425.舞踊の伝道師と踊りのプロたちと一年間踊らされていたお嬢
前話の前書きにもありましたが、直近、具体的には60話あたり以降の「10分でわかる月雪フロル」の非常に重大なネタバレを含みます。両方お読みの方はあちらを先に。
こちらのみの方はお気になさらず。ただの新キャラです。
捕獲完了。
「うぅ……」
「なんで逃げたの都ちゃん」
〈そらそうよ〉
〈逃げ切れるわけないんだよな〉
〈相手飛行持ちだぞ?〉
〈みゃーこってこんな奇行種だったっけ〉
奇行種ではあると思うよ。電ファンはほぼ全員そうだし。
じゃなくて。
電脳ファンタジア四期生追加メンバー、古宮都は少し特異的な経歴を持つライバーだ。詳細は敢えて省くけど、「瓢箪から駒」という言葉がよく似合う。なにしろ初登場は公式番組の、それも本人のいない場面だった。
DCOをやっているのは知っていたし「幻双界Vtuberのつどい」でチャットでは話したこともあったんだけど、対面するのは初めて。その初対面で視界に入るやいなや逃げられたから、ちょっとショックだった。
「あ、あの、離し」
「じゃあこのまま突発コラボしよっか」
「あぅ」
かわいい。ここだけの話、都ちゃんは元々チェックしていた一人でもあった。いいキャラしてるんだよね。今はそれとは似ても似つかないカリスマブレイク状態だけど。
彼女は魔術型寄りのビルドの猫獣人だけど、それでも獣人ということもあって精霊よりは確実に身体能力が高い。首根っこを掴み続けるのはさっきも露呈した私の貧弱STRでは難しいから、ここはひとつ物理型の子に協力を仰ぐことにしよう。
「フロルちゃん」
「らじゃー」
「えっ、ふ、フーちゃん?」
「だから諦めろって言ったのに」
「うらぎりもの……」
〈草〉
〈てぇてぇ〉
〈フーみゃたすかる〉
〈ツルまで使ってる……〉
〈容赦なさすぎて草〉
ちょうどそこにいた、というか二人で配信していたフロルちゃんに捕まえておいてもらう。フロルちゃんとの以心伝心なら私だって負けていないのだ。
両手でそれぞれ手首を、おまけにツルで足首をがっちり捕獲。……ここまでやらずともハラスメント警告は出てしまうんだけど、都ちゃんは器用に通報ポップアップのバツボタンを押している。それが答えだ。
私とて自分が万人に受け入れられる立場かといえば首を振りかねるし、どんな人でもそれを嫌う人は存在するものだ。そこまででなくとも敬遠されるならそれもまた仕方ないと割り切っていたんだけど……今のを見て意見が変わった。
私も配信者になって9ヶ月だ。今のコラボ相手も話を聞いていた相手も置き去りにした即逃走がエンタメ的なそれであることくらいわかる。だからこそちょっと逃がせないというか、ね。
「で、なんで逃げたの?」
「そ、それは……そのぉ」
〈それよ〉
〈みゃーこらしくもない〉
〈自分の配信ではかっこいいとか言ってたのに〉
〈クラ限でフロルとお嬢の初コラボの日は長電話(相手不明)の上で眠れなかったとまで言ってたのにな〉
〈認知されたくないタイプのオタクか?〉
〈フーちゃんにも向こうから距離詰められたよわよわ女ですし〉
目を逸らす都ちゃん。ちょっと拘束を強めるフロルちゃん。……そこまではしなくていいよ、センシティブタグを用意しておきながらそういうことするから二次創作でタチばっかりやらされるんだよ。
それにそう、都ちゃんらしくもない。彼女はなかなかの直情径行タイプで、何事も当たって砕けろな元気っ子…………ちょっと待って。
「ねえ都ちゃん」
「は、はい」
「9月7日」
「(びくっ)」
「私に長電話かけてくれたりした?」
「あ……あ…………」
「だから言ったのに……」
〈ん?〉
〈おや……?〉
〈9月7日って〉
〈釣りコラボの日ですな〉
〈電話?〉
〈え???〉
〈えっ電話の相手ってもしかして〉
〈みゃーこさん?????〉
うん、明らかだね。もうシラを切ることすらできていない。挙句にフロルちゃんのこの反応、遠回しに肯定されてしまっている。
