394.たとえ最後の戦いでそれを使えなくても
「せー、のっ!」
「っぐぅ!?」
「戦録そのまんまの性能で出してきちゃって……!」
圧倒的超火力、やっぱり那夜はこうじゃないとね。いい原作再現だ。……難易度は原作再現じゃないけど。
傑作ソシャゲと言われることもある百鬼戦録だけど、その名声は多くがキャラクターとストーリーに向けられたものだ。タワーディフェンス部分は出来はよかったものの、難易度の低さはよく突っ込まれていた。エンドコンテンツ自体は少ないながらあったし、期間限定イベントには特に高難度ステージが用意されていたから私は気にするほどでもないと思っているけど。
今私たちの目の前にあるのは、それをこれでもかと想起させてくる“なやかが”と、それとは似ても似つかない超絶難易度だった。
「私かフロルちゃんがトチって致命傷を受けたら八割方負けるよ!」
「怖すぎるんですけど! あと何分くらいですかね!?」
「二分でトップ勢が三人来るけど、先に休ませなきゃいけないのはオーヤさんだからこっちは来ないか来ても一人」
「わあ地獄!!」
確かに矢車那夜はピーキーなキャラだった。だけどそれは百鬼戦録がタワーディフェンスで、那夜が前方一マスにしか攻撃できないアタッカー区分だったからだ。
この世界ではそんな制限はない。では那夜の弱みが消えて、その上で彼女の強みだった純粋な攻撃力が解き放たれたら?
答えはこれ。私とフロルちゃんはどちらも前衛火力にしては特異的な耐久力が強みだけど、防御に専念してなおそれを危うく貫通しかねない怪物の爆誕だ。
それを相手に、タンクなしで最低5分。なんだかんだ言ってちゃんと難易度が調整されているDCOだけど、私の周りだけこんなのばっかりだ。これまでは毎回何かしらの予防線か失敗の上で踊っていたけど、今回は何が悪かったんだろうね。
「つぎ、剣!」
「任せて。援護よろしく」
「りょーかい!」
救いがあるとすれば、那夜の基本攻撃は単純なものが多いことだろう。剣、羽飛ばし、それからペンタチコロオヤシらしい《気絶》の状態異常を付与する攻撃。時折他のものも飛んでくるものの、パターンの大半が対応はしやすい。
そして最大の鬼畜要素が、通常攻撃がそもそも目を疑うような火力を誇っているところだった。この剣攻撃にしても、怒涛の連撃をしっかり受けきらないととてつもないダメージを出されてしまう。
「よっ、は、っと、……っ!」
「こっちなのっ」
この連撃、何を思ったのかタワーディフェンスの演出として用意された見栄え重視モーションそのままなのだ。私でも両手ともに《ソードガード》でないとパリィが追いつかない。これがタンク必須という意見の最大の要因だった。
しかもタチが悪いのは、タイミングよく反撃を入れないとループして斬撃が止まらないこと。普通なら一人で相手をできるはずがない仕様だ。かといって攻めに専念するのが一人でもよくない、なにしろ反撃への反応が早いから。今もフロルちゃんに加えてアイリウスまでフル回転してぎりぎり持たせているといったところ。
その上でもう一人、つまり最低でも三人はいないとまともにダメージを出せないのが矢車那夜というボスだった。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだね。
ただ、那夜はこのクロニクルクエストのボスとしてはかなり単純な方なのは間違いない。そもそもDCOにおけるパーティの基本編成はタンク1ヒーラー1アタッカー3~4だから、普段より効率や速度は下がるものの通常パーティでも攻撃自体はできる。
それなのに今こうして未曾有の危機となっているのは、単純に想定外からの不意討ちで戦線が崩壊して人が足りないから。そして、
「ぬおおおおさすがにきちぃ!!」
「死ぬ、一瞬でもミスったら死ぬぅ!!」
そのただでさえ絶望的な人数が二人のボスに割かれていることにあった。向こうもMP切れの圏外組が辛うじて絡めている以外は、半ばアルさんのソロ状態にある。
