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42.そもそも下町感があんまり出てないとは言わないでおこう

 電話が鳴っていた。

 それを目覚まし代わりにのそのそと起き出して、一つ伸びをしてから出る。その第一声は、


『お姉ちゃんかっこよかったよ!』

「ありがと」

『めっちゃ寝起きの声じゃん』

『可愛いななんか』


 妹よ、朝配信で起きているかもわからない相手に電話をかけないでおくれ。国民的若手俳優と世間に寝惚け声を聞かれた私の気持ちを考えてほしいんだ。


『今日何するの?』

「街歩き。…………もしかして、見てるの?」

『合間にみんなで』

「ごめん初耳」


 朝から特大の爆弾を投げ込まれましたが、私は元気です。








 さて、今日はフリーだ。特にやることがない。レベルはカンストしているし、プレイヤースキルを磨こうにも現状のMobでは物足りない。特に進めるクエストもない。さっきまで配信外で素材狩りはしていたけれど、だんだん飽きてきた。


「なので今日はゆっくりしましょう」


〈おー〉

〈たまにはそういうのもいいな〉

〈メリハリは大事〉

〈もう夜だけどな〉

〈露店広場?〉


 とはいえ、コンテンツはとりあえず一つ用意してある。そのために今夜は王都の広場に来ていた。

 広場には数件の露店とそれを仕切るプレイヤー、それぞれの店へ訪れる客。どの店もなかなかの賑わいだ。


「というわけで、“露店広場”にやってきました」


 露店広場。この広場についたあだ名だ。毎日のように生産職プレイヤーが露店を開いていて、NPC商店街もかくやの盛り上がりも見せている。

 中でも各生産スキルをそれぞれ初めて職業にした6人はここを本拠地さながらにしていて、代名詞のような状態になっている。彼らは先駆者ならではの試行錯誤と一日の長がある分、生産品のクオリティが頭一つ抜けて高いのが特徴だ。

 もっとも、人気と生産量の限界によってかなり高騰しているけど。最上位プレイヤーが進んで金貨を積んだこともあって、そこに反感は買われていない。需要と供給だ。


「何お上りみたいな反応してんだお嬢、お前さんここの常連だろ」

「あっちょっと、せっかくローカル局の紹介番組みたいな雰囲気作ってたのに」


〈草〉

〈草〉

〈お嬢……〉

〈既視感あるなとは思ったんだ〉


 はい、真面目にやります。


「気を取り直して。ここ“露店広場”は、主に最前線プレイヤー御用達の高級専門店街です」

「俺達は下町感を出してるつもりなんだが」

「ガインさんのところの一番安い片手剣、いくらでしたっけ」

「……40000エルだな」


〈たっか〉

〈マ?〉

〈NPCの一番高いのでも50000エルだぞ〉

〈いや草だわ〉


 この値段で下町は無理でしょ。

 というわけで、彼が今のトップ《鍛冶師》のガインさん。ずんぐりしたドワーフの男性で、大方のイメージ通りの……イメージ通りすぎる姿形をしている。ブランさんはつい最近まで彼の剣を使っていたから、あちらの配信ではたまに見かけるね。カナタさんも彼の顧客だし。

 あとは、クレハの刀もそうだ。ジュリアとやった決闘を見られていたようで、特に気合を入れて鍛えてもらったと本人が言っていた。


 開いている露店はまさに鍛冶屋といった様子で、並んでいるのは武器防具。大小の剣や鎧、槍にメイス、珍しいところだと、《投剣》スキル用のスローイングピックなんかもあった。……ただ、総数はあまりない。生産が追いついていないのだ。

 鍛冶師は特に人気な生産職ということもあって、その中のトップランナーと目されるガインさんの商品はどれも恐ろしく高品質だ。最前線プレイヤーなら誰もが欲しがる、ガイン印の謹製武器。

 私ももし魔剣がなかったら、今頃は彼の剣を握っていただろう。今目の前にある全てを凌駕する唯装がおかしいだけで。


「せっかくだ、何か持って行ってくれや」

「でも、お高いんでしょう?」

「トップクラスの金持ちが何言ってやがる」

「ふふ、全くですね。……そうですね、篭手をください。軽くて硬いのを」

「おう。例のオプションはつけるか?」

「はい。お願いします」


〈めっちゃ仲良いじゃん〉

〈マジで顔見知りなんだな〉

〈配信外でこんな面白いとこ何度も来てたのか〉


 そんなこんなで、ガインさんからは薄手の篭手を購入。トップ鍛冶師とあって、性能は間違いない。

 腕の見せどころということなのだろうか。プレイヤーメイドの装備は細かい調整が可能で、これを上手く合わせると性能や機能性が上がる。逆にNPC品と違って、サイズが合わない時のマイナス補正も大きい。

