287.押してダメならもっと押せ
そして、ライブ当日になった。
会場も無事に完成、ダンジョン内の浄化も完了して魔物も出なくなっている。これなら外から来る人たちも安心して鑑賞できるだろう。
もちろん、それ以外の準備も万全だ。告知もしっかりできたから住民たちの中にも見に来てくれる人がたくさん出てきたし、物販や軽食もばっちり。ライブへの参加者も確保できたから、アマネちゃんの負担も減って観客もより楽しめてと一石二鳥だ。
それと、私も出ることになった。熱烈なラブコールがあって、それならと歌うことになったのだ。錚々たる面子の中で恐縮だけど、全力でやるつもりだ。
あとは大舞台を楽しむだけ。みんな、一緒に頑張ろう!
◆◇◆◇◆
こら。
「人の配信で嘘モノローグ垂れ流すのやめて」
「ルヴィアさんが出たくなさそうな顔してるからだよ!」
「出られないんだよ、スケジュール的に。ドラマの撮影なの」
イベント二日目。本番の3日前の10月23日水曜日だ。
昨日紹介したダンジョン内の準備は一般参加者のみんなに任せて、私たちは配信者や積極的なトップ勢を中心に実行委員会を作って会議。今回のイベントはかなりプレイヤーの裁量が大きいから、基本的にアマネちゃんの意向とはいえ意見を集める場面がある。
この場での議題はいくつかあるけど、喫緊かつみんな気になるものがひとつ。……参加者やセトリの選定である。
元々はアマネちゃんのソロライブを基盤として組まれたゲリライベントだけど、これをプレイヤー側が用意できる範囲内なら魔改造してしまっていいという裁定が降りたのが全ての始まり。当然ながら既にDCOに参加しているアーティストは志願してきたし、中には今回のためにわざわざアカウントを作ると私に伝えてきているプロすらいる。
これらをなんとかまとめるために、一度オープンに会議をする必要があったのだ。コメント欄からもめぼしい意見は拾うつもりだから、理論上は参加無制限である。
「大前提として、音楽以外でもいいんだよね?」
「はい。実は運営さん、みんなこぞって参加することも想定してまして。上手いことやってって言ってました」
「自由度じゃなくて丸投げだよねそれ……」
参加者はメインの進行役として私とアマネちゃん、そして参加を真っ先に明言したハヤテちゃんと他に数名。なんと来月のライブ予定で発端となった《アルターブルー》の天津火カイさんも予行演習として参加表明してきた。いいのかとは思ったけど、一組あたりの時間は短くなりそうだし、むしろリハーサル代わりになるとかで言いくるめられた。
……それにしても、私の枠にカイさんが出るのはものすごく久しぶりだね。メンバーの参加に合わせてそちらに合流していたから、ハヤテちゃんや巴ちゃんと違って前線まで来ていない。
セトリと言ったけど、実態は文化祭のステージに近い。便宜上私で管理している届出からみるに、ジャンルがかなりバリエーション豊かなのだ。
音楽だけでも単独歌唱のアマネちゃんからグループでアイドル的にやるという《@プロジェクト》、バンド演奏のアルターブルーといろいろあるのに、その筋では有名なマジシャンはマジックショーをしたいとお母さん越しに連絡を寄越すし、ホワイトエレファントからは「漫才をしたい」とLinie(一昔か二昔前あたりからメールに取って代わったフェーガルト提供の連絡アプリ)が来るし、金坂哲くんの所属する劇団まで短めの公演をと伝えてきたし、なんかもうてんやわんやなのだ。
「…………大変なことになってるですね」
「完全にいちゲーム内の、それもプレイヤー主導のイベントの規模じゃないよね。……ちなみにダンス・ストリート系からは《Glory Squad》が、ジャケットを描いてるsper経由で申請してきてるよ」
「え゛」
〈は???〉
〈まてまてまて一つずつ頼む〉
〈全部そんなさらっと流していいやつじゃないが???〉
〈待ってくれお嬢〉
〈理解が追いつかない〉
あ、まずい。アズキちゃんが昇天した。確か憧れって言ってたもんね。
コメント欄も阿鼻叫喚だから、ちょっと減速しようか。ひとつひとつ決めていかないといけないし。
「とりあえず、ジャンルごとに大まかに分けようとは思ってるんだ。音楽ジャンル、パフォーマンスジャンル、舞台ジャンル、って感じで」
「そういう分け方が必要になるほど参加者いるんですか……?」
「このままだと昼夜交換式ができなくなるかもしれないくらいには」
中でも大多数が音楽ジャンルだから、ここを軸にうまく振り分けたい。おおよそだけど、各参加者は昼界と夜界で一度ずつステージに立つ形式の予定だ。
