38.無論切り抜きはバズった
「てか、なんでルヴィアさんがこんなとこにいるんだろ」
「さあ?」
〈あれ、意外と浸透してない?〉
〈見てないやつ多いのな〉
「前線にこれを見ている人が多いのは、戦闘の参考とか攻略情報とかが大きいですからね。自分でプレイできる以上、本来はこんなものでしょう」
たった今一部を触発しておいて言うのもアレな話だけど、ここに残っているプレイヤーの多くは前線での攻略に全力で邁進するほどの魅力を感じていない人たちだ。私の配信に目を通しているのは、でも趨勢には興味がある、という人くらいだろう。
彼らは彼らなりにゲームを楽しんでいるのだから、これでいい。というか、けっこうな数のプレイヤーがこの長時間配信を見ていることのほうが奇妙な話というか。
「さて、そろそろ行きましょうか。今回のダンジョンは西でしたね」
〈しっかり言っていくスタンス〉
〈そういうとこ好きよ〉
そんなこんなで町の西門。ここは今、下手にレベルの足りないプレイヤーが通らないように門兵が道を塞いでいる。
王都でも特に最前線の、レベルカンストプレイヤーに指名で入ったダイレクトクエストだ。その領域に、二つめの町のプレイヤーが迷い込んだら悲惨の一言。この措置は正しいだろう。
だが、今回の私の目的はそっち。門を通してもらわなければならない。
「あの、ここ通れますか」
「すまんな嬢ちゃん、この先には危険なダンジョンがあるんだ。来訪者はまだ通さないように言われててね」
「実はそのダンジョンの攻略を、ある精霊に依頼されまして……」
そのままでは通れないことがわかっていたから、ニムさんは依頼の旨を署名で残してくれていた。それを見せると、門兵の態度が一変……しなかった。
「なるほど、ことは分かった。それなら、実力を見せてもらおう」
「……《決闘》ですか」
「悪いが、仕事なんでね」
〈お?〉
〈なんか始まったぞ〉
〈これマジ?〉
……予想外の展開だ。この世界において精霊の影響力は大きいと思っていたから、署名を見せれば素通りだとばかり思っていた。
裏を返せば、それだけ危険だということ。下手に実力の足りないプレイヤーが死にゲーをしないよう、二段構えで用意しているのだろう。
それと、おそらくは……。
「……《決闘申請》」
〔決闘を申請しました〕
「良いねぇ。そのくらい血気盛んじゃないと、この先やってけないからな」
〔決闘が受諾されました〕
「初撃式、ポーションなし、制限時間は5分、属性相性なし。これで構いませんか」
「ああ。時間切れになったらどうする?」
「私の負けで構いません。私が負けたら一度出直しますが、勝ったら通してもらいますよ」
「それでいい」
《決闘》。主にプレイヤー同士が戦うために用意された、PvP用のバトルモードだ。あまり使われているところは見ないけれど、クレハとジュリアがテストがてら派手にやったのが記憶に新しい。
セーフティエリアでのみ使用可能で、主にモードは二つ。一度でもまともに攻撃が入れば勝ちになる初撃式と、どちらかのHPが0になるまで続く全損式だ。
初撃式は直撃が入ったら決着。もしも一撃でHPが全損する攻撃が入っても、残り1で止まる仕様になっている。
まあ、全損式でもデスペナルティは発生しないから、プレイヤーにとってはデメリットはないんだけど。たぶんこの初撃式、今のような対住民での使用が念頭に置かれているんだと思う。
その他、かなり細かくルールが設定できる。某大乱闘なアレもびっくりだ。さすがに空からアイテムは降ってこないだろうけど。
持ち込めるポーションの数や制限時間から使用エリアの範囲、参加人数に属性参照の有無。変わったところだと、範囲内の障害物を無視したりもできる。
とはいえ、今回は無難に。彼が私に求めているものは、なんとなく察しているから。
「それじゃ、かかってきな、嬢ちゃん」
