41.甘い秋の味がしました
「……運営さん、ニヤケてますよね今」
〈*運営:バレました?〉
〈草〉
〈おい運営〉
〈愉悦愉悦〉
〈やっぱ九津堂なんだなって〉
〈予想通りの性格の悪さ〉
「まあ、今ニヤけているということは、ここから打開できるということなので」
とはいえ、さすがにこれ以上は待ってもらえないらしい。溜めの状態に入っていた神霊が構えて、こちらへ突進してくる。
さっきまではあまり動こうとしていなかったんだけど、やっぱり行動パターンが変わったようだ。追い詰められて積極的になる敵はよくいるから、これは予想の範囲内だった。
……ただ、そのタイミングが性格の悪さに満ちているだけで。
「来る、っ……く、このっ」
〈ん?〉
〈明らかにおかしいな〉
〈なんかキレがない〉
〈これ状態異常か〉
神霊の斬撃に剣を合わせる……が、勢いが少し足りない。お互いに弾かれて、打ち合いのために引き戻す。これが遅い。妙に体が重い錯覚。
腕にかかる重量は変わらないのに、感じる負荷が倍増している。受けたデバフはあくまでも《速度低下》、つまりSTRはそのまま。これに違和感を覚えているあたり、私は無自覚のうちにずいぶんアバターの身体能力に慣れていたらしい。
「まずっ、」
〈あ〉
〈やば〉
〈ちょっ〉
〈お嬢!?〉
当然、そんな状態での白兵戦は長くは続かない。そもそもステータスはあちらが上なのだ。万全の状態でも苦しいから魔術戦を選んだのに、デバフを受けたまま剣で対抗するのは大変で当然だ。
案の定一撃を受けて吹き飛ばされ、数メートル後退して尻餅をつく。すぐさま立ち上がろうとしたが、ここで他のデバフが発揮された。
〈何気にお嬢がまともに喰らうの初めてだよな〉
〈お嬢も人間なんだなって〉
〈一撃で三割〉
〈お嬢は紙装甲だもんね……〉
〈ん?〉
〈どうした?〉
〈お嬢大丈夫?〉
「……まずいですね。状態異常のチョイスが絶妙に性格悪いです」
〈*運営:ありがとう!〉
〈おい運営〉
〈褒めてねえぞ〉
〈お嬢頑張れ。あの運営の鼻っ面折ってくれ〉
〈*運営:HAHAHA〉
《目眩》だ。普通に動いている分にはただ少し気持ち悪いだけで済んでいるけれど、この状態異常は転倒から立ち直ろうとする時に凶悪だった。
端的にいうなら、立ちくらみがひどい。ただ立つだけなのに、無駄に時間を使ってしまった。
この間、神霊が突進してきてから10秒。つまり、毒でも3%ほどのHPが削れている。たとえ守り重視で立ち回ったとしても、あまり猶予はない。
「とにかく、異常をなんとかする方法を考えないと。……頭が重い」
〈ほんと大丈夫?〉
〈VRMMOの状態異常やべえな〉
〈無理……しないと勝てないよなぁ〉
ひとまず、追撃を仕掛けようとしている神霊を牽制しなければ。詠唱速度に優れる《リーフエッジ》で牽制……それでも遅い、《循環不調》の影響だ。これでは、間に合わない!
