40.いつもの九津堂がアップを始めました
道中で遭遇するMobに《逆柱葉》が混ざって、さらにしばらく。
「さて、ようやく目的地ですね」
〈神社だ〉
〈やっとか〉
〈長かったなぁ〉
〈にしても飽きないんだよな、この配信〉
〈雑談枠終わりか〉
〈時々アクロバットするせいで時間が短く感じる〉
目の前に現れた鳥居を潜ると、奥にはかなり本格的な神社が見える。……はずなんだけど、今はそれを飲み込むような黒い半球が異質な存在感を放っていた。その外にあるのは外れの手水舎くらいだ。
光すら飲み込むような真っ黒の上に、灰色や紫のモヤが漂っている。十中八九、これが件の汚染だろう。
そしてその手前に、人影がひとつ。こちらに気づいたようで、振り返って首を傾げている。
「セレスティーネさん、ですよね?」
「は、はい。あなたは……?」
「来訪者のルヴィアといいます。ニムさんに依頼を受けて、ここの浄化に来ました」
「ニムちゃんが……そっか、もうそこまで」
ひどく安心したような様子を見せる少女。さらさらのプラチナブロンドがそよ風に流れる。見覚えのある顔が、目の前で生きていた。
予想通りというべきか、『セイクリッド・サーガ』のセレスティーネ・ユングそのままだったのだ。精霊ということで体が淡い光を放ってこそいるが、違いはそのくらい。
こういうことをされると、ファンとしては滾ってしまう。本当に狡い。おまけに代名詞まで同じなのだ。
「改めまして、《鏡の精霊》セレスティーネです。待っていました、来訪者さん」
「はい。……そちらは?」
「私の力……《ミラーコロッセオ》で、汚染を押さえ込んでいます。浄化して救い出すべき存在、《黒き神霊》はこの中に」
〈原作再現だ!!〉
〈お嬢ミラーデュエルするん!?〉
〈あっっっつ〉
〈主人公かよ〉
〈まあちょっと決闘場デカいけど〉
『セイサガ』のセレスは支援もできる魔術師だったけれど、中でも得意としていたのが障壁系。《ミラーシールド》と呼ばれる魔法反射障壁は彼女の代名詞だった。《鏡の精霊》という二つ名はそこから来ているのだろう。
《ミラーコロッセオ》はその応用版で、壁ではなくドーム状に障壁を展開する技だ。剣も魔法も使う勇者である主人公は、時に周囲に被害を出さないためこのドームの中で敵と決闘をすることもあった。ミラーデュエルというのは、ファンによるその決闘の俗称だ。
「では、この中で倒してくればいいんですね」
「はい。……この結界には魔術を反射する性質があります。お気をつけて」
「わかりました。行ってきますね」
「一度入ったら、術を解除しない限りは来訪者さんの《緊急退避》以外では外に出られません。……ご武運を」
《ミラーコロッセオ》の中に入ると、背後で結界が閉じて壁が現れた。振り返れば銀髪赤瞳のエルフがこちらを見つめ返す。鏡さながらに光が反射して、私の姿が映っているのだ。
このあたりも原作再現だ。《ミラーシールド》はただの魔術障壁で光は透過していた一方、結界の性質を持つからか《ミラーコロッセオ》は鏡面仕様になっているのだ。
お察しの通り内部は合わせ鏡のようになるわけだけど、ぼやけ率が高いようで無限に見えたりはしない。ゲームらしい仕様とはいえ、実際に内部で戦う分にはとても助かる。変に気が散らないからね。
光源らしい光源もないのではと思ったけれど、どうやら鏡面ドーム自体が淡く発光しているらしい。光度に困ることはなさそうだった。
そんな封印された空間の中なのだけれど、そこは殺風景なものだった。地面は神社の境内そのままだが、存在するのはふたつだけ。私と、もうひとつ。
……真っ黒なもやに取り憑かれた、ぼうっと光る男の人影だった。具足と日本刀を携えたそれが何なのかは、もはや言うまでもないだろう。
「……主は、来訪者か」
「ええ。精霊様のお達しで、あなたを浄化しに来ました」
「そうか。……では、よろしく頼む。もはや、意識を保つも難しい故……」
