3.ある日突然同じ格好の人達が1500人も虚空から現れるの、普通にホラーだと思う
あれから一ヶ月、3月9日の土曜日。高校は卒業式を終え、いよいよベータテスト開始日になった。今から一時間後の午後1時に、1500人のベータテスターに《幻双界》への道が開かれる。
正午からずらしているのは、キャラメイクに時間がかかると踏んでいるためだろう。あまり早いと昼を抜く人が出かねないし。ゲーマーとは得てしてそういう生き物だ。
オープンは13時だけど、私は少し早く用がある。珍しいことに完全オフだった紫音に断って、昼食は早めに済ませてしまった。
「で、お姉ちゃん。今日の配信は?」
「最初だから長めに6時までやるつもり。休憩は途中で一度挟もうかな」
「じゃあお母さんにも言っておくね。私はせっかくだし、課題しながら家で見てるから」
「ありがと、紫音」
「いいの、せっかくの姉の晴れ舞台なんだもん」
洗い物だけ片付けて、一時間前にダイブ。
◆◇◆◇◆
個人用のVRポータルに降り立って、配信周りの設定を整えておく。確認は事前にしてあったこともあって、特に難しいことはなかった。
さすがは大手ゲームメーカー、配信機能は一般プレイヤーでも使えるものを用意してあった。デフォルトでも使える調整だったから、個人向けの微調整だけでOK。配信コンテンツもビジネスとして確立する、と言っていただけのことはある。
『配信の収益化を行った場合、広告料や投げ銭の一部が自動的に「株式会社 九津堂」へ振り分けられます。よろしいですか?』という注意書きを承諾。私は立場が特殊だから、これは言うまでもなく契約で取り決めてある。
新設した動画配信サービスのアカウントに連携して細部を確認していると、ほどなく待機スペースが開かれた。
《デュアル・クロニクル・オンライン》にログインすると、キャラクタービルディングが開放されていた。私の場合アバターは作成済だから、ここで作るのはステータスだ。
一通りできたので、少しだけ配信向けのキャラを作って配信開始ボタンをタップ。開始前に喋ることもあるだろうから。
目の前に光る玉のようなエフェクトが現れた。配信停止ボタンを押すかログアウトするまで、これが自動的に撮影してくれるそうだ。
《ルヴィアの配信が開始しました》
〈始まったぞ〉
〈きた〉
〈期待〉
〈初見です〉
〈かわいい〉
〈美少女がいるぞ〉
〈アニメとかにいそう〉
画面に映ったのが私のアバター、《ルヴィア》。体格や顔立ちは変えずに、長さそのままでアッシュブラウンのセミロングを明るい銀色に変更。同色の瞳は赤色にして、エルフらしく耳を尖らせている。
元から色白だから肌色は変えていないが、西洋系ファンタジーキャラそのもののカラーリングとは奇跡的に喧嘩していない。私、これでも一応日本人のはずなんだけど。
「はい、皆さんはじめまして。今日から九津堂さんの《デュアル・クロニクル・オンライン》の公式配信プレイヤーを務めさせていただきます、ルヴィアといいます。よろしくお願いします……まあ、本名も割れているんだけど」
〈ルヴィアって由来なんなんだろ〉
〈アカネの学名だろ。植物の〉
〈なる。朱→ルビーとかだと思ってた〉
〈学名ってあたりに知性を感じる〉
〈シオンちゃんも頭いいからな〉
〈難関私立らしいぞ。内部進学だから入試ないって言ってた〉
一瞬で割れる名前の由来。ネットって怖いね。妙に鋭い人とかやたらと頭のいい人がそこら中にいる。
知性かどうかはともかくとして、紫音の頭がいいのは本当。同じ学校に私も通っていたし、成績でいえば私もかなり上の方と自覚している。
既にバレているみたいだけど、仕方ないだろう。紫音ほどの超有名人が個人情報を伏せ切れるはずもない。あの子、ラジオ番組を持っているから余計に話す機会は多いし。
〈そういえばルヴィアって先月サービス終了が告知されたMMOにいたな〉
〈有名プレイヤー?〉
〈んや、たまに攻略に顔出すくらい〉
〈よく覚えてたなそんなの〉
〈例の番組くらいの時期からログインしてなかったんだよ〉
〈いや、そのくらい普通にあるだろ〉
「そんなにすぐバレます?」
〈えっ〉
〈えっ〉
〈えっ〉
〈草〉
いや、確かに先週のラジオで紫音、「お姉ちゃんは昔からゲームとか好きだった」とくらいは言ってたけどね?