 私の手に合わせられた篭手を受け取って、続いて私は他の露店を覗くことにした。








「おうお嬢、こっちも紹介してくれや」

「紹介って」

「紹介番組だとか言ったのはお嬢だろうに」


 そこへ真っ先に声をかけてきたのが、《木工師》のクリヌキさん。ガインさんと同じドワーフの男性で、こちらの方が少し背が高く顔の彫りも浅い。とはいえドワーフらしいビジュアルには違いなく、やはり私よりもかなり小さかった。

 ドワーフの平均身長はおよそ120センチ程度だから、私よりもさらに頭一つ半くらい低い。これが戦闘には痛いそうだが、その分事前の想像以上に細かい動作に長けるらしい。


「というわけで、二人目ですね。クリヌキさんのことも、ブランさんの配信を見ている方ならご存知では?」

「ま、大半が初めましてだろうな。配信の規模が違いすぎんだろう。……ワシはクリヌキ、木工師をやっとる。木工ってえと鍛冶より想像がつきにくいだろうが……」

「こんな感じですね。弓矢や魔法職の杖、他にも小物とか」

「将来的には家具なんかも作りてえんだがな。買い手がいなきゃ仕方ねえ」


 将来的な話にはなるけれど、確かにプレイヤーが家を持つ時期もいずれ訪れるだろう。その時には木工の幅は大きく広がる。ずいぶん先になるだろうけど。

 ……ここ、実は少し引っかかっている。ゲーム内のバランス調整には定評のある九津堂が、そうも木工にばかり気の遠くなる話だけ用意するだろうか。






「そういえば、新しい素材が見つかったんでしたっけ」

「ああ、少し前にな。おかげで今は杖と弓が大忙しだ」

「金属はまだなんだがなぁ。ま、今新しいのを持ってこられても困るが」


 このゲームでは生産素材の採集にも専門職がいて、彼らは日々素材の収集に精を出している。主に金属を採る《採掘》と、木材などを採る《伐木》に大別されていて、その他の小物なんかも彼らが採集することが多いそうだ。

 もちろん戦闘職のプレイヤーも素材を採ることは多いけれど、特化した技能が必要とされるのがその二つ。物好きと侮るなかれ、彼らの貢献は既に無視しがたいものがあるのだ。

 現に《採掘》は今も《御触書・参》のひとつの推奨スキルとなって八面六臂だし、《伐木》はこうして新たな素材を発見している。戦闘職に限らず、既に多くの職業が攻略に深く絡んでいるのだ。


「ワシの所からも……と言いたいトコだが、スタイルが合わんだろうしな。エルジュの奴から買っていってくれや」







 さて、次はクリヌキさんからご紹介預かった彼女の番だ。


「やあやあルヴィアちゃん、待ってたよー」

「お待たせしました、エルジュさん」

「ま、あたしの他にあと三人いるんだけどね」


〈かわいい〉

〈かわいい〉

〈またかわいいのが増えた〉


 さらに隣の露店の主がこの兎獣人、名をエルジュ。ぴんと伸びた兎耳とショートヘアの水色髪がやたらとマッチした、やや小柄の美少女だ。ちなみに背は耳を除いても私より数センチ高い。

 誰に対してもこんな調子だけど、前に聞いたところによると歳下。高校生にして恐ろしい対人スキルである。……人のことは言えないか。

 とにかく、私としても話しやすい相手だ。妹はともかく幼馴染たちの癖が強いから、こういう普通にいい子はなんとなく新鮮。


「クリヌキおじさんもああ言ってたし……指輪とか、一つどう?」

「そうですね、それを貰いましょうか」

「毎度ありがとー、っと!」


 やはり性能相応の値段を払って、滑らかな木製の指輪を受け取った。表面が不透明なニスらしきもので補強され、木材に刻まれた紋章が閉じ込められている。

 DCOでは今のところ、アクセサリーは合計5つまで装備できる。両耳セットで1、首元に1、腕というか手首に1、そして両手の指にそれぞれ1ずつと言った具合だ。この指輪もそのアクセサリーのひとつで、どうやら嵌めた側の腕への魔力伝達効率に若干の補正が入るらしい。


 エルジュさんの職は《細工師》、こういった小物類などを主に扱う生産職だ。アクセサリーなどの作成に加えて、DCOでは革製品も細工師の範疇である。

 鍛冶のような派手さはないが、誰もがお世話になる縁の下の力持ちのような存在である。他の生産職との複合製品が多いのも、人当たりのいいエルジュさんにマッチしているのだろう。この広場で露店を構えて以降の彼女、本当に生き生きしているし。


