407.スーパーサブのありがたみを一番実感するのは離脱中
「しっかし、後手後手ですね!」
「仕方ないよ。ちゃんと想定内」
「むしろ後手後手になる前提でやらなきゃいけないの」
「対処能力を問うてきてるよね」
この雫戦、普段と比べてもかなり後手に回っている。最初の二組は基本の攻略法を探り当てるところから始めなければならなかったし、それに際して事前に済ませたはずの振り分けを早々に修正することにもなった。
イシュカさんやフリューとルプスト、ハヤテちゃんあたりは目立っているけど、それだけでなく他にもそれなりの数。エアリーのついでとはいえ転送してくれた夜津さんには申し訳なくなってくるけど、一方で私たちにしてみると予想通りの展開でもあった。
〈つまり?〉
〈その心は〉
〈どういうことだってばよ〉
「偵察も事前情報もなかったからです。完全にぶっつけ本番だったんですよ」
私がその役割にあまりいないから触れづらいのだけど、基本的にDCOのボスは偵察と情報収集を行ってから戦うものだ。直前の街やダンジョンの中にヒントとなる情報があったりするし、一部のプレイヤーが事前にちょっかいをかけて最初のあたりの攻撃パターンだけ見てきたりする。
それができるのは、DCOでは多くのボスは縄張り式だからだ。ボスエリアにプレイヤーが入ると襲ってくるけど、そこから出て一定時間が経てば大人しくなる。それと同時にHPも全回復するけど、偵察ではそもそも削ったりしないから問題ない。この方式の場合、ちょっと入って攻撃を避けつつ見て、そのまま戻ってくることである程度の情報が得られるのだ。
「と、ここでこのクロニクルクエストの敗北条件を思い出してみてください。……そう、『目標キャラクター全てが交戦状態でなくなる』なんですよ」
「いつも通りの偵察やったら即負け。メタ張られてるよねぇ」
「これまで偵察でずいぶん楽してきたからね。よーいドンでボスの基本行動が全部わかってるから、多人数で探るまでもなくいきなり攻められる。最初の工程を得意な人だけでできてたから、途端に効率的になってた」
「それを封じて、もっと苦労せえっちゅうわけや。ほんま、いけずやわ」
〈うわ〉
〈そういうことだったのか〉
〈さっきやってた命懸けの戦いは偵察できればなかったと〉
〈偵察のこと舐めてたわ〉
〈あれ、ケイたちの貢献度ヤバかったのでは?〉
彼らは本当に優秀だし、いないと成り立たないことも多かった。あの目玉だらけの蛇のときだって、コズミックホラーでアイディアロールに成功しながら最低限の情報は持ち帰っていたのだ。さすがにアレの行動パターンは無理だったけど。
今回はそのいないと成り立たないことを、成り立たせないといけなかった。……そしてそれがそのまま、都度夜界ヨルム戦から適材を呼びつける後手後手に直結していた。
「それでもまあ、ここまでの条件はここまでの12のボスたちも一緒だったんですけど……彼女たちには情報がありました。おおよそどんなことを得意としていて、何をしてくるか……昼界は伝聞の情報に素直でしたし、夜界は全員の竜形態と一度ずつ戦っていましたからね」
「でも最後はそんなものない! だからきっつい!」
「ヨルムは大きすぎる上に正気を失いすぎて普段と動きがまるで違うそうですし、雫に至っては普段ほとんど戦ったりしないせいでそもそも何してくるか事前情報がありませんでした。結果がこれなわけです」
「特に雫だよねー……ヨルムはまだぎりぎり喑路の蛇とかいたけど、こっちは類例すら絶無だもん。なに火車の狙い目って」
偵察はできない、補填になるような情報すらない。その上でこの戦いは、事前に人数を相当絞らされている。結果として、普段はやらない探りの結果に応じたプレイヤーが事前選抜に合わなかった分だけ余計な移動が発生していた。
せめてイシュカさんを呼んだような魔術読みは事前対応したかったけど、これも割り切った結果の裏目だった。姉である火刈さんが属性魔術なんて使わない上に、妹がそれを使っているところを見たことがないと言っていたのだ。数少ない事前情報にすら裏切られている。
「まあ、やっと安定してきたね。けっこうバタついたけど……ヨルムのほうはどうなってるかな」
「一応、想定通りに進んでるみたいだけど……人数が多い分プレイヤー側の小回りがきかないからね。いざ何かが起こったときにどうなるかはまだ」
「結局こっちがアドリブで対応するのが一番堅いんですよね。それが大変なのに!」
もっとも、大変なだけで不可能ではない。とりあえずこのまま、行動パターンが変わるまでは走り切れるだろうから……変わったそれにいかに上手く対応するかだ。
もっとも、それももうじきだから……仕込みの用意はしておこう。
DCOのボスは複数本あるHPゲージの何本目であるかによって、ほぼ確実に行動を変えてくる。そして後のゲージになればなるほど、どんどん強く難しくなっていくのも相場だ。
