279.水波ちゃんが参戦するということはアマネちゃんが(ry
「えっあの天音水波ちゃん!?」
「うわ本物だー!」
「ファンです!!」
「とりあえず拝んどこ」
背後が急に俗物的になった。あんたら最近うちの妹と普通の友達みたいに話してるでしょうが。
とりあえずの流れで何人かと握手して、最近は私も頼まれることが多いインテリアアイテム 《色紙》にサイン。結局のところ、どれだけ慣れてもこういう反応にはなるよね。特に大ファンだとなおさら。
とりあえずギルドハウスのテーブルに通す。ソファは今くつろぎモードだから向かないだろう。
「ひとつずつ処理していこっか」
「はい。なんでもどうぞ」
「とりあえず……そのステータスは」
「経緯まで含めて紫音ちゃんと同じです」
〈わぁお〉
〈はい初手爆弾〉
〈水波ちゃんまで来るのか〉
〈これだからこのチャンネルはやめらんねえ!〉
うん、だろうね。アデルと同じ私-5のレベルといい、見たことのない種族の外見特徴といい、どことなく既視感があった。あの時はゲリライベントの仕込みで配信外だったけど。
つまり水波ちゃんは紫音と同じく、仕事の報酬として特殊アカウントをもらったわけだ。きっとこれからは紫音と同じように、合間を見つけてはここに入り浸る生活が始まるのだろう。……紫音がエンジョイし始めたのを見て羨ましそうだったもんね。
「プレイヤーネームはそのまま《アマネ》で、種族は……ユニコーン?」
「はい。種族をどうするか聞かれた時、紫音ちゃんと同じような感じでって言ったらこうなりました」
〈ユニコーン〉
〈え、どうなるんだろ〉
〈想像つかないな〉
リアルの水波ちゃんを真っ白にカラーチェンジしたような感じで、誰が見てもそうだとわかる佇まい。名前の《アマネ》はおそらく、水波ちゃんの持ちネタである「苗字と名前を入れ替えてもあんまり違和感ない」から来ている。
何より目立つのが、額から伸びる一本の角。他にそれらしい要素は色くらいしかないけど、これだけでユニコーンだとわかってしまう。
「これまでは存在すら知られてなかった種族だけど、進化条件って聞いたりした?」
「ひとつだけ。天使から特殊条件のエクストラだそうです」
「……ああ、アデルと対になってるんだ」
〈!?〉
〈ついに天使エクストラ!?〉
〈これはアツい!〉
〈条件はわからないかー〉
〈*レイエル:狙うか……?〉
ここでアデルと対になる形にするのは、あの運営さんのことだから予想通りだ。本人たちの百合とすらいわれる仲の良さもあるし、特殊アカウントの一人目と二人目に関連をつけたいのもわかる。
初の天使専用エクストラとなりそうなユニコーンだけど、そのステータスはというと。
「天使からってことは、アマネちゃんもタンク?」
「アデルちゃんがあんな凄い武器を持ち出したのに、私が普通のプレイスタイルにすると思いますか?」
「思わないけど、見た目はただの盾騎士……あ、待ってもしかして」
「ふふ、気付きましたか。私は魔術型の《魔法騎士》です」
〈魔法騎士!?〉
〈かっけえ!〉
〈魔術型?〉
〈ついに出てきた!!〉
〈よかったなお嬢、もう一人じゃないぞ〉
なるほど、そうきたか。確かに、前衛職にしては強い魔力が見える。魔術型、つまり私のように攻撃魔術を併用した騎士だ。
結局ほとんど後追いが出てこなくて(正確には圏外組以上にはいなくて)私専用みたいになっていた魔術型魔法剣士だけど、まさか最初に出てくるのがアマネちゃんだとは。紫音のように裏で練習はしたのだろうし、それで持ち込んだということは扱えるのだろう。
……いい加減、「人外の近くには人外が集まる」みたいな言説を否定できなくなってきた。私たちの幼馴染グループ8人がこれで全滅だ。……フロルちゃんもあの通りだし、彼女以外の高校時代や大学の友人にもやらせてみたら化けたりするかな?