 それと、もうひとつ。エルジュさんのような女の子を惹きつける細工師の魅力が、


「宝石も扱い始めたんですね?」

「そうなの! 例の魔鉱山からやっと出てきたのと、宝石用のアーツ取れたから。……まあ、まだ純魔専用のしかできてないんだけどね」

「それは残念。魔法剣士に使えそうなものが出たら教えてください、買いに来ますから」

「うん、研究頑張るよ!」


〈かわええ〉

〈尊い……〉

〈まーたコメ民が語彙力失ってる〉

〈可愛い子が出る度に軽率に語彙力を投げ捨てていけ〉

〈宝石いいなぁ。私も早くやりたい〉


 そう、細工師には宝石が扱える。指輪やネックレスなどのアクセサリーにはパワーストーンとしての宝石がつきものだけど、それらの加工まで細工師が一手に引き受けるのだ。

 最初期から宝石を使いたいと言っていたエルジュさんのこと、これには本当に嬉しそうだ。

 宝石は女の子の夢。それは彼女も私も同じだ。……こんなことを公言したら現実で誕生日プレゼントになって処置に困りそうだから、ちょっとだけ口を噤むけど。





「ねえねえルヴィアちゃん、ちょっと気になったんだけどさ」

「はい?」


〈あざとい〉

〈うさぎっぽいなこの子〉

〈心がぴょんぴょんするんじゃあ~〉

〈お前ら……〉

〈お嬢のスルースキルよ〉


「ルヴィアちゃん、ブレストガードやめたの? 今日、革防具外してるでしょ」

「ああ、それですか」

「その割には篭手は買ってるし」


〈それ〉

〈気になる〉

〈今日外してるよな〉


「特に変なことはありませんよ。私の場合、革防具はあってもあまり意味がなかったから」

「あー。そうかもね、ほとんど綺麗に避けるか弾いちゃうし」


 胴体の防具は試行錯誤はしていたんだけど、これまでほとんど役に立っていなかったから何とも言えなかった。そもそもまともに攻撃を受けなかったからだ。

 それが昨日、神霊戦で真正面から攻撃を受けた……のだが、ここで弱点が露呈した。革防具では強度が足りなくて、直撃のダメージはさして軽減できなかったのだ。


 革防具は浅い攻撃は防げるものの、軽い分まともに食らうと弱い。それを防ぐなら金属のブレストプレートが必要になるのだが、これが行動速度に若干の影響が出るほど重いのだ。

 そして私はこれまでの戦いで、革防具が役に立つような浅い傷を胴体に受けたことが皆無だった。それなら少しでも軽くしようということで、外すことにしたのだ。

 この状態で今日は少し試したところ、外した方が少し軽い分わずかに動きやすかった。今後はこのままにするつもりだ。


「なるほどねぇ」

「それと篭手ですけど、理由は二つですね。ガインさんの新技術と、パリィ判定です」

「ガインおじさんが言ってたやつか。なるほど確かに」


 実はガインさん、つい先日になって新しい技術を開発していた。防御力をある程度犠牲にする代わりに、軽金属防具の重さをさらに軽減することに成功したのだ。

 これのおかげで、防具がかなり軽量化されるようになった。それでいて防御力を維持できる、速度型の私でも、篭手程度なら動きを鈍らせずに使えるくらい。


 そしてもうひとつ、こっちが本命だ。理由がこれだけなら、いくら邪魔にはならなくても積極的に着ける理由にはならない。

 実は金属篭手、《拳術》スキルに対応させて作ることで《パリィ》ができることが発覚したのだ。しかもこれは、プレイヤーが《拳術》を習得していなくても。

 敵の攻撃に合わせて弾くことで、左の手の甲でも《パリィ》ができるようになる。もし実用化できるなら、このオプションは非常に大きい。試してみることにしたのだ。

 剣を握っていて《パリィ》はしないだろう右手にも着けるのは、左右のバランスを保つためだ。急に体の片側だけ重くすると、人間は意外なほど普段通りの動きができなくなるから。






「ただ、これは未知数なんですよね。まだ実戦投入しているプレイヤーはいません」

「んー、そりゃそうだ。そもそも《パリィ》習得者が少ないし、ただのパリィより難しいだろうし」

「だから、私が試してみようかなと。もし上手く行ったらコツを教えておけば、数人くらいはバージョン0のうちに間に合うかもしれませんから」


〈なるほどなぁ〉

〈やっぱお嬢すげえわ〉

〈人の上にはこういう人が立つべきなんやなって〉


 コメント欄が変な方向に感心し始めたけど、私は知らない。たまにある彼らの暴走は私の管轄外だ。


〈お嬢にスルーされて悲しい〉

〈前は拾ってくれてたのにな……〉


 ……そういうところだよ。

裏拳パリィ、かっこいいですよね。どう考えてもロマンなんですけど、ルヴィアならできるでしょというのが運営とプレイヤーと視聴者の総意です。そんなもんです。

露店広場パートその1、ガインさんとクリヌキさんとエルジュちゃんでした。「異世界剣客」では既出ですね。


次回は火曜日、露店広場の続きです。クロニクルクエストまであと3回。

いよいよ山場も近づいてまいりました。もしよろしければ、応援よろしくお願いします。ブックマーク、更新通知、そして評価ポイントの3クリックで大丈夫です。皆様の応援が何よりの励みです、是非よしなに……!

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

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