「くぅっ……!」
〈うわ〉
〈あっ〉
〈お嬢……!〉
〈お嬢、聖水使って!!〉
〈やべーぞこれ〉
〈あれだけ余裕で攻略してきたお嬢が〉
普段なら辛うじて出鼻を挫いていたはずの魔術は、既に動いていた神霊のステップで避けられた。そのまま突っ込んできたところを剣で受けるが、やはり止めきれない。数度目の衝突、また吹き飛ばされてしまう。
これで残りHPは二割ほど。神霊の攻撃をまともに受ければ軽く三割は飛ぶから、もう一度受けたら致死だ。HPポーションを飲もうにもその余裕がないし、逃げに回っても今の速度では追いつかれてしまう。
そうでなくても、ひどい動きになってきている。目眩のせいか手元がぶれて、剣での受け方も非効率になっていた。もしこの剣が《不壊》を持っていなければ、もう壊れていたかもしれない。
「……うん?」
手詰まりになりつつあったところで、ふと流れてきたコメントのひとつに気づいた。
「……聖水?」
《アイリウス》が瞬いた気がした。
私は《三又神社の聖水》をインベントリから取り出して、ステータスを確認し……そのまま飲み干した。
○三又神社の聖水
分類:回復
品質:B
備考:イベントアイテム
・三又神社の巫女である結乃が浄化した、良質な高位の聖水。汚染を受けた魔物が嫌うほか、汚染されたものを浄化することができる。
回復:全ての状態異常を4回復する。
〈!?〉
〈おいなにして〉
〈気づいた!〉
〈お嬢が壊れた!!〉
〈いや待て、あれもしかして〉
「よし、治った! 教えてくれたリスナーさん、ありがとうございます!」
結乃さんから貰った聖水に、回復ポーションとして使える記述があったのだ。効果はドンピシャ、状態異常回復。それを覚えていてくれたリスナーさんがいた。
来訪者が汚染の影響を受けた場合の効果が状態異常なのだとしたら、聖水のこの性能にも納得だ。いわば、来訪者を浄化しているということ。
〈ほう、気付きましたか〉
〈なるほどなあ〉
〈これも汚染ってことか〉
〈気づいたやつGJ!!〉
〈*運営:実は《浄化の御札》でも回復できますよ。毒が1だけ残りますが〉
なるほど、それも確かに。同じく汚染を浄化する力を持っているのだから、御札でも対処できるのも道理だ。
ただ、御札を体につけたまま戦うのは配信的にどうかと思う。これで正解だったということにしておこう。
〈あっ〉
〈神霊が動いた〉
〈来るぞお嬢〉
「任せてください」
今度はしっかり、正面から受け止める。《速度低下》と《目眩》さえ治ってしまえば、しっかり打ち合えば押し負けるということはない。
大きめの《バスターパリィ》で押し込んで、さらに《ゲイルプロード》で吹き飛ばし。力づくで隙を作って距離を取れば、もうHPポーションも飲むことができる。
だが、ポーションを使っている最中はまともな剣の使い方はできないし、魔術も撃つことができない。その隙を突くつもりか、神霊はすぐに切り返してきた。……予想通り。
その背中に突き刺さる魔術。飛んでこないはずだった《ガストホーミング》に、無表情の神霊から驚いたような気配が伝わってきた。
「せっかくのフィールドは活かさないと」
〈すっげえ〉
〈上手いなぁ〉
〈ほんと隙がない〉
ことは簡単で、前もって撃っておいたのだ。ちょうどこの隙を埋めるために、魔術を反射する壁へ向けて。
さすがに反射まで含めて照準はできないけれど、そこはこれまで出番の少なかった《ホーミング》系統を使えば解決。
ともかく、これで態勢は立て直した。
「さあ、思う存分戦いましょう?」
〈かっけえ〉
〈主人公じゃん〉
〈惚れそう〉
〈お嬢まじイケメン〉
〈やっちまえー!〉
◆◇◆◇◆
神霊が攻めてくる。剣で受け止めて、数合打ち合う。
隙を見て弾き返し、そこに魔術を重ねて攻撃。少し遅れて《光魔術》の反撃が来るから、これは落ち着いて回避。
これを繰り返して、しばしの剣舞の末にトドメ。ゲージ攻撃があんまり鬼畜だったからか、立て直してさえしまえば私でなくとも充分に渡り合える相手だった。
神霊が動きを止めて膝をついた。それがサインだと判断した私は、《浄化の御札》を神霊の胸元へ押し当てる。
果たしてその行動は正しかったようで、しばらく汚染が抜けるような演出の後、すっかり元の色に戻った神霊が正気を取り戻した。
「……見事。礼を言おう、《来訪者》よ」
「ルヴィアさん!」
