291.余計な世論と喧嘩しないのってほんと大事
ほぼ一週間を要したゲリライベントも終わって、ようやく日常が帰ってきた。
このゲリライベントが複数日開催となった時に「ソーシャルゲームのイベントみたい」と言ったけど、さすがにあちらのような常時イベント状態にはならないでほしいね。少なくとも最前線は、やることが多すぎてパンクする。
今日は日曜日、『バーチャルアタック!』の収録だった。先週撮ったVTRについてはいろいろ言われたけど、DCO観光の宣伝としては上手くいったかな。
O.A.は一ヶ月後、その頃からは観光客も増えるかもしれない。……もうロケがネットで話題になっているから、それを待たずに増え始めているけど。
それにしても、いよいよスケジュールが固まってきた感はある。基本的に毎日夜に配信、土曜日を中心にドラマ、隔週日曜日にバラエティ。他にも空いた時間には何かしら有り得て、休みはというと講義のない水曜日の昼。我ながらまあまあの過密具合だけど、案外なんとかなるものだ。
さて。ゲリライベントの期間中にも最前線は見に行ったね。その時に居合わせたマキナちゃんという内政組は、ちょうどゲリライベントが終わるくらいの頃にレベリング期間も終わりそうだと言っていた。
「まさにその通りになりました。昨日あたりから《天陽》のダンジョン攻略が徐々に始まっています」
「ここまで長かったの」
〈ついにか〉
〈やっと〉
〈待ちくたびれたぜ〉
いや本当にね。いろいろあったせいもあって、 栃木エリアは本当に長かった気がする。
そもそも最初に目指したのは9月中旬を過ぎる頃、《水圀》から《咲稲》を経て《亀俵》へ入ろうとしたんだけど、攻略順が違うということでレベル差に跳ね返されて断念。埼玉方面へ迂回することになった。
その後、《河昏》を踏破してから改めて《亀俵》へ入ったのが10月の上旬。しかしここは《猫鎮めの神器》の本命ではないことがアイリウスにバラされて、なおも攻略が続くことになった。
そして極めつけに、ようやく辿り着いた《天陽》での足止め。これに十日ほど掛かって、もう最初に栃木エリアが意識されてから一ヶ月以上が経過していた。いろいろと重なったこともあり、今日はもう10月27日である。
「ただ、一部のふざけたトップ勢がだいたいのマッピングは進めてしまっています。新たな最前線組を迎える意図で、初めてであろうマッピングの難易度を下げながら慣れさせていくためですね」
「でも、そういうのって助かるんですよ。普段から最前線でやっていることって、追いついてきてすぐ全部一気に覚えられるわけじゃないですから」
「僕たちもそうでしたからね」
「カメラ回す前に緊張するって言ってた割には普通に入ってきたね」
〈お〉
〈ミリアちゃん〉
〈ミリア組じゃん〉
〈おうトール、クリフトに場所取られてんぞ〉
〈最初はトール組って呼ばれてたのに〉
本人たちが入ってきたから紹介しようか。今回はミリアちゃん、トールくん、クリフトくん、ノノちゃんの四人がゲストだ。久々のメイン登場で、最前線で組むのは初めてだね。
初めて会った時には伸び悩む中堅勢の典型だった彼らも、今となっては人外呼ばわりすらされるトッププレイヤーとなっていた。人間の成長って恐ろしい。
以前は私が最初に会ったことやラブコメ主人公適性もあってかトールくんが顔役だったのに、今やミリアちゃんがリーダーで定着していた。決してトールくんがヘタレというわけではない……と思うんだけど、ミリアちゃんがとにかく強いんだ。
「アイリウスちゃん、改めて初めまして」
「ううん、挨拶はいいの。わたしは剣だったころのこともちゃんと覚えてるから、四人のことも知ってるの」
「……なんか、アイリウスちゃんに覚えてもらえてるの嬉しくない?」
「うん。なんか嬉しいよね」
アイリウス、人の顔を覚えるのが私並に得意だからね。一日でも配信でメイン張った人のことくらいはたぶん覚えていると思う。
でもここで覚えているとしっかり言うあたり、人に好かれる方法がよくわかってるよねアイリウス。
〈持ち主に似たのでは?〉
〈お前が言うな〉
〈相棒の真似しただけな気がする〉
「話を戻しますが」
「あっ逃げましたね」
「ルヴィアはこういう流れからよく逃げるの」
「実際のとこ、アイリウスはルヴィアさんの真似で覚えたのか?」
「そうなの!」
「今回のダンジョンでは先にトップ勢が埋めたマップをなぞる形でマッピングのやり方を学んでもらうことになっています」
「めちゃくちゃ強引に逃げますね……」
最近気づいたんだけど、照れ隠しって定型ネタにしやすいんだよね。
ともかく、今は全体レベリングのおかげもあって平均レベルが大きく上がっている。トッププレイヤーの人数も、圏外組の人数もかなり増えているのだ。
これを受けて、今回の攻略はかつてないほどの参加人数となった。ここが初の圏外ダンジョン、という人はものすごく多いはずだ。今回のメインの課題は、そんな人たちをどう慣らすかということになる。
ところで、ミリアちゃんたちは四人。私とあわせてもまだ五人しかいないね。
「今日の六人目は、そんな初参戦のなりたて圏外組さんです」
「顔を合わせるのは久しぶりだな、ルヴィア。追いついたぜ」
「はい。待ってましたよ、ゴトーさん」
「おう。俺にもタメで頼む」
「もしかして今、コントをかなぐり捨てた?」
「ルヴィア、前からそんな気はしてたの。ゴトーさんは強敵なの」
〈草〉
〈お嬢、ゴトーにまで……〉
〈漫才すらしないとか〉
〈弄ばれてんな〉
ネタばらしすると、今のは打ち合わせ通りだ。実は裏ではけっこう前から他の人と同様にタメ口だったんだけど、向こうの配信リスナーにネタとして理解してもらうための茶番をすることにしていた。……それをさらにぶん投げて笑いを取るのもゴトーさんの得意技だ。
ゴトーさんも私とはご無沙汰だった人で、なんとコラボはあちらのプレイ初日以来。もう二ヶ月近くになるんだね。
彼は第二陣だったから、順調にやってきてちょうど追いついたところ。そのラストスパートにゲリライベントの力を借りたくらいの立ち位置だ。
……そう、第二陣って早くて今くらいの時期に追いついてくる目算だったんだよ。ねえ聞いてる、三週間も早く圏外組を越えてトップ勢まで追いついてきたフロルちゃん?
