288.渋滞するカワイイがバザールで安売り
翌24日。今日も元気にゲリライベントは進行中だ。
いざやってみてわかったこととして、イベントとメイン攻略の両立はけっこうできるものだ。イベントはしっかり進んでいるけど、最前線が完全に過疎っているなんてことはない。むしろ圏外に不慣れそうにしながら頑張っているプレイヤーが増えているから、圏外のリソースが多く空いた分だけ圏外組一歩手前だったプレイヤーたちが参戦してくれているのかも。
今のところはいい具合に流動性が生まれて、八方良しともいえる状況だ。この手の日跨ぎイベント、今後もやっていいかもしれないね。
とはいえ、それは今の圏外が昼夜どちらも詰まり気味だからという要素も大きい。
「というわけで、イベントの休憩ついでに今から見てきましょう」
「おー、なの!」
「あ、私も行きます!」
フロルちゃんがついてきた。ということは……。
「あ、ずるい! 練習が休憩になったのは私も同じなのに!」
「うん、三人で行こっか」
案の定。最近DCO配信者はみんな、一緒に行動することになってもあんまりコラボとか言わなくなったよね。
それにしてもハヤテちゃん、あなたいつの間にそんなに私ガチ勢になったの?
というわけで、まずは昼界から。こっちは一度見たことがあるから、軽くでいいだろう。
「私とハヤテ先輩も来たことありますからね」
「最前線ってことを差し引いても強くて楽しかったから、気が済むまで二人で狩りしてたんだ」
「……三猿はともかく、狒々は強かったっけ」
「る、ルヴィア、それはダメな反応なの」
「うわ、狒々の攻撃をまともに受けたことない人だ……」
「こわ」
〈草〉
〈トッププレイヤーに避けられる人外〉
〈あの二人はまだ一撃受けたら痛すぎてわたわたする場面あったんだぞ!〉
〈でもすぐ対応して生還してた〉
〈アイリウスちゃんにたじろがせるのヤバい自覚を持て〉
〈怖がってる方も人判定ではなくね?〉
いやまあ、確かに「そもそも喰らわなければいいよね」の精神で押し切った自覚はある。けどそもそも、前線の敵にまともに攻撃されたらいけないのはいつものことだ。いまさら意識することではなかったし、そんなに言うほどのことでは……。
……あ、普段と違う火力を見て萎縮しない時点でおかしい? そうかもしれない。
「それはさておき、実際かなり強くて。ヒーラーなしでここに来ること自体が本来自殺行為なので、今日は入口までですが」
「って言いながら狒々を軽々と八つ裂きにしてる……」
「このくらいならできるでしょ二人とも」
とりあえず、ダンジョン入口まで到達。例によって内政組による攻略本部があるから、そこで話を聞いていこう。
トップ勢と内政組は情報交換が活発だから、顔馴染みであることが多い。圏外組も情報を得るけど、トップ勢は提供側にも回るから。現に今日ここにいたのも知り合いの子だった。
「あ、ルヴィアさん。今日はどんなご用ですか?」
「お邪魔するね、マキナちゃん。……ちょっと休憩がてら大まかな進捗を見に来たから、どんな具合が聞かせてくれないかな」
検証班と内政組を兼ねて活動している女の子に声をかけられて、そのまま本題に入る。彼女、マキナちゃんはDCOの対象年齢の下限ぎりぎりの15歳だそうで、みんなの妹的なポジションにいる健気な子だ。エルジュちゃんにすら一方的に可愛がられる子はなかなか珍しい。
本当は親戚のお姉さんだという相方がいるんだけど、今は見当たらない。マキナちゃんは私の言葉を聞くと、頬に人差し指を当てながら視線を上に向けた。
「そうですね……順調といえば順調で、何もないといえば何もないです。この辺りの圏外組の皆さんは着実にレベルアップしていますけど、スキルレベル110にはまだもう少しだけかかりますから」
「このままだといつ頃になりそう?」
「だいたい週末……ちょうどゲリライベントが終わったあたりですかね。そうなるようにリアルタイムで調整されてるんじゃないかって疑うくらいにはピッタリ、ちょっと加速気味です」
なるほど、ほぼ理想的と。マキナちゃんのいう予想時期は、それなりの人数が到達する時期のことを言っているから、これはおそらく運営さん側で狒々のポップ速度をある程度弄ってくれているのだろう。ここの運営さん、圏外組あたりまでには優しいものね。