あ、これに反応した理由はちゃんとあるよ。でなければスルーすればいいだけだし。
「まあいいか、どうせ言うつもりだったし。誤解のないように先に言っておきますね」
〈おっどうした〉
〈カミングアウトの予感〉
「そのゲームで私とパーティを組んでいた5人のうち4人、九津堂のスタッフの娘です」
〈あっ……〉
〈ああ…………〉
〈察〉
〈多すぎて草〉
〈そういや双子とかいたなあのPT〉
〈強く生きろよ〉
「完全に引きずり込まれましたね。ちょうど親が看板を欲しがっていたと4人全員が供述していたので、あの番組がなくても結果は同じだったと思います」
〈なるほど〉
〈了解〉
〈供述は草〉
〈その子達もそのうち出てきそうだな期待〉
「あと、残りの1人も私が押しつけられたチケットでベータ入場していますが、不正ではありません。それだけ先に言っておかないとだったので」
とりあえず案件ひとつめ。いくらなんでも確率がおかしいから、このあたりの裏事情は最初にぶちまけておいた方がかえって安全だ。
私の配信に対しては、その友人たちはそれぞれの反応を見せていた。場合によっては姿を見せることもあるだろう。
「次、開始前に初期ビルド公開しておきますね」
〈おっ〉
〈やったぜ〉
〈ktkr〉
〈雰囲気掴めるのありがたいな〉
〈いいの?〉
「さすがに全部見せるのは最初だけですよ」
というわけで、たった今組んだばかりのビルドを公開してしまおう。
今日から開放されるのはクローズドベータテストの1500枠だけ。世界初のVRMMOということもあってか、正式サービスも第一陣はせいぜい一万人規模だそうだ。しばらくのうちはほとんどが観戦勢ということになる。
なので、視聴者のほとんどを占める観戦勢にもゲームシステムがわかりやすいように。実際にプレイする私たちと、ステータスを見ていないことで生じる感覚のズレを埋めておきたい。こういう部分も配信者としては大切なところだろう。
ルヴィア Lv.1
性別:女
種族:エルフ
属性:風
特殊:火属性取得不可(永続) 被火属性2倍(永続)
VIT:20
STR:26(+3)
AGI:27(+3)
DEX:25(+2)
INT:24(+1)
MND:24(+1)
種族スキル:《植物魔術》Lv.1 《薬草看破》Lv.1 《鷹目》Lv.1
汎用スキル:《片手剣術》Lv.1 《パリィ》Lv.1 《回避》Lv.1 《風魔術》Lv.1 《治癒術》Lv.1 《索敵》Lv.1
〈おー〉
〈こんな感じなのか〉
〈このへんはRPGだな〉
見せるだけで全て伝わるものでもない。少しずつ喋っていくことにした。
「HPとMPはお馴染みですね。《DCO》ではゲージのみで、数値はマスクド。SPは、説明を見る限りはスタミナだそうです。休息や食べ物で回復して、行動で減る。HPとMPは街の中などでは自動回復するとのこと」
〈風属性似合うなあ〉
〈SPとかあるのか〉
〈うわなんかでかいデメリットあるぞ〉
「エルフの共通だそうです。代わりにステータスの伸びがいいみたいですよ」
〈火2倍とか〉
〈2倍は大きいぞ……〉
〈属性についてkwsk〉
と、まあこのように、説明しておかないと外からはわからないものも多いだろう。実例が見えて少し安堵している。
「聖杯を奪い合うアレとか、引っ張って狩るアレのような感じみたいです。倍率はさほどでもないようですけどね」
〈聖杯を奪い合うアレ〉
〈引っ張って狩るアレ〉
〈一応わかってしまうのがな〉
「火、風、水で三すくみ。雷、氷、土でも三すくみですね。光と闇が共食いで、幻が無属性」
〈風のエルフとかどんだけ火に弱いんだ〉
〈その分他は強いから多少はね?〉
〈2つ目の三竦み珍しいな〉
〈でも意味はわかる〉
「ステータスはわかるでしょうか。順に耐久、筋力、敏捷、器用、知力、精神です。
耐久はHPと防御力、筋力は攻撃力、敏捷は速度、器用は各種判定、知力は魔法攻撃力、精神はMPと魔法防御力に強い影響を与えるそうです。ただし、それらは各ステータスや種族効果が複合されて計算されるとのこと。つまり実数値は全て非公開です」
〈なるほどなあ〉
〈同じ剣を使って同レベルの鬼より攻撃力高い妖精とか嫌だもんな〉
〈リアル志向なのか〉
〈そりゃせっかくのVRMMOだし〉
