。このあたりの情報収集パートは必要な情報をゲーム中で揃えて選択するまで次に進めないんだけど、実は花屋で聞ける情報は取らなくても他の情報だけで進行できる。
そういう構造を実際にやって理解して、早くとも二周目になってから使うものなんだけど……アメリアはリアルタイムで手に入れた情報を整理しただけで、もう大丈夫と判断して拠点に戻り決定ボタンを押したのだ。
実際、推理によってはそうだとわからなくもない情報が散らばっているものなんだけど……そもそもここはそんな高度な推理が必要な場面ではない上に、アメリアは今ほぼ思考のために操作を止めていなかった。つまり情報を受け取っただけでもうわかってしまったということになる。
『これはゲームとしてそういうものではないとは承知の上ですが、作戦は可能な範囲内で素早く。敵が存在する以上、成功率を上げるためには無駄なことはしていられないものですから』
『ほんとしっかりしてるよねー。これで王様にはならないんでしょ?』
『兄がおりますので。こと王の資質にかけては、わたくしよりもありますから』
『つまりこれはどっちかというと、ルヴィアちゃんへのアピールなわけだ』
〈シミュレーション的な?〉
〈リアリティを持ってやってるってことか〉
〈だとしてそうできるほど確信できてるんだな〉
〈アメリア様より王に向いたお兄様……いったいどんな〉
〈それを失ってるんだからそら痛いわなセイサガアズレイア〉
〈アピール!?〉
〈お嬢のこと好きすぎるだろ! いいぞもっとやれ!〉
設定資料集も開発者インタビューもチェック済のセイサガ好きを自称する私が知らない情報だったから未公開ものだと判断して言っていないけど、アメリアは私には個人的な雑談として兄王子の話をしてくれたことがある。ああ、アメリアの好きなタイプだな、とわかる人物だった。
……というか、アメリアのタイプが兄に引っ張られているのかもしれない。精霊になったことで関係のない話になっていなければ、きっとアメリア自身の重要度も相まって結婚相手は難しい問題になっていたことだろう。
……アイリウスはそれを聞いて「ルヴィアと似てるの」とか言っていたけど、私はそこまで自惚れる気はない。同属性精霊への補正込みで向けられている好意だけでお腹いっぱいだ。
イアルカ編はセイサガ本編ストーリーのうち前半戦では難関であり山場だけど、それは生半可な準備で来た場合の話だ。これまでと同じ感覚で来ると面倒な理由はイアルカ内での補給がほぼ無理筋なことだから、事前準備があれば大幅に楽になる。
その点でアメリアが普通の初見プレイヤーと違ったのは、自身が数年前のイアルカを手ずから立て直した記憶があったことだった。事前に「イアルカはちょっとヤバい」という話はしていたものの、アメリアはほぼ自発的にイアルカ進入前にできる準備を尽くしていた。
“
「ボクもついて行くよ」
「なんだって?」
「ですが、この旅路はとても危険なもので……」
「だからこそだよ。……正直、見てらんないんだ。きみたち、このままだと絶対不意打ちで痛い目見るよ」
”
準備万端で臨めば、イアルカはちょっとばかり……いや、かなり人間の醜さを見せつけられるだけ。経験済だからか、それともそのくらい気にもならないメンタルが備わっているのか、顔色ひとつ変えずに鮮やかにクリアしてみせたアメリアの画面では、クリア後イベントでシズカが加入を言い出しているところだった。
このイアルカ編では決戦時、同行していたシズカが敵の不意打ちの気配を察知して防ぐ大手柄を挙げていた。
“
「確かにきみたちはいい戦いをするけどさ、斥候は足りてないんじゃない? ミアはいい目をしてるけど、なんというか……自分たちから動く見方をしてて、受け身は危なっかしい」
「……っ」
「だがなぁ……」
「そりゃ戦いではきみたちに敵わないけどさ、ボクは目鼻は利くんだ。罠とか不意打ちは防げるし、役に立てる」
”
『……このあたりは、わたくしの知るシズカとは異なるところですね。ミアもですが』
「そうだろうね。イアルカ矯正が間に合ったなら、そもそもシズカが路地に潜伏する必要も機会もない」
『ええ、幻双界における彼女は優秀な文官候補生です』
そうなるよね。アメリアが始まる前に収めたイアルカでは、シズカが本編中で見せる技術を身につける機会そのものが失われている。代わりに役人の立場に留まれた父のもとで、きっと質のいい学びを取り込んでいるところなのだろう。
そんなシズカ、ここでミアの伏せられた能力にしっかり気付いている。そしてこのアメリアの物言いだから、ミアについても幻双界のそれはセイサガ本編中の彼女とは違うと。
たぶん、ネタバレになる。みんなも本人が出てくる前にセイサガを履修しておこうね。コミカライズでもいいから。
というか、これはおそらく、早い段階でアメリアにセイサガを、つまり地球で自分たちがどんな印象を持たれているかを見せておいて正解だったね。最近のアメリアは自分たちや故郷について、カメラの前では言い方を選んでくれている。
“
「……いいんじゃない? 確かに私たちは、探索は苦手だもの。この間の不意打ちなんて、なんの言い訳もできないわ」
「でしょ? だから、役に立たせてよ」
「ただし。最低限、自分の身は守れるようについてくること。そこは譲れないわよ」
「もちろんさ」
”
「このセレスティーネは、マナ様が話してくれた昔のセレスさんをかなり薄めたものとほぼ同じです」
『それ同じって言わないの』
『むしろ、厳しく凝縮した今のセレスに近いかもしれませんね』
「中間、ってことかな。もう私たちからしたらあの人の印象はコメディリリーフでしかないけど……」
最初に加入を承認したのは、自分も後から加入した身であるセレスティーネだった。不意打ちされかけたときに誰よりもシズカに感謝しつつ自分を戒めていたから、これは予想がついた人も多いかもしれないね。
他の三人もただシズカを危険な戦いに巻き込みたくなかっただけだから、自分たちの至らなさと正論を軸にこうまで食い下がられれば突っぱねることもできない。こうしてセイサガの勇者パーティが完成して、イアルカ編は幕を下ろした。
「キリもいいですし、今日はここまでですね」
『……うん、クオリティ高いねえ! がぜん自分でもやりたくなってきたよ!』
『そうですね……ひとまず、エルヴィーラ様に相談しておきましょう』
『うんよろしく! わたしも付き合ってくれる来訪者を探しとくから!』
とりあえず、お気に召したようでよかった。女媧さんがこう言うなら、こちらのゲームは幻双界でも通用するとみていいだろう。……メタいことを言うと、あっちもこっちも九津堂なんだからそういう言われ方になるのは当たり前だけど。
まあ、女媧さんの地球ゲームへの道は大きく前進したはずだ。こうして私の配信で取り上げたこともあって運営さんにも若干の圧がかかっているし、エルヴィーラさんにも話が通ることになったわけだから。
アメリアが国王の穴は埋めたものの、イアルカはその割を食ってこんなことに。
手が回らなかった場所がこんなことになる魔王脅威の時勢、国の体裁を保ち続ける16歳女王。傑物ですね。