37.まだ自分のコンテンツ力に自覚なかったのかよ
3月26日、朝7時。春休みで今日も休日だけど、私はちょうど起き出す頃だった。とはいえ、昨日も0時にはログアウトしていたから、睡眠時間は足りている。
私はVRMMOプレイヤーの中ではあまり宵っ張りではないし、そもそも配信はあまり遅くまではしづらい。結果的に早めに切り上げがちなのだ。
父は貴重な休みで起きてくるのが遅い。母はライブツアー、妹はドラマのロケでどちらも不在だ。この時間に家で起きているのは私だけだから、あまり外面を気にせずのろのろと起き出す。
……ところが、この日は違った。
「…………はい」
『寝起きドッキリの時間でーす』
「それにしては遅くない?」
『まあね。いま朝食の時間だし』
紫音から着信があったのだ。しかもやたらとテンションが高い。
『ちょっと今朝活してるんだけど、話の種が尽きちゃって』
『お、シオンちゃんそれもしかして』
『ああ、例のお姉さんか』
「……顔洗ってくるからちょっと待ってて」
共演者の皆様が集っていらっしゃる。音声通話にしておいてよかった。一度ミュートに切り替えて、最低限の身だしなみを整えてくる。
……奥から聞こえた声も軒並み著名人だらけだった。まあ紫音の友人関係はだいたいそんな感じなんだけど、そんな人たちと一般人の姉を引き合わせようとするのはどうか勘弁してほしい。
しかも今回に関しては、明らかに向こうから興味を寄せてきていた。そのうち一人と一言二言を交わせるだけで自慢になるような人たちが、である。
「お待たせ、紫音。皆さんは初めまして」
『お姉ちゃんが思いのほかしゃんとしてて私は不満だよ』
『初めましてー』
『あ、髪まとめてる』
『朱音さん、お久しぶりです』
以下、しばらく自己紹介の嵐。お互い名前も顔も知っているとはいえ、礼儀的に大事だからね。一部、紫音が家に招いたりして私とも面識がある人もいるけど。
髪については、普段は伸ばしている。今は顔を洗うために一度まとめただけだ。
「髪型ってゲーム内でも変えられたっけ……」
『やって。今すぐやって。今日やって』
「がっつきすぎじゃない? ……まあ、そのうちね」
やや暴走気味の我が妹。最近ちょっとシスコンになってきている気がして、あなたの姉は心配だよ。
配信で人目につくようになって、急に遠くに行ったようで心配なんじゃないか、とは父の弁だった。事実そうだと思うし、最近は意識的に甘やかしている。
では私の方はというと、紫音は本当に小さい頃から芸能界にいるから、それが普通だった。理解はできても共感が難しいのがもどかしいところだ。
「それにしても……画角が豪華すぎない? 慣れてないと卒倒するでしょこれ」
『デビュー半月で登録者50万人を突破した大人気Vtuberが何をおっしゃる』
「自分の実姉をVtuber扱いしないで?」
『そのうちHNに名字とかつきそうだよね』
「やめてください、そういうこと言うと悪ノリするんですようちの運営は」
このご時世、専属の公式Vtuberを広告塔に据える企業は少なくない。今でも半ばそういうことになっているというのに、運営がそれに気づいてしまった日には何が起こってもおかしくないのだ。
ただでさえ正式サービスを見据えて、今から私にコンタクトを取ってきている“本物”が多いというのに。「初回版を入手できたら初日にコラボお願いします」ってものすごい下手に頭を下げてきた100万人級Vtuberすら複数いるんだぞ、こちとら。
『九鬼だから、安直にいくと“ナインデビルズ”とか?』
『精霊なんだからデビルはないでしょ。剣のほうから取って……アイリウス、虹……“スペクトル”でどう?』
『いや、ルヴィアは朱から来てるわけだから、今度は音から取って“ソヌス”あたりで』
「さては私をオモチャにして遊んでるね?」
止める間もなく苗字予想大喜利を始める国民的俳優たち。この人たちをして私の配信の概要が一般教養になっているの、本当に頭を抱えたくなってくる。
なお、三つ目に「音」のラテン語をねじ込んできたのは紫音だ。ゲーマーの姉と幼馴染を持ったせいなのか、教養の範囲が変な方向にも広い。あの子の場合は真っ当な方向にも広い。私も狭くはないはずだけど。
『あ、そろそろ準備の時間だから切るね。お姉ちゃんもありがと』
「ん、頑張って」
『ねぎらいの添い寝ボイス、今日もお願いできる?』