「このステータスはレベルアップで種族ごとの固定値と、一律10点の自由値が増えます。これは初期オール20からレベル1の固定値と自由値を振った状態で、カッコの中は振った直後の自由値です。表示されるのは今だけですが」
先にあったデメリットの分、エルフはこの固定値の合計が他の種族より少し多いのだ。AGIが4と多く、VITは逆に0と極端に低い。それ以外の四項目は3。なお、基準となる人間はオール2。合計するとレベルごとに4も多くなっている。
総じて低耐久のオールラウンダー、といったところかな。HP以外は物理も魔法も人間より(数字上は)強いし、タンク以外であればいろいろな職ができるだろう。火属性に注意する必要はあるけれど。
〈打たれ弱すぎて草〉
〈VITびたいち振ってねーぞ!?〉
〈エルフそのものが打たれ弱い気はしてたけどさあ〉
「最初は当たらなければ問題ないの精神でいこうかと」
事実、攻撃は極力受けないつもりで組んでいる。エルフ自体が打たれ弱い以上、中途半端に耐久を上げても後々ついていけなくなるだけだ。
だから序盤ではダメージを貰わないための、いわゆる“受けスキル”を重点的に育てたい。難易度とセンスによっては多少の死にゲーになるかもしれないけど、それは覚悟しておこう。
「最後にスキルですが、取得は自由です。後から取得しても、それまでの行動から逆算してスキルレベルが上がるそうです。特に迷う必要はなさそうですね」
〈良心的〉
〈安心設計だな〉
〈まあ遡及しないと最初に全部取る奴出てくるだろうし……〉
〈ちょっと待て、剣と魔術どっちも取ってるぞ〉
〈うわほんとだ〉
「どっちも使ってみようかなと。取得無制限ですから」
〈なるほど、こういうプレイヤーが生まれるんだな〉
〈遡及しても出てきたじゃねーか!〉
〈魔法剣士は難易度やばそう〉
〈魔法剣士はロマン職、広辞苑にも書いてある〉
どうせ魅せプレイが肝要になる立場なのだ。ロマン職くらいでメゲるわけにもいかない。まあ、無理そうなら片方やめるだけだし。
そうでなくても少し緩いルールのような気はするけど……まあ、これも調整だ。もしもまずかったら正式版で一部が変わるかもしれない。
〈いきなり濃いものを見た〉
〈銀髪ロリエルフ魔法剣士とかいうロマンの塊〉
〈もしかして:VRは合法ロリ天国〉
〈Vtuberで証明済だぞ〉
〈これは期待ですわ〉
「……VRも何も、背格好はリアルから弄ってないんですけど」
別に私、顔形や体格は現実からほとんど弄っていない。耳を尖らせて髪を明るい銀色に変え、瞳を赤色にしただけだ。……まあ、元々合法ロリとは口さがない友人たちに散々言われている。今更言われたところで何ともないのだ。
しかしなかなか日本人にあるまじき配色だけど、思いのほかしっくりきた。もっとも、現実の私からして元々珍しい色合い。顔立ちも日本人離れしていると時々言われるから、さほど驚きはないけど。
「さて、少し時間が余りましたね。いくつか質問に答えておきましょうか」
〈種族はぜんぶでいくつ?〉
「人間、獣人、鬼族、エルフ、ドワーフ、妖精族、魔族、天使の8種類です。このうち獣人はさらに狼、猫、兎、狐の4つに別れているので、細かく分けると11種となりますね」
〈けっこうあるなあ〉
〈このへんは王道ファンタジーっぽいのか〉
「ただ、実はこれ以外の種族がPVには登場しているんです。吸血鬼や竜人がそうですね。
それに、人間の説明文にこうもありました。『明確な得手不得手はないが、技を磨いた方面では見掛け以上の活躍が可能。また、最も多種多様な可能性が秘められている』、と。
実際のところはまだ不明ですが、何かしらの条件で種族変更が可能なものもあるのでは、と私は見ています」
〈確かにありそうだな、そういうのは〉
〈じゃあ最初からなりたい奴に近そうな種族を選んでおいた方がよさそうか〉
〈まあテスター組や一陣に情報期待ってことで〉
〈舞台について教えてください〉
〈幻双界だったっけ〉
〈江戸時代っぽいのと中世ヨーロッパみたいなとこ〉
〈PVよくできてたよなぁ〉
「聞いている限りですが……《幻双界》は舞台になるふたつの世界の総称だそうです。和風の《幻昼界》と、洋風の《幻夜界》。《幻昼界》は昼が、《幻夜界》は夜が長いみたいで、それぞれマップは日本とヨーロッパそっくりですね」
〈時々出てくる九津堂の安直さ好き〉
