276.呼ばれる方が呼ばれる方なら呼ぶ方も呼ぶ方
「次は何を見ていくん?」
少しだけカット休憩を挟んで再開。進行を助けてくれた上田さんの一言を皮切りに、天香ちゃんはにやりと笑った。
やりやすいなあ。特に天香ちゃん、まだ初心者のはずなのに前線の事情にも詳しいから上田さんと違う反応をしてくれる。この番組の視聴者層は当然もうVRゲームに慣れている人も多いだろうから、彼女のような視点も共感も呼びやすいのだ。
「わざわざこの街に来たってことは……」
「昔のRPGから一番変わったところ、戦闘をご覧いただこうかと」
「お、待ってました! そればっかりはスタジオでも見れとらんもんな」
やっぱり天香ちゃんはわかっていた。この話の流れで、どこでもいいはずの転移先にわざわざ《天陽》を選んだ。それはつまり、私の戦闘を見せるということだ。
というのも、そのためだけに天陽に来なければならない事情がある。ちょっとした抜け道のようなものだけど。
「DCOでは誰でもどんな街にでも行けるようにできていますが、かといって絶対に敵わない敵にはそうそう出会わないようになっています。一度自力で来たことがないと、街の門から外に出られないんです」
「そら安心やな、間違って出てもうたらえらいこっちゃ」
「はい。なので、普通なら上田さんにお見せできる敵はレベル1のものくらいなんですけど……細かい事情は省きますが、今のこの街は例外でして」
「街の中に敵が出るから、転移で来てもレベルの高い敵を見られるんですよね!」
そういうこと。期間限定かつどこの街でもあることではないけど、タイミングがよかったね。
とはいえ、そんな例外が野放しにされているということもない。街の門すらくぐらないから、放っておけば事故が起こりやすいし。
「なので、安全圏と敵が出る場所の境目には、こうして門番さんが立っていてくれるのですが……」
「やあ、あんたら、危ないぞ」
「こんにちは、門番さん。……実はある事情で、彼らに私たちの戦闘を見せたいんです。もちろんあまり奥には行きませんし、私が守るつもりです」
「あんた、確か最強格って噂の。……いや、しかし一人じゃ取りこぼしかねんからなぁ……」
おっと、渋られてしまった。どうやら私の知名度は住民の中でも高いようだから、通れるかもと思ったんだけど。
まあとはいえ、そこは大丈夫。考えはある。
「何人いれば大丈夫ですか?」
「あんたと同格なら、四人もいりゃ充分だろうがな」
「なんだ、四人しか要らないのね」
「案外少ないですね。帰りますか?」
「帰るな帰るな、わかってたろ多すぎんのは」
「な、なんだ!?」
「こちら、事前に仕込んでおいたエキストラの皆さんです」
もちろん想定済だ。信頼できる友人たちの中から、この時間帯に空いていてテレビに映りたい人をエキストラとして集めておいた。……数人いれば充分だったのに、30人くらい応募してきたのは想定外だったけど。
さすがに30人は邪魔だから、6人ほど護衛としてついてもらいながら残りは近くに来そうな魔物を間引きしてもらうことにした。これで二段構えの安全が確保できるはずだ。
「ま、まあ、そこまでするなら止めはせんが……」
「わあ、心強いですね!」
「……時々思うねんけど、ルヴィアちゃんけっこうヤバい子やな」
というわけで、軽めに戦っていこう。相手はこのあたりに頻出する一般的なMobだ。
「こちら、《踊り鹿・焔》といいます。地図的にこの近辺にあたる、栃木県の県の動物であるカモシカがベースですね」
「…………はぇ」
「特徴としては、このようによく飛び跳ねること。攻撃が急所に当たりにくくなり、踊っているようにも見えます」
「……あの、ルヴィアちゃん」
「といっても、しっかり見れば動きは読める塩梅で、このように当ててしまえばHPそのものは……どうしました?」
「どうしました、やないて!? 喋りながらやるもんちゃうやろそれ!?」
なかなか足元を定めずに飛び跳ね続けて、的を絞らせないようにしつつ滑りのいい毛皮で受け流すタイプだ。この手の回避型にありがちなこととして、当たりさえすれば耐久は低いから仕留めやすい。着地の瞬間を読んで垂直に剣を当てるのが安直かな。
私のレベルからすれば決して強敵ではないから、いつも通り説明と並行して倒していたんだけど……最近はコメント欄でも見かけない新鮮な反応をいただけた。バッチリだよ上田さん。
「いえいえ、慣れればできますよ」
「えぇ……そうは思えない、というか見ただけじゃ動きを理解すらできなかったんですけど……」
「目はすぐに慣れるよ。脳のポテンシャルはあるようにできてるから……っと、《トリプル・ハイドロランス》」