そっか、双葉なんだこの子。
…………なんか、妙に納得がいった。
「……もともと、どっちだろうとは考えていたんですよ。フロルちゃんが手ずから連れてきて、sperも仲がよさげだった都ちゃんが、私も知っている人かどうか」
「うん」
「私も二人の交友関係を把握しきっているわけではないので、知らないところで付き合いがあるのかもと思っていたんです。ただ……共通の友人の中に、月雪フロル限界オタク女がいて」
「もうやめてぇぇぇ……!」
〈みゃーこも友達だったと〉
〈やっぱやべえなお嬢の交友関係〉
〈月雪フロル限界オタク女〉
〈デビュー前からそうだったのは有名な話だから〉
〈かわいそうに……〉
前にも言ったけど、私は友人にはもっと距離を詰めてきてほしいと思っている。中でも双葉はかなり親しいと思っている中では最後の砦で、他にも増して彼女だけでもどうか一緒に遊びたいと思っていたのだ。
それが都ちゃんだったのだとしたら、ちょっと思うところはある。電ファンハウスのオフコラボのときに部屋から出てきてくれなかったことにも、とっくに近づこうと思えばできる関係だったのに「圏外組になったら」なんて逃げられたことにも。
まあ仕方ない。都ちゃんにも不安はあったろうし、いろいろ事情があるのもわかるし、現にフロルちゃんには少し苦労させてしまっていたし。
ただ、こんなことならもう少し電ファンの内部事情に首を突っ込んでおいてもよかったと思ってしまった。向こうから関わってほしいとせっつかれているのを断っているのは、ちょっともったいなかったなと。
「…………これだけ情報が揃ってたのに、案外気付けないものだね」
「ま、私たちも神経擦り切れるくらいいろいろ気を遣ってやってるからね。ルヴィアさん……もういいや、ルヴィアくらい鋭くてもちゃんと効果があるってわかって安心してるよ」
「ついに身内向けの口調になったです」
「やっぱりフロルちゃんの口調はタメ口のほうが安心感あるねー」
「こっちの二人は完全に野次馬根性なの」
「それでも見抜いてくるのなんて収録に居合わせてたくらいの追加情報でもないと」
「収録に居合わせてた……?」
「あっ」
フロルちゃん、都ちゃん。二人とも、配信終わってから集合ね。裁判しなきゃいけない相手ができたから。
…………さすがにそろそろ本題に、というか置き去りにしてしまっていた人の話に戻ろうか。
何もこの場には私たちと都ちゃんたちしかいなかったわけではない。むしろもう一人が主役のイベントのはずだったのだ。その当人は今の泥沼会話を目を輝かせながら聞いていたけど。
「……その、お騒がせしました。話の腰を折ってしまってごめんなさい」
「いえ、いえいえいえ! どうぞお構いなく、御三方の仲睦まじいところはとても目の保養……じゃなくて、拝見しているのが苦ではありませんから!」
「……こんな子だったですか?」
「うん。実はこんな子だったんだよね、璃々さんは」
黒神璃々。ここ城宿の城主であり、紗那さんの実の娘だ。外見は母親とそっくりで、クレハに限らず誰でも一度は見間違えるほどなんだけど……このように、いざ喋らせるとけっこう違う。こんな子呼ばわりするには実は年上なんだけど、ちょっと癖が強いところがあるんだよね。
城宿はクレハたちが中心になって攻略したから私との接点はさほどはないけど、それでも必要に駆られて連絡先は持っている。あとは精霊ゲリライベントのとき、助っ人に来てくれた中で目立ってもいたかな。
「それで、そちらも《舞踊》を教わりに来てくださったんですか!? ルヴィアさんですか!?」
「クレハさんのときと全く同じ反応してるです」
「これ璃々さんの方もわざとやってくれてない?」
「喜んでください璃々さん、こっちの二人は元々ダンサーです」
「なんと!!」
「あしらい方はルヴィアさんの方が手馴れてるね」
ではそんな璃々さんが今何をしているのか、どんな役割を持っているところなのかというと、本人も言った通り《舞踊》の伝授だ。ついさっきの《状態異常魔術》と同じく、新しいスキルのプレビューだね。
