409.化け物感の増すアレは好きですか?好きですよね?
よく漫画だとかで「苦戦」というと、敵に純粋な戦闘の力で劣勢になって押され気味、のような目に見えてわかるものを想像しがちだ。ただDCOの場合は、基本的にはそうはなりづらい。そうなったら仮に持ちこたえたとしてもだいたい負けだ。
レイドボス、消耗戦というやつ。こちらの死亡率こそそこまで高いわけではないものの、ボスの耐久が本当に高いから長期戦になる。この最終決戦すら、全域で多くのプレイヤーが分体を削り続けているにもかかわらず一時間以上かかっている。だから慣れていない視聴者には苦戦とまでは見えないと言われることも多い。
そんなことになる、つまりオワタ式の短期決戦にならない理由は、いくつか思い当たる。
ひとつは場所にもよるけど、デスペナが軽いこと。物的なものだけで済んでステータスペナルティがないから、リスポーン地点さえ近ければ割と気軽に死ねるのだ。ダンジョンの奥だったり未開放の街だったりとそれの対策を取られることは多いけど、今回は比較的リスポーンが近い。さすがにポーション酔いは踏み倒せないけど。
それから、プレイヤー陣が上手すぎるのはあるだろう。トップ勢の戦闘能力は21世紀地球人とは思えないものがあるから、純粋に攻撃を苛烈にしてもあまり死なないのだ。この間のユエイリアさん戦あたりはちょっと顕著すぎるけど、例のひとつだろう。
あとはDCO自体のコンセプトもあるのだろう。目立つ者が現れるにしても、貢献度自体は基本的に誰もが稼げる。とにかく純協力を標榜してそれに合わせたつくりをしているDCOは、細かい部分でもなるべく喧嘩を防ぐようにできている。つまり多すぎるボスのHPも、それによってかかる戦闘時間も、奪い合いなんてする気にもならないほど膨大なパイの具現化なのだ。
……と、そうして理由を挙げはしたけれど、私個人としてはどうしても言いたいことがある。
「あの人たちが上手すぎてそう見えないかもしれませんけどね! 普通に有り得ない攻撃力してるんですよ毎回!!」
「……まあ、そうなの」
「ルヴィア! 棚上げしないで!!」
〈ああっ! ついにお嬢が正論を!〉
〈それはそう〉
〈そもそもオワタ式はやってんだよないつも〉
〈失敗例が見えなさすぎてわからんけど〉
〈お嬢が一度たりとも死んでないせいなのでは?〉
ロジハラで殴られてしまった。
そもそもDCO、オワタ式をしているかいないかという意味では普通にしているのだ。特に人間族以外のプレイヤーは完全に切った苦手ステータスは本当に上がらないステータスシステムだから、《カースドソード》進化前の私のような紙耐久だとボスの通常攻撃が直撃一発でお陀仏である。
そこは高耐久プレイヤーであっても、ボスの攻撃を無抵抗に受けていればあっさり死んでしまう。ではどうしてそうなっていないのかといえば、それは防御系スキルを上手く使うのが前提のシステムになっているからだ。
《防御》、《回避》、《パリィ》の三つが一般的だけど、基本的に全てのプレイヤーがこのいずれかを使っている。前衛ともなれば複数使いは当たり前だ。
しっかり守り続ける前提の攻撃力と、ひたすら殴り続けてようやく倒せる耐久力。DCOのボス戦はこれらステータスの暴力をプレイヤーの行動で打ち消すことを前提として、そこから固有攻撃だとかギミックだとか技能だとかが被さってくることでできているのだ。
ただこの一番外側が一番派手で代わり映えもするから、そのせいであまり外からは見えづらいのかもしれない。
「っ、狙い目!」
「「「了解!」」」
「もう一撃入れてから、《トリプル・カニバルトラップ》!!」
〈ああ……攻略されてしまった……〉
〈雫の頼みの綱が〉
〈お嬢って何個目がついてんの?〉
〈こんなのとやらされる雫ちゃんの気持ち考えたことありますか!?〉
「あなたたちどっちの味方ですか!?」
後半もそろそろ佳境に入る頃だけど、私たちはついに見つけた。……厄介な《火車の狙い目》を見抜く方法だ。
狙い目のひとつ前の攻撃の予備動作のとき、後ろ足で一度だけ小さく足踏みするのだ。これを見てすぐに退避すれば、最低限の機動力のプレイヤーでもどうにか範囲外に出ることができる。見つけさせる気あるのかと思ったけど、トップ勢のプレイヤースキルがここまで高くなかったらこれがないとそもそも攻略できなかったかもしれない。
……メグが言っていた「来年中に、つまりJPサーバーと同速でバージョン1をクリアできるサーバーはひとつもないと思う」というのも、なんだかわかる気がしてきた。
飛行のぶん機動力がある私は、魔術を追加で一発……狙い目中は動かないことを活かして最高火力を撃ち込んでから下がる。癖がわかってから何度目かだけど、慣れてきて今回はついに全員回避に成功した。
これでいよいよ全ての行動への対処ができた。あとはバーサクモードだけだ……と誰もが思ったそのとき。