〈迷子にはならずに済みそうだな!〉
〈縮尺感覚狂いそう〉
「この二つの世界は《転移門》を介して交流しながら発展していたようですが、とあるダンジョンから唐突に呪いが溢れたそうです。それにより世界は大量の魔物で溢れ、有力者は呪いに蝕まれ、生活も苦しくなってしまったと。
その魔物を倒して呪いを退け、元の世界を取り戻すために、CMに出てきた《綾鳴》という人物……この世界の神様ですね。彼女が考えたのが、異世界から私たち《来訪者》ことプレイヤーを呼んで戦ってもらうこと、というわけです」
〈解放系のRPGか〉
〈ストーリー性強めなのかな〉
さて、そろそろ時間だ。本格的に待機を始めようか。
◆◇◆◇◆
カウントダウンのエフェクトが消えて、周囲の景色が変わる。土の地面に昼の青空、周囲は和風の建物。《幻昼界》にある《はじまりの村》だ。
嬉しいことに空は快晴、西北西には富士山らしき山が見えた。そこから少し北寄りの方角には、現実には有り得ない巨樹。《世界樹》だ。
〈おっ転移した〉
〈時代劇で見るやつだ〉
〈世界初VRMMOのスタート地点が和ファンタジーになるとはな〉
「ここは《はじまりの村》、正式名称《世束》ですね」
いかにも江戸といった風情だったが、広場はどんどん転移してくるプレイヤーで埋まっていく。プレイヤーのほとんどがすぐにログインしているだろうから、ここには1500人近くが溢れかえることになる。それなりの広さの広場に見えていたけれど、少し手狭かもしれない。
数分とかからずにログインが落ち着いた。その間に広場を出た人は……見る限りだけど、ほぼ皆無だった。自分の近くに出てきたプレイヤーに挨拶したり、知り合いを探したり。本当に最初だし、何かイベントが起こるのを待っているのだろうか。
確かに、何かが起こりそうな雰囲気ではある。それを感じ取ったプレイヤーたちへ見せつけるように、目の前で光、ついで存在感……。
ああ、これは知っている。CM撮影の時に見た。重要度を示すとばかりに、カメラアイコンが赤く光って私の正面から背後に回った。
「ようこそ、《来訪者》の皆さん」
やっぱり。そこに立っていたのは、私の予想に違わぬ人物だった。
「ボクの名は《綾鳴》。この世界に責任を持つ神の一柱であり、君たち《来訪者》を異世界から喚んだ者だ」
名乗りに合わせて《綾鳴》のネームタグがポップアップ。CMを撮った時にいたあの狐さんである。
「無事に召喚が成功したようでよかった。見届けたついでに、いくつか伝えておこうと思ってね」
「伝えておく……ですか?」
私にかなり近い位置へ現れておいて、当然のように視線をこちらへ向ける綾鳴さん。私の背後に大量の目があることをわかっていてのことだろう。現に今、視界の端に表示されている視聴者数はけっこうな速度で増え続けている。
一歩踏み出た私に、実感のできる視線が集まる。この場の1500人の大半が、今初めて私を認識したのだろう。
「うん。注意事項……ってほどでもないけどね。
まず。君たちの存在についてはこの世界の住人も理解している。基本的には協力してくれるはずだ。……愛想を尽かされないように行動していれば、ね」
〈犯罪抑止か〉
〈まあ当然〉
〈DCOにも犯罪ルールくらいあるだろうしな〉
〈犯罪だけじゃないだろうな〉
〈倫理面もあるか〉
コメントが視界を流れる。彼らの言う通り、おそらくはこの《DCO》にも犯罪ルールは存在するだろう。多少の違いこそあれ、現代日本における倫理と近いものが。
MMORPGにつきもののPKについてはまだわからないけれど、可能だとしても非常に厳しい制限があるはずだ。何しろここはVR、画面越しのキャラクターとはわけが違う。
「そしてもう一つ。まずはここから北、王都へと向かってほしい。そこをボクの娘が治めているから、まずはその子……《紗那》に会ってもらいたいんだ」
〔ワールドマップが開放されました〕
〔目標が更新されました:王都へ向かえ〕
「とはいえ、町の外は魔物で溢れている。気をつけて進んで。それじゃあ、待っているよ」
最初に迷わないための助言だったのだろう、それだけ言い残して綾鳴さんは帰っていった。
では早速だけど、まずは武器を調達しに行こう。
というわけでゲームスタート。戦闘は次話からです。
最初はステータス欄もシンプルなものですね。