408.魔剣流27のお蔵入り奥義その14「伸ばした守り手(エクステンド・テンド)」
一応、想定内ではあった。かなり最悪の事態寄りだけど。
ここまでやってきても、やはり雫の最大の武器は《火車の狙い目》、つまり即死予約の付与だ。そもそもが高いステータスによる厳しいボス戦を、予測不能のタイミングで減り続ける人数で戦わなければならなくなっている。
何より苦しいのは、長期戦を念頭に置いた回し方がどんどん崩れていくことだ。しっかり治癒しなければ死んでしまうから一度下げるんだけど、下げた分の補充をそのまま入れるとポーション酔いのサイクルが追いつかなくなる。前からそうだけど、九津堂の高難度はいい性格をしているのだ。
下げなければ状態異常を回復できない。だけど誰から前でフリーの雫を止めていないとそのまま壊滅するだけで……しかしそうして足止めに入ったプレイヤーは、まず助からないだろう。治癒後に入れ替わってそちらも物理系状態異常回復の《エフェクトリムーブ》を使うには、即死の猶予時間が短すぎる。
つまり誰かが犠牲になるしかない。でないと全滅だ。
「トロッコ問題じゃないですか!」
「別に俺たちとしては、人柱になることに否やも大きな損もないが……」
「で、そうやって今戦える人が二パーティも死に戻って、もつんですか後半戦」
「まあ無理なの」
〈うわ、そっか〉
〈でも夜もトップ勢のやりくりはギリだぞ〉
〈八方塞がりか!?〉
そう。たとえば他の治癒が間に合ったとして、解決になっていない。生贄を差し出せばこの場は抜けるとはいえ、その後に待つこれまでより確実に強い後半戦で躓くことになるだろう。
ではこの場にいない戦力なら……という考えはもっともだ。とはいえ夜界も下手にこれ以上引っこ抜けばどうなるかわからないし、それ以外の場所に余剰はない。そもそも物量が有効になるボスではなくて……口には出せないけど、プレイヤー個々人の技量的には現行メンバーですら追いついていない層もいる。
とはいえ、私はさっき「想定はしていた」と言った。
その上で落ち着いているということは、数少ない例外……というか、秘密兵器が残っている。
「アメリア!」
「お任せを」
そのためにもまずは、アメリアには動いてもらうことになる。ここまではサポートに徹してきたけど、彼女という切り札を切るのは今しかない。
大型詠唱に入ったアメリアには異論こそ出なかったものの、皆はまだ不安そうだ。無理もない、このままでは手詰まりだから。
「全員、合図で下がって!」
「えっ!?」
「ルヴィアさん、そんなことしたら」
「大丈夫。説明の暇がないけど、これしかないから」
〈大丈夫なのか?〉
〈これまずいんじゃ〉
〈そうするしかないけどそうしたら死ぬぞ〉
〈ボス野放しは……〉
本当は意図を伝えずに指揮を行うのは愚行だ。だけど今はやるしかない、その糾弾は後で受ける。
「2、1、今!」
「ええい、どうにかなれっ!!」
そのまま合図を強行する。……流石だったのは、何が起こるか薄々わかったらしきプレイヤーが一定数いたことか。
こんな悪い采配を無理やり振るったのに、全員が従ってくれた。これで雫の目の前はがら空き、新たな交戦相手を狙って前進してくる───その瞬間。
「遅れたのは悪かったですけど……忘れられているのは心外ですね」
それを防ぐように降り立ったのは、額に立派な角を生やした少女。今のところプレイヤーでは他にない特徴を見間違うはずもない。
アマネちゃんは一撃くらいなら軽々と止めてみせて、一線級のタンクらしく不敵に微笑んだ。……それだけなら足りていないのだけど、彼女は一人で来たわけではない。
「それと……」
「よろしく、アデル!」
「うん。───《ストリングアクト=クロノス》」