函峯に転移門はまだないから、死に戻り組が戻ってくるまでにはまだ時間がかかる。もうひとつの昼ボス戦である紗那戦からヘルプを呼んではいるけど、お互いの邪魔にならないようある程度離れた場所で戦っているのが災いして数分は必要なのだ。
やっぱりこれ、一度でクリアすることを想定している難易度ではないと思うんだけど……始めてしまったからには足掻き抜くしかない。そのためにアルさんも今度のランキング改定でTier1行き必至の大立ち回りを続けているのだ。
驚異的なのはそれについている圏外組、オーヤさんもだ。確か天陽のときにご一緒した中の一人だけど、ちょっと目をみはるほどよく食らいついている。彼は掘り出し物かもしれないね。
そんな彼らには、程なく福音があった。
「……っと、とっ!」
「グニャッ!?」
「悪いなアル、待たせた」
「いや、間に合ったぜ相棒! 最高だ!」
……流鏑馬だ。紙でできた馬が駆けてきて、そこから矢が撃ち出された。見事に着弾したそれは、遠くから当たったただの矢とは思えない効力を発揮して燎を仰け反らせる。
あれこそが《猫鎮めの神器》の力だ。放ったのはジルさん、得物は水圀にあった《猫南瓜の妖弓》である。猫系統のボスにだけ強烈な特攻があって、こうして目に見えた効きになる。
そのままアルさんのもとへ合流して馬を降りたジルさんは、そのまま限界すれすれだった燎との戦闘に参加し始めた。入れ替わりでさすがに限界を越えていたオーヤさんが離脱したから未だ綱渡りだけど、後続が来るまでの時間は稼げるだろう。
「問題は、両方が間に合うかどうか、なんですけどねっ!」
「ルヴィア、喋れないなら無理しなくていいの。仕方ないことなの」
「収録中だから、申し訳ないけど……っ!」
ジルさんは燎のほうしかなかった。那夜は猫ではないから、想定外のこととして今回のバージョンボスなのに神器が効かない。ただ、あと二人ほどそろそろ来るという増援をどう割り振るか。
私たちも無理のある状況だけど、敵のやってくることの厳しさでいえば燎のほうなのだ。その上向こうは全滅したらその時点でほぼ終わり、だけど那夜がフリーになれば挟まれて無理ゲー化。
「司令部、ごめん! 判断投げる!」
『わかった! きついよね、目の前最優先でいいよ!』
総合的にはどちらも重要度も、厳しさも大差ない。そして苦しいことに、目の前から襲い来る攻撃が苛烈すぎて私が考える余裕はほとんどなかった。やむなく司令部に任せたけど、こんなことは初めてだ。
指揮をしながら本職ではないタンクを、純粋な攻撃力ならトップクラスの敵に対してやるのなんて初めてで当然だろう。…………指揮さえ抜きにすれば経験があるのは、ちょっと自分でも何も言えないけど。
『……え? わかった、うん。……ルヴィアさん、あと一分全力!』
「一分、了解! 信じるよ!」
ところが。ここで本部から妙な指示が出た。全力、つまり最悪使い切ってもいいなんて指示、今は聞くことはないと思っていたんだけど。それに、今ここから一分以内の場所にそれだけのプレイヤーなんていないはずだ。
だけど指揮を投げたのは私だし、把握できていない情報も当然あるはず。それなら下手な迷いは無用だ。……知るのを後回しにして信じるのって、ちょっと怖いね。いつも任せてくれるみんなに感謝だ。
「一分、この一分が正念場ですね。よし!」
「フロルちゃん?」
「固有奥義切ります!」
「……わかった。合わせるよ!」
そしてそれを聞いて、フロルちゃんは決断したようだった。彼女もトッププレイヤー、固有奥義はこの決戦に間に合わせてきた。
だが、多くの固有奥義のクールタイムは24時間。ここで切ればクロニクルクエスト中は再使用できない。それでも使うのは、ここで対那夜戦を安定させられるかどうかに全体の成否がかかっていると判断したからだろう。
それと、彼女の固有奥義は多人数戦に向かない。一分後に何があるのかはわからないが、確かに今が一番活かせそうだ。