露骨な調整ともいえるけど、プレイヤーが少しとはいえ得をする方向での調整だ。感謝こそすれ、文句を言う筋合いはない。
「トップ勢が来て中を探ったりは?」
「ちょっと……いえ、一部の方がだいぶしてますけど、どうやらこれ以上妙な要素はないみたいですね。ただ異常攻撃が強くてスキルレベル要求、というのがギミックになっているということでよさそうです」
「なるほど……なんというか、割とふつーですねここ」
「マキナちゃんだっけ、ありがとね!」
「い、いえ! いつでも!」
少し遠い存在のように体感するVtuberに対しては、やや態度が硬い。このあたりの初々しさも可愛らしい。……ね、マキナちゃんの様子を見るに、私はVtuberではなくてですね云々。
それにしても、少なくとも私に対しては配信中でもこうして平気でいられるあたりは凄い。ついこの間まで中学生だった子が、合計50万近い同接の3つのカメラの前で普通に立っているだけですら驚異的な気がする。
「では次は、夜界の方へ行ってみましょうか」
「というわけで、《リアッカ》です」
「裏で一回来ておいてよかったねー」
「ねー」
飛行もあったし、道中で見せ場も作れたから失敗ではなかったんだけど、私が初めて天陽に行った時は自分だけ転移門を開いていなかったから道中からやる羽目になった。これに似た事例を鑑みて、配信者は他の要素に時間を取られてノータッチでも到達実績だけはつけておくべきなのでは、みたいな話が互助会で出たのだ。
それの影響もあって、初紹介の配信者三人で転移してきた。備えあれば憂いなしということだ。……ところで、今は一緒に来るために普通に王都の転移門を通ったけど、マナ様って精霊がわざわざ遠回りして王都経由の昼夜転移をすると若干拗ねるんだよね。とはいえそれは構ってちゃんの性質が強いあたり、最近あの人はただの寂しがり屋になりつつある。かわいい。
そんなわけで、現在の夜界最前線である《リアッカ》だ。一つ前の精霊の聖地こと《ザダクロ》から南東へ海岸線に沿って進んだ後、道なりに左折して北西へ進んだところにある。
ザダクロからほぼ東にあるけど、直進しようとするとせり出した崖があって難しい。飛行種族なら飛び越えられなくもないけど、山にも空にもやたら強い魔物がいるからやめた方が賢明だ、とメイさんが言っていた。多分あの人は試した。
「この《リアッカ》ですが、私たちの世界ではサラエヴォにあたります。ボスニア・ヘルツェゴビナの首都ですね」
「サラエヴォって、どこかで聞いたような……」
「不名誉だけど、第一次世界大戦のきっかけになったサラエヴォ事件で有名だよね」
長らく民族紛争が続いていたこのあたりの地域だけど、最近になってようやくDCOのようなゲームに地形を組み込んでも問題ないようになったのは進歩だね。
その民族紛争の根はかなり深くて、あのあたりの地図が今と同じになるにあたってのほぼ全ての変化が民族問題によるもの。有名なサラエヴォ事件もまた、民族的な理由で起こったものだった。
まあ、このあたりの話はいいだろう。DCOには地形や文化はともかく民族までは関係がないし、あまり深掘りしたくはない。なにしろ、本当に薄くとはいえ私の実家にあたるフェーガルト家も関わってはいたから、立場上話がしづらくなってしまうのだ。
閑話休題。
「ここは一言でいえば、観光と商売の街です」
「確かに圏外にしては観光客が多いね?」
「なんというか、異国情緒というか……これまでの街とは、少し違う雰囲気ですよね」
「うん。ここより東側、アラビアンの雰囲気を汲む街並みなのは、現実のサラエヴォと同じだよ」
ここの二つの特色は、どちらもサラエヴォと共通している。文化や宗教が混在することによる珍しい街並みが観光客を呼び込むのだ。
実際に、まだ解放されていない街なのに観光プレイヤーがかなり多い。これまでの街をあらかた楽しんで変化を求める人や、ここが観光地だと聞いてとりあえず来てみた人、現実のサラエヴォにも興味があったけど先入観や治安、日程に費用とさまざまな要因で行けていなかった人なんかもいるのかな。