〈喋った〉
〈汚染にやられてるだけで悪い神様じゃないんだ〉
〈そんな感じの話だよな〉
〈これからも多いのかなこういうの〉
神霊は辛うじて簡単な受け答えで私を確認すると、それだけ言い残して力尽きたようにまぶたを閉じた。
そして次の瞬間、再び開いたその目は濁っていた。完全に汚染されてしまったのだろう。そう確信できるだけの、わかりやすい演出。
私にできるのは、汚染に支配された彼を倒すこと。そして、ニムさんから受け取った式符で元通りに浄化してやることだ。
黒き神霊 Lv.30
属性:光
状態:汚染
先に動いたのは向こうだった。そのレベルに見合う素早い動きで突進してくると、勢いのままに一太刀。
私もタイミングを合わせてパリィを狙ったが、意外なほどギリギリのタイミングになってしまう。
単純に、相手が強いのだ。レベル30はこれまでの敵の中でも最高で、そこからかなり鋭い斬撃が飛んでくる。相当な弱体化がかかっているのだろうけれど、それでも本来の神霊の力が現れているのだ。
彼が武神らしいのは見ての通りだけど、それに見合った動きをしてきている。
「っ……重い。クレハと練習してくるべきだったかな」
〈とか言いながらちゃんと打ち合えてるやつ〉
〈パリィ精度にはもう突っ込まねーぞ〉
〈お嬢って剣道経験とかあるの??〉
〈10日そこらでやらせる難易度じゃなくて草〉
剣筋は見える。リアルで剣術をやっているクレハの稽古を見学することもあるから、目はそれなりに自信がある。
ただ、わかっていても重い。《パリィ》スキルレベル40のアーツ、遠心力で弾く強度を上げる《ドラッグパリィ》を発動させてようやく五分だ。このまま真正面からの打ち合いを続けていたら、こちらが一度でも失敗した瞬間に押し切られてしまいそう。
「それなら……っ」
〈お?〉
〈動いた〉
〈なんだなんだ〉
「《アトモスロア》!」
〈当たった!!〉
〈やっぱ近接特化か〉
〈柔いな〉
〈なんかモーション入った?〉
一旦離れて、少し遠くから《風魔術》で射撃。これがようやくまともに入って、5パーセントほどHPゲージが削れる。ソロ用ボスだからなのか、《黒き神霊》の特性なのか、どうやら耐久力はかなり低いらしい。
だが、それを喜んでいる暇はなかった。その場から動かないまま、神霊の方から魔力光。
「わっ、とと!」
〈なっ〉
〈こいつ魔術使うのかよ〉
〈反射した!?〉
〈うっわやべえぞこれ〉
「遠距離の撃ち合いもリスキーですね、これ……」
色からして光属性。どうやら神霊は魔術も使うらしい。近距離は刀、遠距離は魔術というわけか。武器と魔術の両立があまりされていないのはプレイヤー側の事情だから、神霊が両方を使ってもおかしいということはない。そもそも私にもできているし。
その魔術、おそらく《スパークルロア》は問題なく避けられたが、そこで気を抜いてはいけない。ここは《ミラーコロッセオ》の中、つまり魔術は壁で反射する。
避けた先へ跳ね返ってきた《光魔術》を避けて、改めて向き直る。どうやら遠距離では積極的に仕掛けてくるわけではないようだが、それでも隙を見せれば襲われるに違いない。
認めざるを得ない。この敵は、強い。これまでに戦ってきた中でも、格段に。
しばらく攻防が続いて、しかし私はなんとか優位に立っていた。
というのも、ただ魔術を撃ち合うだけなら私に分があったのだ。確かに魔術も自在に操るけれど、さすがに見た目通りの武者であるらしい。
MPポーションを飲み干して、飛んでくる魔術攻撃を避ける。反射してくる魔術の射線から外れて、こちらからも反撃の《アイシクルアロー》。こちらは当たって、二段あった神霊のHPゲージの一段目を削り切った。
〈いった!〉
〈これで折り返し〉
〈まさかの純魔法戦という〉
〈なぜか近づいてこないんだよな〉
「ゲージ切り替わりは要注意。ソロの時は特に、気を抜いたら詰みかねませんからね」