そんな雫の背後に、影。それは音もなく無数の糸を伸ばすと、雫の全身を絡め取って……その動きを完全に止めてみせた。
「間に合いました。御加護を───《極聖援領域》」
「よしきた!」
「戦力、再投入してください!」
「短い間だけですが、《狙い目》を無視できるはずです。畳み掛けてしまいましょう」
静止が続いたのは十秒足らずだったものの、それで充分だった。それでアメリアは詠唱を間に合わせて、いつぞやのゲリライベントで見たのと同じ、グルだったあの時とは違い即興の《極聖援領域》を展開する。《セイクリッドサーガ》の作中でも大技として習得していたそれは、どうやら彼女の奥義的な存在であるようだ。
効果は「全体に強力なリジェネの付与」、そして「全ての状態異常の解除」。これによってこの場にいる全員の狙い目が解除された。
対象人数に応じて継続時間が減るというそれはこの場では余裕はないけれど、なんと効果時間中は新たに受ける状態異常も無効化されるし、領域に入り直す度に自動で解除される。十全に発揮された大技を保持したまま控えるアメリアでないとこの場はもたないこと自体は、おそらく全員がわかっていただろう。
ではどうやってその詠唱の隙を作り、狙い目の猶予時間に間に合わせるか。
「なんとか爪痕を残せてよかったよ」
「本当に助かったよ、アデル」
「リーシェさんに感謝ですね。コレを教えてもらえていなかったら……」
「あの子だったのですか……後日ご褒美が必要そうですね」
「……あ、そういえば予定外にずっといなかったのにルヴィアさんが何も言ってなかった!」
それがアデルだったわけだ。……本来ならアマネちゃんともども午後には合流できたはずだったんだけど、実際はボス12体の後半戦には現れなかった。では何をしていたのかというと……アメリアの腹心であるリーシェという人物に即席の指南を受けていたのだ。
当然だけど、紫音とは夕飯で居合わせている。その時点でもまだ仕込みが終わっていなかった紫音に、「あまりにもタイミングが怪しいからボス戦で役に立つのかも」と言われていた。具体的に何がどう役に立つのかわからなかったし、習得経緯がこそこそしていたから見せ場まで言わずにいたんだけど……ついさっき、前半戦の最中に習得した固有奥義のスクショが送られてきていた。そのまま参加せずに待機させることにしたのは、正解だったようだ。
それにしても、リーシェさんか。『セイサガ』ではところどころでメッセンジャーを務めたアメリアの手足だったけど、DCOで示唆されたのは確か初めてだ。彼女はいわゆる暗殺者タイプの手練れだから、確かに適任だろう。
「効果はフロルちゃんの《ヘスペリデス》をより極端にしたものですね。ダメージがなくて、敵の動きを完全に止めることに特化した技です」
「いくらトップ勢でも一般に与えていいものではないよね」
強烈なもので、雫ほどのボスを十秒弱も止めてのけた。今回は後手の対応に切るしかなかったけど、攻めの運用をしたら……空恐ろしい。いずれできるかもしれないから、楽しみにしておこう。
そのまま入った後半戦、変化は大きく二つだった。
ひとつは純粋なステータス強化、明らかにダメージを与えにくく受けやすくなっている。
そちらはいい。よくあることだし、立ち回りを大幅に変えなければならないような要因にはならない。無視はできないけど、慣れてはいる。
「せー、のっ!」
「あ、狙い目の構え!」
「了解、離脱しますね!」
もうひとつはあれ。もはや雫の代名詞ともいえる《火車の狙い目》だ。一応、射程や効果そのものは変わっていないんだけど、明らかに強化されたものがあった。
……それが何であるかは、改めて雫のステータスを見返せば違和感を覚えることができるかもしれない。
“黄泉還りの霊猫” 神宮寺雫 Lv.???
