283.そのうちe-SportsとVRスポーツが区別されそう
「……まあ、そんな感じね」
「今の話、私が聞いたらまずい内容がけっこう含まれてなかった?」
翌22日、火曜日の放課後。我が家にホームステイしている再従妹のマルガレーテ・フェーガルトは、留学中の大学から帰ってくると私をお茶に誘ってきた。
慣用的にお茶といったけど、コーヒーだ。ドイツにはカフェ&クーヘンという、イギリスにおけるアフタヌーンティーのような習慣があって、家で焼いたケーキと一緒にコーヒーをいただく。
とはいえお互い大学帰りだから、四限がないとはいえケーキを焼く時間まではなかったんだけど……いつの間に手を回したのか、家に着いた時点でお手伝いさんがケーキを焼き上げていた。三人揃って自分たちで勝手に用意したメイド服なんて着て、楽しそうで何よりだよ。
そんなわけで二人で……いや、別に私たちは封建時代の貴族ではないからそのメイド三人組、ついでに玲さんと交えて、6ピースのケーキを嗜んでいた時に出てきたのが、メグの話。ちなみにメイド三人組の中に一人日独のハーフがいて、ほか三人への通訳は彼女がしてくれた。
昨日は遅くまで九津堂の視察をしていたそうで、私が起きているうちは帰ってこなかった。オンラインゲームのピークタイムは夜だから、会議は夜半が過ぎるあたりからするのが通例なのだとか。終わる頃には深夜もいいところだったから、やむなく一限は自主休講にしたとのことだった。
という話と、その視察内容を話してくれたのだ。滅多に知ることのできないゲーム運営の裏側を聞けて他の4人は満足だったようだけど……一応はプレイヤーの立場にある私としては、ところどころ不安だった。
「大丈夫って言ってたわ」
「……わざわざ通訳さんを介して言うってことは、私に話させるつもり満々だったね」
「だと思ったから話したのよ」
メグは私や紫音よりよっぽど上品なお嬢様だから、仕事で聞いた話をなんの躊躇もなく漏らしたりはしない。そのメグがわざわざこんな場で話すのだから、彼女はそうすべきというものを感じたのだ。
ちなみに一緒になって聞いているメイドたちは、仮にも日本有数の企業のCEO宅を守るに値するプロ。身内に対しては気さくだけど、まず間違いは有り得ない。彼女たちこそ仕事中の話を外に漏らしたりはしない。
「うーん……まあ、確かに、私が普通に自制すれば問題はないけど」
「暗に話せとまでけしかけて、そこまで信用するのも凄い話よね」
「まあ、春菜と秋華は普通に聞いてるだろうから。それも信頼かな」
龍ヶ崎家はどちらともいえないけど、希美浜家は割と娘に内情を話す。とはいえやはり娘たちがよくわかっているから、外はもちろんクローズドの《VRクラブハウス》でも話さない。二人が私に九津堂の内情を漏らすのは、私の家に遊びに来た時だけだ。
……今思えば、そっちでも今と同じ現象が起きているなコレ。立場的にはただの外部の公式提携配信者でしかない私を信用しすぎている気がしてならないし、それどころか私が一般人だったころですらいろいろ聞いていたんだよね。後援グループの娘とはいえ、ちょっと私を信頼しすぎでは?
閑話休題。
たった今の雑談で聞いたのは、大きなところだと2つ。……運営の人たちまで私たちトップ勢のことを人外扱いしていることとか、キユリさんが目指す《精霊竜》が本当はあと一年現れない想定だったとか、そのあたりは置いておいていい。
ひとつが11月イベントが新嘗祭ベースになるらしいこと。とはいえその時期になるとバージョン1も佳境が近いから、プレイヤー強化サポートに寄せたイベントになりそうだと。
「……収穫祭ベース、今月のハロウィンと被ってない?」
「ふふ、同じ突っ込みをしたスタッフさんの言った通りね。リズに突っ込まれても知らないよ、って半目で言ってたわ」
「つまり、考えるのが面倒になって強行したと。ネタがなかったんだね」
「あら。そのあたりは言ってなかったのに、わかるの?」
「慣れてるからね、運営さんの思考回路には」
なんというか、見透かしているのはお互い様というか。私が指摘せずにはいられないことを見透かされているし、私も私でほぼ結果だけ聞いて過程を言い当てた。これが以心伝心である。違うかもしれない。
でも確かに、11月は扱いやすそうな題材に乏しい。それなら昼と夜で一度ずつ収穫祭をしてもいいだろう、というのはわからなくもなかった。……でも、ハロウィンを昼でもやっていたということは、新嘗祭を夜でもやるの?