MMOをやっていて、ボスのゲージ切り替えを警戒しないプレイヤーはほとんどいないだろう。多くの場合、それは行動パターンの変化の合図だ。中には特殊行動を行ってくるエネミーもいる。
……そう、今のように。
「避け、っ……!?」
〈なんだ!?〉
〈何があった〉
〈なんか暗くないか?〉
〈画面左にアイコンついてるぞ〉
〈……は?〉
〈いや嘘だろ〉
〈難易度設定ミスってんだろこれ〉
〈ベータテストってなんだっけ〉
〈よくわからんがヤバいことはわかった〉
〈いややべえよ、デバフ4つって〉
「……何、今の」
……デバフ、四つ。
それがこのソロ限定ボスの本気だった。
《連唱》による大ダメージモーションの途中で一時無敵状態となった神霊は、そこからの復帰に合わせてこれまでになかった動きを見せた。それ自体は予想通りだったのだけれど、問題はその内容だった。
一度その体躯を丸めた神霊は、意味ありげに大きなモーションで気を解放するような挙動をする。そこから何かしらの攻撃がくると思って構えた私だったが、結論から言えば、避けることはできなかった。
抽象的に表現するのであれば、そう。“汚染の嵐”。《魔力汚染》に浸食された神霊が、その汚染された魔力そのものを嵐として解き放ったのだろう。
普段その汚染はプレイヤーには効かないはずなのに、それすら貫通してダメージと状態異常が付与されている。それほどまでに濃度が高かったのか、本来なかった指向性が与えられているのかまではわからないけれど。
付与されたのは《毒(3)》、《目眩(2)》、《循環不良(2)》、《速度低下(2)》。効果時間は驚きの無制限だ。解呪するかセーフティに入るか、あるいは死に戻るかしなければ解除されない鬼畜仕様である。
さすがに溜め必須の強攻撃だったのか、神霊のほうも動きを止めている。……が、これを好機と捉えて攻撃に移るプレイヤーは長生きできないだろう。今のうちに、押しつけられた状態異常を確認しておく。
まず《毒》。まさに想像の通り、HPを継続的に削られる状態異常だ。私が受けたことで開放されたヘルプによると、横の数字は状態異常の強度。
比較対象がないから基準は不明なものの、《毒(3)》は3秒で私のHPを1%ほど削っている。
……いや、強すぎない? ボス部屋の中で自然治癒しないことを考えると、それだけでもたった5分でHPを削り切る毒はあまりにも強力だ。
次に《目眩》。読んで字のごとく、目眩がする。これは軽いものだけど、それにしても戦闘中には鬱陶しい。一歩でも立ちくらめば一撃を受ける場面だ。
そして《循環不良》。これは魔術の詠唱速度が遅れてしまう。試してみたところ、所要時間はいつもの二割増といったところ。現状では他のものほど面倒ではないけど、それでも感覚が狂ってしまうことには違いない。
最後に《速度低下》。これが一番厄介だった。
効果はアバター操作速度の低下、強さは本人がラグを覚える程度。外見からでは分かりづらいかもしれないが、これは致命的だ。
届くはずの攻撃が届かない。間に合うはずの防御が間に合わない。これは正直、解呪しないとやっていられない。
「うん、まずいですね」
〈いや頷いてる場合じゃないと思うが〉
〈ヤバすぎて草も生えない〉
〈信じられるか? これ必中技なんだぜ〉
ただ、そうなのだ。あえて言うのなら、これは必中技だったのが救い。これほどの汚染を必中で撃ってくるからには、何か解決策があるはずだ。
さあて、どうしたものか。
精霊セレスティーネの顔見せと、ボス戦前半でした。ルヴィアの勢いが完全に止まるの、何気に初めてかもしれませんね。二桁人形軍団でも厄介プレイヤーでも突然の決闘でも止まらなかったあたり、とんだ暴走機関車ですが。
次回はボス戦後半。デバフを乗り越えていけ。
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