《ミラーコロッセオ》が解除され、視界が晴れる。その向こうは突入前と変わらない青空と、喜色を浮かべたセレスティーネさん。
もう境内に汚染はない。なんとか無事にいったようだ。無自覚のうちに気を詰めていたのか、ふっと力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「ふぅ……」
「ルヴィアさん、ありがとうございました」
「いえ、私のなすべきことでしたから」
セレスティーネさんも長時間の結界維持が堪えているのだろう。平静を装ってはいるけれど、どこか疲れ気味に見える。手を借りて立ち上がったものの、今度はあちらの力が抜けてしまった。危うく倒れそうになったところを受け止めると、彼女は照れくさそうに笑った。
〈可愛い〉
〈尊……〉
〈これが百合か……〉
〈ここに塔を建てよう〉
〈神霊そこ代われ〉
お黙り。
とはいえ、二人とも……いや、汚染から解放されたばかりの神霊も含めて三人とも疲れ果てている。それを見兼ねてか、その神霊からありがたい提案があった。
「疲れているようなら、社殿を貸そう。ひとまず縁側で身を落ち着けると良い」
さすがに本殿は恐れ多かったので、社務所の縁側を借りることにした。
「では、神主さんも戻ってくるんですね」
「ええ。《神鞍》の街に避難していましたが、もう大丈夫でしょう」
「良かった。私たち来訪者が次に来るのは少し先になりそうですけど……」
「ならば、その頃には元通りになっているよう努めるとしよう」
忘れがちだけど、ここは先行登場のマップ。一度出れば私も戻ってくることはできないだろう。この神宮がどうなっているかは、正式サービス開始後のお楽しみだ。
しばらく雑談。二人ともAIのNPCだということを忘れてしまうくらい自然に楽しい会話ができた。改めて、進んだ技術だ。今後はこの質のAIが普通になっていくのだろうか。
ふと、セレスさんが立ち上がった。
「……お迎えのようですね」
「セレス姉! お疲れ様ーっ」
少しずつ聞き慣れてきた快活な声。……次の瞬間、満面の笑みのニムさんが猛突進してきた。境内の隅に精霊の祠があったらしい。
ニムさんはそのままセレスさんへ抱きついた。なんか息が詰まったような声が聞こえた気がしたけど、大丈夫?
「ありがとうございます、ニム。元気そうで何よりです」
「もっちろん! 役目はちゃーんと果たしてるよ!」
どうやら大丈夫らしい。セレスさんは慈愛に満ちた微笑みを湛えて頭を撫でているし、頭一つ小柄なニムさんは普段のしっかりした様子が打って変わって全力で甘えている。こっちが素の性格なのかな。
それにしても、尊い。麗しき姉妹愛というやつだ。バックに百合の花畑が見える。……ありがたやありがたや。
リスナーと同じじゃないかって? 当たり前じゃないですか。つい先日まで画面の向こうにいたんですから。
「それでねそれでね、来訪者の精霊候補も何人かいるんだよ!」
「あら、そちらも進めているのですね。……もしかして」
「うん、そこのルヴィアさんはもう確定……どしたの手を合わせて。神様あっちだよ?」
「ああ、お気になさらず」
おっと、つい拝んでしまっていた。微妙な顔をしている武神様、後で参拝するのでお許しください。
それはそうと、どうやらもう私の精霊化は確定事項らしい。まあ私は配信映えとかもあるから、性能にかかわらず精霊になる気ではあるけど。少し先走ってしまうあたり、はしゃいでいて可愛いね。
「そうそう。ルヴィアさんにはお礼をしないと」
ニムさんは思い出したようにこちらを向き直すと、セレスさんから離れて祠の方へ戻っていく。何かを中から引っ張り出したと思うと、戻ってきたニムさんは薄桃色の靴を抱えていた。
○プリマヴェーラブーツ
分類:防具(靴)
スキル:《森林歩法》、《回避》
属性:土
品質:Epic
性質:《唯装》、《不壊》、プレイヤーレベル連動
所持者:ルヴィア
状態:正常
SPD+6、JUD+2
SP減少量-1
・うららかな春の概念が込められた精霊のブーツ。その煌めきは傍らの草木を潤し、着用者の足取りを軽くする。
四季の精霊が戯れに作り出した品のひとつ。対応する四つの装備が揃うと真の力を発揮する。
《唯装》
・世界にただひとつしか存在しない特殊な装備。その唯装が認めた者にしか扱うことはできず、例外なく《不壊》を併せ持つ。装備の側が持ち主を選んでいるため、決して持ち主の元を離れない。