属性:幻
状態:呪化、《関東の汚染根源》
「二段階目を受けた人はこっちに!」
「要浄化者は急いで!」
火車の狙い目は二発まで連射してくるようになって、それに合わせて二段階のスタックが発生するようになった。
これがかなり曲者だったのだ。というのも……スタックによって強化されるのが他ならぬ「即死後の状態」だったから。
これまでは正直なところ、プレイヤーに対しては「一人即死するのも痛いけど、とはいえそのために全体が乱れるとより被害が大きくなる」というスタンスだった。間に合わないときは仕方ない、という。
この話が変わってきたのだ。
「すまん狙われた、間に合わねえ!」
「仕方ないです、私が動きます」
「マジで面目ない……!」
〈うわしんどい……〉
〈あいつミスってないよな?〉
〈ランダムの範囲攻撃にしちゃ行動の性格悪すぎだろ!〉
〈ちゃんと動いてても運次第で即死汚染までいくのヤバすぎ〉
思えば最初から、雫はステータスに《呪化》があった。こうしてくる可能性は念頭に入れておくべきだったのだ。
狙い目の二段階目は、即死に加えて死亡後にも適用される汚染が与えられる。このせいでたとえやむなくであっても、放置すれば汚染状態のゾンビが残ってしまうのだ。……一応、プリムさんとエヴァさんのときと同じ仕様なら立ち止まっていれば被害は抑えられるけど、それでも面倒にはなるしそう都合よくはいかないだろう。自動でコントロールを奪われて暴れ出すと考えた方がいいし、そんなことの検証をしている余裕はない。
最後だからか遠慮はしてくれなくて、しっかり汚染を消した上で《エフェクトリムーブ》まで両方必要になる。だから治癒術師の負担は余計に増しているし、こうして下がり切る前に連発を受けてしまった場合はそうゆっくりしている暇はない。
その場合は動ける治癒術師か精霊が駆けつけて、退避しながら片方は掛けてしまうようなことをするしかない。そして性格の悪いことに、後半に入ってから明らかに狙い目の連発率が上がっているせいでこれが頻発するのだ。
「ルヴィア、危ないっ!!」
「っ!?」
そしてそんな苦しい状況であるほど、不慮の事故は起こりやすくなる。浄化のために触れつつ患者を退避させている最中、攻撃がこちらに飛んできた。DCOでは賢い敵の場合、こういう間接的な貢献でもヘイトが溜まることがあるのだ。
だけど、私は患者から完全に離れるわけにはいかない。そんな状態で大ボスの攻撃を受け切ることは本職のタンクではない私には難しい。
私でなかったら危なかった。やはり近接武器持ちの精霊はどこで噛み合うかわからない。
「アイリウスっ!」
「任せるの!」
「《ソードガード》、アクティブ! ん、らッ!!」
「《シュートパリィ》なのっ!!」
〈!?〉
〈え?〉
〈投げたぁ!?〉
〈うわそういうことできるのか!〉
〈弾いた!!〉
〈かっこよすぎんか今の〉
私は左手に患者のほうから……妙におっかなびっくりではあったものの握っておいてもらったまま、アイリウスを雫目掛けて全力で投擲した。コントロールはできている、アーツボールの練習がこんなところで活きるなんて。
とはいえ、単独状態のアイリウスは反動を伴う動作、つまり横薙ぎに力を込められないのはこれまでにも見せた通りだ。だから突きにパリィ状態を付与できる《シュートパリィ》でないといけない。本来なら難しい突き攻撃も、投げてしまえばそういう形になる。勢いもつくのだ。
「曲芸が決まるの、気持ちいいの……!」
「気持ちはわかる。まさか《魔剣の虜》が実戦中に替えがきかない活躍をするなんてね……」
〈アイリウスさん悦に浸っておられる〉
〈そらそうよ〉
〈今の完璧すぎたし〉
〈そっかこれでも装備外れないのか〉
〈ズルが過ぎるだろ今の〉
〈今の見て盗賊スタイルの精霊アリかもと思ってしまった〉
〈魔剣の虜……フレーバーじゃなかったのか!?〉
実は武器投擲は、装備を手放す行為としてシステムに規定されている。本来ならばこうした時点で武器が装備状態を外れてしまって、そこに一部を除くアーツは乗せられない。
だけど私たちには《魔剣の虜》があるから、準備なしでこんなことをしても装備が継続されるのだ。だから投げられて飛んでいる最中でもアーツが発動できた。
この仕様に気付いたのはアイリウスと二人でいろいろ戦法を考えていたときのことだった。いくつもある没ネタのひとつとしてお蔵入りにして、日の目を浴びることはないと思っていたんだけどね。何事も試してはおくものだ。
「ルヴィア……わたし、悪い快楽に染まってしまったの」
「言い方」
剣士の主人公といえばやっぱり曲芸ですよね。