これまでの街とはまた違った佇まいの教会が半分くらいを占めているし、その一方で見慣れた雰囲気ながら威容を誇る大聖堂もある。その他街並みから公園に至るまで、独特な景観はやはり人気らしい。
「もうひとつ、商売のほうの要素にもかかるのですが……サラエヴォは地理的に、ヨーロッパと中東の中継地点になっていました」
「というと……オスマン帝国ですか?」
「そう。オスマン帝国と、オーストリアやその向こう側の交易拠点だったの」
「えっあっ……置いてかないで」
「よかったの、仲間がいたの」
〈草〉
〈ハヤテちゃん置き去り〉
〈そもそもこっちの知識なくて当然のアイリウスちゃんと同じでも安心できないぞ〉
〈ほへー〉
〈なんでフロルちゃんついてけるんだ〉
〈お嬢と同じ大学ってことは相当頭いいぞ〉
ハヤテちゃん、確かにちょっと前提を飛ばした知識会話にはなったけど、一応は高校世界史の範囲だよ。イスタンブールを中心に中東一帯を支配したオスマン帝国も、半世紀にわたって東欧の雄となったオーストリア=ハンガリー帝国も、どちらもできれば知っていてほしい存在だ。
地図を見てもらうとわかりやすいんだけど、このあたりはちょうど両国の間あたりにあった。歴史的に難しい立場にあったという代償はあったものの、その歴史は今となっては観光資源として残っている。
さて、私は今、交易拠点と言ったね。
「そうして文化が混ざってできたとはいえ、街並みはあくまで副産物のようなものです。主目的は……ここ、バザールですね」
「わあ、凄い。綺麗な場所……」
「ゲームみたいな場所だね……!」
「(ここゲームの中だけどね、とは言わないでおこう)この屋根付きのバザールも現実に存在する商業区域であり観光名所ですが、《リアッカ》ではより商売的な側面が強いですね」
〈ええやん〉
〈なんかテンション上がる風景〉
〈FFにありそう〉
〈こういうバザールを求めてたんだよ〉
ドーム状のレンガ屋根に覆われた通りが続いて、その両側に店や露店が並んでいる。到達直後ということもあって空きも多くて、店は住民のものばかりではあるけど。
形式としては日本のアーケード街にも似ているけど、こちらは材質やつくりもあって「ひとつの建物」という趣が強い。日本人にとってはどうにも異国的な光景で、特に買うものがあるでもない観光客がこぞって来るのもわかる。
「ここに売られているのは、主に最前線で通用するハイレベルな実用品です。これまでの街とは品質の違う住民商店が、ひととおり全てのジャンルを揃えています」
「ここで買い物すれば間違いはないってことだね!」
「見たところ、圏外組以上じゃないとアイテムに振り回されそうなくらいですけどね」
「さすがにプレイヤーメイドの最前線には及びませんが、それなりに安価に圏外組として不足のない装備や消耗品が揃うのは利点でしょうね。……安価といっても、圏外で稼げるくらいの資金力がある前提ですが」
DCOは金策がかなり楽なゲームではあるけど、それはあくまで無理のないレベル帯においてはの話。難易度が跳ね上がる圏外では必要な装備も金策効率も跳ね上がる。ここ自体が圏外である間だけなのか、それとも商業都市としてずっとなのか、この通りにあるのはほとんどが圏外組向けの商品だ。
とはいえ、なにしろ観光客の多い街だから、中にはそちら目当てで観光品を作って売る中堅クラフターも少なくなかった。何事も需要と供給だ。
「……で、この街もわりと攻略に時間がかかってるんだっけ」
「天陽ほどの足止め感はないけどね。純粋に推奨レベルが上がってて、ちょっとレベリングが必要になったからイベントに乗っかってるところだよ」
これまで触れていなくて、いざ来ても観光案内ばかりしていたのは、単純に攻略について見せることがないから。DCOをやっていると忘れがちだったけど、普通にレベルが高いというのもRPGらしい詰まり方だ。
このあたりの動向はもしかすると、DCO全体の新たな動きや柔軟性に繋がるものなのかもしれないね。
まあ実際アイリウスにゲームとか言ったところで「ごっこ遊び」くらいの意味の異世界語として認識されるだけなのは云々。
地味に累計20000ポイントが近づいてきていて嬉しい今日このごろです。