目の前にカウントダウンエフェクトが発生。私と門兵の中間地点を中心に半径10メートルのデュエルエリアが発生して、半透明の壁が内外を隔てた。
私の行動は最初から注目を集めていたから、ギャラリーはかなり多い。しかもそれがさらに増えてきた。
……このデュエルエリアの壁、かなり目立つんだ。たぶん今、町中のプレイヤーがこの西広場に集まってきている。
そんな野次馬たちを尻目に、抜剣して中段に構える。どこからでも対処しやすい、自分から踏み込むこともできる安定択。
一方の門兵は左手に盾を構えながら、重そうなバスタードソードを上段に構えた。一撃が重そうな重量感だが……実はこの門兵、レベルが28もある。なんと《桜街道》のボス《呪染の大霊樹》と同レベルだ。
私は25だから、しっかり格上。そもそもプレイヤーのレベル、今は25が上限なんだけど……。
まあ、そんな泣き言を吐くわけにはいかない。格上のNPCくらい倒せないと、この先は危険だということなのだ。暫定エンドコンテンツは伊達じゃない。
カウントが進む。3、2、1……。
〔DUEL START!〕
まずは相手の出方を見る。一瞬のリスクが特に大きいこのモードにおいて、読み負けは許されない。下手に正面から突進して、カウンターを決められれば目も当てられない。
それにこれ、私にとっては初めてのPvPなのだ。気を抜くわけにはいかない。クレハとジュリアのデュエルを思い出して、二人の稽古を模倣して……。
門兵はどっしり構えたまま動かない。そもそも機動力を捨てたタイプにも見えるが、あくまで私の動きを見るようだ。
……それなら。
「……っ」
「なんだ……っと!」
腰溜めに構え直して、右斜め前に《ペネトレイト》。これが軌道を外れていることに気付いた門兵は、一瞬だが隙を作った。
《ペネトレイト》は構えてから高速で突進し、右利きなら左足の着地点から前に突きを繰り出すアーツだ。これを右足の着地でキャンセルして、その足を軸に向きを変える。
バスタードソードの間合いぎりぎり外。ここから素早く左足で踏み込んで、勢いを乗せたまま突き。
……防がれた。正面に向き直りながら、盾で外側に弾きながら斬撃が来る。
うん。そうなるよね。
「ふっ!」
「……ほう」
弾かれた勢いを止めずに一回転。予想通りSTRの差が大きいから、無理に堪えるよりその場で回る方が早く体勢が整うのだ。
回転の勢いをそのままに、私を襲う剣を下から叩く。右足を着地させながら門兵の剣を弾いて、アーツ発動。
《パリィ》スキルレベル40、名前は予想通りの《ドラッグパリィ》。攻撃の進行方向をあまり変えずにいなす時、普通よりも大きく敵の体勢を崩すアーツだ。
そのままこちらの《アイリウス》を引き戻して、一撃。……防がれた。
右腕を大きく流されながらも、胴体は踏みとどまって盾を割り込ませてきたのだ。全身を崩すには力が足りなかった、ということだろう。
つまり、勢いの補正を含めてもSTRで負けたわけだ。最近はほとんど振っていないとはいえ、プレイヤーの中では高い方なんだけど……門兵のレベルの高さに加えて、あちらのステータスがSTRに寄っているのだろう。
「なかなかやるじゃねえか」
「これでも来訪者の代表ですから」
「それに、その剣」
「この子がどうかしましたか」
「いや、」
その間に横合いから戻ってくるバスタードソードを剣で受けて、鍔迫り合いに移行する。しばらく力が拮抗して、言葉を交わす余裕もできた。
……が、これは長くは続かない。門兵が途中で言葉を切ると、力任せに弾き飛ばしてきた。
「嬢ちゃん、まだ全力じゃねえだろ。対人戦は初めてか?」
「ええ、まあ。勉強中です」
「勉強中ねぇ」
「でも、そろそろ慣れてきましたよ」
「なら、見せてもらおうか」
そう、私はまだ手を伏せている。片手を使っていないも同然だ。PvPの立ち回りを理解するために、まずは使わずに意識を集中させていたのだ。