ただ仕様として、分かれているHPゲージも同一のものとしては扱われている。たとえば一本目の残りが3%の状態で5%分の攻撃を入れたら、ちゃんと二本目は残りの2%分のダメージが入った状態でスタートするのだ。
それに加えて、空になった一本目が砕けて二本目が起動する演出の間は無敵なんだけど……一本目が空になってから砕けるまでの間はなんと攻撃が通る。そのあたりの細かい仕様は検証班が突き止めてくれていた。
「よし、じゃあそろそろ準備!」
「OK! 任せて!」
「よーしっ、ストレス発散の時間じゃー!」
「ちゃんと最大火力入れるぞー……どうせ向こうもそれ前提の難易度になってるだろうからな!」
ではこれから何をするのか。……きっと勘のいい諸兄ならお察しのことだろう。驚き役のルフェちゃんはいないけど、見守ってくれる人たちならたくさんいる。
事前に順番や休憩のタイミングを整えてあった、担当の面々が待機場所から出ていく。今の戦闘中の班が本当にぎりぎり、二段あるHPゲージの一本目が残り一ドットになるまで削るのを待って……彼らが攻撃を止めて雫を引きつける動きに専念するのに合わせて接近。
入れ替わりで双界人はなるべく後ろまで下げておく。とあるクエストの報酬で用意できた双界人専用の死亡肩代わりアイテムは装備させているけど、それでもその命はこの世界での私たちのそれよりもよほど重い。
「発動準備! 合図してから10カウントでいくよ!」
私も前に出た。……集まったのは、対単体火力に長けた大技を持つプレイヤーたちの一部だ。もともとそれを持つトップ勢を多めに集めているから、これだけ出てきたもののまだ半分にも満たない。残りは後で、もっと終盤で使うことになる。
ブランさんも対単体の固有奥義だけど、今回はスルーだ。ゲージ攻撃での反撃の可能性があるから大将を二人とも同じタイミングで出すわけにはいかないし、私のほうには厄介なリソース消費があるから最終盤にはおそらく撃つ暇がない。
「いけるね! 10、9」
初めてやる戦法ではない。ユエイリアさんとの戦闘で全力で活用して、他のボス相手でもやれないかと考えられたものだ。そうして見つかった『削り切ってから無敵状態になるまでにラグが存在する』という仕様はとても好都合だった。
「8、7、6」
可能なら全て温存してしまって、少しでも最後の最後に発生するバーサクモードの時間を減らすようにした方がいい。だけど雫はボスとしては体躯が小さいから、ある程度分散させた方が効果的だという判断になった。いわばプランBだ。
「5、4、3!」
ほんの少しでも勝率を高く。枚数の限られた手札が多いトップ勢の戦闘、指揮の責任は重い。だけど皆はついてきてくれている。それなら、私が旗を振ってみせよう。これまでと同じように、もっと目立つように。
「2、1!」
剣を構える。詠唱はできていた。
引きつけていたハヤテちゃんが両手の双剣で猫騙しをして、そのまま全速力で離脱する。───ほんの一瞬、雫が完全に向こうを向いた。
「0!」
「《秘剣・二打八艘》」
「《グレイシャルストンプ》!」
「《トライデントクロスニット》」
「《行燈幽燭、乱れ夜桜》」
「───《トワイライト・ブラスター》!」
……ゲージが割れて、無敵状態になりつつ動きを止めて第二ゲージが現れる。が、その瞬間から二本目のゲージも減った。そのまま一割ほどが消失、どうやら綺麗に決まったようだ。
各々が素早く下がりつつ、次の担当パーティも接近はしないまま控える。一時的にボスの近接範囲内から誰もいなくなった状態だ。
「よし、完璧だ!」
「やりぃ!」
「油断するなよ! 何してくるかわからんからな!」
だが、そうだ。問題はここから。バージョン1最後のボスが放つゲージ攻撃は最大級の警戒が必要になる上、その後の行動パターン変化も気にしなければならない。
この場にいるのは全員がトップ勢。そんなことはよくわかっているし、しっかり構えてもいた。
……が、それでもどうにもならないものというのは存在する。
「来る!!」
「……なんだ?」
「モーションが狙い目に似てます! 気をつけて!」
「つって気をつけようがなくないか!?」
「ん? ……うわ、マジかよ!?」
明らかなゲージ攻撃のモーション。これが終わるまで無敵状態は解除されないから、大人しく対峙して受け切らなければならない。
ところが、結局ダメージは一切入らなかった。モーションは終わったが攻撃らしい攻撃はない。……ただ、そう。モーションが狙い目によく似ていた。その違和感と嫌な予感からステータス欄を見た私たちは、愕然とすることになった。
「そう来たか……!」
「さすがに凶悪すぎるんじゃないですか、雫さん……?」
全員だ。この場にいた人物が全員、双界人まで含めて一人残らず、《火車の狙い目》状態になっていた。
雫ちゃん「後半からほんきだす!」