「そういや、そっちの四人は大丈夫か? 自分で言うのもなんだが、俺はちっと人目につくが……」
「あ、はい。自分たちでもびっくりするくらい平気っす」
「ルヴィアさんたちで慣れちゃってるので……」
「え、あのゴトーさんだよ? なんで緊張してないのあたしたち……」
「たぶん同じくらい人目を集める人やその愉快な仲間たちと、毎日のように《デュミナイアウィスプ》でわちゃわちゃしてるからかな」
「んなら大丈夫そうだな。……ああ、噂のルヴィア楽屋か。よければ俺も入れてくれねえか?」
〈これが人材育成ですか〉
〈善良で普通な小市民が普通じゃないことに慣れすぎた人外になっていく過程〉
〈やべーやつとしか絡まないとやべーやつになるんだな〉
〈ルヴィア楽屋認知されてて草〉
《デュミナイアウィスプ》は以前からたまに話題になっていた公式クローズドチャットだね。私たちはそこで仲間内の雑談場を作って遊んでいる。
ただ知っての通り私の仲間内ってかなりキャラが濃いから、まあまあの頻度で面白い会話になる。これを大丈夫な範囲でスクリーンショットにして外部にも公開するのがいつしか定番になっていて、そうして認知されたのが“ルヴィアの楽屋”。これ、実際にほぼこんなグループ名になっているから手に負えない。
最初はそのつもりはなかったんだけど、今では加入条件が「ルヴィアに親しい判定をされている」になっている。確かにゴトーさんが入れない理由はなかったから、ぱぱっと招待しておいて、と。
「さっき言った通り、今回は攻略初参加者がとても多いです。なので、そんな人たちのことを既存の攻略組ができるだけ手助けしながら進んでいくということになっています」
「つまり、ゴトーさんにいろいろとレクチャーしながらやっていくということですね」
「うん。特にゴトーさんが圏外攻略のノウハウを身につけられるといろいろ大きいから、私から直接教えることになったの」
「で、近くにいる初参加組にもうまく手助けしつつ、と」
〈大変だなこりゃ〉
〈やることが……やることが多い……!〉
とはいえ、トップ勢もこのゲリライベント期間中には大量の経験値を得ている。その分だけさらに先を行っているから、戦力的にはこのダンジョンの攻略はかなり楽になっているはずだ。その余ったリソースを充てればいい。
これがうまくいくか、定着するかどうかによって、今後の攻略の在り方さえ変わりうる。ある意味では今日こそ一週間にわたったゲリライベントの総決算ということだ。
……なんて大仰に言うこともできるけど、要はトップ勢が勝手に「新規さんをサポートするぜ!」と言っているだけだ。心置きなく飛び込んできてくれると嬉しい。
「前から思ってたが、DCOの上位勢はいっそ奉仕精神とすら呼べるくらい優しいよな。MMOの上位勢なんざ本来、下なんか無視して突っ走って当然だろ」
「システム上、底上げしないとそもそも話が進まないからね。PvP要素もほぼ皆無だし、後進を引っ張って先輩面して優越感を稼ぐ方がよっぽど建設的なの」
DCOは倫理ゲームだ、という……これを言うの何回目だったっけ。でも本当に、そうなんだよね。
なにぶんVR世界がリアルなものだから、ここで倫理に反するプレイスタイルを要求するタイトルは社会問題化しかねない。九津堂はそのあたりのリスクを重く見たのだろう。
いずれは後発のVRMMOも出てきて、そちらではより現実と違うことをする作風になったりもするかもしれない。ただそれは、DCOのようなタイトルが「VR世界の倫理」という概念を世間に浸透させてからになるのだと思う。
「難しいこと考えてんだな。さすがは九鬼のご令嬢だ」
「まあ、プレイヤーはこんなこと考える必要はないよ。何も考えずに遊んでいれば自然といい方向へ進むように仕組まれてるから」
そんな話は置いといて、そろそろ出発しようか。
まあ何もしてないのに喧嘩ふっかけてくる輩とは戦わないといけないのですが。大義名分なく九鬼と喧嘩したがるまともな奴なんていないのです。