「騙されないでください二人とも、このちっちゃな大魔神がおかしいだけです」
「このエキストラ軍団に言われたくないよ? あなたたち全員このくらいできるでしょ」
「って言いながらまた一頭倒してる……」
ほらもう、わかりやすいくらい顔を背ける。なんでそんなに画面慣れしてるの君ら。いや私のせいだろうけど、映っている時間でいえば私とは比にならないはずなのに。
三カメさんが向こうの一般プレイヤーの風景を撮りに行っているように、確かにここでの戦闘を想定されているレベル帯なら強敵ともいえる。だけど私やこのエキストラ軍団の場合、推奨レベルから3割増くらいだから。それだけ離れてしまえば、もうまともな戦いにならなくて当たり前なのだ。
「いやいや、どっちか言うとレベル関係ない動きのがヤバかったで」
「これが《VR慣れ》なんですよ。前回の“今旬ワード”の正体です」
「なんか、丸め込まれとる……?」
「……じゃあ、私も頑張れば似たようなことができるってことですか!?」
「もちろん。遊び続けているだけでいずれ慣れてきて、今よりずっと動けるようになるよ。……あんなふうに」
「わわっ」
VR慣れなんて軽く言ったものだけど、実際この現象は今年になってから脳科学者の格好の研究対象だ。私自身、大学では別学部なのに協力要請を受けて出向いている。
VR空間での動作に特に慣れた人間の脳は、今はブラックボックスとされているのだ。中でも唯一出されている仮説が、「VR領域におけるポテンシャル増大は限られたものではなく、ヒトの脳に普遍的に備わっている能力である」というものだった。人間の脳は体よりもスペックが高くできているから、慣れさえすれば鍛えた現実の肉体よりもよほど上手く動ける、ということだ。
という話を前回の収録内容としてスタジオで講義していたから、ここでの話は割とすんなりいった。
天香ちゃんが積極的になってきたタイミングで、エキストラの中にいた妖精が舞い始めた。まさに実例として有効だから放っておこう。
でもねアズキちゃん、カメラの前でそういうことをすると平穏な日常はあっさり崩壊するものだよ。私みたいに。
その後もいくつか使えそうな戦闘シーンを撮ってから、再びカット。ロケが初めてである私にはどのくらい上手くいっているのかはわからないけど、慌ただしくも明るい雰囲気のスタッフさんたちを見るに順調ではありそうだ。
あと、アズキちゃんはしっかりスタッフさんに捕まっていた。だからカメラの前で迂闊なことはするなとあれほど……いや、普段の言動からして彼女的にはむしろ願ったりなのかも。
次は繋ぎのシーンだね。一度昼王都に戻ってきてから、転移門広場だ。
「……ものすごい人やな」
「ここはある意味この世界の中心で、本当によく使われる場所でもありますからね。東京駅のようなものです」
ごった返すプレイヤーたち自体はいつも通りだけど、違うのはひとつ。私が配信中ですら姿を変えないこの広場は、芸能人二人とロケスタッフチームの姿を前に凄まじい注目をこちらへ向けてきている。
ところが、私以外はこれにさえ動じていない。多いとはいえ現実の都心の駅前ほどではないから、ロケ慣れがあるんだろうね。そう、VR慣れと根っこのところは同じだ。……違う?
とはいえ、ここは中継点。あまり立ち止まる理由もないから、さっさと通ってしまおう。
「こっちです。このままついてきてください」
「わかった」
「はいっ!」
ゲームを初めてすぐにでも来られる場所だから、天香ちゃんは知っている様子。辿り着いたのは、広場中央の大きな扉だ。
これこそが王都の転移門、ほとんどの人物にとって現時点で唯一の“世界を超える”手段だ。……私たち精霊は精霊界を介して行き来できてしまうけど、それは今は置いておこう。
「……おっ!?」
「というわけでようこそ、こちらが《幻夜界》です」
「ほー、こうなっとんか」
「基本的にはさっきまでいた《幻昼界》とは別の世界なんですけど、この門のような特定の経路で移動できるんですよ」
「ええやん、一粒で二度美味しい感じ」
転移門は各街にあるものは行き先を念じながらでないと発動しないけど、王都のものだけは別。何も考えずにここを通ると、対応する反対側の世界の王都へ飛ぶようにできている。
その代わり、ここ以外の転移門からでは念じても世界は行き来できない。転移でも同じだ。
「こちら、《幻夜界》は、中世ヨーロッパ系のファンタジー世界と思ってもらって大丈夫です」
「こっちのほうが、いわゆる異世界っぽさありますね!」
「それで、なんですけど……天香ちゃん。実際に見てみたい“ファンタジーっぽい”ものって、何かある?」
「あ、それなら───」
ふつうこの場面で「護衛の数の暴力で突破してしまおう」とはならない。