その全てが強大な力を秘めているが、実際に現れる力は扱う者の力量による。
《不壊》
・普通の製法では作ることのできない、特別なアイテムにのみ許された性質。このアイテムは耐久が最大値で固定され、破損しない。ただし、通常の方法で強化することもできない。
《精霊の恩寵・春》
・魔力の具現である精霊が作り出した、強く力が篭った品。物によって及ぼす効果が変わる。
これの場合は、《精霊の恩寵・夏》、《精霊の恩寵・秋》、《精霊の恩寵・冬》を持つ装備と同時に使用すると効果が上昇し、特殊な相乗効果が得られる。
まさかの《唯装》二つ目だった。当然のように所持者の欄は既に私になっているし、特殊効果を読むにあと三つは関連アイテムが存在する。まさかとは思うけど、全部私に与えるつもりなのだろうか。
「お礼ってわけじゃないけど、これあげる。倉庫にあったし、放置してても仕方ないから」
「いや、唯装をそんな軽いノリで渡されても」
「いいえ、受け取ってください。これで私は精霊界に戻れて、管理が楽になります。それもルヴィアさんのおかげですから」
セレスさんにまでそう言われたら、断るに断れない。確かにそれに見合う難易度のクエストだったし、ストーリーへの重要度も折り紙付きだ。
〈いいじゃない〉
〈貰っとけ貰っとけ〉
〈さっきの戦闘を見て報酬に文句言う奴いねーよ〉
〈むしろ軽いまである〉
「それなら、大事に使わせてもらいますね」
「うんっ。使い道なかったやつだし、作った子も喜ぶよ」
さっそく装備して、少し走ってみる。……体感できるほど足が軽くなった。《晶魔剣アイリウス》もそうだったけれど、唯装のステータス補正は破格だ。
もっとも、プレイヤー鍛冶屋のレベルが上がって《武器装備強化》が普及すれば、その差はかなり縮むそうだけど。
そしてもうひとつ。武神様が口を開くと、さっきまで戦場だった場所に落ちていたあるものを指した。
「来訪者よ、それも持って行くと良い」
「これは……いいのですか?」
「どちらにせよ、あの有様では我には持つ事もままならん。触ってはならぬ危険物と同じだ。……主らならば、問題ないのだろう?」
「はい。……分かりました、ありがたく頂戴します」
「うむ。汚染を祓えし暁には、主の好きように使うと良い」
○神鞍武神の宝玉
分類:素材
属性:光
品質:Epic
性質:《ダンジョンコア・荒れ果てた神宮》
状態:汚染
・《黒き神霊》からドロップした神聖な宝玉。今は武神を縛りつけていた汚染が篭っており、浄化しなければ素材として使うことはできないだろう。
だがそれを祓うことさえできれば、強力な力を発揮するはずだ。《幻双界》でも精強で知られる《神鞍武尊》の装備に恥じない活躍を見せてくれるだろう。
そういえば確かに、クエスト概要に「ダンジョンコアを回収しよう」と書いてあったね。ソロとはいえダンジョンなのだから、コアはあって当然というわけだ。今後はダンジョンコア乱立時代になるのかもしれない。まだ浄化できないけど。
私には都合のいいことに、またも宝石系の原石だった。これも《晶魔剣アイリウス》の《虹の鏡》に使えそうだ。
ところで武神様、真名は《神鞍武尊》というらしい。今初めてわかった。こういう本人が話さないことがわかったりもするから、フレーバーテキストって楽しいよね。
さらに通常報酬としてニムさんと武神様からそれぞれ資金と経験値(もうカンストしているから数値ストックだけど)を受け取って、このクエストは終わり。ニムさんとセレスさんは祠から精霊界に、私は《転移》で王都へ戻った。
ストーリー進行のフラグクエストである《洞窟に光る癒しの聖石》はもう少し時間がかかるそうだから、明日はフリーとなる。少し寄り道して、生産職の様子を見てみるのもいいかもね。
三又神社の聖水は柿ジュース。材料が材料ですからね。……そういえば初日に「ポーションはりんごジュース」って言われていたような……あっ(※作者も今気付きました)
そんなわけでソロボス戦でした。これまでよりハードな戦いとなりましたが、いかがだったでしょうか。……一人称の戦闘って難しいですね(今更)
次回はラストで仄めかされた通り、生産職の職場見学となります。今後もたまーに出てくる新キャラが数名。
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