「いつもしてるみたいに言わない」
……そうして嵐は過ぎ去った。まあ、ある意味ドッキリだったかもしれないね。
……さて、トーストを焼きますか。
◆◇◆◇◆
「はい、皆さんこんにちは。《Dual Chronicle Online》公式ストリーマーのルヴィアです。姓はありません」
〈本当にないの?〉
〈つけてよ名字〉
〈なんか背景がハイソ〉
〈あれ、今日はやらないって昨日言ってた気が〉
うん。当初の予定では、今日は配信しないつもりだった。進行中の《天竜城の御触書・参》は私たちは担当した《洞窟に光る癒しの聖石》を昨日クリアして、同時進行の残り二つは後続の邪魔になることを避けて引っ込んでいるところ。
つまり、完全にフリーになっていた。上限に届いているからレベリングをするにも微妙で、これといってやることがなかったから。
「それで王都を散策していたんですけど、なんかもうひとつ祠があったんですよね。これです」
「実はね。ちなみにこっちが本命で、あっちは予備みたいな感じ」
〈マジか〉
〈なんやかんやでお嬢に回ってくるのな〉
〈ニムちゃん当たり前のようにおる〉
「それで、ニムさんに頼み事を言われたので、イベントの気配を感じてゲリラを始めた次第です」
詳しいことはまだ私も聞いていない。なんでも、「けっこう面白いだろうし、いつもみたいにそっちの世界の人にも見てもらったら?」だそうだ。
今更だけど、このゲームは明確に異世界の体をとっている。NPCから見て私たちは助けに来た異世界人ということになるのだ。こういうセリフがメタ発言にならないのは、そのあたりに理由があった。
「で、お願いというのは?」
「うん。確か前に、今の《精霊界》でまともに働けているのは私とリットだけって言ったよね」
「そうですね。《精霊王》という方が、少なくとも会話は可能な状態なこともわかっていますが……」
「精霊王様はねぇ……ちゃんと話せるだけでだいぶマシなんだけど、汚染に縛られてしまっているのは同じなの」
困ったように笑うニムさん。すぐに話題を変えたあたり、今話すことではないのだろう。
「実は、もう一人汚染から逃れられた精霊がいるの」
「……ということは、その方はこっちに」
「ん、話が早くて助かるよ」
汚染から逃れたものの、精霊界にはいない精霊。どこにいるのかは聞くまでもない、間違いなくこちら側、つまり《現世》だろう。
「その子……《セレスティーネ》には、とある場所を守ってもらってるの」
「セレスティーネ……とある場所、ですか」
「うん。《荒れ果てた神宮》っていうダンジョンの最深部」
「……それって、大丈夫なんですか?」
この世界においてダンジョンとは、地形などの条件で魔力溜まりになった場所の空間が変質して生成されるものだ。本来は魔力が濃い異空間になっているだけで、そこまで危険な場所ではなかったらしい。
だけど、ダンジョンは魔力が濃い。つまり汚染された魔力も濃いということで、来訪者以外は迂闊に近づけない場所だったはずだ。そのセレスティーネも例外ではないはず。
「あの子は大丈夫なの。能力で魔力ごと抑え込むことができるから」
「でも、そこに私を送り込むということは……」
「いくら彼女でも、限界はあるんだ。だから、そろそろ助けに行かなきゃ」
つまり、こういうことか。
特殊な能力を持ったセレスティーネさんは、特に危険なダンジョンの最深部で汚染を進めないために押さえ込んでいる。だが、彼女にも限界がある。
私への依頼は、そのダンジョンの最深部に行ってセレスティーネさんを助けること。そのためには、汚染されてしまったダンジョンのコアを取り除かなければならない。
ダンジョンコアというのは、魔力を吸い込んでそのダンジョンの中心となった物品のことだ。汚染もこれに集中するようになっているから、コアを取り除けば汚染が消失して、難易度が下がった狩場としてのダンジョンが現れる。
その後のコアについては、それぞれクリアした人が持っている。現状では使い道がないけれど、いずれ浄化できれば何らかの強力なアイテムになるのだとか。
「そういうことなんだけど……もうひとつ、厄介な事情があってね」
「まだ何かあるんですか」
「そのダンジョン、一人向けなの」
○最奥に立つ抑止の鏡
区分:ダイレクトクエスト
種別:クロニクルミッション