しかし、そうなるとユニコーンの種族値にもちょっと想像ができるようになってくるかもしれない。大きくないとはいえ盾は持っているあたり耐久寄りなのだろうし、その上で魔術ステータスがあるか振るだけの余裕がある状態だと。
「お察しかもしれませんけど、物理攻撃にしっかり振ってしまった方はユニコーンにはあんまり合わないかもですね」
「VITとMNDで受けてINTで攻撃となると、STRまで振る余裕はなさそうだものね」
〈レイエルじゃん〉
〈レイエルの時代来とる〉
〈*レイエル:よし〉
一人有力候補となるSTR無振り(というかほぼVIT極振り)天使が見つかったところで、ひとまず情報は打ち止めらしい。そろそろ本題に行こうか。
「あ、ギルド入る?」
「もちろん。……勧誘ありがとうございます、ルヴィアさん」
「推しと推しがギルドに入ってきた……」
「なるほど、ジェヘナさんは『放課後』推しと」
「他にもいっぱいいると思うです」
さすがにこの流れで、アデルも入っているのに入らないわけがないと思った通り、アマネちゃんはノータイムで加入してきた。これに喜んだのが、今ここにいる人だけでジェヘナさんはじめ数名。悔しそうなのも数名。妹たちが人気で私も嬉しい。
『放課後』というのは紫音と水波ちゃんのペアの通称。語源は私もゲスト出演したあのラジオだ。
で、
「本題なんですけど」
「配信と他ギルドに聞かせて大丈夫?」
「むしろ聞かせるために今きました」
「じゃあどうぞ」
「皆さんに頼みごとがありまして」
大事な話だと察した一同、傾聴。……たぶんみんな同じものを期待したと思う。
アマネちゃんは口を開いた。
「今週末に行う、とあるイベントを行うのを手伝ってほしいんです」
「……それって、ゲリライベントのこと?」
思わず口を挟むフリュー。ただ、これはみんな思ったと思う。
しかしアマネちゃんは首を振った。
「何言ってるんですか? ゲリライベントはゲリラのイベントという意味なんですから、ゲリラじゃないゲリライベントはゲリライベントじゃないでしょう」
「小泉構文?」
……えっと、難しい日本語が飛んできたね。
つまり、突発的に始まるのでなく準備段階で予告している時点で、それはゲリライベントという名前の定義を満たさないと。
まあ確かにそうかもしれない。そこはかとなく用意していた台詞っぽさがするのは置いておくとして。
「来月、《アルターブルー》さんがこの世界でライブするのをご存知ですか?」
「うん。ツアーの始点にするんだったよね」
「それの予行演習というか、本当にこの世界でできるのかというエキシビションライブをしたいんですよ」
なるほど、わかった。外部提携のライブツアーという絶対に失敗できない案件があるけど、前例のない試みで何が起こるかわからない。だから失敗してもイベント未達で済ませられるような試金石を用意したのか。
テスト役が本番のアーティストと同格というのも贅沢な話だけど、そんなある種面倒な案件だからこそ以前から関係のある水波ちゃんで、かつその報酬としての特殊アカウントと。
「というわけで、今ここにゲリライベントの開始を宣言します」
〔〔ゲリライベントが開始しました:異界の歌姫は号砲を謳う〕〕
なんか始まった。……いや待って。
「でもさっきゲリラはゲリラなんだから、ゲリラじゃないゲリラはゲリラじゃないって言ってたじゃない」
「小泉構文じゃん」
「ゲシュタルト崩壊しそう……」
〈草〉
〈あ、言い直しただけかこれ〉
〈同じこと言ったのに略したせいでわけわかんなくなってら〉
そう。フリューが心外とばかりに頬を膨らませた通り、水波ちゃんはついさっきゲリライベントを否定していた。話が違うと憤慨されても仕方ない。
とはいえ、私はなんとなく理解できてしまった。これは言葉の綾というか、この反応を引き出すためのトラップだ。
「いいえ、今週末に行うのはエキシビションライブです。ゲリライベントはその準備の方なんですから、何も間違っていませんよ」
「ううん……あー、なるほど」
「これで理解するあたりフリューちゃんも賢いよなあ」
「フリュー自身も割と詭弁の使い手というか、言葉遊びは得意だからね」
〈???〉
〈えーと〉
〈つまりどういうことだってばよ〉
〈ゲシュタルト崩壊しててよくわからん〉
そんなに難しいことじゃないよ。つまり、
《Guerrilla Event:異界の歌姫は号砲を謳う》
異世界でも、文化は繋がる。音楽のもとでは世界はひとつなんですよ。
さらなるファン開拓やサービスのため、先見の明あるアーティストが《幻双界》に目をつけた。《地球界》とまたに掛けたライブ方式はまさに新時代の先駆け、なんとしても成功させたい。
だが誰も知らない、地球界のようなライブが幻双界で通用するのか。文化を伝えるにはまず、受け皿となれるものを浸透させなければならないのだ。
だからこの世界には、異界に名を馳せる歌姫が降り立った。そして歌姫は願った、幻双界の人々に自分たちの音楽を楽しんでもらいたいと。
このライブが成功するかどうかは、君たち次第。このライブにどんな人物が参戦するかも、もちろん君たち次第だ。
こういうことだ。私たちは準備をゲリライベントとして行うのであって、アマネちゃんが最初に言った「イベント」はライブを示すミスリードである。
ということで、今回のゲリライベントはライブ準備らしい。一週間をかけるDCO初の長期間イベントで、しかも書き口からしてかなり自由度が高い。
前回で「プレイヤーの一部を仕掛人側として使えるかどうか」を試したように、今回のゲリライベントは「複数日にわたってメイン攻略と並行するイベントができるかどうか」のテストを兼ねているようだ。ゲリライベントが今後の月例イベントやストーリーイベントのための試験場になるのは、どうやら既定路線らしい。
「もしかして、それを見越して《天陽》の要求レベルが高くなってた……?」
「ありうる。夜の方はそこそこだけど……」
「今回試されるのは、解放攻略とイベント攻略の両立です。ソーシャルゲームとかだとよくありますけど、うまくいけば今回みたいな方式のイベントも増えるかも、だそうですよ」
そうきたか。この運営、イベントの入れ方まで曲者だ。そもそも前回のゲリライベントは9月末日、今日はまだ10月21日。思っていたより早かった時点で、若干透かされてもいるし。
ともかく、ちょうど偶然集まっていた各ギルドの代表者たちの表情は一様だった。目の前にイベントを見せられたら、全て完遂しようとするのがゲーマーというものである。今回もまた……ん、ちょっと待って。
「ねえアマネちゃん、この最後の一文の、『このライブにどんな人物が参戦するかも』って……」
「ああ、それですか? 進め方や詳細は特設ページにまとめられてますけど……実は、ステージに上がるのは私だけじゃなくてもいいんです」
「「「えっ」」」
「やりたければ自分たちが立つこともできますし……もしかしたら、こちらの世界にもやりたがるひとはいるかもしれませんね?」
「…………マジ?」
これは、思っていた以上に大ごとになるかもしれないね。
というわけでライブの準備やります。その過程で某クラフター待望のあの機能が……?