リアル時間で片方が昼、もう片方が夜、という形になりそうだから、なるべくそうなるように、ただ外部ゲストのプロを中心に丸一日は都合がつかない人もいるから、できる限りその配慮も必要になる。
「一般参加者……というかプレイヤーからの志願者はなるべく固めるつもりなんだけど……アズキちゃんのところなんかは逆にプロ側と一緒にした方がいい気がしてて」
「……そうかもしれないです」
「あとタラムさんのところ」
「それ」
「そういえばアズキちゃん、例の件は通ったの?」
「あ、はいです! ライブの時だけ、《妖精因子》を借りられることになったです」
「それはよかった」
アズキちゃんは元々動画サイトなどで活動していた踊り手、アマチュアのダンスパフォーマーだった。最近は半引退気味だったそうだけど、このイベントに際して以前からの仲間から「また一緒にやろうよ」と誘われたそうで。
だけどアズキちゃんは妖精で、同じく第二進化のソフィーヤちゃんと違って《妖精因子》を持たない《バーヴァン・シー・スピリット》だった。これでは現実世界のように踊れないからと、運営さんへ相談していたのだ。
無事に要望が通ったようだけど……なんか嫌な予感がする。ねえアズキちゃん、交換条件に「今後はルヴィアさんのように必要時は運営側に協力する契約を」とか言われてない? 大丈夫?
それから小一時間かけて大まかなセトリを組み上げて、そのまま細部の調整。Vtuber組なんかはどうしても参加人数が多くなるから、普段から活動していたりコラボが多かったりするペアやグループで組んでもらったり。
「それで、アマネちゃんはどうするの?」
「運営さんから、両方で大トリにしろってお達し」
「え、そんなことできるんですか?」
「新技術で、両方のステージで同じ動きをするようにできるんだって。観客の様子がかなり把握しづらいから他の参加者には適用しないとも言ってたけど」
「「「…………」」」
うん、凄い技術だよね。一昔前のVR技術でのバーチャルライブみたいな感覚で、どちらが偽物とかもなく二箇所で全く同じ行動ができるんだって。代わりに会場の様子は二つの景色が重なって見えるから、事前にテストして問題ない処理力があると判断されたアマネちゃんにしか使えないらしいけど。
……ねえみんな、なんでここで私の方を見るの。
「ルヴィアさん、当日は昼にドラマ撮影って言ってたよね」
「うん」
「夜は?」
「…………空いてるけど」
「ものは相談なんだけどさ」
私の左肩をハヤテちゃんが、右肩をアマネちゃんが掴む。アズキちゃんは胸元にくっついてきた。……STRほぼ無振りの私には、アズキちゃんはともかくほかの二人は振りほどけない。
「今から運営さんに頼んで、その技術のテストしてもらってこない?」
「そうなるよね…………」
〈*運営:よしきた!〉
〈ほら運営様も乗り気だぞ〉
〈逃げ場はないぞお嬢〉
〈家にはシオンちゃんとマネ様おるからな〉
〈諦めて歌うんだお嬢〉
〈お嬢はアマネちゃんの直前がお似合いだぞ〉
私もね、この技術の話をし始めた時に思ったよ。これ使ったら私が出られない理由なくなっちゃうな、って。
他の一日都合はつかない参加者と違って「昼界/夜界だけ!」というバージョン限定商法をしづらい立場にあるからと油断していた。そういえばあった、抜け道。
「ね、やってくださいよ」
「私、タイミングが離れてるとしてもルヴィアさんと同じステージに立ちたいなあ……?」
「私からも、ぜひお願いするです」
「…………わかった。試してみるよ。みんな見たいんでしょ」
〈やったー!!〉
〈見たい!!!〉
〈さすがお嬢だ!!〉
〈それでこそ俺らのお嬢!!!!!〉
こうなると弱い。経験則上、それと私の性格上、もう逃げようがないのだ。そしてそれがわかっているし、私の渋り方が半ばプロレスだとわかっているから、みんなこうして食い下がってくる。
私は配信者、エンターテイナーだ。つまり“面白さ”の奴隷で、それが構造上すごく面白いと自分で思ってしまったからには、本当にやりたくないわけではない以上やるしかない。まだ件の新技術に不適性となる可能性はあるとはいえ、乗ってみることにした。
……あれだけ渋っておいて決まったらすぐ乗るのちょろい? うるさいやい。
結局この後配信をアマネちゃんに預けてテストしに行って、あっさり合格が出た。
まあ、あれだよね。《魔力覚》が育ってるのに、これができないわけなかったよね。