「よし戻……知らないモーション!!」
「索敵範囲には入って! 全員警戒、最大限!」
「なんだあれ……なんだあれ!?」
「まだ手札があったのかよ!!」
それを見ながら、私はなんとなく理解した。これこそが雫の本来の力であり、きっとこれ以上の手札は隠されていないと。
根拠は雫の二つ名だ。《黄泉還りの霊猫》……不思議な異名だ。火車は死体を運び生死を操る存在であって、自分自身が霊であるわけではないのだから。つまり種族でなく神宮寺雫という個人が、この二つ名を戴くような経験と力を有しているのだ。
起こった現象は二つだ。怒りをあらわに一鳴きした雫は、どろりとその身を溶かした。たった今まで大きな猫だった体は、真っ黒な泥となってその場に溜まっている。
そしてそこから、目を赤く爛々と光らせた大きな猫の幽霊が、地縛霊のように後ろ足を繋ぎながら現れた。
「なるほど。つまりこれが、本来の姿と」
『……ああ、そうだ。妹は、雫はね。過去に一度死んでいるんだ』
口を挟んできたのは、本部からこちらを見ているであろう火刈さんだった。そのまま神宮寺雫という存在について教えてくれる。
昔……それはもう大昔、幻双界の前の世界だった頃に、雫は命を落としたらしい。それを機に火刈さんは化けて火車となり、やがてはそのまま猫神まで上り詰めたが、姉にいたく懐いていた雫の霊は1000年以上が経っても離れようとしなかった。
そこに手を差し伸べた人物がいた。霊がそれだけ万全なら、器となる体を造ってしまえばいいのだと。その人物は黒い泥で体を作って、火刈さんは火車の力でそこに霊を定着させた。そうしてできた、黄泉還ったのが雫という火車だった。
『おそらくこれは、汚染の影響で体と霊の接続が曖昧になって、肉体による制限がなくなってしまった状態だ。こと雫の場合はこうなれば、これまでよりも強いだろう。気をつけて』
……おそらく火刈さんは、なるべく余計な情報を与えずに戦わせたほうが集中できると判断していたのだろう。だからこの雫の正体を伏せていたものの、結果的にはこうして目の当たりにすることとなった。ならばと必要になる情報を教えてくれたわけだ。
その説明の中に、少し気になる要素はあった。ただ、それは後でよさそうだ。今はとにかく、姿を変えた雫と戦わないと。
思うところがあって私は消極的な立ち回りをしながら見ていたところによると、どうやら基本の行動はこれまでと変わらないようだ。
変わったところ、困ることは二つ。
「伸びてくる! もっと下がって!」
「うわっ!? ここまで届くのかよ!」
「本当に肉体の制限がない分強くなってるね! これは厄介だよ!」
これまでは大きくとも猫の体だったから、猫に可能な動作しかできなかった。伸びることはできても関節が外れたりなんてしないし、骨以上の長さまで伸びることもない。これは当たり前のことで、だからこそ私たちは間合いを安定して測ることができた。
だけど、霊にそんな制限はない。好きなだけ伸びてきて、好きなように狙ってくる。これまでの倍以上の距離まで平然と伸びて猫パンチをかましてきたりするのだ。しかもどういうわけか威力も上がっている。
「まずい、狙い目!」
「だめだ間に合わん! 通常退避!」
「時間稼ぐから、浄化待機は他の精霊!」
さっき見つけた癖は、後ろ足で足踏みをするというものだった。ところがこの霊猫モード、後ろ足は体だった泥から伸びたまま途切れないのだ。そのせいで足踏みなんて起こらないから、癖自体がなくなってしまった。
おそらく狙い目が完全に避けられることがトリガーだったことも考えると、どうやら何がなんでも狙い目は当てる、という作りになっているらしい。こうまでして避けた攻撃が結局避けられないだなんて、私たちとしてはどこかやるせないところだけど。
ただ、それでも霊猫モードは私たちにとって百害あって一利なしというわけではない。むしろさっき言ったような、DCOではやや珍しい「火力による短期決戦」を誘発するような存在とすらいえるだろう。
飛行の速度で無理やり避けた私は狙い目を受けて下がるパーティメンバーを尻目に一人雫へ接敵して、そのまま後ろ足のあたりへ陣取った。
……逃げない。というか、逃げられないのだ。きっと神宮寺雫はこの体が、姉と再び一緒に生きられる今が好きなのだろう。だから汚染に侵されここまでしてしまっても、崩れたとしても体から完全に離れることを拒む。最後の自意識が汚染に逆らっている。
私はほぼ真上から降ってくる攻撃を避けながら、弱点となったそこへ狙いを定めて……これまでずっと秘匿してきた、アイリウスの柄頭に宿された力を解放した。
「お待たせ。やるよ、芳乃ちゃん───《生命純転・剪定の刃》」
本当は二度目の挑戦の中盤戦くらいにやってくるくらいの想定だった、いわゆる第二形態。