「それと……公認プレイヤーの増員?」
「そこまではっきりとは言っていなかったけどね。イベントの時、リズみたいに仕掛け人に徴集できる人がほしい、みたいな言い方だったわ」
「なるほどね。……なんか、私かエルヴィーラさん経由で話が回りそうだな……」
二つ目が、運営が恣意的に取り込めるプレイヤーを増やす提案だった。まさに私のような、半分くらい運営との癒着が受け入れられるほどの公式プレイヤーはそう簡単ではないのでは、なんで思っていたけど……どうやら欲しいのは9月末のゲリライベントにおける精霊のような立場らしい。それなら決して難しくないだろう、……私をこき使えば。
詳しく聞いた感じだと、DCOYeahTuberへの公式案件なんかも検討していそうな感じだけど……それはそれで面白いのかもしれない。
「あとは……」
「……あ、そっか。そういう、私にわざと伝えるためにわざわざ話したとするなら、あの件は」
「宣伝させる気でしょうね。わたしたちがこうして話していると見透かしているなら、そろそろ連絡が来る頃じゃない?」
そして、三つ目の話。会議中では既定事項として扱われていたそうだけど、わざわざメグが目をつけるような取り上げ方をした。これが、メグがとても聡明で、私も受け取る理解力があると期待した上でのものだとしたら……。
『アカネー、九津堂から連絡なの!』
「……ね?」
その日の夜。
「皆さんこんばんは、ルヴィアイベント初日のゲリラです」
〈わこ〉
〈こんー〉
〈こんルヴィ〉
〈待ってた〉
〈こんルヴィ〜〉
〈こんゲリラ〉
〈ゲリラに味占めてやがる〉
実は最近、すっかり定着してしまった非公認挨拶である「こんルヴィ」の勢力を減ずるべく、私はたまに冒頭でボケるようになっている。別に言われたくないわけではないんだけど、どのくらいインパクトのある始め方をすれば減るのか試したくなってきたのだ。
なお最近それが読まれ始めたのか、動じないこんルヴィ勢が増えてきている。なんだか負けた気分だ。
そんなことはよくて。
「今日は例のゲリライベントをやっていくのですが……先にひとつお知らせがあります」
「九津堂から連絡があったの!」
〈お?〉
〈なになに〉
〈お知らせ?〉
〈重大発表か?〉
〈お嬢はさらっとガチ重大発表してくるから気をつけろ〉
さっきの話だ。これだけは私の方から発表してしまっていいとのことだったから、ここで明かしてしまおう。
「情報だけ出ていたアーツボールについてですが、開発に目処がついたそうです。なので、近日テストプレイ配信します」
〈は〉
〈へ?〉
〈おお!〉
〈早いな〉
〈もう?〉
〈テストプレイやるのか〉
〈絶対面白い〉
なんでもこのアーツボール、特に海外で大きな反響があったらしい。ちょうどサッカーが盛んな地域からの受けがよくて、欧州からは可能な限り早い国際リリースを望まれているとのこと。
VRゲームである以上マシンが必要になってコストがかかるのでは、とも思ったけど、よく考えれば現実の球技はスパイクやらラケットやらと道具が必要だ。VRマシンだけで充分で、それさえ元々持っていればソフト代しかかからないアーツボールはむしろ安上がりなのだとか。
「そして、それに伴ってテストプレイヤーを募集します。募集要項は追って九津堂から出るそうなのですが……何やら私のフレンドは別枠として当選しやすくするとか言っていました。あの人たちはテストプレイのことを配信ネタ提供だと思っています」
〈!?〉
〈ほぁ〉
〈マジ!?〉
〈それを早く言え!!〉
〈面白くなってまいりました〉
〈絶対面白いじゃん〉
〈見るのもやるのも楽しそう〉
〈*スズラン:やったー! ルヴィアさんのかっこいいとこ見れる!〉
「ちなみにこれも特例として、前回シュートチェインを決めた人は対照実験のために募集どころかスカウトがかかってます」
〈*スズラン:え?〉
〈草〉
〈オラッ大人しくお縄につけ!〉
〈逃げられないんだなあ〉
〈一度面白いことしたら目をつけられる〉
〈スズランとお嬢に面白そうなひと連れて行かせたらもっと楽しくなりそう〉
〈*運営:それだ>道連れ式〉
〈それだじゃないが〉
当然テストプレイヤーは私だけではない。すぐに招集できる幼馴染組を集めたとしても1チームすら組めないから、けっこうたくさん必要なのだ。トップ勢だけでなく、一般層のプレイヤーがどれだけできるかも試さないといけないし。
だから一般募集もかける。……だけのはずだったんだけど、人の配信で一般リスナーのコメントを拾う運営さんのせいでどうなるかわからなくなりつある。ちなみに面白そうだから、本当に採用されたら私は乗る。
「なんでも、かなり話が盛り上がっているみたいですね。プロリーグ構想に複数の大企業が興味だとか、九津堂に国際機関を作れという圧だとか。さすがに眉に唾をつけたんですけど、もうIOCが興味を持ったとかまで言っていました」
「IOCってなんなの?」
「私たちの世界で一番大きなスポーツ大会の運営母体」
〈あい?〉
〈おー?〉
〈しー?〉
〈マジで???〉
〈まだ開発段階なのに?〉
〈まあ確かに最近のオリンピックはeスポーツも増えてきたけど〉
なんでも、「最もフィジカルスポーツに近いe-Sports」らしい。確かにそうだと思うけど、私も運営さんもIOCがそこまでフットワークの軽い組織だとは思っていなかった。ここ数年で急激に変わっているという噂は本当だったのかもしれない。
でも確かに、アーツボールは本当に完成度が高かった。見栄えもいいし、昨今のVR時代にこういう話になるのも納得はいく。
どうしようね、これでもしも競技レベルが上がらなくて、私たちに日本代表になれとか話が来たら。ないとは思うけど、けっこう困りそうだ。