「絡み散らせ───《ヘスペリデス》!!」
それがこれ、《ヘスペリデス》。……愛槍を地面に突き立てると、一帯から蔓草が生えてきて獲物を探す。
一定範囲内の自分自身を除く存在へ絡みついて、たくさんの花が咲くと同時に行動制限のデバフを掛けながら継続ダメージを与える。総ダメージ量はかなりのもので、当たれば動きまで大幅に鈍る欲張りな技だ。……ところがこれ、なかなかの曲者だった。
なんとこれ、味方の阻害もしてしまうのだ。敵に比べると追跡がかなり甘くダメージもないとはいえ、捕まれば行動鈍化はしっかり効く。特にタンクは動けずとも防げるよう工夫が必要になるし、後衛は配置や距離に気を遣わなければならない。
だけど。
「今ならノーデメなんですよ」
「フロルちゃんがここなの、結果的には大当たりだったね」
それもこれも、当たればの話だ。
私は空中にいる。この蔓草は何もない空間はせいぜい数十センチしか届かないから、飛びっぱなしでヒットアンドアウェイを繰り返していればまず引っかからない。
加えてこれ、絡みついてから花が咲くまでの間に離れてしまえば問題ない。敵には素早いから俊敏なものでも捕まえるが、味方に対しては比較的鈍いから機動力があれば振り切れるようになっている。総じて一緒にいる味方を選ぶ、避けられるパーティ向けの技だった。
「ま、これの継続時間自体が一分半です。アタッカーが一人しかいない場で使うのはちょっともったいないですけど……今にも暴れそうだったので」
「那夜も状況がわかっているのかも。ナイスだよ、フロルちゃん。……私も行こう、《百華千変》」
『と言いながらタコ殴りと』
『急に見栄えがシュールになりましたね』
「これでも気は抜けませんし、一方的に攻撃できるのは理想形ですけどね」
『ものすごい惨いことしてる……』
『あれ下手したらそのへんの固有奥義より火力出てない?』
『ボスがこの状態でもここまで繋げるのは普通無理だって』
正直なところ、那夜を含めると燎戦は少なくとも前半戦では一番の難敵だ。防げるボス化だったこともあってペナルティボス的な扱いになっているのかもしれない。海外サーバーでは昼のボスが三体で済むことを祈るべきだろう。
だからこそ、できることはなんでもやろう。それがどれだけ凶悪なコンボでも。
そう、《エッジラッシュ》だ。《百華千変》も乗せてしまって、思い切りダメージを出していく。
どうやらコンボ継続によるダメージの伸び倍率は徐々に緩やかになるようだけど、それでも恐ろしいほどのダメージが入っている。伸びてくる蔓草と鈍いなりに動いてくる那夜を避けながら一秒以内に斬り続ける必要があるから、なかなか難しいものだけど。
現にしばらく続いてから途切れてしまったけど……気配を感じた。
『あっ』
『地味に見えたけど、ルヴィアさんでもきついんかこれ』
『確かに難しそう……』
「あ、来る。《ヘスペリデス》残り40秒!」
「……なるほどね」
意地だろうか、これでもかと絡みつかれているはずの那夜はそれでも動く。蔓草が枯れるまでこれ以上の攻撃は受けまい、このまま引きちぎって枯らしてやる、とばかりの那夜だったが……不意にその姿を、緑色の奔流が覆った。
既に一分は経過している。風属性の見たこともない魔術が過ぎ去ると、見覚えのない魔力パターンを散らしながら新たな助っ人が《ヘスペリデス》の範囲外に陣取っていた。
「まさか来てくれるなんて、ママ!」
「娘がこれだけ頑張ってるんだから。私も力にならないと」
「ありがとう、sper。心強いよ」
フロルちゃんは途端に甘えるように嬉しそうな声を出す。私も思わず安心してしまって、中継が繋がっているスタジオを置いてけぼりにしてしまう。
このクロニクルクエストが始まる直前までゲリライベントのゲストとして協力してくれていた、私の同窓で友人。イラストレーターで、月雪フロルのデザインを担当したママ。sperがそこにいた。