これはあくまでバージョン2の新スキルを先行公開しているだけという扱いらしくて、今のところ教えてくれる当人から直接受け取る以外の取得方法が存在しないらしい。しかもスキルレベルの上昇もロックされているから、ただコネクションを持つ一部のプレイヤーがレベル1アーツを試し撃ちするだけの状態なのだとか。
「で、ルヴィアさんも」
「あれ、あしらえてないな……」
「もしかして歌の二の舞い?」
「なんでフロルちゃんは嬉しそうなの?」
「二の舞いはよくない意味のときに使う言葉だよフーちゃん」
〈お、やるのか?〉
〈期待〉
〈これはルート入りましたな〉
〈知らなかったのかお嬢、フロルはこういうやつだぞ〉
知ってるよ、この二人のファンクラブには開設と同時に入ってるんだから。「みなみのおさななじみ」という定型ネタになって殴り込まされたのも一度や二度ではない。……さっき言っていたファンクラブ限定配信での長電話発言は知らなかったから、たぶん私が配信している間にやっていた回だろう。
元々は本当にただの友達の友達くらいのつもりだったし、配信中に水波ちゃんが話したことを踏まえたほんの一発ネタのつもりだったんだけどね。当時の私は想像だにしていなかったけど相手は以前からの友達だったし、それ関連の会話をリアルタイムでごまんとした記憶がある。たぶん最初にやったその時にもうバレていたんだろうな。
「歌はともかく、踊りは全くの未経験ですよ私は」
「そりゃそうなの。ジョギングも怪しいルヴィアがダンスなんてできるわけないの」
「誰でも最初は未経験だよ」
「ここでなら踊りですら済まないようなヤバい動きいっぱいしてるです」
「みゃーこも気になるよね?」
「もちろん。どうせできるんだろうなっていう確信があるくらいだよ」
「普段ならそろそろ認めざるを得ないところだけど、この空間でそれを受け入れるのはものすごく抵抗がある……!」
〈どうせできるんだろ知ってるぞ〉
〈お嬢にできないことはない(確信)〉
〈なんならもう踊ってるようなもんだろ戦闘中に〉
〈ここのダンス偏差値ぶっ飛んでるのはそう〉
〈まあ頑張れお嬢〉
舞踊の教え手本人を除いても、ベータ時点で私に関わってもないのに即バレしていたカレンちゃん、そのカレンちゃんに連れられてきたことで名前だけで割れたアズキちゃん、そしてライバーの中でもアイドル能力が特に高い二人だ。冗談抜きで私以外全員プロである。
私自身不思議と全く踊れないことはないだろうと思えてはいるけど、さすがにこの五人に囲まれて基礎からダンスレッスンするのを10万人に見守られるのは、あまりに公開処刑というか……。
「でも舞踊の仕様的に、クレハさんはともかくルヴィアは案外実用性あるよね」
「使えるものを誘われてるんだから、ルヴィアちゃんも公式プレイヤー的には美味しいと思わない?」
「全部バレたからかフーみゃがぐいぐい来る……」
「受け取ってくれるんですか……?」
「……ルヴィアさんは10万人の前でこの顔を無視できるの?」
「…………よろしくお願いします」
「ミッションコンプリートです」
「恐ろしい同調圧力だったの……」
〈せやな〉
〈お嬢なら使えるぞこれ〉
〈使えるもんなら見せてくれるよね?〉
〈公式プレイヤーだもんなぁ〉
〈お嬢、璃々ちゃんを泣かせるのか?〉
〈璃々さん迫真の泣き落とし〉
〈はい落ちた〉
〈なんやかんや断れないよねお嬢って〉
〈そんなお人好しなところも好きだぞ☆〉
だめだ、最近周りが断れない詰め方を会得してきている。理と情のどちらかを割り切ることはできるように普段から意識してはいるけど、どちらも潰されたら無理な逃げ方ができないのがバレてきている。
誰がこんなこと広めているんだろうね。……まあ見当はついているんだけどね。
これだけで確信されるくらいには信用されてる。なにしろこの幼馴染たちはこういうのには担当というものがあるので。