・王都南方にある高難度ダンジョン《荒れ果てた神宮》を、精霊セレスティーネが押さえ込んでいる。このダンジョンが完全に汚染に落ちてしまわないよう、ダンジョンを踏破してコアを確保しよう
○荒れ果てた神宮
ダンジョンランク:D
備考:パーティ攻略不可
・及波西方、《神鞍》の手前に位置する神社の成れの果て。神職の多くが幻夜界に向かった影響により一時的に放棄され、汚染された魔力に乗っ取られている。現在は精霊が汚染を押しとどめているが、それでも重度の汚染状態にある。
その歪んだ魔力の影響により、内部ではパーティを組むことができなくなっている。同時に侵入しても無作為に転移させられてしまい、迅速な合流は困難だろう。
◆◇◆◇◆
というわけで。
「唐突なソロプレイです」
〈待ってた〉
〈やっときたぁ〉
〈ずっと待ってた〉
〈実は一番見たかった〉
少し意外、けっこうソロ需要が高かったらしい。私自身がコンテンツとして安定してきたということだから、これはかなり嬉しい。今後はソロ頻度も増やしていこうかな。
善は急げということで及波なう。ここから西に進んでいけば、ソロ用高難度ダンジョン《荒れ果てた神宮》に行けるとのこと。
「ちなみになんですけど、私のクエスト発生に前後して最前線のトップ層プレイヤーが立て続けに小規模クエストを発見しています。これは昨日話した通りで、いよいよMMOが始まったって感じがしますね」
〈おー〉
〈いよいよか〉
〈一点物の装備とか持ってると羨ましくなるよな〉
やはり《御触書・参》はそれを見越してトップ層が暇を持て余しやすいつくりになっていたのだろう。レベリングもメイン攻略もひと段落した最前線組が暇潰しの探索を始めて、ここにきて固有クエストやダンジョンが一気に見つかっているのだとか。
これまでは極端に少なかったから私の魔剣も目立っていたけれど、これからは「トップ層プレイヤーの一人」に収まることができそうだ。
「おい、ルヴィアさん来てるぞ」
「えっマジ!?」
「本物のお嬢だ……」
「なんでこのゲームにはサイン機能ないんだよ! 運営に訴えてくる!」
……そう、ここは及波。私の姿や配信の存在くらいは慣れ始めた王都勢とは違う、私を見るのは初日の綾鳴さんイベント以来というライト層がほとんどの街だ。このゲームは今のところ道を戻るメリットがあまりないから、私自身ここに来るのは久しぶりだし。
ベータテストに応募するくらいなのだから、できるだけ時間を割いて潜り続けるようなヘビーユーザーばかりだと思っていたけれど……この時期の及波の様子を見るにそうでもないらしい。世界初のVRMMOとか、そういう話題先行の参加動機も結構多いのかもね。そういう方向もいいと思う、正式サービス開始後の賑わい方に直結するから。
最初から想像しているような異世界観光的な感覚も案外少なくないのかもしれない。もっとも、ベータテストとしてはむしろありがたい結果だろう。
まあ、自慢にはなるよね。少なくとも。
だからといって、今この街にいることは攻略を諦めたということにはならない。あまりログインできていない人も、攻略に手間取っている人もいるだろうし、これから何らかの理由で触発される人だっているだろう。
現にほら、私への視線には芸能人を見るものの他に、生徒会長を見るようなものも混ざっている。
「……俺、攻略頑張る」
「私も。ルヴィアさんの助けになりたいもん」
「よし、レベリング行くか」
「誰かパーティ組みませんかー?」
……うん。たまには、こうして前の街に来てみるのもいいかもね。
久々の妹成分、精霊要素、ソロクエスト。ここのところ《御触書》の攻略を続けてきたルヴィアにとっては新鮮なものが立て続けな回でした。ロケ地で有名どころの若手俳優たちと集まって午前7時に姉に電凸しながら配信する九鬼紫音嬢もすこれ。
……こう書くとなかなかエキセントリックな子ですが、すべては朱音が受け入れているからこそです。嫌がるようならこんなことしない、素直ないい子なんです。
次回は《及波》にて。なんとここにきて過去最高密度のバトル回です。戦闘描写にも慣れてきたんでしょうね、この辺りを書いている頃の私(現在は書き溜めの消化をお送りしております)。
余談ですが、ついに年間ランキングへ入ったようです。本作はまだまだ止まりませんので、期待の気持ちがありましたらそれを込めてブックマーク、更新通知、評価の☆をクリックして行ってくださいな!