人型の相手という意味では《酒蔵地下》の操り人形がそうだったけど、あれは参考程度にしかならなかった。操り手のいない人形は軽すぎたし、操り手との戦闘はパーティプレイだったから。
だけど、そろそろ掴めてきた。戦い方そのものがわからなかったわけではないから、そう時間はかからなかった。
それでも経験が浅い分、下手に長期戦になると困るのはこちらだ。次で決めた方がいいだろう。
「さあ、来な」
「……は、っ!」
今度は真正面から。素直に攻撃……盾に防がれる。反撃を剣で受ける。一度外してからもう一度ほぼ同じ位置へ斬撃。門兵は今度は剣で受け止めた。
そのまま何度か打ち合う。ステータスでこちらが劣る分、やや押され気味だが気にしない。
……かかった。
「どうした、そんなもん──」
「──《ウィンドアロー》」
「なっ!?」
ここからは、ほんの一秒の間に起こった出来事だった。
私が魔術名を詠唱して、《ポイント・キャスト》の《ウィンドアロー》が門兵の背後で発動。
これに反応した門兵が、見かけによらない機敏さで横っ飛び。背中を狙った魔術が避けられる。
そのままその奥にいた私へ飛んできた緑色の矢を、《アイリウス》に魔力を込めて斬り落とす。《ウィンドアロー》は真っ二つになって消滅。
そしてその光景に一瞬だけ隙を作った門兵の背中に、すかさず二の矢が突き刺さった。
「《連唱》か……」
「勝負あり、ですね」
〔YOU WIN!〕
「《キュアヘルス》」
「ありがとよ。……いやー、参った!」
デュエルエリアが解除されて、私のMPは回復し始めた。NPCはセーフティエリアでも自然回復しないので、私から《治癒術》を掛けておく。
傷の癒えた門兵は清々しい顔で立ち上がって、気さくに両手を挙げてみせる。どうやらこっちが素らしい。
「しっかし、剣を打ちながら連唱とはなぁ。精霊様から任されるだけはあるか」
「こういうの、得意なんですよ」
「得意にしたって、普通は限度があるさ。……それに、その剣。《唯装》だろ」
「ああ、はい。やっぱりわかりますか」
唯装はプレイヤーから見ても明らかに凝ったグラフィックでわかるけれど、それは住民から見ても同じらしい。もはやあっさりバレることにも慣れてきた。
私が剣と魔術を両立できているのは、紛れもなくアイリウスのおかげだ。門兵の視線を見るに、これがその要因であることもわかっているだろう。
「それに、さっきそれの事を『この子』って言ってたろ。相当息が合ってる証拠だ」
「……そうですね。すごく馴染んでいますし」
「嬢ちゃん、精霊様に頼み事される仲なんだろ。来訪者ならもしかしたら、じきに精霊様の仲間入りするかもな」
「実は、もう誘われました。もうすぐだと」
「はは、違いないな」
この世界では、そういう感覚があるのが普通なのだろうか。私たちにはよくわからないけれど。
「さて、負けたからには通してやらないとな。セレスティーネ様のこと、頼んだぞ」
「はい。任せてください」
「……ところで、そっちなんだが」
「……ああ、お気になさらず」
決闘中は意識していなかったけれど、ギャラリーが凄いことになっていた。まあ当然というか、前例もあったというか……。
〈ここ切り抜き〉
〈*運営:ご安心を、しっかり切り抜きますので〉
〈運営!?〉
〈運営おって草〉
〈運営が切り抜くのかよ〉
……まあ、盛り上がったんならいいんじゃないかな。
〈なんかお嬢が悟り開いてて草〉
〈強く生きろよ〉
唐突なデュエル回でした。細かい戦闘描写テストも兼ねていたり。
なお作者は素人です。その方面の細かな突っ込みはできればスルーの方向でお願いします。
だんだん後書きに添える文言がなくなってきました。ネタ切れってやつです。
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